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第三章 運命なんて言葉じゃちょっと無理がある
二十九、恐怖と不安と憧憬と
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初陣は防衛任務になった。占領地からの距離も遠いから、まずは戦地の実情を知るところからなんだろう。
僕らが今回行うのは占領地から少し離れた拠点の防衛だ。前線を突破してきた敵兵と戦うのがメインだけど、優秀なマスターが多いからそうそう相対することはないだろう。
モクトスタは対人戦がメインだから、長距離の攻撃が必要な戦い――例えば拠点の防衛戦などで――は基本的にモカトを使用した大砲を使い、攻撃に回ることは少ない。
それでも相手からの攻撃を受けたりするのに必要な防御はマスターが行うこともある。その役割の、更に後方だ。それなりに気を遣ってくれているんだろう。
緊張はしている。
もう今となっては前世の僕とエドマンドの間に大きな違いはない。馴染んだというか、混じったというか。僕という存在になった。
だからこそ、ブライトルと話をする関係になったし、イアンたちとも仲良くなれた。
つまり、僕は完全にエドマンドなんだけど、それでもどうしようもなく緊張している。
これは完全に想像でしかないんだけど、原作のエドマンドも最初は緊張していたんだじゃないだろうか。自覚はしていなかったかもしれないけど。
帰宅すると、まずは侍従に戦地に行くことを伝えた。
彼は分かりやすく動揺した。
いつかはこうなることは分かっていたのに、まだ十四歳の子供が戦いに出ることに思うところがあるんだろう。
第三師団長といい、侍従といい。ちゃんとみんな大人だった。大人として、子供が戦う現実を苦しんでいる。
そんなこと考えもしなかったな。
僕の、エドマンドの世界は本当にずっと祖父に閉じ込められていたんだ。
部屋に戻るとペンを取る。ちょうど一昨日ブライトルからの手紙が届いたばかりだった。
彼は相変わらずだ。手紙には難しい話も、真剣な話も何一つない。日常が少しずつ違ってつづられている。
『光栄なことに、戦地へと赴くこととなりました。微力ながら全力で戦って参ります』
そこへこんな内容を書くのは少し空気が読めていないだろうか? でも知っておいて欲しいという気持ちが大きいのが素直なところだ。
言わずにいることはできる。今回死ぬことはない。僕が死ぬのはトイメトアだから。でも――。
「ダメだ……」
ペンを放り投げる。
書きかけの手紙を丸める。
何が正解なのか分からない。今までどうしていたかも分からない。
「分からないことだらけだな……」
その後丸一日悩んで、結局書かずに封をした。
***
戦地に行くまでに一週間を切ったとき、一緒にトレーニングしていたイアンが聞いてきた。
「エドマンド、今日この後時間あるかな?」
「何か用事か?」
「フルーリア王女が、エドマンドを連れて帰ってきて欲しいって」
「王女殿下が?」
激励の言葉でもいただけるのかもしれない。
僕もイアンも期待の星だ。王女殿下からのお言葉くらいあってもおかしくない。
一応、友人関係でもあるわけだし。
「分かった。一緒に行こう」
「ありがとう」
それだけ言うと、イアンがトレーニングに戻る。
その横顔が張り詰めていて、気付けば声をかけてしまっていた。
「イアン」
「ん? なに? エドマンド」
「お前は死なない」
「え……?」
「僕も死なない」
「エドマンド……」
「胸を張って行くぞ」
僕がこんなことを言うのはキャラじゃない。
でも『トイメトアの驚喜』は恐らく今年の冬前辺り。僕の死亡フラグまであと四ヶ月ほど。もしかしたら死ぬかもしれないのだから、気落ちしている友達を元気づけるくらいのこと、許して欲しい。
イアンの体から微かに力が抜ける。
「うん。きっと大丈夫だよね」
「ああ」
「ありがとう、エドマンド」
「別に、いい……」
最後までは素直になれないのも、僕だからと許して欲しい。
イアンは最初のグロリアス起動事件からずっと王城の使用人エリアで暮らしている。
両親は城内の仕事を割り振られ、父親は教師の仕事を続けることはできなくなった。妹は六年生として学園のプライマリーに通っているそうだ。
「俺、親不孝だなって思ってたんだ」
王城に着いて応接室の一つで待っている最中、イアンは言った。
父がプライドを持って勤めていた仕事を取り上げて、妹は友達にさよならを言う暇もなく一人違う学校へ行くことになった。母だって豪放磊落な人の多い市場での仕事を楽しんでいたのに、今や堅苦しい城での仕事をしている。
一方的に環境を変えられて、気軽に外出することすら許されない我慢の毎日。
「しかも俺は最年少の軍人になっちゃって、とうとう死ぬかもしれない戦争に行くんだもんね」
僕は何も言えなかった。
彼が落ち込んでいたのは自分のためではなく家族のためだったと知ったからだ。
「……怖がっているのかと思っていた」
「そりゃ、怖いよ。でも俺、守りたい物がいっぱいあるから。だから、それはいいんだ。ブレイブは強いしね!」
すこし無理した笑顔。これが、主人公か。そりゃあ、原作のエドマンドも絆されるはずだ。こんなに健気で強い人なんて、そうそういない。
「お前は……」
すごいな。素直に言いかけたとき、扉を叩く音がして僕らは立ち上がる。
現れたフルーリア王女に対して深く腰を折ろうとして、その後ろにいる人物に気付いた途端、不覚にも一瞬固まってしまった。慌てて頭を下げる。
え? え? 何でいる? どうして……。
心臓がどんどん速くなっていく。
「久しぶりだね、二人とも」
そこにはブライトルが、立っていた。
僕らが今回行うのは占領地から少し離れた拠点の防衛だ。前線を突破してきた敵兵と戦うのがメインだけど、優秀なマスターが多いからそうそう相対することはないだろう。
モクトスタは対人戦がメインだから、長距離の攻撃が必要な戦い――例えば拠点の防衛戦などで――は基本的にモカトを使用した大砲を使い、攻撃に回ることは少ない。
それでも相手からの攻撃を受けたりするのに必要な防御はマスターが行うこともある。その役割の、更に後方だ。それなりに気を遣ってくれているんだろう。
緊張はしている。
もう今となっては前世の僕とエドマンドの間に大きな違いはない。馴染んだというか、混じったというか。僕という存在になった。
だからこそ、ブライトルと話をする関係になったし、イアンたちとも仲良くなれた。
つまり、僕は完全にエドマンドなんだけど、それでもどうしようもなく緊張している。
これは完全に想像でしかないんだけど、原作のエドマンドも最初は緊張していたんだじゃないだろうか。自覚はしていなかったかもしれないけど。
帰宅すると、まずは侍従に戦地に行くことを伝えた。
彼は分かりやすく動揺した。
いつかはこうなることは分かっていたのに、まだ十四歳の子供が戦いに出ることに思うところがあるんだろう。
第三師団長といい、侍従といい。ちゃんとみんな大人だった。大人として、子供が戦う現実を苦しんでいる。
そんなこと考えもしなかったな。
僕の、エドマンドの世界は本当にずっと祖父に閉じ込められていたんだ。
部屋に戻るとペンを取る。ちょうど一昨日ブライトルからの手紙が届いたばかりだった。
彼は相変わらずだ。手紙には難しい話も、真剣な話も何一つない。日常が少しずつ違ってつづられている。
『光栄なことに、戦地へと赴くこととなりました。微力ながら全力で戦って参ります』
そこへこんな内容を書くのは少し空気が読めていないだろうか? でも知っておいて欲しいという気持ちが大きいのが素直なところだ。
言わずにいることはできる。今回死ぬことはない。僕が死ぬのはトイメトアだから。でも――。
「ダメだ……」
ペンを放り投げる。
書きかけの手紙を丸める。
何が正解なのか分からない。今までどうしていたかも分からない。
「分からないことだらけだな……」
その後丸一日悩んで、結局書かずに封をした。
***
戦地に行くまでに一週間を切ったとき、一緒にトレーニングしていたイアンが聞いてきた。
「エドマンド、今日この後時間あるかな?」
「何か用事か?」
「フルーリア王女が、エドマンドを連れて帰ってきて欲しいって」
「王女殿下が?」
激励の言葉でもいただけるのかもしれない。
僕もイアンも期待の星だ。王女殿下からのお言葉くらいあってもおかしくない。
一応、友人関係でもあるわけだし。
「分かった。一緒に行こう」
「ありがとう」
それだけ言うと、イアンがトレーニングに戻る。
その横顔が張り詰めていて、気付けば声をかけてしまっていた。
「イアン」
「ん? なに? エドマンド」
「お前は死なない」
「え……?」
「僕も死なない」
「エドマンド……」
「胸を張って行くぞ」
僕がこんなことを言うのはキャラじゃない。
でも『トイメトアの驚喜』は恐らく今年の冬前辺り。僕の死亡フラグまであと四ヶ月ほど。もしかしたら死ぬかもしれないのだから、気落ちしている友達を元気づけるくらいのこと、許して欲しい。
イアンの体から微かに力が抜ける。
「うん。きっと大丈夫だよね」
「ああ」
「ありがとう、エドマンド」
「別に、いい……」
最後までは素直になれないのも、僕だからと許して欲しい。
イアンは最初のグロリアス起動事件からずっと王城の使用人エリアで暮らしている。
両親は城内の仕事を割り振られ、父親は教師の仕事を続けることはできなくなった。妹は六年生として学園のプライマリーに通っているそうだ。
「俺、親不孝だなって思ってたんだ」
王城に着いて応接室の一つで待っている最中、イアンは言った。
父がプライドを持って勤めていた仕事を取り上げて、妹は友達にさよならを言う暇もなく一人違う学校へ行くことになった。母だって豪放磊落な人の多い市場での仕事を楽しんでいたのに、今や堅苦しい城での仕事をしている。
一方的に環境を変えられて、気軽に外出することすら許されない我慢の毎日。
「しかも俺は最年少の軍人になっちゃって、とうとう死ぬかもしれない戦争に行くんだもんね」
僕は何も言えなかった。
彼が落ち込んでいたのは自分のためではなく家族のためだったと知ったからだ。
「……怖がっているのかと思っていた」
「そりゃ、怖いよ。でも俺、守りたい物がいっぱいあるから。だから、それはいいんだ。ブレイブは強いしね!」
すこし無理した笑顔。これが、主人公か。そりゃあ、原作のエドマンドも絆されるはずだ。こんなに健気で強い人なんて、そうそういない。
「お前は……」
すごいな。素直に言いかけたとき、扉を叩く音がして僕らは立ち上がる。
現れたフルーリア王女に対して深く腰を折ろうとして、その後ろにいる人物に気付いた途端、不覚にも一瞬固まってしまった。慌てて頭を下げる。
え? え? 何でいる? どうして……。
心臓がどんどん速くなっていく。
「久しぶりだね、二人とも」
そこにはブライトルが、立っていた。
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