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第三章 運命なんて言葉じゃちょっと無理がある
二十四、白く大きい温かなため息
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ホワイトボードに、もし砲撃があったときにどうするのか。避難中の行動はどうするべきなのかなどが書かれている。
淡々とした声で教師が言う。
「仮にここに砲撃があった場合、この学園から最も近いシェルターはニュドニアホールの地下になります。本来は荷物の搬入出や舞台装置の設置などのために造られたものですが、災害などの避難場所としても指定されています。避難場所としてはこの学園もその一つですが、地下施設がないため、学園内に留まるのは止めてください」
その言葉を聞いている生徒がどのくらいいるのか分からない。
外は雪が降っている。今年の冬の休暇はなくなった。しかも本来なら暖かな部屋の中で本でも読んでいる頃なのに、僕らは学園に来ている。
開戦したことによって避難などにより授業が大きく遅れていることが理由として挙げられていたけど、本題は午後からの仕事のためだ。
出兵により減少した人手を学生で埋めているのだ。僕らはモクトスタの訓練に駆り出されるけど、他の生徒はそれぞれ適正を活かした場所に働きに出る。
それでもこの学園の生徒はまだマシな方だろう。
市場の子供たちなんかは、早い段階から工場の手伝いなどをさせられているらしい。
雪が深くなったことで、攻撃の勢いは弱くなっている。ニュドニアが雪深い時期ならセイダルだって国境付近は雪に埋もれているのだから。
本来なら休暇を祝いところだけど、国の方針は違った。勢力が弱まっている今こそ、内側の力を増すときだと判断したようだ。
お陰で老若男女問わずに色々な作業で東奔西走しているのだ。
午後になって第三グラウンドに行くと、各々無言でストレッチを始める。
寒さに固まった体を念入りに解していると、続々と集まる生徒が昨日よりも数を減らしていた。
特に僕らのチームはイアンと僕、ブライトルしかいない。
嫌な予感がした。
「エドマンド、何で誰も来ないのか、知っている?」
「いや……でも、恐らく……」
「エドマンド?」
「軍隊入りしたのだろうね」
「ブライトル殿下……。軍隊入りって……」
「近々国境へ行くという意味だよ、イアン」
イアンが目を見張る。
聞こえていたのだろう、他のチームのメンバーもこちらを見る。
近場にいた男子生徒がブライトルに聞いた。
「ブライトル殿下、それは本当ですか?」
「教官に確認すれば間違いはないと思うけれど、私のチームはみんな十八歳を迎えていたからね。そう考えるのが妥当だろう」
「じゃ、じゃあ、今いないのは……」
「ターシャリの三年生だけだろう?」
生徒たちが辺りを見回す。確かに、いないのは最高学年の生徒だけだった。
「本当だ……」
「そんな……」
悲壮な空気が漂う。
僕はそんな彼らに背中を向けて、一人さっさとグラウンドを走り始める。
「あいつ、こんな状態でよくいつも通りに動けるな……」
「エドマンド君なら仕方ないよ。私たちとは違うのよ」
「感情がないって言うのも間違っていないのかもな」
背後から好き勝手に言う声が聞こえてくる。何と言われても構わない。僕にはこうすることしか――。
「憎まれ役は慣れっこか?」
「……ブライトル」
後ろから足音が聞こえていたので気付いてはいたけど、何となく話しかけてはこないと思っていた。少し端に避けて彼が走るスペースを確保する。
「僕に悲しむ権利はないからな」
「どういう意味だ?」
「僕は、知っていた。どうなるかも知っている。だから」
「だから、ただひたすら黙るのか?」
話の裾を奪われて眉をひそめる。何だかバカにされているような気がした。
「何が言いたい?」
「愚策だな、と思っただけさ」
「周りからどう思われるか、とでも言うつもりか? 構わないさ。チームメイトだってほとんどいなくなったしな」
「ただ、無言で彼らと一緒にいればそれでいいのさ。それで彼らは共感する」
「だから、それが……!」
「愚かだな。前も言っただろ? お前のせいじゃない」
咄嗟にブライトルの顔を見た。吐く息の白さが濃い。体は段々と温まってきていた。
「そんなことは分かっている」
「そうだな。お前は賢い。でも、気にしている」
「ブライトル……!」
続けようとした言葉は咄嗟に飲み込んだ。一周目が終わって、他の生徒たちの前を通ったからだ。無言でその場を離れる。
「――気にくらいするさ」
「それが愚かだと言っているんだ。お前は一人か? 違うだろう? 俺がいる。不本意だがイアンもいる。ダンも、アンドリューたちも」
「それが一体なんだって言うんだ」
「抱え込むな」
胸が苦しくなって、はぁ、と口から大きな息が吐きだした。一層目の前が白く曇る。
「何を……」
「お前は頑張っている。俺が一番よく知っている。だから追い込むな。見ていて苦しくなる」
「それ、は……」
「エドマンド、大丈夫だ。もう、いい加減にしろ。お前だって苦しんでいいんだ」
歩調が段々と緩やかになり、やがて止めてしまった。数歩追い抜いたブライトルも止まってこちらを振り返る。
「ブライトル、僕は、この先どうなるかを知っている」
「ああ」
「最近気付いたんだ。いくら知っていると言っても、僕以外の生活を見逃してよかったのかと」
横目で遠くにいる生徒たちを見る。僕らが立ち止まってしまっているから、何事かと視線を寄越し始めた。
「未来だって、本当に勝つ保障はない。僕が知っているというだけで、僕一人の動きでこんなにも色々なものが変わるのに……」
ブライトルの腕が伸びてくる。何をされるのかとぼんやりと見ていると頭の上に乗った。髪の毛を思い切り混ぜられて頭が揺れる。
「……おい」
手の動きは止まらない。
「おい」
その内、ゆったりと髪を撫でられ始めた。
「おいっ!」
「ん?」
「なんなんだ! 年下扱いは止めてくれ」
「対等でいたいのか? いいね、歓迎するよ」
「バカにしているな?」
「可愛いな、と思っているだけさ。キスしたいくらいだ」
「っバカにしているんだな!」
頭の上の手を思い切りはたきおとす。顔に熱が上がったのが分かった。キス? よりによってキス! 時計塔でのことを思い出す。そうだった。真面目に話して損をした。この人はこういう人だった。
「タイミングがなくて忘れていたけど、前にもらったチェーン、今度返します」
「あれ? 敬語かい? あれは持っていろよ。俺からの気持ちだから」
「いらないですね、貴方の気持ちなど」
「素直なエドマンドはもう終わりかい? 残念だ」
「ブライトル……殿下!」
イアンたちが近寄ってきているのが見えて、慌てて口調を整える。
表情を取り繕う暇もなく、肩にブライトルの腕が乗ってきた。
「ちょ、あんた……!」
「いいから。――やあ、イアン。一緒に走るかい?」
「え、あ、はい! エドマンド、大丈夫?」
「何がだ?」
「うーん? 気のせいならいいんだ。うん。俺らも一緒に走るよ!」
「好きにしろ」
僕は踵を返してさっさと走り出す。後ろからは少しだけ騒がしいイアンたちの声がする。
いつの間にか、他の生徒たちも走り始めていた。
冷たい空気を肺一杯に取り込む。吐き出した息は少しだけ軽かった。
淡々とした声で教師が言う。
「仮にここに砲撃があった場合、この学園から最も近いシェルターはニュドニアホールの地下になります。本来は荷物の搬入出や舞台装置の設置などのために造られたものですが、災害などの避難場所としても指定されています。避難場所としてはこの学園もその一つですが、地下施設がないため、学園内に留まるのは止めてください」
その言葉を聞いている生徒がどのくらいいるのか分からない。
外は雪が降っている。今年の冬の休暇はなくなった。しかも本来なら暖かな部屋の中で本でも読んでいる頃なのに、僕らは学園に来ている。
開戦したことによって避難などにより授業が大きく遅れていることが理由として挙げられていたけど、本題は午後からの仕事のためだ。
出兵により減少した人手を学生で埋めているのだ。僕らはモクトスタの訓練に駆り出されるけど、他の生徒はそれぞれ適正を活かした場所に働きに出る。
それでもこの学園の生徒はまだマシな方だろう。
市場の子供たちなんかは、早い段階から工場の手伝いなどをさせられているらしい。
雪が深くなったことで、攻撃の勢いは弱くなっている。ニュドニアが雪深い時期ならセイダルだって国境付近は雪に埋もれているのだから。
本来なら休暇を祝いところだけど、国の方針は違った。勢力が弱まっている今こそ、内側の力を増すときだと判断したようだ。
お陰で老若男女問わずに色々な作業で東奔西走しているのだ。
午後になって第三グラウンドに行くと、各々無言でストレッチを始める。
寒さに固まった体を念入りに解していると、続々と集まる生徒が昨日よりも数を減らしていた。
特に僕らのチームはイアンと僕、ブライトルしかいない。
嫌な予感がした。
「エドマンド、何で誰も来ないのか、知っている?」
「いや……でも、恐らく……」
「エドマンド?」
「軍隊入りしたのだろうね」
「ブライトル殿下……。軍隊入りって……」
「近々国境へ行くという意味だよ、イアン」
イアンが目を見張る。
聞こえていたのだろう、他のチームのメンバーもこちらを見る。
近場にいた男子生徒がブライトルに聞いた。
「ブライトル殿下、それは本当ですか?」
「教官に確認すれば間違いはないと思うけれど、私のチームはみんな十八歳を迎えていたからね。そう考えるのが妥当だろう」
「じゃ、じゃあ、今いないのは……」
「ターシャリの三年生だけだろう?」
生徒たちが辺りを見回す。確かに、いないのは最高学年の生徒だけだった。
「本当だ……」
「そんな……」
悲壮な空気が漂う。
僕はそんな彼らに背中を向けて、一人さっさとグラウンドを走り始める。
「あいつ、こんな状態でよくいつも通りに動けるな……」
「エドマンド君なら仕方ないよ。私たちとは違うのよ」
「感情がないって言うのも間違っていないのかもな」
背後から好き勝手に言う声が聞こえてくる。何と言われても構わない。僕にはこうすることしか――。
「憎まれ役は慣れっこか?」
「……ブライトル」
後ろから足音が聞こえていたので気付いてはいたけど、何となく話しかけてはこないと思っていた。少し端に避けて彼が走るスペースを確保する。
「僕に悲しむ権利はないからな」
「どういう意味だ?」
「僕は、知っていた。どうなるかも知っている。だから」
「だから、ただひたすら黙るのか?」
話の裾を奪われて眉をひそめる。何だかバカにされているような気がした。
「何が言いたい?」
「愚策だな、と思っただけさ」
「周りからどう思われるか、とでも言うつもりか? 構わないさ。チームメイトだってほとんどいなくなったしな」
「ただ、無言で彼らと一緒にいればそれでいいのさ。それで彼らは共感する」
「だから、それが……!」
「愚かだな。前も言っただろ? お前のせいじゃない」
咄嗟にブライトルの顔を見た。吐く息の白さが濃い。体は段々と温まってきていた。
「そんなことは分かっている」
「そうだな。お前は賢い。でも、気にしている」
「ブライトル……!」
続けようとした言葉は咄嗟に飲み込んだ。一周目が終わって、他の生徒たちの前を通ったからだ。無言でその場を離れる。
「――気にくらいするさ」
「それが愚かだと言っているんだ。お前は一人か? 違うだろう? 俺がいる。不本意だがイアンもいる。ダンも、アンドリューたちも」
「それが一体なんだって言うんだ」
「抱え込むな」
胸が苦しくなって、はぁ、と口から大きな息が吐きだした。一層目の前が白く曇る。
「何を……」
「お前は頑張っている。俺が一番よく知っている。だから追い込むな。見ていて苦しくなる」
「それ、は……」
「エドマンド、大丈夫だ。もう、いい加減にしろ。お前だって苦しんでいいんだ」
歩調が段々と緩やかになり、やがて止めてしまった。数歩追い抜いたブライトルも止まってこちらを振り返る。
「ブライトル、僕は、この先どうなるかを知っている」
「ああ」
「最近気付いたんだ。いくら知っていると言っても、僕以外の生活を見逃してよかったのかと」
横目で遠くにいる生徒たちを見る。僕らが立ち止まってしまっているから、何事かと視線を寄越し始めた。
「未来だって、本当に勝つ保障はない。僕が知っているというだけで、僕一人の動きでこんなにも色々なものが変わるのに……」
ブライトルの腕が伸びてくる。何をされるのかとぼんやりと見ていると頭の上に乗った。髪の毛を思い切り混ぜられて頭が揺れる。
「……おい」
手の動きは止まらない。
「おい」
その内、ゆったりと髪を撫でられ始めた。
「おいっ!」
「ん?」
「なんなんだ! 年下扱いは止めてくれ」
「対等でいたいのか? いいね、歓迎するよ」
「バカにしているな?」
「可愛いな、と思っているだけさ。キスしたいくらいだ」
「っバカにしているんだな!」
頭の上の手を思い切りはたきおとす。顔に熱が上がったのが分かった。キス? よりによってキス! 時計塔でのことを思い出す。そうだった。真面目に話して損をした。この人はこういう人だった。
「タイミングがなくて忘れていたけど、前にもらったチェーン、今度返します」
「あれ? 敬語かい? あれは持っていろよ。俺からの気持ちだから」
「いらないですね、貴方の気持ちなど」
「素直なエドマンドはもう終わりかい? 残念だ」
「ブライトル……殿下!」
イアンたちが近寄ってきているのが見えて、慌てて口調を整える。
表情を取り繕う暇もなく、肩にブライトルの腕が乗ってきた。
「ちょ、あんた……!」
「いいから。――やあ、イアン。一緒に走るかい?」
「え、あ、はい! エドマンド、大丈夫?」
「何がだ?」
「うーん? 気のせいならいいんだ。うん。俺らも一緒に走るよ!」
「好きにしろ」
僕は踵を返してさっさと走り出す。後ろからは少しだけ騒がしいイアンたちの声がする。
いつの間にか、他の生徒たちも走り始めていた。
冷たい空気を肺一杯に取り込む。吐き出した息は少しだけ軽かった。
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