この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ

文字の大きさ
上 下
24 / 47
第三章 運命なんて言葉じゃちょっと無理がある

二十四、白く大きい温かなため息

しおりを挟む
 ホワイトボードに、もし砲撃があったときにどうするのか。避難中の行動はどうするべきなのかなどが書かれている。
 淡々とした声で教師が言う。

「仮にここに砲撃があった場合、この学園から最も近いシェルターはニュドニアホールの地下になります。本来は荷物の搬入出や舞台装置の設置などのために造られたものですが、災害などの避難場所としても指定されています。避難場所としてはこの学園もその一つですが、地下施設がないため、学園内に留まるのは止めてください」

 その言葉を聞いている生徒がどのくらいいるのか分からない。
 外は雪が降っている。今年の冬の休暇はなくなった。しかも本来なら暖かな部屋の中で本でも読んでいる頃なのに、僕らは学園に来ている。

 開戦したことによって避難などにより授業が大きく遅れていることが理由として挙げられていたけど、本題は午後からの仕事のためだ。
 出兵により減少した人手を学生で埋めているのだ。僕らはモクトスタの訓練に駆り出されるけど、他の生徒はそれぞれ適正を活かした場所に働きに出る。
 それでもこの学園の生徒はまだマシな方だろう。
 市場の子供たちなんかは、早い段階から工場の手伝いなどをさせられているらしい。

 雪が深くなったことで、攻撃の勢いは弱くなっている。ニュドニアが雪深い時期ならセイダルだって国境付近は雪に埋もれているのだから。
 本来なら休暇を祝いところだけど、国の方針は違った。勢力が弱まっている今こそ、内側の力を増すときだと判断したようだ。
 お陰で老若男女問わずに色々な作業で東奔西走しているのだ。


 午後になって第三グラウンドに行くと、各々無言でストレッチを始める。
 寒さに固まった体を念入りに解していると、続々と集まる生徒が昨日よりも数を減らしていた。
 特に僕らのチームはイアンと僕、ブライトルしかいない。
 嫌な予感がした。

「エドマンド、何で誰も来ないのか、知っている?」
「いや……でも、恐らく……」
「エドマンド?」
「軍隊入りしたのだろうね」
「ブライトル殿下……。軍隊入りって……」
「近々国境へ行くという意味だよ、イアン」

 イアンが目を見張る。
 聞こえていたのだろう、他のチームのメンバーもこちらを見る。
 近場にいた男子生徒がブライトルに聞いた。

「ブライトル殿下、それは本当ですか?」
「教官に確認すれば間違いはないと思うけれど、私のチームはみんな十八歳を迎えていたからね。そう考えるのが妥当だろう」
「じゃ、じゃあ、今いないのは……」
「ターシャリの三年生だけだろう?」

 生徒たちが辺りを見回す。確かに、いないのは最高学年の生徒だけだった。

「本当だ……」
「そんな……」

 悲壮な空気が漂う。
 僕はそんな彼らに背中を向けて、一人さっさとグラウンドを走り始める。

「あいつ、こんな状態でよくいつも通りに動けるな……」
「エドマンド君なら仕方ないよ。私たちとは違うのよ」
「感情がないって言うのも間違っていないのかもな」

 背後から好き勝手に言う声が聞こえてくる。何と言われても構わない。僕にはこうすることしか――。

「憎まれ役は慣れっこか?」
「……ブライトル」

 後ろから足音が聞こえていたので気付いてはいたけど、何となく話しかけてはこないと思っていた。少し端に避けて彼が走るスペースを確保する。

「僕に悲しむ権利はないからな」
「どういう意味だ?」
「僕は、知っていた。どうなるかも知っている。だから」
「だから、ただひたすら黙るのか?」

 話の裾を奪われて眉をひそめる。何だかバカにされているような気がした。

「何が言いたい?」
「愚策だな、と思っただけさ」
「周りからどう思われるか、とでも言うつもりか? 構わないさ。チームメイトだってほとんどいなくなったしな」
「ただ、無言で彼らと一緒にいればそれでいいのさ。それで彼らは共感する」
「だから、それが……!」
「愚かだな。前も言っただろ? お前のせいじゃない」

 咄嗟にブライトルの顔を見た。吐く息の白さが濃い。体は段々と温まってきていた。

「そんなことは分かっている」
「そうだな。お前は賢い。でも、気にしている」
「ブライトル……!」

 続けようとした言葉は咄嗟に飲み込んだ。一周目が終わって、他の生徒たちの前を通ったからだ。無言でその場を離れる。

「――気にくらいするさ」
「それが愚かだと言っているんだ。お前は一人か? 違うだろう? 俺がいる。不本意だがイアンもいる。ダンも、アンドリューたちも」
「それが一体なんだって言うんだ」
「抱え込むな」

 胸が苦しくなって、はぁ、と口から大きな息が吐きだした。一層目の前が白く曇る。

「何を……」
「お前は頑張っている。俺が一番よく知っている。だから追い込むな。見ていて苦しくなる」
「それ、は……」
「エドマンド、大丈夫だ。もう、いい加減にしろ。お前だって苦しんでいいんだ」

 歩調が段々と緩やかになり、やがて止めてしまった。数歩追い抜いたブライトルも止まってこちらを振り返る。

「ブライトル、僕は、この先どうなるかを知っている」
「ああ」
「最近気付いたんだ。いくら知っていると言っても、僕以外の生活を見逃してよかったのかと」

 横目で遠くにいる生徒たちを見る。僕らが立ち止まってしまっているから、何事かと視線を寄越し始めた。

「未来だって、本当に勝つ保障はない。僕が知っているというだけで、僕一人の動きでこんなにも色々なものが変わるのに……」

 ブライトルの腕が伸びてくる。何をされるのかとぼんやりと見ていると頭の上に乗った。髪の毛を思い切り混ぜられて頭が揺れる。

「……おい」

 手の動きは止まらない。

「おい」

 その内、ゆったりと髪を撫でられ始めた。

「おいっ!」
「ん?」
「なんなんだ! 年下扱いは止めてくれ」
「対等でいたいのか? いいね、歓迎するよ」
「バカにしているな?」
「可愛いな、と思っているだけさ。キスしたいくらいだ」
「っバカにしているんだな!」

 頭の上の手を思い切りはたきおとす。顔に熱が上がったのが分かった。キス? よりによってキス! 時計塔でのことを思い出す。そうだった。真面目に話して損をした。この人はこういう人だった。

「タイミングがなくて忘れていたけど、前にもらったチェーン、今度返します」
「あれ? 敬語かい? あれは持っていろよ。俺からの気持ちだから」
「いらないですね、貴方の気持ちなど」
「素直なエドマンドはもう終わりかい? 残念だ」
「ブライトル……殿下!」

 イアンたちが近寄ってきているのが見えて、慌てて口調を整える。
 表情を取り繕う暇もなく、肩にブライトルの腕が乗ってきた。

「ちょ、あんた……!」
「いいから。――やあ、イアン。一緒に走るかい?」
「え、あ、はい! エドマンド、大丈夫?」
「何がだ?」
「うーん? 気のせいならいいんだ。うん。俺らも一緒に走るよ!」
「好きにしろ」

 僕は踵を返してさっさと走り出す。後ろからは少しだけ騒がしいイアンたちの声がする。
 いつの間にか、他の生徒たちも走り始めていた。
 冷たい空気を肺一杯に取り込む。吐き出した息は少しだけ軽かった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

聖女の兄で、すみません! その後の話

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』の番外編になります。

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

「婚約を破棄する!」から始まる話は大抵名作だと聞いたので書いてみたら現実に婚約破棄されたんだが

ivy
BL
俺の名前はユビイ・ウォーク 王弟殿下の許嫁として城に住む伯爵家の次男だ。 余談だが趣味で小説を書いている。 そんな俺に友人のセインが「皇太子的な人があざとい美人を片手で抱き寄せながら主人公を指差してお前との婚約は解消だ!から始まる小説は大抵面白い」と言うものだから書き始めて見たらなんとそれが現実になって婚約破棄されたんだが? 全8話完結

処理中です...