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第三章 運命なんて言葉じゃちょっと無理がある
二十一、笑ってばかりはいられない
しおりを挟む 冬の長期休暇が終わると少しずつ春の気配が見えてくる。雪が解け始めて生活が活気づく。
市場にニュドニア産の花々が並ぶ頃に行われた試験では、前回イアンを助けたメンバーに友人A/B/Cも加わって、一ヶ月前から臨んだ。無事に全教科平均以上の点数を取ったときはみんなで喜んだ。
イアンは週に三回ほど王城で基礎体力の向上とグロリアスの装備訓練を行っている。メキメキと強くなるのを授業で実感できて、変なのかもしれないけど満足する日々だ。
この時期の原作は、王国主催のトーナメントがメインなので僕の出番はほとんどない。
トーナメントは軍への入隊テストを兼ねていて、参加者は十五歳から十八歳くらいだ。十三歳のイアンは例外的に参加が認められて、と言うか軍部の彼に反感を持っているメンバーに参加させられて、最初はバカにされても見事に勝ち進んでいき入賞を勝ち取る。
望んでいるわけではなくとも、軍部入隊の権利を得て悩んだ末に彼は最年少の軍人として有名になった。
夏の長期休暇前の試験は、イアンがやっと授業に追い付いてきたのでそれぞれが順調に終えた。全員で一ヵ所に集まり勉強したこともある。
このころには七人で何かをするのが当然になっていた。
外出は制限されているから、その分誰かの家に行って勉強したり、ゲームをしたり、ひたすら話をしたりした。
そう言えば、夏の長期休暇でもブライトルは帰国しなかった。
曰く「しておきたいことができたから」
とのことだったけど「流石に二ヶ月もある休みをこちらで過ごすのは問題じゃないのか?」と聞こうとしたけど、心配しているような言い回しが嫌で口を閉じた。のに何かを察したらしい。
「いいんだよ、こっちにいたいんだ。王族としての務めは何も王城内にいないとできないものばかりじゃない」
そう嬉しそうな顔で言われてしまって何も言えなかった。とりあえず顔を逸らして「僕は何も言っていないけどな」と適当な憎まれ口を言っておく。
「お前は正直だから顔に出る」
「表情動かしてないだろ」
「まあ、俺は分かるんだよ」
ニッと意味深な笑いを浮かべられた。悪い気はしなかった。
こんな風に、この半年ほどは驚くほど平和だった。
食事は日を追うごとに質素になっていったけど、それでもまだ食べる物に困るほどではなかった。
あと二週間もすれば僕らは二年生へと進級する。
ここからはどんどん、戦争の匂いが濃くなっていく。
「なあ、エドマンド」
ブライトルは流石に二ヶ月も他人の家に滞在するつもりはなかったらしく、夏の長期休暇を王城で過ごした。けど、三日と空けずに僕の屋敷に来ている。
「なんだよ」
「お前の知っている未来は、ニュドニア国のことがほとんどだって言っていたな?」
「珍しいな。そのことには興味がないのかと思っていた」
自室のソファーに隣同士で座っていると、ブライトルが少し距離を詰めて聞いてきた。僕は壁のカレンダーから視線を彼へ移す。
「まさか。興味はあるさ。もし自由に扱えたらこれ以上なく便利な能力だろ」
「まあ、それはそうだけど……」
できれば言いたくないので言葉を濁してみるけど、さらに距離を詰められて「それで?」と言わんばかりの顔をされた。
近さに瞬きが増えてしまう。最近距離が近いんだよな、この人。
「近い。そうだよ、ニュドニアのことがほとんどだ」
わずかに身を引くと、それ以上は追ってこなかった。でも、その場で悠々と足を組むものだから、狭くなったパーソナルスペースでモゾモゾと座り直すことになった。
「勝つのか? ニュドニア国は。大国セイダルに」
「答え次第じゃ、あんたの行動が変わりそうだな?」
「可能性は否定しないな。そもそも、今の状況はお前の知っている未来の通りになっているのか?」
「概ねは。まあ、その……イアンたちと今みたいな関係になったのは想定外だった」
「……お前、イアンのことになるとその顔するのは何なんだ?」
「うん?」
「自覚なし、か……」
ブライトルがゆっくりと上半身をこちらへ寄せてきて、また距離が縮まる。彼は持っていた本を空いた反対側へ置くと、両手を僕の背後にあった背もたれと肘置きにそっと乗せた。
「……おい、なんだよ」
だから、近い。思わずのけ反った。
「すごく嬉しそうな顔をする。気付いてないかもしれないけど笑っていることも多い。――イアンが好きなのか?」
「は、あ……? そん、そんな顔、していないだろ……」
「しているんだよ。俺が言うんだ。信じろ」
悔しいけど、ブライトルのことはそれなりに信用してしまっている。
ジッと見られることに何だか耐えられなくなってきて、ギュッと目をつぶった。
「分かった! 信じる! から、どいてくれ」
「質問に答えていないな。好きなのか? イアンのこと」
薄っすらと目を開ける。ブライトルの顔の影で世界が少し薄暗い。放射熱で上からジワジワと熱が伝わる。顔が、熱い。
「その、好きか嫌いかならそれは、好きだけど……。変な意味じゃない」
「ふぅん? まあ、いいさ。それで?」
「ニュドニア国は勝つ。少なくとも、これから起こる戦いには勝つ」
「イアンの活躍で、か?」
僕はいつの間に引いてしまっていた顎を上げた。
「どうしてそう思う」
「グロリアスの研究はかなりの進度だ。あれは、下手をしたら国家間の力関係を変えるかもしれない」
僕は黙った。そんなことは知っている。だからこそのグロリアス。だからこその主人公なんだ。
「知っていたな?」
「……ああ」
「そうか」
ブライトルが上半身を起こして座る。暫く黙ってから口を開いた。
「イアンは何なんだ?」
「あいつは……。あいつは、勇者だよ」
「勇者? 英雄じゃなく?」
「勇ましい心を持つ者って意味の方だ。――ブライトル、イアンをどうするつもりだ?」
「それを決めるのは俺じゃないさ。所詮、第二王子だ。できることは少ないんだよ。それから、俺はお前の能力を信じているけど、他からすれば何の根拠もないようなものだ。仮に何かあったとしても、お前のせいじゃない」
そう笑った顔は冗談めいていたけど、きっと本心なんだと感じ取ることができた。
彼の母国であるトーカシア国から何か言われ始めているのかもしれない。例えば、イアンを引き入れろ、とか。
原作でそんな描写はなかったけどあり得る話だ。僕とブライトルは国が違う。立場が違う。そんな当たり前のことが、胸に重くのしかかった。
市場にニュドニア産の花々が並ぶ頃に行われた試験では、前回イアンを助けたメンバーに友人A/B/Cも加わって、一ヶ月前から臨んだ。無事に全教科平均以上の点数を取ったときはみんなで喜んだ。
イアンは週に三回ほど王城で基礎体力の向上とグロリアスの装備訓練を行っている。メキメキと強くなるのを授業で実感できて、変なのかもしれないけど満足する日々だ。
この時期の原作は、王国主催のトーナメントがメインなので僕の出番はほとんどない。
トーナメントは軍への入隊テストを兼ねていて、参加者は十五歳から十八歳くらいだ。十三歳のイアンは例外的に参加が認められて、と言うか軍部の彼に反感を持っているメンバーに参加させられて、最初はバカにされても見事に勝ち進んでいき入賞を勝ち取る。
望んでいるわけではなくとも、軍部入隊の権利を得て悩んだ末に彼は最年少の軍人として有名になった。
夏の長期休暇前の試験は、イアンがやっと授業に追い付いてきたのでそれぞれが順調に終えた。全員で一ヵ所に集まり勉強したこともある。
このころには七人で何かをするのが当然になっていた。
外出は制限されているから、その分誰かの家に行って勉強したり、ゲームをしたり、ひたすら話をしたりした。
そう言えば、夏の長期休暇でもブライトルは帰国しなかった。
曰く「しておきたいことができたから」
とのことだったけど「流石に二ヶ月もある休みをこちらで過ごすのは問題じゃないのか?」と聞こうとしたけど、心配しているような言い回しが嫌で口を閉じた。のに何かを察したらしい。
「いいんだよ、こっちにいたいんだ。王族としての務めは何も王城内にいないとできないものばかりじゃない」
そう嬉しそうな顔で言われてしまって何も言えなかった。とりあえず顔を逸らして「僕は何も言っていないけどな」と適当な憎まれ口を言っておく。
「お前は正直だから顔に出る」
「表情動かしてないだろ」
「まあ、俺は分かるんだよ」
ニッと意味深な笑いを浮かべられた。悪い気はしなかった。
こんな風に、この半年ほどは驚くほど平和だった。
食事は日を追うごとに質素になっていったけど、それでもまだ食べる物に困るほどではなかった。
あと二週間もすれば僕らは二年生へと進級する。
ここからはどんどん、戦争の匂いが濃くなっていく。
「なあ、エドマンド」
ブライトルは流石に二ヶ月も他人の家に滞在するつもりはなかったらしく、夏の長期休暇を王城で過ごした。けど、三日と空けずに僕の屋敷に来ている。
「なんだよ」
「お前の知っている未来は、ニュドニア国のことがほとんどだって言っていたな?」
「珍しいな。そのことには興味がないのかと思っていた」
自室のソファーに隣同士で座っていると、ブライトルが少し距離を詰めて聞いてきた。僕は壁のカレンダーから視線を彼へ移す。
「まさか。興味はあるさ。もし自由に扱えたらこれ以上なく便利な能力だろ」
「まあ、それはそうだけど……」
できれば言いたくないので言葉を濁してみるけど、さらに距離を詰められて「それで?」と言わんばかりの顔をされた。
近さに瞬きが増えてしまう。最近距離が近いんだよな、この人。
「近い。そうだよ、ニュドニアのことがほとんどだ」
わずかに身を引くと、それ以上は追ってこなかった。でも、その場で悠々と足を組むものだから、狭くなったパーソナルスペースでモゾモゾと座り直すことになった。
「勝つのか? ニュドニア国は。大国セイダルに」
「答え次第じゃ、あんたの行動が変わりそうだな?」
「可能性は否定しないな。そもそも、今の状況はお前の知っている未来の通りになっているのか?」
「概ねは。まあ、その……イアンたちと今みたいな関係になったのは想定外だった」
「……お前、イアンのことになるとその顔するのは何なんだ?」
「うん?」
「自覚なし、か……」
ブライトルがゆっくりと上半身をこちらへ寄せてきて、また距離が縮まる。彼は持っていた本を空いた反対側へ置くと、両手を僕の背後にあった背もたれと肘置きにそっと乗せた。
「……おい、なんだよ」
だから、近い。思わずのけ反った。
「すごく嬉しそうな顔をする。気付いてないかもしれないけど笑っていることも多い。――イアンが好きなのか?」
「は、あ……? そん、そんな顔、していないだろ……」
「しているんだよ。俺が言うんだ。信じろ」
悔しいけど、ブライトルのことはそれなりに信用してしまっている。
ジッと見られることに何だか耐えられなくなってきて、ギュッと目をつぶった。
「分かった! 信じる! から、どいてくれ」
「質問に答えていないな。好きなのか? イアンのこと」
薄っすらと目を開ける。ブライトルの顔の影で世界が少し薄暗い。放射熱で上からジワジワと熱が伝わる。顔が、熱い。
「その、好きか嫌いかならそれは、好きだけど……。変な意味じゃない」
「ふぅん? まあ、いいさ。それで?」
「ニュドニア国は勝つ。少なくとも、これから起こる戦いには勝つ」
「イアンの活躍で、か?」
僕はいつの間に引いてしまっていた顎を上げた。
「どうしてそう思う」
「グロリアスの研究はかなりの進度だ。あれは、下手をしたら国家間の力関係を変えるかもしれない」
僕は黙った。そんなことは知っている。だからこそのグロリアス。だからこその主人公なんだ。
「知っていたな?」
「……ああ」
「そうか」
ブライトルが上半身を起こして座る。暫く黙ってから口を開いた。
「イアンは何なんだ?」
「あいつは……。あいつは、勇者だよ」
「勇者? 英雄じゃなく?」
「勇ましい心を持つ者って意味の方だ。――ブライトル、イアンをどうするつもりだ?」
「それを決めるのは俺じゃないさ。所詮、第二王子だ。できることは少ないんだよ。それから、俺はお前の能力を信じているけど、他からすれば何の根拠もないようなものだ。仮に何かあったとしても、お前のせいじゃない」
そう笑った顔は冗談めいていたけど、きっと本心なんだと感じ取ることができた。
彼の母国であるトーカシア国から何か言われ始めているのかもしれない。例えば、イアンを引き入れろ、とか。
原作でそんな描写はなかったけどあり得る話だ。僕とブライトルは国が違う。立場が違う。そんな当たり前のことが、胸に重くのしかかった。
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