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第二章 友情なんて簡単な言葉じゃ説明できない
十九、読めない男とは言えど
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夏の長期休暇に比べれば短いけど、冬も三週間とそれなりに長い。
この時期になると、北側にある山脈から降りてくる冷気で一気に冷え込んで雪が積もるから、ほとんどの人が家に引きこもる。
今年も越冬のための買い込みで食糧庫と資材室がパンパンになっている。
それに加えてあの男の存在だ。
突然の王族の滞在にフィッツパトリック家はてんてこ舞いだ。こんな古風な言葉使いたくないけど、余りにピッタリでそれ以外に浮かばない。
ブライトルは宣言通りに休暇の二日目に屋敷にやってきた。――大量の荷物を持たせて。
いくら王族だからって女性じゃないんだから、こんなに荷物いらないだろ!
使用人たちの手前、口を開くこともできずに渋々受け入れるしかなかった僕はダメな時期当主かもしれない。
お陰でこの人の荷物で一部屋埋まった。やっぱり嫌がらせなんじゃないかと思えてくる。
それなのに、僕の感情なんて関係なく屋敷側はブライトルを大歓迎している。初の友人でそれが他国の王族。丁重におもてなしするというものだ。
その王族の男は今、僕の部屋のソファーに座って僕とチェスをしている。
「あんた、何がしたいんだ……?」
二勝二敗となったところで、とうとう直接聞いてみた。
「そうだな、次はホールでトレーニングでもしようか」
「そうじゃない。分かっているだろ? 僕のこと、嫌いだったんじゃないのか?」
対面に座る男の目線が記憶にあるより少し上にあるような気がする。背が伸びたのかもしれない。原作では結構背が高かったから、これからさらに伸びるんだろう。
「そうだね、好きか嫌いかで言ったら嫌いなんだけど。見ているとイライラすることも多いし、危なっかしいし」
「じゃあ、未来のことか? 言っておくけど、予知ができるわけじゃないからな。ただ、知っているだけだ」
「へぇ? そうなんだ?」
「それでもないのか? あんた、一体何なんだよ……」
「さぁな。なんだろうな? 俺が聞きたいくらいだよ。お前のことが嫌いなのに、お前と話すのは嫌いじゃない」
「変なヤツ……」
「ははは! 俺からすればお前の方がよっぽど変なヤツだよ! もう少し自覚するべきだな」
「あんたにだけは言われたくない」
「お互い様だな」
僕は隠すことなく、大きなため息をついた。
この人と一緒にいると、自分が何なのか分からなくなることがある。エドマンド・フィッツパトリックでいる必要もなく、勿論前世なんか関係あるはずもなく。
ただ気付けば全力で負けないように頑張っている。
「さて、せっかくだし手合わせでもしようか。起き上がれなくなるまで相手してやるよ」
「モクトスタか? 外は雪だぞ? そもそも僕は練習機だけどあんたは……」
「練習機だってある程度は温度調節できるだろ? 俺も今回は練習機を使うさ」
ブライトルは最速でマスター昇格試験に合格し、すでに二つ目のランクであるインディゴになっている。
モクトスタには大きく分けて練習機、汎用機、専用機がある。最初の二つは基本的な機能は同じだけど、選べる幅や、威力や防御力が段違いだったりする。
これが専用機になると、使用者に合わせた武器や防具、スピードの調整などもできるようになるのだ。
汎用機はインディゴから、専用機は上から三つ目のランクであるイエローから装備できるようになっている。
「雪中訓練か。いいぜ。僕だって安穏と過ごしていたわけじゃないってことを教えてやるよ」
精一杯強がって顎を反らして見返してやった。
僕らはまずホールで体を温めてから勝負に臨むことにした。
二人並んでそれぞれにランニングから始めていく。効率的な方法を考えた結果、同じトレーニングをすることになった。
「この前軍部の練習に参加させてもらったんだけど、やっぱりかなりキツかった」
淡々と体を動かしていると、ブライトルがポツリと言った。
ニュドニア国は、人口から見ても軍人の数は少ない。その代わり、モクトスタの精度や使用者のテクニックなどは群を抜いている。少数精鋭なのだ。その分、当然訓練も厳しい。
「インディゴになると訓練に参加できたんだったな。――それは量か?」
「基本的には」
「三倍くらいか?」
「甘いな。五倍はある」
「そ、れは……」
「俺らは体もまだできあがっていないしな。仕方ない」
「でも、悔しいな」
「え? あ、ああ……」
「何だ? 悔しくないのか?」
悔しそうな顔をしているような気がしたから言ったのに、ブライトルは驚いたような顔をした。
二人でうつ伏せになってプランクを始める。
「お前じゃないんだ。そう簡単に感情を揺さぶられることはないさ」
「僕がそうなるとするなら、あんたの前でだけだ。分かっているなら、もう少し言動を改めてもらいたいものだな」
「は……?」
「なんだ?」
「いや、なんでも、ない」
「何だよ、歯切れが悪いな」
横目でブライトルの顔を伺う。その顔が妙に嬉しそうに映って、すぐに視線を元に戻す。自分の目が左右に揺れているのが分かる。何だろう? 見てはいけないものを見た気がする。
「ふぅー、ふぅー、ふぅー……」
呼吸が段々荒くなってきた。一度深く呼吸をすると、僕はゆっくりと床に倒れ込む。ブライトルがまだ余裕なのが悔しいけど、どうあがいても十代の二歳差は基礎体力が違い過ぎる。
楽な体勢になった途端に、ぜぇぜぇと息が荒い。
うつ伏せで息を整えていると、耳に何かが触れて、肩が思い切り跳ね上がった。
「ひっ! な、なんだ?」
「え……?」
「ブライトル……? 今、触ったか?」
「あ、ああ……。悪い、あんまり真っ赤だったから、つい……」
触った本人も何が起こったのか分からないような顔をしている。
僕は左耳を押さえながら瞬きを繰り返すしかない。
結局、その後は雪が激しくなってきたから、そのまま素手で手合わせだけをした。
ブライトルは余り集中していないような気がした。
この時期になると、北側にある山脈から降りてくる冷気で一気に冷え込んで雪が積もるから、ほとんどの人が家に引きこもる。
今年も越冬のための買い込みで食糧庫と資材室がパンパンになっている。
それに加えてあの男の存在だ。
突然の王族の滞在にフィッツパトリック家はてんてこ舞いだ。こんな古風な言葉使いたくないけど、余りにピッタリでそれ以外に浮かばない。
ブライトルは宣言通りに休暇の二日目に屋敷にやってきた。――大量の荷物を持たせて。
いくら王族だからって女性じゃないんだから、こんなに荷物いらないだろ!
使用人たちの手前、口を開くこともできずに渋々受け入れるしかなかった僕はダメな時期当主かもしれない。
お陰でこの人の荷物で一部屋埋まった。やっぱり嫌がらせなんじゃないかと思えてくる。
それなのに、僕の感情なんて関係なく屋敷側はブライトルを大歓迎している。初の友人でそれが他国の王族。丁重におもてなしするというものだ。
その王族の男は今、僕の部屋のソファーに座って僕とチェスをしている。
「あんた、何がしたいんだ……?」
二勝二敗となったところで、とうとう直接聞いてみた。
「そうだな、次はホールでトレーニングでもしようか」
「そうじゃない。分かっているだろ? 僕のこと、嫌いだったんじゃないのか?」
対面に座る男の目線が記憶にあるより少し上にあるような気がする。背が伸びたのかもしれない。原作では結構背が高かったから、これからさらに伸びるんだろう。
「そうだね、好きか嫌いかで言ったら嫌いなんだけど。見ているとイライラすることも多いし、危なっかしいし」
「じゃあ、未来のことか? 言っておくけど、予知ができるわけじゃないからな。ただ、知っているだけだ」
「へぇ? そうなんだ?」
「それでもないのか? あんた、一体何なんだよ……」
「さぁな。なんだろうな? 俺が聞きたいくらいだよ。お前のことが嫌いなのに、お前と話すのは嫌いじゃない」
「変なヤツ……」
「ははは! 俺からすればお前の方がよっぽど変なヤツだよ! もう少し自覚するべきだな」
「あんたにだけは言われたくない」
「お互い様だな」
僕は隠すことなく、大きなため息をついた。
この人と一緒にいると、自分が何なのか分からなくなることがある。エドマンド・フィッツパトリックでいる必要もなく、勿論前世なんか関係あるはずもなく。
ただ気付けば全力で負けないように頑張っている。
「さて、せっかくだし手合わせでもしようか。起き上がれなくなるまで相手してやるよ」
「モクトスタか? 外は雪だぞ? そもそも僕は練習機だけどあんたは……」
「練習機だってある程度は温度調節できるだろ? 俺も今回は練習機を使うさ」
ブライトルは最速でマスター昇格試験に合格し、すでに二つ目のランクであるインディゴになっている。
モクトスタには大きく分けて練習機、汎用機、専用機がある。最初の二つは基本的な機能は同じだけど、選べる幅や、威力や防御力が段違いだったりする。
これが専用機になると、使用者に合わせた武器や防具、スピードの調整などもできるようになるのだ。
汎用機はインディゴから、専用機は上から三つ目のランクであるイエローから装備できるようになっている。
「雪中訓練か。いいぜ。僕だって安穏と過ごしていたわけじゃないってことを教えてやるよ」
精一杯強がって顎を反らして見返してやった。
僕らはまずホールで体を温めてから勝負に臨むことにした。
二人並んでそれぞれにランニングから始めていく。効率的な方法を考えた結果、同じトレーニングをすることになった。
「この前軍部の練習に参加させてもらったんだけど、やっぱりかなりキツかった」
淡々と体を動かしていると、ブライトルがポツリと言った。
ニュドニア国は、人口から見ても軍人の数は少ない。その代わり、モクトスタの精度や使用者のテクニックなどは群を抜いている。少数精鋭なのだ。その分、当然訓練も厳しい。
「インディゴになると訓練に参加できたんだったな。――それは量か?」
「基本的には」
「三倍くらいか?」
「甘いな。五倍はある」
「そ、れは……」
「俺らは体もまだできあがっていないしな。仕方ない」
「でも、悔しいな」
「え? あ、ああ……」
「何だ? 悔しくないのか?」
悔しそうな顔をしているような気がしたから言ったのに、ブライトルは驚いたような顔をした。
二人でうつ伏せになってプランクを始める。
「お前じゃないんだ。そう簡単に感情を揺さぶられることはないさ」
「僕がそうなるとするなら、あんたの前でだけだ。分かっているなら、もう少し言動を改めてもらいたいものだな」
「は……?」
「なんだ?」
「いや、なんでも、ない」
「何だよ、歯切れが悪いな」
横目でブライトルの顔を伺う。その顔が妙に嬉しそうに映って、すぐに視線を元に戻す。自分の目が左右に揺れているのが分かる。何だろう? 見てはいけないものを見た気がする。
「ふぅー、ふぅー、ふぅー……」
呼吸が段々荒くなってきた。一度深く呼吸をすると、僕はゆっくりと床に倒れ込む。ブライトルがまだ余裕なのが悔しいけど、どうあがいても十代の二歳差は基礎体力が違い過ぎる。
楽な体勢になった途端に、ぜぇぜぇと息が荒い。
うつ伏せで息を整えていると、耳に何かが触れて、肩が思い切り跳ね上がった。
「ひっ! な、なんだ?」
「え……?」
「ブライトル……? 今、触ったか?」
「あ、ああ……。悪い、あんまり真っ赤だったから、つい……」
触った本人も何が起こったのか分からないような顔をしている。
僕は左耳を押さえながら瞬きを繰り返すしかない。
結局、その後は雪が激しくなってきたから、そのまま素手で手合わせだけをした。
ブライトルは余り集中していないような気がした。
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