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第二章 友情なんて簡単な言葉じゃ説明できない
十四、エドマンドとフルーリア王女
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生徒たちが制服の上からセーターやジャケットを着こみ始める気候になった。
最近の学園内は、イアンの編入がまことしやかに噂され始めている。
曰く「庶民がこの学園に来るらしい」
曰く「第三王女のお気に入りらしい」
曰く「この前の騒動の関係者らしい」
問題が無い程度に調整した内容だった。誰かが意図的に流したのかもしれない。
物語は始まってしまった。彼がやってきて話をする日も近い。
情報では来週には僕のクラスに編入してくるようだ。楽しみなような、怖いような、ただただ心音が早くなった。
「王女殿下から?」
「はい、直々に」
そんな中、帰宅するとフルーリア王女から手紙が届いていた。
登城要請。詳しい内容は書いていなかったものの、大体の察しは付いた。
「世話係でも依頼されるかな」
「この間の少年ですか?」
「ああ。わが校へ編入するらしい」
「それは……、大変ですね」
「ああ」
紅茶とクッキーの件以来、この侍従とは距離が近くなった。今ではこのくらいの雑談はする間柄だ。
屋敷の人間たちとのやり取りもスムーズになった気がするし、隙があると言うのも悪いことばかりじゃないのかもしれない。
癪だけどブライトルの言っていたことは本当で、気を付けてみれば誘いにくる声は少しずつ減っている。
タイミングを間違わないように気を付けるのなら、多少の開き直りは必要な気がしてきている。
「馬車の準備はできております」
「分かった。このまま出る」
「かしこまりました」
従者と共に馬車に揺られながら昔を思い返す。
僕が登城した回数は、子供の頃の分を合わせるともう数えられない。
当時は毎週一、二回は通っていた。フルーリア王女殿下の遊び相手の一人として重用されていたのだ。王族が信用できる相手を探すのはそれだけ大変だということだ。
ブライトルの顔が浮かぶ。
彼が僕を嫌いながらも話をするのはそういう理由なんだろうな。
屋敷から十五分ほどで我が国の中枢、権威の象徴。ニュドニア城は見えてくる。
生前は海外なんて行ったことがなかったから、洋風の城というのは少し新鮮な気がした。
外堀には水が張ってあって、来客がある度に跳ね橋が降りる。ギィィィと記憶にあるより大きな音がする。
馬車に乗ったまま重厚な門戸を潜り、広い庭園を左右に見ながら正面の大扉へ向かう。
すぐに居住塔へと案内されて待っていると、王女殿下と予想外の人が現れた。
扉が開くと同時に立ち上がって、深く腰を折る。
「大変ご無沙汰しております。フルーリア王女殿下。ご健勝そうでなによりです」
「お久しぶりです、エドマンド。来てくださってありがとうございます。どうぞ、顔を上げてください」
「ありがとうございます」
彼女の声はまだ少女の愛らしさを残しているけど、凛とした強さも孕んでいて、大人の女性に向けて成長している最中なのだということが伝わった。
顔を上げると、確かにそこにフルーリア王女殿下がいた。幼い頃に遊んでいた面影と漫画の記憶が目の前の少女に重なる。
薄い桃色の長い髪。真っ白な肌にワインレッドの大きな目。その少し先にある小さな口がついばむように開いた。
「それから、もうご存じよね? こちら、我が国に滞在していらっしゃるトーカシア国のブライトル・ モルダー・ヴァルマ王子殿下です。ブライトル殿下、こちらはエドマンド・フィッツパトリックです。フィッツパトリック元帥のお孫さんです」
「はい、存じております。ご機嫌いかがですか、ブライトル王子殿下」
「楽しく過ごしているよ。ありがとう、エドマンド」
王女殿下から紹介されてしまったし、その場にいるので仕方なく腰を折って丁寧な挨拶をした。
何であんたここにいるんだ。
「今日は急にお呼びしてすみませんでした。少しご相談があったの。まずは、場所を変えましょう」
「承知しました」
「ねぇ、昔みたいに呼んでもいいのかしら?」
「勿論です」
「では、またエドと呼ばせてくださいね」
「はい」
王女殿下が嬉しそうに微笑む。
「お二人は昔からのお知り合いなのですか?」
ブライトルが一心に王女殿下を見つめて聞いてきた。
「はい、ブライトル殿下。七歳頃までよく一緒に遊んでいました」
「そうなのですね。では、その縁で今回のことを?」
「それだけではないのですけれど、お父様やフィッツパトリック様のご推薦もありましたから」
「そうでしたか」
移動しながら、親しげに話す二人を半歩後ろから眺める。
実はこの二人には婚約話が持ち上がっている。年齢的にも丁度いいし、原作にもチラっと出ていたし全くおかしくない。――彼女がブレスタのヒロインじゃなければ。
今、この瞬間。すでにフルーリア王女はイアンに淡い恋心を抱いている。命の危険から助けてくれた相手が、性格も能力も顔もよければ好きになってもおかしくない。
対するイアンはかなり先まで彼女に対して恋愛感情は持たないのだけど、一生懸命見当違いなアピールをする姿は健気でとても可愛らしいのだ。
二人の恋愛が大きく取り上げられるのは二期に入ってからだったから、僕はどこまで見ることができるかな。
イアンと王女の恋物語を間近で見ことを目標にして頑張るのも手だな。久しぶりに前世の気持ちが蘇る。
「エド、ここから中庭をご覧になってみてください」
暫く歩いて着いたのは二階の応接室で、いくつもあるバルコニーの一つから外を見るように促された。
見た瞬間、咄嗟に息を吸って心を落ち着ける。間違っても前回と同じ轍を踏むことなんてできない。
そこには輝く金髪にオレンジの瞳を持った小柄な少年が剣を握っている姿があった。
「イアン・ブロンテ。グロリアスの適正を持っている方です」
最近の学園内は、イアンの編入がまことしやかに噂され始めている。
曰く「庶民がこの学園に来るらしい」
曰く「第三王女のお気に入りらしい」
曰く「この前の騒動の関係者らしい」
問題が無い程度に調整した内容だった。誰かが意図的に流したのかもしれない。
物語は始まってしまった。彼がやってきて話をする日も近い。
情報では来週には僕のクラスに編入してくるようだ。楽しみなような、怖いような、ただただ心音が早くなった。
「王女殿下から?」
「はい、直々に」
そんな中、帰宅するとフルーリア王女から手紙が届いていた。
登城要請。詳しい内容は書いていなかったものの、大体の察しは付いた。
「世話係でも依頼されるかな」
「この間の少年ですか?」
「ああ。わが校へ編入するらしい」
「それは……、大変ですね」
「ああ」
紅茶とクッキーの件以来、この侍従とは距離が近くなった。今ではこのくらいの雑談はする間柄だ。
屋敷の人間たちとのやり取りもスムーズになった気がするし、隙があると言うのも悪いことばかりじゃないのかもしれない。
癪だけどブライトルの言っていたことは本当で、気を付けてみれば誘いにくる声は少しずつ減っている。
タイミングを間違わないように気を付けるのなら、多少の開き直りは必要な気がしてきている。
「馬車の準備はできております」
「分かった。このまま出る」
「かしこまりました」
従者と共に馬車に揺られながら昔を思い返す。
僕が登城した回数は、子供の頃の分を合わせるともう数えられない。
当時は毎週一、二回は通っていた。フルーリア王女殿下の遊び相手の一人として重用されていたのだ。王族が信用できる相手を探すのはそれだけ大変だということだ。
ブライトルの顔が浮かぶ。
彼が僕を嫌いながらも話をするのはそういう理由なんだろうな。
屋敷から十五分ほどで我が国の中枢、権威の象徴。ニュドニア城は見えてくる。
生前は海外なんて行ったことがなかったから、洋風の城というのは少し新鮮な気がした。
外堀には水が張ってあって、来客がある度に跳ね橋が降りる。ギィィィと記憶にあるより大きな音がする。
馬車に乗ったまま重厚な門戸を潜り、広い庭園を左右に見ながら正面の大扉へ向かう。
すぐに居住塔へと案内されて待っていると、王女殿下と予想外の人が現れた。
扉が開くと同時に立ち上がって、深く腰を折る。
「大変ご無沙汰しております。フルーリア王女殿下。ご健勝そうでなによりです」
「お久しぶりです、エドマンド。来てくださってありがとうございます。どうぞ、顔を上げてください」
「ありがとうございます」
彼女の声はまだ少女の愛らしさを残しているけど、凛とした強さも孕んでいて、大人の女性に向けて成長している最中なのだということが伝わった。
顔を上げると、確かにそこにフルーリア王女殿下がいた。幼い頃に遊んでいた面影と漫画の記憶が目の前の少女に重なる。
薄い桃色の長い髪。真っ白な肌にワインレッドの大きな目。その少し先にある小さな口がついばむように開いた。
「それから、もうご存じよね? こちら、我が国に滞在していらっしゃるトーカシア国のブライトル・ モルダー・ヴァルマ王子殿下です。ブライトル殿下、こちらはエドマンド・フィッツパトリックです。フィッツパトリック元帥のお孫さんです」
「はい、存じております。ご機嫌いかがですか、ブライトル王子殿下」
「楽しく過ごしているよ。ありがとう、エドマンド」
王女殿下から紹介されてしまったし、その場にいるので仕方なく腰を折って丁寧な挨拶をした。
何であんたここにいるんだ。
「今日は急にお呼びしてすみませんでした。少しご相談があったの。まずは、場所を変えましょう」
「承知しました」
「ねぇ、昔みたいに呼んでもいいのかしら?」
「勿論です」
「では、またエドと呼ばせてくださいね」
「はい」
王女殿下が嬉しそうに微笑む。
「お二人は昔からのお知り合いなのですか?」
ブライトルが一心に王女殿下を見つめて聞いてきた。
「はい、ブライトル殿下。七歳頃までよく一緒に遊んでいました」
「そうなのですね。では、その縁で今回のことを?」
「それだけではないのですけれど、お父様やフィッツパトリック様のご推薦もありましたから」
「そうでしたか」
移動しながら、親しげに話す二人を半歩後ろから眺める。
実はこの二人には婚約話が持ち上がっている。年齢的にも丁度いいし、原作にもチラっと出ていたし全くおかしくない。――彼女がブレスタのヒロインじゃなければ。
今、この瞬間。すでにフルーリア王女はイアンに淡い恋心を抱いている。命の危険から助けてくれた相手が、性格も能力も顔もよければ好きになってもおかしくない。
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イアンと王女の恋物語を間近で見ことを目標にして頑張るのも手だな。久しぶりに前世の気持ちが蘇る。
「エド、ここから中庭をご覧になってみてください」
暫く歩いて着いたのは二階の応接室で、いくつもあるバルコニーの一つから外を見るように促された。
見た瞬間、咄嗟に息を吸って心を落ち着ける。間違っても前回と同じ轍を踏むことなんてできない。
そこには輝く金髪にオレンジの瞳を持った小柄な少年が剣を握っている姿があった。
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