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第一章 したいこともできないこんな世の中じゃ
七、グイグイ来るなこのイケメン
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例の兵士との再戦は圧勝。当然の結果だった。
ブライトルとのトレーニングがなかったとしても普通に勝てたと思う。かなりの実力差を持って勝ってしまって、やり過ぎた感じもする。いわゆるオーバーキルだ。
「ありがとうございました」
お互いに装備を解いたところで礼を言う。日本にいた頃の名残りなのか、背筋を正して頭を下げたくなる。礼に始まり礼に終わるってやつだ。
僕の方が上位の人間だし、そもそもエドマンドにそんな感情も感覚もないので突っ立ったままだけど。
これは逆に不遜に映っただろうな。別に何を思われてもいいから、そのままにする。
視界の端に不貞腐れたような兵士の顔が映った。これが才能の差。選ばれた側と選ばれなかった側の違い。
「やあ、一瞬だったね」
早速ブライトルが声をかけてきた。今さらだけどこの人暇なのか? もう三日連続でこの屋敷に来ている。
「来た甲斐があったよ。やっぱり人の動きを見るのもいい練習になる。おめでとう」
「ありがとうございます」
「閣下にはこれから連絡を?」
「いえ、すでに伝わっているかと」
「そう。なら、この後は暇だね?」
「殿下?」
「ここの所鍛えてばかりだっただろう? 少し体を休ませよう」
とても素敵な笑顔と一緒にナチュラルに背中に手を添えられる。控えていた侍女たちが静かに色めき立つ。器用すぎて呆れる暇もない。
「この後の時間は僕がもらってもいいね?」
選択肢はなかった。
「殿下、これはどういうことでしょうか?」
「うん、よく似合っているね。君は色白だからこちらの暗めの方がいい」
「殿下、あの」
「普段から明るい色は使っていないようだし、差し色はテラコッタに挑戦してみる?」
ブライトルが連れて来たのは高級店街にある店の一つだった。入口にSPが立っているような、雰囲気的にはヴィトンとかシャネルとかそんな感じの店。
ローティーンのラインがあるようには見えなかったけど、王族にそんな常識は通じないらしい。よく来ているのか、入店すればすぐに奥の部屋へ通されて当然のように服がズラリと並んだ。
最初はブライトルの服選びかと思えば、有無を言わさずマネキンにされ始めて今はすでに四着目を着ている。
「殿下、もしかしてこの服は僕の物なのでしょうか……?」
分かってはいたけど口にした。
「そうだよ? プレゼントさせて」
「いえ、とんでもないことです」
どこから否定していいのか、むしろ否定できるのかも分からないままに、とりあえず賄賂を贈られることだけは拒否してみた。
賄賂? これ賄賂か? 普通賄賂って下位の人間から贈るものじゃないのか?
あと元・売れない役者の名誉として言うけど、僕だってそれなりにコーディネートくらいできる。昔を思い出してからは私服を着る機会がなかったから頭になかっただけで、生前はパーソナルカラーだって知っていたんだ。
「僕にプレゼントされるのは、嫌?」
いつの間にか隣に立っていた殿下が鏡に左腕を付いて覗き込んでくる。
近い。無意味に近い。
あと無駄に顔がいい。流石漫画のキャラクター。僕とは違ったイケメンぶりだ。
「いえ、光栄です」
だから、僕に選択肢はないのに一々聞くのは何なんだ。
礼を兼ねて軽く頭を下げたと同時にブライトルの両腕が首に回ってきて、流石に瞬きが増えた。ゆっくりと顔を上げる。
「このチェーンはいつも身に着けるように」
視線を辿ると、細いチェーンが首に下がっていた。ネックレスを留めてくれたのだ。
「承知しました」
距離が近すぎて呆然とする。
「これはこのまま着て行く。僕も着替えてくるから、待っていてね」
殿下は店員から差し出された服を手に奥へ行く。試着もしない所を見ると、すでに手配していたらしい。
最初から僕を連れ出すつもりでいた……?
だとしたら厄介だ。あの人は本格的に僕を取り込みにかかっているのかもしれない。そこにどんなメリットがあるのか、今の段階では情報が少な過ぎて判断できない。
少しだけ視線を下げる。体勢は変えない。姿勢よくソファーに座っているだけだ。ジェスチャーが激しいということは、それだけ感情を悟られやすい。
これは、二週間も持たなかったんだろう。
クラスメイトの反応にブライトルの反応。余りにも原作のイメージや以前の記憶と噛み合わないところがある。
多少我を出してしまったことは悪いと思う。でも、それを抜きにしても――認めたくはなかったけど――やっぱり僕の演技に粗が多いということだろう。
一番厄介なのは、記憶が戻る前の僕が周りからの評価に鈍感だったことだ。すでに感情が死にかけていたので色々なことに興味が薄すぎた。お陰で今の僕の言動との違いが比較しにくい。
ため息を付く代わりに静かに一度瞬きをする。
「考え事かい?」
「……いえ」
声と同時に正面に影ができる。
彼が来ていたことには気付いていた。多分、僕が気付くか気付かないかのギリギリのところを狙って気配を消していた。
「驚くかと思っていたけど、流石に気づかれてしまったかな。待たせて悪かったね」
「いえ」
「そうかい? じゃあ行こうか」
「どこへ行くのですか?」
「そうだな。どこでもいいけれど、花屋、宝飾店、あとは高い所へ行こうか。景色を眺めるのもいいだろう」
「景色、ですか」
「ああ。せっかくのデートだ。綺麗な物を探してみようと思っている」
は……?
僕は知っている。
こういう瞬間の心象風景を人はスペースキャットと呼ぶということを。
ブライトルとのトレーニングがなかったとしても普通に勝てたと思う。かなりの実力差を持って勝ってしまって、やり過ぎた感じもする。いわゆるオーバーキルだ。
「ありがとうございました」
お互いに装備を解いたところで礼を言う。日本にいた頃の名残りなのか、背筋を正して頭を下げたくなる。礼に始まり礼に終わるってやつだ。
僕の方が上位の人間だし、そもそもエドマンドにそんな感情も感覚もないので突っ立ったままだけど。
これは逆に不遜に映っただろうな。別に何を思われてもいいから、そのままにする。
視界の端に不貞腐れたような兵士の顔が映った。これが才能の差。選ばれた側と選ばれなかった側の違い。
「やあ、一瞬だったね」
早速ブライトルが声をかけてきた。今さらだけどこの人暇なのか? もう三日連続でこの屋敷に来ている。
「来た甲斐があったよ。やっぱり人の動きを見るのもいい練習になる。おめでとう」
「ありがとうございます」
「閣下にはこれから連絡を?」
「いえ、すでに伝わっているかと」
「そう。なら、この後は暇だね?」
「殿下?」
「ここの所鍛えてばかりだっただろう? 少し体を休ませよう」
とても素敵な笑顔と一緒にナチュラルに背中に手を添えられる。控えていた侍女たちが静かに色めき立つ。器用すぎて呆れる暇もない。
「この後の時間は僕がもらってもいいね?」
選択肢はなかった。
「殿下、これはどういうことでしょうか?」
「うん、よく似合っているね。君は色白だからこちらの暗めの方がいい」
「殿下、あの」
「普段から明るい色は使っていないようだし、差し色はテラコッタに挑戦してみる?」
ブライトルが連れて来たのは高級店街にある店の一つだった。入口にSPが立っているような、雰囲気的にはヴィトンとかシャネルとかそんな感じの店。
ローティーンのラインがあるようには見えなかったけど、王族にそんな常識は通じないらしい。よく来ているのか、入店すればすぐに奥の部屋へ通されて当然のように服がズラリと並んだ。
最初はブライトルの服選びかと思えば、有無を言わさずマネキンにされ始めて今はすでに四着目を着ている。
「殿下、もしかしてこの服は僕の物なのでしょうか……?」
分かってはいたけど口にした。
「そうだよ? プレゼントさせて」
「いえ、とんでもないことです」
どこから否定していいのか、むしろ否定できるのかも分からないままに、とりあえず賄賂を贈られることだけは拒否してみた。
賄賂? これ賄賂か? 普通賄賂って下位の人間から贈るものじゃないのか?
あと元・売れない役者の名誉として言うけど、僕だってそれなりにコーディネートくらいできる。昔を思い出してからは私服を着る機会がなかったから頭になかっただけで、生前はパーソナルカラーだって知っていたんだ。
「僕にプレゼントされるのは、嫌?」
いつの間にか隣に立っていた殿下が鏡に左腕を付いて覗き込んでくる。
近い。無意味に近い。
あと無駄に顔がいい。流石漫画のキャラクター。僕とは違ったイケメンぶりだ。
「いえ、光栄です」
だから、僕に選択肢はないのに一々聞くのは何なんだ。
礼を兼ねて軽く頭を下げたと同時にブライトルの両腕が首に回ってきて、流石に瞬きが増えた。ゆっくりと顔を上げる。
「このチェーンはいつも身に着けるように」
視線を辿ると、細いチェーンが首に下がっていた。ネックレスを留めてくれたのだ。
「承知しました」
距離が近すぎて呆然とする。
「これはこのまま着て行く。僕も着替えてくるから、待っていてね」
殿下は店員から差し出された服を手に奥へ行く。試着もしない所を見ると、すでに手配していたらしい。
最初から僕を連れ出すつもりでいた……?
だとしたら厄介だ。あの人は本格的に僕を取り込みにかかっているのかもしれない。そこにどんなメリットがあるのか、今の段階では情報が少な過ぎて判断できない。
少しだけ視線を下げる。体勢は変えない。姿勢よくソファーに座っているだけだ。ジェスチャーが激しいということは、それだけ感情を悟られやすい。
これは、二週間も持たなかったんだろう。
クラスメイトの反応にブライトルの反応。余りにも原作のイメージや以前の記憶と噛み合わないところがある。
多少我を出してしまったことは悪いと思う。でも、それを抜きにしても――認めたくはなかったけど――やっぱり僕の演技に粗が多いということだろう。
一番厄介なのは、記憶が戻る前の僕が周りからの評価に鈍感だったことだ。すでに感情が死にかけていたので色々なことに興味が薄すぎた。お陰で今の僕の言動との違いが比較しにくい。
ため息を付く代わりに静かに一度瞬きをする。
「考え事かい?」
「……いえ」
声と同時に正面に影ができる。
彼が来ていたことには気付いていた。多分、僕が気付くか気付かないかのギリギリのところを狙って気配を消していた。
「驚くかと思っていたけど、流石に気づかれてしまったかな。待たせて悪かったね」
「いえ」
「そうかい? じゃあ行こうか」
「どこへ行くのですか?」
「そうだな。どこでもいいけれど、花屋、宝飾店、あとは高い所へ行こうか。景色を眺めるのもいいだろう」
「景色、ですか」
「ああ。せっかくのデートだ。綺麗な物を探してみようと思っている」
は……?
僕は知っている。
こういう瞬間の心象風景を人はスペースキャットと呼ぶということを。
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