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第一章 したいこともできないこんな世の中じゃ
一、 自分の身に起こるとは思わない
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「お前を見ているとイライラする」
「それはお互い様かもしれませんね」
心底軽蔑されて、バカにされている。僕が本当の意味でブライトルと出会った瞬間に感じたことだ。
***
僕はその日、十三歳の誕生日を迎えたばかりだった。
元帥である祖父からの特例で、本来十五歳からのモクトスタ――対人用戦闘特化型アーマー兵器ー――の装備を許された。夢中になって動作を試していたところに現れたのは、祖父の言いつけでやってきた兵士だった。
「手合わせ願います」
にこやかに言われ、ピクリとも心は動かなかったはずだった。
ただ、何故か多少なりとも舞い上がっていたらしい僕は「よろしくお願いいたします」と頭を下げていた。
その結果がこれだ。僕は今、自室のベッドで治療を受けている。
模擬戦なので使われたのは練習用の剣で、さらに兵士は手を抜いていたようだから怪我も大したことはない。ちょっとしたかすり傷と打撲程度だ。
それでも、目の前に迫る大柄な男と大きな剣。それらが予測できない速さで迫ってくることに恐怖した。
この時点で――僕は恐怖など感じたことがないのに――おかしいとは思った。
死ぬ……!
咄嗟にそう思ってしまって、僕は前にもそう感じたことがあるのを思い出した。
眩い照明と狭い舞台。
騒然とする仲間たちと嫌に冷静な自分。
痛みと熱さだけが酷い腹と、遠のく意識。
ああ、僕は死ぬんだな……。
そう、思った。
だから僕は分かってしまった。僕には昔の僕があったのだと。
「お爺様は……今日はお帰りにならないのだったな?」
「はい、エドマンド様。本日も執務のため王城に滞在される予定です」
左腕の打撲に包帯を巻いてくれている医師の隣、控える侍従に言いかけた言葉を飲み込んで無難な言葉を口にした。
本当は僕の名前は何? と聞こうとした。
でも僕は僕の名前を知っていたことに気付いた。
「少し休む」
治療が終わったタイミングでその場にいる全員に告げる。それだけで無言で下がる複数の大人たち。
生まれたときから慣れている、人に命令するという行動。
こんな経験は僕にはない。
でも僕にはある。
急に現れた記憶が少し不思議な感じではあったけど、前の僕の記憶の方が古くて、他人事のような感じがしている。
だからだろうか、本当なら夢かと疑うところだけど、僕は何故かすんなりと受け入れていた。
部屋で一人になると洋服を着こんで、まずは部屋の中をじっくりと見渡した。
天蓋付きの大きなベッドは前回の人生ではお目にかかることもなかったキングサイズくらいはありそうだ。
窓は大きな一枚ガラス。当然、一般家庭にあるサイズじゃない。お高いんでしょう? その通りだ。
他にも洋風の部屋なのに螺鈿のような細工がされたチェストや、磨き上げられた日本風の勉強机のような物がある。
さらに中央に置かれたテーブルの上に置かれた、どう見てもラジオのような機械。
どうにも見覚えのある室内、この文化も文明もごちゃ混ぜな感じ。
そして、当然のように記憶にある自分の名前。
「ブレイブ・オブ・モクトスタのエドマンドだ……」
マジか……。
部屋の様子から予想はしていたけど、鏡に映った自分の姿を見て確信した。
くすんだブロンドにシルバーのインナーカラーの髪は襟足が長く、小さく一つにまとめている。感情の読めない冷徹そうな緑の瞳に、口元の黒子。記憶にあるより幼いものの間違いない。
僕は転生? したらしい。
そしてその相手は、生前ハマって呼んでいたバトル漫画の人気キャラだった。
念のために怪我した左腕を強めに押してみる。……痛い。
当然だった。さっき医師からは「無茶をしましたな」なんて穏やかに笑われたばかりだ。
分かっていたけど、やっぱり夢じゃない。
自分でも何でこんなに冷静なのか不思議なくらいだ。
まだ実感が湧かないのかも。
だって、これじゃまんま『〇〇に転生して△△だった件』じゃないか。
僕は生前、いまいち売れない役者をしていた。
漫画やアニメが原作の舞台もたくさんあるから、勉強のつもりでそれなりに触れてきたつもりだ。有名な作品や世間の流行も知っている。
それでもあれはフィクションだ。自分に起こらないかなと思いつつ、実際に起こることなんて誰も想定していないはずなんだ。
「あの舞台、どうなったかな……」
転生したことはともかく、死んだことは受け止めていると思う。
前の僕は、いつ死んでもおかしくないくらい酷い生活をしていたから。
連日の寝不足と過労と栄養不足でフラフラのまま行った練習。踏み外した先には確かに自分が用意した先の尖った小道具があった。明らかにヤバそうな痛みと気が遠くなる感覚もあったし、その後にどんな経緯があったのかは分からないけど、その後死んだんだろう。
やっと手にした大きな役だったのにな。毎日バイトの終わりに必死に練習して、今度こそ爪痕を残すつもりだったのに。
僕が死んだのが練習中だとしたら中止になっている可能性は高いけど、できればまた何とかして上演して欲しいと思う。無理かな。無理かもな。迷惑をかけたな、と少し気持ちが沈む。
僕は本当に役者が好きだったんだな。死んだことより、舞台のことが気がかりだ。
苦笑して、記憶にあるものから随分細くなった十三歳の体を見つめる。
そして突然、ゾッとした。
この体で彼は、いや僕は、エドマンド・フィッツパトリックは国の敵と戦わなきゃならない。
今の世界【ブレイブ・オブ・モクトスタ】はモクトスタと言う名のアーマーを装備した戦いをメインに、国と国の軋轢、人の成長を描いた素晴らしい作品だ。
練り込まれた世界観と勉強したのだろう政治的知識。幼かった主人公イアン・ブロンテの成長と挫折。ヒロインとの恋愛模様などが描かれていた。
そう。メインはモクトスタを扱ったバトル漫画なんだ。
「え、僕、さっきモクトスタを装備した……」
ファンなら興奮するところだろうけど、だって、僕はエドマンドなんだ。
「あいつ、戦争で死亡フラグ立ってた……」
「それはお互い様かもしれませんね」
心底軽蔑されて、バカにされている。僕が本当の意味でブライトルと出会った瞬間に感じたことだ。
***
僕はその日、十三歳の誕生日を迎えたばかりだった。
元帥である祖父からの特例で、本来十五歳からのモクトスタ――対人用戦闘特化型アーマー兵器ー――の装備を許された。夢中になって動作を試していたところに現れたのは、祖父の言いつけでやってきた兵士だった。
「手合わせ願います」
にこやかに言われ、ピクリとも心は動かなかったはずだった。
ただ、何故か多少なりとも舞い上がっていたらしい僕は「よろしくお願いいたします」と頭を下げていた。
その結果がこれだ。僕は今、自室のベッドで治療を受けている。
模擬戦なので使われたのは練習用の剣で、さらに兵士は手を抜いていたようだから怪我も大したことはない。ちょっとしたかすり傷と打撲程度だ。
それでも、目の前に迫る大柄な男と大きな剣。それらが予測できない速さで迫ってくることに恐怖した。
この時点で――僕は恐怖など感じたことがないのに――おかしいとは思った。
死ぬ……!
咄嗟にそう思ってしまって、僕は前にもそう感じたことがあるのを思い出した。
眩い照明と狭い舞台。
騒然とする仲間たちと嫌に冷静な自分。
痛みと熱さだけが酷い腹と、遠のく意識。
ああ、僕は死ぬんだな……。
そう、思った。
だから僕は分かってしまった。僕には昔の僕があったのだと。
「お爺様は……今日はお帰りにならないのだったな?」
「はい、エドマンド様。本日も執務のため王城に滞在される予定です」
左腕の打撲に包帯を巻いてくれている医師の隣、控える侍従に言いかけた言葉を飲み込んで無難な言葉を口にした。
本当は僕の名前は何? と聞こうとした。
でも僕は僕の名前を知っていたことに気付いた。
「少し休む」
治療が終わったタイミングでその場にいる全員に告げる。それだけで無言で下がる複数の大人たち。
生まれたときから慣れている、人に命令するという行動。
こんな経験は僕にはない。
でも僕にはある。
急に現れた記憶が少し不思議な感じではあったけど、前の僕の記憶の方が古くて、他人事のような感じがしている。
だからだろうか、本当なら夢かと疑うところだけど、僕は何故かすんなりと受け入れていた。
部屋で一人になると洋服を着こんで、まずは部屋の中をじっくりと見渡した。
天蓋付きの大きなベッドは前回の人生ではお目にかかることもなかったキングサイズくらいはありそうだ。
窓は大きな一枚ガラス。当然、一般家庭にあるサイズじゃない。お高いんでしょう? その通りだ。
他にも洋風の部屋なのに螺鈿のような細工がされたチェストや、磨き上げられた日本風の勉強机のような物がある。
さらに中央に置かれたテーブルの上に置かれた、どう見てもラジオのような機械。
どうにも見覚えのある室内、この文化も文明もごちゃ混ぜな感じ。
そして、当然のように記憶にある自分の名前。
「ブレイブ・オブ・モクトスタのエドマンドだ……」
マジか……。
部屋の様子から予想はしていたけど、鏡に映った自分の姿を見て確信した。
くすんだブロンドにシルバーのインナーカラーの髪は襟足が長く、小さく一つにまとめている。感情の読めない冷徹そうな緑の瞳に、口元の黒子。記憶にあるより幼いものの間違いない。
僕は転生? したらしい。
そしてその相手は、生前ハマって呼んでいたバトル漫画の人気キャラだった。
念のために怪我した左腕を強めに押してみる。……痛い。
当然だった。さっき医師からは「無茶をしましたな」なんて穏やかに笑われたばかりだ。
分かっていたけど、やっぱり夢じゃない。
自分でも何でこんなに冷静なのか不思議なくらいだ。
まだ実感が湧かないのかも。
だって、これじゃまんま『〇〇に転生して△△だった件』じゃないか。
僕は生前、いまいち売れない役者をしていた。
漫画やアニメが原作の舞台もたくさんあるから、勉強のつもりでそれなりに触れてきたつもりだ。有名な作品や世間の流行も知っている。
それでもあれはフィクションだ。自分に起こらないかなと思いつつ、実際に起こることなんて誰も想定していないはずなんだ。
「あの舞台、どうなったかな……」
転生したことはともかく、死んだことは受け止めていると思う。
前の僕は、いつ死んでもおかしくないくらい酷い生活をしていたから。
連日の寝不足と過労と栄養不足でフラフラのまま行った練習。踏み外した先には確かに自分が用意した先の尖った小道具があった。明らかにヤバそうな痛みと気が遠くなる感覚もあったし、その後にどんな経緯があったのかは分からないけど、その後死んだんだろう。
やっと手にした大きな役だったのにな。毎日バイトの終わりに必死に練習して、今度こそ爪痕を残すつもりだったのに。
僕が死んだのが練習中だとしたら中止になっている可能性は高いけど、できればまた何とかして上演して欲しいと思う。無理かな。無理かもな。迷惑をかけたな、と少し気持ちが沈む。
僕は本当に役者が好きだったんだな。死んだことより、舞台のことが気がかりだ。
苦笑して、記憶にあるものから随分細くなった十三歳の体を見つめる。
そして突然、ゾッとした。
この体で彼は、いや僕は、エドマンド・フィッツパトリックは国の敵と戦わなきゃならない。
今の世界【ブレイブ・オブ・モクトスタ】はモクトスタと言う名のアーマーを装備した戦いをメインに、国と国の軋轢、人の成長を描いた素晴らしい作品だ。
練り込まれた世界観と勉強したのだろう政治的知識。幼かった主人公イアン・ブロンテの成長と挫折。ヒロインとの恋愛模様などが描かれていた。
そう。メインはモクトスタを扱ったバトル漫画なんだ。
「え、僕、さっきモクトスタを装備した……」
ファンなら興奮するところだろうけど、だって、僕はエドマンドなんだ。
「あいつ、戦争で死亡フラグ立ってた……」
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