きっと必ず恋をする~初恋は叶わないっていうけど、この展開を誰が予想した?~

乃ぞみ

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第四章【椛山の先端が見える】

日柴喜との決別

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「段ボール足りなーい!」
「昨日買い出ししたヤツどこ置いた?」
「おい! お前看板担当だろーが! どこ行くんだよ!」

 廊下を歩くだけでそこかしこで誰かが誰かに話しかける声が届く。
 窓から見下ろした正門も、ペーパーフラワーが飾り付けられて段々と華やかな雰囲気になっていっている。
 教室からはみ出したどこかのクラスのオレンジ色。窓際に寄せられたエコバックから覗くガムテープや絵の具。大荷物を抱えて歩く生徒。色々な物を避けて真詞は目的地へ真っすぐ進む。

 普段は人気の少ない特別教室棟も、このときばかりは何人かの生徒が行き来していた。クラスによっては視聴覚室を使うところもあるし、資料室に用事のある人もいただろう。
 横目で彼らの頑張りを見ながら、ゆっくりと屋上へ続く階段を上る。

 夏休み直後の実力テストが終わり、真詞の学校はすぐに学園祭の準備期間に入った。クラスの出し物は縁日となり、今も教室ではクラスメイトが一生懸命小道具を作っているところだ。

『十四時、屋上で』

 真詞も一緒にスーパーボール掬いの看板を作っているときだった。岬の怪我以降、何の音沙汰もなかった輝一郎からメッセージが届いた。別に無視してもよかったけど、何も言わずにさっさと日柴喜家を出てしまって、二学期が始まってからも二人きりで話すタイミングはなかった。
 真詞がブレイズを得られたのは少なからず彼の尽力もある。一度くらいは礼を言うべきかと指示に従った。

 最初に来たときは、こう何度も来るとは思わなかった。
 久しぶりに訪れたけど、屋上へ続く扉の鍵はやっぱり開いていた。ギィ、と軋む音とともに開ける。輝一郎はすでにそこにいた。大きな背中がゆっくりと振り向く。

「今日はいるのか」
「やぁ、渡辺クン。この前は悪かったな」

 輝一郎が大して悪びれた様子もなく謝ってくるので、両肩を竦めてみせた。

「今さらだろ。俺こそ色々世話になったのに、何も言わずにごめん。お陰でもう怯えなくてもよくなった」
「ああ、その話もしたかったんだ。おめでとう! すごいな。フェニックスなんだって?」
「ああ。一応お礼言っておく。ありがとう。どうして俺の所に来てくれたのかは分からないけど、助かってる」
「そうか。それはよかった」

 満足そうな顔は心底喜んでくれているように見えるけど、彼は真詞より何枚も上手だ。意味もなく会話を続けるのは少し警戒してしまう。すぐに「――それで?」と会話を切った。雑談はここまでだ、とばかりに語気を強める。

「そんなに警戒しなくても、もう騙し討ちみたいな真似はしないさ」
「もう? みたい? そのまんまだっただろ……」

 相変わらずの堂々とした言い分に呆れた声が出た。

「君の才能はそうしてでも手に入れておきたいくらい貴重だってことだな」
「そんなにしてまでどうして力がいるんだ」
「それは君が一番分かっているんじゃないか?」

 神のせいで、真詞は小さい頃から散々苦労した。同じように、むしろ存在も知らないのに不幸になっている人がたくさんいる。そういった人たちを何とかするのも日柴喜の仕事だ。そのくらいは理解している。でも。

「いくら俺が強かったとしても、お前と俺の二人で何ができるって言うんだ」
「そうだな……。――俺は大企業の社長なんだ」

 少し溜めて言われたのは、恐らくたとえ話だった。でも突然真剣な表情で自己紹介し始めて狼狽える。日柴喜家はかなりの数の系列会社があるようだし、事実と言えば事実でもあるのだろう。話が見えずに「それがどうした?」と曖昧に頷きながら目で訴えた。

「つまり、俺には社員の生活を安定して支える責任がある。そのために優秀な人材を引き抜こうとするのはおかしいことじゃないだろ?」

 なるほど、と思った。そう言われると分かりやすい。フラッシュメモリといい、アイピローといい、良いのか悪いのかは分からないけど、とことん現代風なようだ。

「どうだ? 充実した福利厚生に給与もお墨付きだ。社長の俺とは友達で出世し放題だしな。こんなにいい条件の職場、そうはないぞ?」

 おどけた言い方だけど、本当に真詞を雇いたいのは分かった。
 条件面も、輝一郎の言う通りなんだろう。まだ高校一年生の真詞では就職の話は少しリアリティが薄いけど、かなりいいらしいことは分かる。

「でも、命がけだよな?」
「渡辺クンくらいの力があれば、死ぬどころか怪我する方が難しいな」

 表面上の言い訳じゃ納得してくれないようなので、本音を言うことにする。大きなため息を一つ落とした。

「俺はお前らが……。日柴喜の人間が嫌いだ。能力ばっかり見て……そのせいで巡と岬は苦しんだんだろ。もし俺の神力に何かあったりしたら野垂れ死にさせられそうだ」
「否定できないのが苦しいな。俺がそんなことにはしないと言っても、今は信用してもらえそうにない、か?」
「お前のことは嫌いじゃないけど、手が回らないことだってあると思う」
「だいぶ強めのアレルギーにかかったみたいだな」

 言い方はどうかと思ったけど、確かに似たようなものかもしれなかった。日柴喜と聞いただけで拒否反応が出るようになってしまっている。

「……分かった。今回は諦めるよ。でも、また誘うから」

 真詞が断ることは分かっていたのだろう。柔らかい表情で笑われた。完全に諦めるつもりはないと言うのが気になるけど、嫌がることはしないだろうと期待したいところだ。

「……じゃあ、これで」
「ああ。じゃあまた教室で、だな。これからはただの友達として過ごそう」

 この短い時間に二回も「友達」と言っている。本当に友達少ないんだな、とちょっとおかしくなった。

「久しぶりに笑ってくれたな。さあ、仲良くなるために」

 そう言って右手を差し出される。少し悩んで真詞も右手を出して握手する。

「何か相談事があったらいつでも言ってくれ。力になる」
「……分かった。そのときは、頼む」
「ああ。じゃあ、二人も抜けたからクラスのみんなも困ってるだろうしな。戻るか」

 促されて屋上を出ると、輝一郎が扉の鍵を閉めた。ここの鍵を閉める所を見るのは初めてな気がした。

「本当に鍵持ってるんだな」
「ああ、でも、こいつも世話になったな」

 銀色とネームプレートの青が、大きな右手に握り込まれて見えなくなった。
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