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第四章【椛山の先端が見える】

真詞の底力

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 なんだ?

 なんなんだ? なんなんだ、こいつらは。

 真詞の頭は疑問詞で一杯になった。言っていることも、やっていることもおかしい。

「お前ら、なんなんだ……!」

 真詞は吹き上がる感情を抑えるのに精いっぱいだ。両手に力が籠る。短く切っているはずの中指の爪が掌に深く食い込んだ。

「怒ってるのか? そんなにあいつが大切か? ああ、それとも、あいつが神稚児だった頃が忘れられないのか?」

 鬼の首を取ったような顔で渚が笑う。
 この期に及んで嫌味を言うのか。笑ってさえいる。
 理解できない。人が一人死ぬかもしれないのに、渚も、使用人も、当の本人である岬でさえ平然としている。

「お前らにとっては、いらないかもしれないけどな……」

 心の内側から何かが叫ぶ。胸が熱い。

「人間の命だ。ただの命じゃない! 巡を犠牲にした命なんだよ……!」
「お、おい……」

 渚が戸惑った声を出した。
 そんなの今さら遅い。
 はぁ、と喉から漏れ出た息が燃えるようだった。

「決めたよ、お前の名前。行けっ! ブレイズ……!!」

 そう叫んだ瞬間、真詞の肩に乗っていた小鳥が音を立てて発火した。
 視界の端で渚が驚いているのが見える。でも興味が湧かない。今はそれどころじゃない。

 ブレイズと名付けられた小鳥が火の玉のように燃え続ける。それは段々と大きくなっていき、掌大からあっという間にバスケットボールよりも大きな炎の塊になっていた。

「――これ、邪魔だな」

 真詞がそっと神界に振れた、と同時だった。

 パキンッ……!

 氷に水を注いだような音がした。

「はっ……?」

 渚のマヌケな声がする。
 神界は真詞が触れた部分から微かにヒビを入れていき、一瞬の間を開けてバキンッと音を立てて壊れ落ちた。

「なっ! 渚様の神界が……!」

 真詞が一歩踏み出すと、神の一つしかない大きな目が真詞を凝視した。上質な神力の存在に気付いたのだろう。

「そうだ。お前の相手は、俺だ」

 神の目の前には倒れ込む岬がいる。花浅葱の姿はない。岬が意識を失って、形を留めていることができなくなったのかもしれない。

「ふざけるなよ」

 神が目にも止まらぬ速さで真詞に迫る。

「許さないからな」

 太くて長い腕が上空から真詞を圧し潰そうと降って来た。

「巡の代わりに生きてるんだ! 死ぬ気で生きろ! バカ野郎っ!」

 そう叫んだ瞬間、とうとう肩に乗るのも限界に見えるほど大きくなった火の塊から何かが飛び出した。
 それは凄まじいスピードで振り下ろされた巨大な腕を突き破り、真っ二つにしながら前へ前へと進む。

『がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

 神の絶叫が辺り一面に響き渡る。
 大きな目をブレイズによって突き破られたのだ。巨体がゆっくりと後ろへ倒れていく。

 ズ、オォォォン……!

 地響きを立てて倒れ込んだ巨体はまだ消滅するほどではないようだ。傷から少しずつ神力が漏れ出て行っている。

「火の鳥……」

 後ろから渚の声がする。
 ブレイズがバサ、バサと羽音を立てて真詞の左腕に止まる。そこには真っ赤に燃える巨大な孔雀のような鳥がいた。

「火の鳥って、渚様そんな……!」
「間違いない……。ははは……。フェニックスときたか、ほんとにやってられないな……」

 真詞は後ろで慄いているらしい二人を放っておいて、岬の元へ歩を進める。
 彼の呼吸は浅かった。あちらこちらに傷を負っていて、一番深いだろうと思われる足からはじわじわと血が流れ出ていた。
 着ていたスポーツウエアを脱ぐと、太ももの辺りを強く縛る。

「応援とやらはいつ来るんだ」

 岬から目を離さずに背後に向かって声をかける。

「待て、外側の神界を外す」

 渚の声と同時に、世間の喧騒が遠くから届き始める。人の気配が近くなった。そう遠くない所から救急車の音がする。

「日柴喜が出資している病院だ。怪我に関して詳しく聞いてこない」

 眉間に皺が寄った。
 救急車が先に着くとはどういう了見だ。本当にあわよくば岬に死んで欲しかったように感じてしまう。また両手をきつく握りしめた。

 到着した救急隊員が、ストレッチャーに岬を乗せる。

「お前が行けよ」
「なに?」

 救急車に同乗するよう渚が顎で指し示す。

「お前の兄弟だろ……」
「あいつは、お前がいた方が喜ぶだろ。俺だって、あいつの隣になんていたくない」
「……分かった」

 救急車に乗り込んでいると、ようやっと黒塗りの車が三台到着した。すでに連絡が言っているのだろうか、特に急いだ様子はない。
 何か一言くらい言ってやりたい気持ちになったものの、嫌味の言葉は浮かばない。仕方なく横目で睨みつけながらタラップに足を掛けた。

「おい! 今回はこちらのリサーチ不足だ。――悪かったな」
「え?」

 振り返ったときには渚はすでに背中を向けていたし、真詞も救急隊員によって車内に座るよう指示されたので、彼がどんな顔をしていたのかは分からなかった。
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