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第四章【椛山の先端が見える】

実戦訓練②

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「岬? 知り合いか?」
「ああ、うん。俺の、弟」

 弟。あの、優秀だと聞いた弟か、と車の窓に顔を向ける。

「久しぶり、兄さん。あと初めまして。あんたが渡辺真詞だよな?」

 渚は車から降りることもせずに、窓越しに挨拶してきた。不遜さがにじみ出ている。輝一郎とは違うタイプのようだ。彼は唯我独尊と言った様子だったけど、もっとうまく立ち回っていた。

「ああ、どうも、渚、くん?」
「渚でいいよ。俺たち同じ歳だし」
「そうなんだ」
「ボーっと突っ立ってないで、早く乗れよ。現場に行くんだろ?」
「渚、俺たち師匠から何の説明も」
「俺が引率者だ。兄さんと真詞の世話係。これでいいだろ。早く乗ってくれ」

 必要なことだけを言うと、渚は車の窓を閉めた。
 言いたいことがいくつかあったけど、何から言えばいいか分からなくて、とりあえずジッと岬の顔を見つめる。

「うん。ああいうヤツなんだ。よろしく」

 兄も手を焼いているらしい。二人そろって大きなため息を付いて、渚が乗っているのとは逆側から車に乗り込む。

「はぁ。判断力も必要な仕事なんだよ。早くしろよ」

 後部ドアを閉めた途端に大きなため息を付かれる。
 真詞は口が引き攣るのを感じた。これは中々に性格が悪いかもしれない。

「渚。俺に当たるのはいいけど、真詞は関係ないだろ。少しは態度を考えろよ」
「あんたに命令される覚えはないな。時期当主の座も危ないヤツが」
「俺はどっちでもいいって言ってるだろ。渚がなりたいなら、ご老人を説得しなよ」

 そこまで言うと、渚が盛大な舌打ちをしてそっぽを向いた。
 同じ歳だと言われたけど、かなり苛烈な性格をしているようだ。

「それで? どこに行くんだ?」

 兄弟げんかに巻き込まれてはたまらないと、真詞は話に割り込んだ。

「商店街の隅にいる神の鎮静化だ。神に成りたてらしいから、お前らの練習台に丁度いいだろ」

 渚が鼻で笑う。でも、そもそも鎮静化については何一つ教わっていないし、するとも言っていない。

「待てよ。俺はまだ鎮静化の仕方なんて」
「なんだ、噂の真詞様も教えてもらえないと何もできないのか?」
「煽って何がしたいのか知らないけど、それこそ時間の無駄じゃないのか?」

 冷静な真詞の言葉に渚の顔が強烈に歪む。何がしたいのか分からない。関わりたくないので、口を閉じた。

「真詞、やり方は簡単なんだ。相手を力でねじ伏せるんだよ」
「ねじ伏せる……?」
「喧嘩と同じだね。勝った方が正義なんだ」
「正義……」
「そう。多分、真詞が唯神を従えたことだし、実力試験みたいなものだよ。普段、俺と模擬戦するみたいにすればいい」
「……そうか」

 真詞は知っている。これは疑問を挟むだけ無駄な流れだ。


 連れて来られたのは、事前の情報通りに市外にある商店街の隅っこだった。人気はほとんどなく、忘れ去られたかのような場所だ。
 文字の掠れたシャッターのある店を左に曲がると、狭い路地に入る。地面には酒の空き缶やタバコの吸い殻などが目に付く。その先に一柱の神がいた。
 大きさは中型犬くらいで、四角い体は動くたびにブルブルと震えている。表面は毛並みのような物はなさそうだ。どちらかと言えば艶がある。

「あれだね」
「ああ。近場の神を食い散らかし始めたらしい。早めに対処しろとの指示だ」

 渚がめんどうくさそうに説明を追加する。
 この場に来ているのは引率の渚と岬と真詞だけだ。路地の入口には人が来ないように人が立っているけど、鎮静化自体は少数精鋭で行うようだ。

「真詞、あいつの力が君の唯神より弱いのは分かる?」
「え? あ、ああ」
「じゃあ、初陣だね。先手必勝でいこうか」

 柔和な笑顔で提案されているけど、やることは力押しだ。
 真詞は自分が苦笑いを浮かべていることだけは自覚した。

「……分かった。やってみる。なあ、力を溜められるか?」

 真詞の声に反応して、唯神になったばかりの小鳥が小さな体に一撃必殺の神力を溜めていく。彼らの力の源は主人である神使いだ。それだけ真詞の神力が強いということだった。

「あ、ははは……。ほんと、すごいね……」

 岬の呆れたような笑い声が届く。
 後ろからは渚の強い視線も感じた。

「もうよさそうだな。おい、アレに全力で行け」

 まだ名前を決めていないので、呼び方は「おい」とか「なあ」とかになってしまっている。日柴喜の人間は通例として色の名前を付けるそうだけど、習う必要もないので決めかねていた。
 名前がないと余り喋れないらしく、小鳥が膨らました胸を反らせるような素振りをする。「任せてくれ」とでも言っているようだ。

 そうして小さな翼を思い切り広げると二本のビームのような光が迸った。
 二本は徐々に距離を縮めて目的の神を切断する丁度真ん中で交差した。
 音にするなら、ダルンッといった感じで体が四等分された。それぞれのピースが少しずつ何かの粒子になって空へ飛んでいく。

「オーバーキルだなぁ……」

 念のために花浅葱と後方でスタンバイしていた岬が、想定外によく飛んだゴルフのファーストショットを見たような顔をして言った。

「なあ、あれ、大丈夫なのか?」
「んー? 消滅しちゃうかもー?」
「え……と、いいのか? それ」
「おい! お前、そんな基本的なことも教えてないのか!」

 岬と二人、どう見ても消えていこうとしている神を眺めながら話していると、渚が割って入ってきた。

「やっぱりまずいのか?」
「お前、そんなことも知らずに力を使ってるのか?」
「師匠が不言実行だったからな」

 努の名前を出してやると、さすがの渚も分が悪くなったのだろう。盛大な舌打ちをして、憎々し気な顔で話し出した。

「消滅させるのは本来、望ましいとされている。だが、神の力は見ただけじゃ分からないこともある。危険が伴う場合があるから、あえて鎮静化してるんだ。それに、神が生まれるには理由がある場合がある。消せばいいってもんでもない」
「なるほどな。じゃあ、今回は何も言われなかったわけだし、消しても問題なかったってことだな?」

 質問したのに、またも舌打ちで返された。
 仕方なく岬を見ると、肩をすくめて苦笑される。真詞の言った通りでいいということだろう。

「後始末もない。これで仕事は完了だ」

 渚が大して現場を確認もせずに踵を返す。真詞は不思議に思った。

「真詞には簡単過ぎたかな? でも、やり方は分かったでしょ? 行こうか」

 岬が笑顔で真詞を促して先に行く。真詞は右手を伸ばして引き留めようとした。

「え、いや……でも」

 真詞が歯切れ悪く、何度も後ろを振り返った。
 その時だった。
 三人のいた通路が縄のように波打ったのだ。

「なっ!」
「なんだ!」

 岬と渚が慌ててバランスを取ろうとする。
 真詞は叫んだ。

「やっぱり! もう一匹いた!」
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