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第四章【椛山の先端が見える】
日柴喜岬という人間②
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「岬さん!」
焦って走り寄って体を起こす。
焦点が合わず、呼吸が荒い。支えた体はどんどんと重くなっていく。
人を呼ばないと、と思ったときだった。
「オーバーワークだな」
努がすぐ横に立っていた。
「し、しょう……!」
いつの間に! と言う疑問を言う暇はもらえなかった。玄関の方から医療チームが駆けてくるのが見える。
「代わります」
「え?」
「重いだろ。代わっとけ」
声をかけてきたのは、努の唯神である萌葱だった。そっと岬の体の下からどいて、隣に避ける。
「こいつのことはこっちに任せて、お前はトレーニングの続きを」
「でき、ます……」
「岬さん……?」
今の今まで体の力さえ入らなかったはずの岬が目を覚ましていた。
「つと、む、くん……。走れる、から……」
そう言うと体を起こそうとし始めた。当然、力が入りきらず萌葱の腕の中でもがいている。
「お前、夜勝手にトレーニングしてるだろ」
努の硬質な声が落ちる。
真詞は無意識にのけ反っていた。背中がザワザワとする。
問い詰められているのは岬なのに、意味もなく謝りたくなる。最近神力を見ることに慣れてきたから、努がどれだけ強いかがよく分かる。
怖くなった。この人を怒らせたら命はないかもしれないという気持ちにさせられた。
岬は慣れているのか、荒い呼吸のまま何も答えない。
図星だろう。夜に部屋を出ていたのはそういう理由だったのだ。
「神力のトレーニングならバレないとでも思ったか? 舐めるなよ」
「……めん」
「あぁ?」
「すみ、ま、せん……でした」
努が鼻を鳴らす。
「罰として三日間はトレーニングに参加するな。当然自主トレも禁止だ。もしまたしたら次はないと思えよ」
返事はない。そっと萌葱の腕の中を覗いてみると、汗が引くほど体調が悪いのに、今にも誰かに殴りかかりそうな顔で唇を噛み締めている。
「どうして……」
つい、そう口にしていた。
初日もそうだった。万全ではないのに参加して倒れていた。
迷惑をかけるだけだと言うのに、どうしてそんなに無理を押し通すのか。
今にも閉じそうな目がウロウロと声の主を探している。
「きみ、が、それ、を言う、んだ……」
「え……?」
「岬、もういい。とにかく休め。いいな」
項垂れたのか頷いたのか分からなかったけど、彼の首は縦に振られた。
その日の昼食はパスタとサラダ、スープと比較的に普通の内容だった。
使用人が二人控えるだけの広い和室で一人食事を取る。
岬は、どうして頑張るのかを聞かれるのが嫌な様子だった。
それはつまり、彼が巡の代わりに生きているから。そういうことなのだろうか?
だとしたら、ふざけるなと言いたい。別に真詞が岬を選んだわけじゃない。叶うなら巡を選びたかった。それに対して勝手に責任を感じて、勝手に自分を追い込む姿なんて見せられたくはない。
スープの器を手に掴むと、直接口を付けて喉に流し込む。恐らく手の込んでいるのだろう汁が味わうことなく胃に落ちた。一気に半分ほど飲んだら、次にパスタを片付ける。
岬は考えすぎなのだ。もっと好きに生きたらいい。彼の人生なのだから。負い目を感じる気持ちも分かるけど、変に気を遣われる方が苛立たしい。
黙々と食べていると、気付けばずっと彼のことを考えてしまっていた。
そのことがまた腹立たしくて、パスタを食べる口の動きが大きくなる。
「地獄温泉か?」
急いでいるわけでもないのに慌ただしく食べ終わった頃、珍しく努がやって来て声をかけてきた。襖にもたれ掛かって腕を組んでいる。
彼が言っているのは室内の様子のことだろう。薄っすらと赤く染め上がり、汗ばむほどに室温も高い。空調を使わなくても適温が保たれているこの屋敷では珍しい。
どこかからはグツグツと煮えたぎる音も聞こえてきている。
「師匠……。地獄温泉ってこんな感じなんですか?」
「俺も行ったことはねぇけど、こんなイメージだよな」
「どっちかと言うと、地獄の釜茹でじゃ……」
「ああ、それもいいな。どっちにしろポチはもうお前のメンタルメーターだな」
「はぁ」
「当ててやろうか?」
努の顔は、笑わないと不機嫌そうな顔をしているのに、笑うと何か企んでいるように見える。色々と不都合そうだけど、本人はそれを逆手に取っているようだ。その顔が今日は機嫌良さそうにこちらを見下ろす。
「なんのことですか」
「勝手に気遣ってんじゃねぇよ」
「師匠……」
「不幸なのはお前だけじゃねぇんだよ」
「あの」
「あと、そうだなー。お前に振り回されるこっちの身にもなれよ、とかか?」
「師匠」
「ん? 他に何かあるか?」
「もう一つ。隠したいならちゃんと隠せ、もです」
「あははははは! お前! 言うじゃんか!」
努が腹を抱えて笑う。右の掌を使用人へ向けてさっと一度振った。
何かと思えば、それだけで使用人が無言で席を立つ。教育が行き届き過ぎていて呆気に取られる。
努は部屋に入ると、静かに襖を閉める。
真詞の正面に座るとジッとこちらを見上げて来た。普段の言動と実際の力量のせいで大きく感じるけど、実際の彼は割と小柄だ。
「少し、昔話をしてやるよ」
焦って走り寄って体を起こす。
焦点が合わず、呼吸が荒い。支えた体はどんどんと重くなっていく。
人を呼ばないと、と思ったときだった。
「オーバーワークだな」
努がすぐ横に立っていた。
「し、しょう……!」
いつの間に! と言う疑問を言う暇はもらえなかった。玄関の方から医療チームが駆けてくるのが見える。
「代わります」
「え?」
「重いだろ。代わっとけ」
声をかけてきたのは、努の唯神である萌葱だった。そっと岬の体の下からどいて、隣に避ける。
「こいつのことはこっちに任せて、お前はトレーニングの続きを」
「でき、ます……」
「岬さん……?」
今の今まで体の力さえ入らなかったはずの岬が目を覚ましていた。
「つと、む、くん……。走れる、から……」
そう言うと体を起こそうとし始めた。当然、力が入りきらず萌葱の腕の中でもがいている。
「お前、夜勝手にトレーニングしてるだろ」
努の硬質な声が落ちる。
真詞は無意識にのけ反っていた。背中がザワザワとする。
問い詰められているのは岬なのに、意味もなく謝りたくなる。最近神力を見ることに慣れてきたから、努がどれだけ強いかがよく分かる。
怖くなった。この人を怒らせたら命はないかもしれないという気持ちにさせられた。
岬は慣れているのか、荒い呼吸のまま何も答えない。
図星だろう。夜に部屋を出ていたのはそういう理由だったのだ。
「神力のトレーニングならバレないとでも思ったか? 舐めるなよ」
「……めん」
「あぁ?」
「すみ、ま、せん……でした」
努が鼻を鳴らす。
「罰として三日間はトレーニングに参加するな。当然自主トレも禁止だ。もしまたしたら次はないと思えよ」
返事はない。そっと萌葱の腕の中を覗いてみると、汗が引くほど体調が悪いのに、今にも誰かに殴りかかりそうな顔で唇を噛み締めている。
「どうして……」
つい、そう口にしていた。
初日もそうだった。万全ではないのに参加して倒れていた。
迷惑をかけるだけだと言うのに、どうしてそんなに無理を押し通すのか。
今にも閉じそうな目がウロウロと声の主を探している。
「きみ、が、それ、を言う、んだ……」
「え……?」
「岬、もういい。とにかく休め。いいな」
項垂れたのか頷いたのか分からなかったけど、彼の首は縦に振られた。
その日の昼食はパスタとサラダ、スープと比較的に普通の内容だった。
使用人が二人控えるだけの広い和室で一人食事を取る。
岬は、どうして頑張るのかを聞かれるのが嫌な様子だった。
それはつまり、彼が巡の代わりに生きているから。そういうことなのだろうか?
だとしたら、ふざけるなと言いたい。別に真詞が岬を選んだわけじゃない。叶うなら巡を選びたかった。それに対して勝手に責任を感じて、勝手に自分を追い込む姿なんて見せられたくはない。
スープの器を手に掴むと、直接口を付けて喉に流し込む。恐らく手の込んでいるのだろう汁が味わうことなく胃に落ちた。一気に半分ほど飲んだら、次にパスタを片付ける。
岬は考えすぎなのだ。もっと好きに生きたらいい。彼の人生なのだから。負い目を感じる気持ちも分かるけど、変に気を遣われる方が苛立たしい。
黙々と食べていると、気付けばずっと彼のことを考えてしまっていた。
そのことがまた腹立たしくて、パスタを食べる口の動きが大きくなる。
「地獄温泉か?」
急いでいるわけでもないのに慌ただしく食べ終わった頃、珍しく努がやって来て声をかけてきた。襖にもたれ掛かって腕を組んでいる。
彼が言っているのは室内の様子のことだろう。薄っすらと赤く染め上がり、汗ばむほどに室温も高い。空調を使わなくても適温が保たれているこの屋敷では珍しい。
どこかからはグツグツと煮えたぎる音も聞こえてきている。
「師匠……。地獄温泉ってこんな感じなんですか?」
「俺も行ったことはねぇけど、こんなイメージだよな」
「どっちかと言うと、地獄の釜茹でじゃ……」
「ああ、それもいいな。どっちにしろポチはもうお前のメンタルメーターだな」
「はぁ」
「当ててやろうか?」
努の顔は、笑わないと不機嫌そうな顔をしているのに、笑うと何か企んでいるように見える。色々と不都合そうだけど、本人はそれを逆手に取っているようだ。その顔が今日は機嫌良さそうにこちらを見下ろす。
「なんのことですか」
「勝手に気遣ってんじゃねぇよ」
「師匠……」
「不幸なのはお前だけじゃねぇんだよ」
「あの」
「あと、そうだなー。お前に振り回されるこっちの身にもなれよ、とかか?」
「師匠」
「ん? 他に何かあるか?」
「もう一つ。隠したいならちゃんと隠せ、もです」
「あははははは! お前! 言うじゃんか!」
努が腹を抱えて笑う。右の掌を使用人へ向けてさっと一度振った。
何かと思えば、それだけで使用人が無言で席を立つ。教育が行き届き過ぎていて呆気に取られる。
努は部屋に入ると、静かに襖を閉める。
真詞の正面に座るとジッとこちらを見上げて来た。普段の言動と実際の力量のせいで大きく感じるけど、実際の彼は割と小柄だ。
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