きっと必ず恋をする~初恋は叶わないっていうけど、この展開を誰が予想した?~

乃ぞみ

文字の大きさ
上 下
34 / 45
第四章【椛山の先端が見える】

日柴喜岬という人間②

しおりを挟む
「岬さん!」

 焦って走り寄って体を起こす。
 焦点が合わず、呼吸が荒い。支えた体はどんどんと重くなっていく。
 人を呼ばないと、と思ったときだった。

「オーバーワークだな」

 努がすぐ横に立っていた。

「し、しょう……!」

 いつの間に! と言う疑問を言う暇はもらえなかった。玄関の方から医療チームが駆けてくるのが見える。

「代わります」
「え?」
「重いだろ。代わっとけ」

 声をかけてきたのは、努の唯神である萌葱だった。そっと岬の体の下からどいて、隣に避ける。

「こいつのことはこっちに任せて、お前はトレーニングの続きを」
「でき、ます……」
「岬さん……?」

 今の今まで体の力さえ入らなかったはずの岬が目を覚ましていた。

「つと、む、くん……。走れる、から……」

 そう言うと体を起こそうとし始めた。当然、力が入りきらず萌葱の腕の中でもがいている。

「お前、夜勝手にトレーニングしてるだろ」

 努の硬質な声が落ちる。
 真詞は無意識にのけ反っていた。背中がザワザワとする。
 問い詰められているのは岬なのに、意味もなく謝りたくなる。最近神力を見ることに慣れてきたから、努がどれだけ強いかがよく分かる。
 怖くなった。この人を怒らせたら命はないかもしれないという気持ちにさせられた。

 岬は慣れているのか、荒い呼吸のまま何も答えない。
 図星だろう。夜に部屋を出ていたのはそういう理由だったのだ。

「神力のトレーニングならバレないとでも思ったか? 舐めるなよ」
「……めん」
「あぁ?」
「すみ、ま、せん……でした」

 努が鼻を鳴らす。

「罰として三日間はトレーニングに参加するな。当然自主トレも禁止だ。もしまたしたら次はないと思えよ」

 返事はない。そっと萌葱の腕の中を覗いてみると、汗が引くほど体調が悪いのに、今にも誰かに殴りかかりそうな顔で唇を噛み締めている。

「どうして……」

 つい、そう口にしていた。
 初日もそうだった。万全ではないのに参加して倒れていた。
 迷惑をかけるだけだと言うのに、どうしてそんなに無理を押し通すのか。
 今にも閉じそうな目がウロウロと声の主を探している。

「きみ、が、それ、を言う、んだ……」
「え……?」
「岬、もういい。とにかく休め。いいな」

 項垂れたのか頷いたのか分からなかったけど、彼の首は縦に振られた。


 その日の昼食はパスタとサラダ、スープと比較的に普通の内容だった。
 使用人が二人控えるだけの広い和室で一人食事を取る。

 岬は、どうして頑張るのかを聞かれるのが嫌な様子だった。
 それはつまり、彼が巡の代わりに生きているから。そういうことなのだろうか?
 だとしたら、ふざけるなと言いたい。別に真詞が岬を選んだわけじゃない。叶うなら巡を選びたかった。それに対して勝手に責任を感じて、勝手に自分を追い込む姿なんて見せられたくはない。

 スープの器を手に掴むと、直接口を付けて喉に流し込む。恐らく手の込んでいるのだろう汁が味わうことなく胃に落ちた。一気に半分ほど飲んだら、次にパスタを片付ける。

 岬は考えすぎなのだ。もっと好きに生きたらいい。彼の人生なのだから。負い目を感じる気持ちも分かるけど、変に気を遣われる方が苛立たしい。
 黙々と食べていると、気付けばずっと彼のことを考えてしまっていた。
 そのことがまた腹立たしくて、パスタを食べる口の動きが大きくなる。

「地獄温泉か?」

 急いでいるわけでもないのに慌ただしく食べ終わった頃、珍しく努がやって来て声をかけてきた。襖にもたれ掛かって腕を組んでいる。
 彼が言っているのは室内の様子のことだろう。薄っすらと赤く染め上がり、汗ばむほどに室温も高い。空調を使わなくても適温が保たれているこの屋敷では珍しい。
 どこかからはグツグツと煮えたぎる音も聞こえてきている。

「師匠……。地獄温泉ってこんな感じなんですか?」
「俺も行ったことはねぇけど、こんなイメージだよな」
「どっちかと言うと、地獄の釜茹でじゃ……」
「ああ、それもいいな。どっちにしろポチはもうお前のメンタルメーターだな」
「はぁ」
「当ててやろうか?」

 努の顔は、笑わないと不機嫌そうな顔をしているのに、笑うと何か企んでいるように見える。色々と不都合そうだけど、本人はそれを逆手に取っているようだ。その顔が今日は機嫌良さそうにこちらを見下ろす。

「なんのことですか」
「勝手に気遣ってんじゃねぇよ」
「師匠……」
「不幸なのはお前だけじゃねぇんだよ」
「あの」
「あと、そうだなー。お前に振り回されるこっちの身にもなれよ、とかか?」
「師匠」
「ん? 他に何かあるか?」
「もう一つ。隠したいならちゃんと隠せ、もです」
「あははははは! お前! 言うじゃんか!」

 努が腹を抱えて笑う。右の掌を使用人へ向けてさっと一度振った。
 何かと思えば、それだけで使用人が無言で席を立つ。教育が行き届き過ぎていて呆気に取られる。

 努は部屋に入ると、静かに襖を閉める。
 真詞の正面に座るとジッとこちらを見上げて来た。普段の言動と実際の力量のせいで大きく感じるけど、実際の彼は割と小柄だ。


「少し、昔話をしてやるよ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

君が僕を好きなことを知ってる

大天使ミコエル
BL
【完結】 ある日、亮太が友人から聞かされたのは、話したこともないクラスメイトの礼央が亮太を嫌っているという話だった。 けど、話してみると違和感がある。 これは、嫌っているっていうより……。 どうやら、れおくんは、俺のことが好きらしい。 ほのぼの青春BLです。 ◇◇◇◇◇ 全100話+あとがき ◇◇◇◇◇

【完結】試練の塔最上階で待ち構えるの飽きたので下階に降りたら騎士見習いに惚れちゃいました

むらびっと
BL
塔のラスボスであるイミルは毎日自堕落な生活を送ることに飽き飽きしていた。暇つぶしに下階に降りてみるとそこには騎士見習いがいた。騎士見習いのナーシンに取り入るために奮闘するバトルコメディ。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

守護霊は吸血鬼❤

凪子
BL
ごく普通の男子高校生・楠木聖(くすのき・ひじり)は、紅い月の夜に不思議な声に導かれ、祠(ほこら)の封印を解いてしまう。 目の前に現れた青年は、驚く聖にこう告げた。「自分は吸血鬼だ」――と。 冷酷な美貌の吸血鬼はヴァンと名乗り、二百年前の「血の契約」に基づき、いかなるときも好きなだけ聖の血を吸うことができると宣言した。 憑りつかれたままでは、殺されてしまう……!何とかして、この恐ろしい吸血鬼を祓ってしまわないと。 クラスメイトの笹倉由宇(ささくら・ゆう)、除霊師の月代遥(つきしろ・はるか)の協力を得て、聖はヴァンを追い払おうとするが……? ツンデレ男子高校生と、ドS吸血鬼の物語。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

鷹が雀に喰われるとはっ!

凪玖海くみ
BL
陽キャ男子こと知崎鷹千代の最近の趣味は、物静かなクラスメイト・楠間雲雀にウザ絡みをすること。 常にびくびくとする雲雀に内心興味を抱いている様子だが……しかし、彼らの正体は幼馴染で親にも秘密にしている恋人同士だった! ある日、半同棲をしている二人に奇妙な噂が流れて……? 実は腹黒い陰キャ×雲雀のことが大好き過ぎる陽キャによる青春BL!

処理中です...