きっと必ず恋をする~初恋は叶わないっていうけど、この展開を誰が予想した?~

乃ぞみ

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第三章【三夏を渡った先に】

トレーニング①

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 これはもう絶対に陰謀に違いない。


 夏休み二日目、真詞は日柴喜の本家の中庭にいた。
 約二ヶ月分の荷物を持ってここへ来たのが昨日の昼のことで、流石に初日は屋敷内の案内や、何人かの使用人との挨拶で終わった。
 遊びに誘ってくれた山岸たちには家の都合で夏休みは会えないと伝えた。

「今日からお前らに神力のコントロールを教える。敬え」

 そして今、コーチの――師匠と呼べと言われた――男は日柴喜努(ひしき つとむ)と名乗った。
 白髪にも見える灰色の長い髪を一つに結んで肩から下ろした、四十代くらいだろうけど、年齢の分かり難い外見をした人だった。目が薄っすらと紫色をしているのが印象的で、濃紺の着流しを着ている。
 真詞は礼儀としてお辞儀をして「よろしくお願いします」と答えた。

「お願いしますっ!」

 隣からはもっと硬い声が聞こえてきている。さっき「お前ら」と言っていたから、これから一緒にトレーニングを行うのだろう。てっきり一人ですると思っていたので師匠の意識が分散するのは悪くない。
 ただ、問題はその声の主である。

「なんでいるんですか……」
「俺もこうなるとは思ってなかったよ」

 真詞同様にトレーニングウェアを着た岬が隣に立っていた。しっかりと一人で立つ彼を見るのは初めてかもしれない。身長は巡や真詞と変わらないけど、寝込んでいた間に落ちた筋肉の分、体は随分細かった。
 日柴喜の大人は謝礼がどうとか言っていたけど、実は恨まれているのではないかとすら思えてきた。
 この世で一番見たくない顔なのに、なんでこんなに日を置かずに会わなければいけないのか。

「予想くらい付くでしょう……? 自分の家なんだから」
「ほんとね、基礎体力だけならまだ分かるんだけどね」
「岬さん?」
「俺じゃ、分かることは少ないよ。残念ながらね」

 岬の言葉には後ろ向きの感情がこもっていた。
 同情しそうになって、さっさと思考を切り替える。真詞には関係のない話だ。

「――で? もういいか?」

 努が「ふぅ」と大きく息を吐きだす。いつの間にかタバコを吸っていた。

「あ、すみま」
「失礼しましたっ!」

 この人、こんなに大きな声出せたのかと思うほどハキハキとしていて驚く。

「うるせぇ! 岬、ここは軍隊じゃねぇんだ。やる気だけあっても結果は出ねぇ。分かってるだろ」
「ぅ……はい。すみません」
「分かりゃいい。よし、じゃあまずは外周十周いこうか」
「はい!」
「え、は、え?」

 真詞が慌てている間に、岬はすでに走り出していた。

「早く行け!」
「は、はいっ!」

 と、走り出したのはいいものの、この家の外周って何メートルあるんだ? と走っても、走っても中々スタート地点の門戸が見えないことに恐怖を覚えた。
 岬は早く出たわりには余り前へは進んでいなかった。遠くに背中が見える。
 つい一ヶ月ほど前までほぼ寝たきりのようなものだったことを考えれば、走ることができるようになっているのがすごいことだろう。

 やっと一周が終わり、二周目、三周目、四週目で岬に並んだ。彼は横っ腹を押さえて苦しそうだ。ぜぇぜぇと荒い呼吸も聞こえる。
 多少は心配になったものの、自分でなんとかするだろうと振り切るように一気に追い抜いた。
 どんどんと差ができて、真詞が走り終わる頃には一周近くの距離が開いていた。
 どのくらい走ったのかは分からないけど、二キロから三キロは走らされた気がする。
 いくら複数の会社経営者の総本山だからって、大きすぎやしないだろうか。
 顎から滴る汗を右手の甲で拭いながら、努の元へ戻る。

「遅い! たかが十周に何十分かけてんだ。ったく。水分補給したら次だ。さっさとしろ」
「あの、岬、さんは……?」
「待つわけないだろ。遅れたやつの分お前は休憩するのか? 違うだろ。分かったらそいつとそこで体を解せ」

 努が顎で指し示したのは、用意されたマットといかにも体を鍛えていますといった感じの体格をした男性だった。

「日柴喜東(ひしき あずま)と申します! 初めまして真詞さん!早速始めましょう! まずはうつ伏せになって! アップドッグから!」

 息も整い切れてなかったけど、急いで靴を脱いで寝転がる。名前を言われてもどんな体の動きから分からないので、東のやり方を見よう見まねで追いかける。

「両手を胸の横に置いて、上体を押し上げスライド。そう! 呼吸は止めませんよ! 太ももは浮かせて! そう! イイ感じです! そのまま呼吸しましょう! はい、吸ってー! 吐いてー!」

 言われるままに体を支えて呼吸を繰り返す。

「では次はヨガの猫の」
「おい! 医療チームを呼べ!」

 突然、東の溌剌とした声すら飲み込む怒号が中庭中に響き渡った。
 何事かと振り返ると、努が門戸の方へ早足で向かっている。

「あのバカが! 初日から飛ばし過ぎだ!」

 恐らく岬の具合が悪くなったのだろう。白衣を着た人や看護師らしい人が慌ただしく走って行くのが遠くに見える。
 体勢を崩して騒がしくなってきていた方を向いてしまっていると、東が続きを促してきた。

「真詞さん! 続きをしますよ! ヨガの猫のポーズから再開です!」
「えっ」
「恐らく岬坊ちゃんが体調を崩されただけです。病み上がりですからね。仕方ない。大丈夫ですよ。さぁ、続きです!」

 なんでもないことのように言う。
 勢いに押されて真詞は「はい……」と小さく返事をする以外に何も言えなかった。
 何かを言いたかったのかと聞かれれば、特に何も浮かばない。
 ただ、言いようのない気持ち悪さが胸を渦巻いていた。
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