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第三章【三夏を渡った先に】
再会①
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輝一郎は神の鎮静化のために九州まで出向いているらしい。
教室では担任が「家の事情で暫く休む」とだけ言っていたけど、家業を継いでいる以上は仕方のないことなのかもしれない。
九州ならほぼ確実に泊りがけになる。今回のことは、本当に見事に仕組まれたことのようだった。
「それで? 日柴喜はいつ帰ってくるんですか?」
三度目の日柴喜家は、やはり広すぎてどこに何があるか分からない。通された和室の一角で綺麗な緑色をしたお茶を一口飲む。
どうでもいいけど、さっきから輝一郎のことを呼ぶたびに使用人たちがチラチラと真詞を見てくるのが気にかかる。まさか、様付けを要求されようとしているのだろうか。いい加減にして欲しい。
「それがねぇ。少し厄介みたいで、一週間後って言ってるんだよねぇ」
「あいつ、学校なんだと思ってるんだ」
「成績は維持してるし、学校とは交渉済みなんだよね。君のことを抜きにしても全国各地に飛び回ってるのは本当だしね」
「どうせ今頃温泉にでも入ってるんだろ。ふざけやがって」
また使用人たちの視線が突き刺さった。なんと思われようと、真詞と輝一郎はただのクラスメイトだ。今さら呼び方を変える気も、ましてや敬ったりなどあり得ない。
余りのことに普通に話してしまっていたけど、そもそも昨日真詞と岬は気まずい別れ方をしていたのだ。
急にそのことが思い出されて、視線を逸らす。
すると、それを見越したかのように「昨日のことはごめん」と謝ってきたものだから、怒るタイミングすら逃してしまった。
「別にいいですよ」
「そう?」
「本当にいいわけないでしょう。社交辞令ですよ」
「別にそれでもいいよ。――ああ、準備できたみたい。行こうか」
そっと襖を開けて入ってきた使用人の一人が岬に耳打ちをする。
真詞は大人しく岬の後に続いて長い廊下を、岬の速度に合わせてゆっくりと歩いて行った。
お茶を飲んだ和室を右に出て真っすぐ四部屋分。そうするとこの前見た中庭に面した廊下に出る。長く続く廊下を歩いて右に曲がって、二部屋越えたところで、目的地に着いた。
病み上がりの人間をやたら歩かせるな、と思ったものの、心配してると思われるのが癪で黙っていた。
途中で「この家って何部屋あるんですか?」と至極まともな質問をしたのに、岬からは「さあ? 数えたことがないから分からないな。たまに増えたり減ったりしてるし、部屋数なんか考えても意味ないよ」なんて笑い飛ばされて、結局イラっとさせられた。
「それじゃあ、始めようか」
「はい」
案内された部屋は畳の上に小さなアンティークのテーブルセットが置かれていた。二脚しかない椅子に対面で座る。
「随分大がかりなんですね」
「輝一郎君の帰りがいつになるか分からないからね。少し長めの術をかけるよ」
「それって日柴喜でもこんな感じでするんですか?」
「ここまでしっかりとはしないけど、多少は手間がかかるかな」
屋上でのアイピローは簡易版だったというわけだ。
「じゃあ、両手を出してくれる?」
「はい」
掌を上にしてテーブルに置く。隅に置かれていた壺から赤い何かの粉末を取ると、それぞれ手首の辺りに指で塗られた。そのまま両手首を下から掬うように握られる。
「この者名を【渡辺真詞】数多の神々から隠し給え――」
岬の声は、透き通っていた。耳に心地よい。
「もういいよ」
そう言われるまで自分が両目を瞑っていることに気付かなかった。
目の前には、意外にも穏やかな顔をした岬がいた。何となく気まずくて視線を落とす。
さっきまで朱色に染まっていた手首は元の肌の色に戻っていた。拭ったような感触はなかったから、消えるか何かしたのだろう。そっと手首を支えていた両手が引いて行く。
「ねぇ、渡辺君。ここで神力の修行をしようよ。今回のことで分かったでしょ? 輝一郎君も毎回、毎回術をかけられるわけじゃないし、この先ずっとこんなこと続けるつもりでいるの?」
「神稚児って言うのは、大人になっても狙われるものなんですか?」
「心身とも大人になれば大丈夫だよ。でも、この心身ともにって言うのは、神力の使い方も含まれると思った方がいい。君は神力の強さのわりに、コントロールが滅茶苦茶だから、神々からすれば狙いやすいとは思う」
「迷惑な話ですね」
「そうだね。でも、修行して使いこなせるようなったら、多分君はとても強くなれるよ。唯神とも契約できるだろうしね」
とても魅力的な話だよ。とでも言いたそうな声色だ。真詞からすればそんな力いらないのに。
「修行ってどのくらいかかるんですか?」
「状況によるけど、神を追い払う程度なら二ヶ月見ておけば大丈夫じゃないかなぁ」
「そんなもんなんですか? もっと年単位でかかるかと……」
「君はもう神力が覚醒してるからね。本当なら子供の頃から少しずつ修行して神力の覚醒とコントロールは同時なんだよ」
「二ヶ月……」
「ちょうどもうすぐ夏休みなんだし、どうかな? 今週末からでも」
「今週末って……。テスト期間中なんだけど」
言ってから自分でも初めて意識した。そうだ。もうすぐ期末テストが始まる。すっかり頭から零れ落ちていた。
「そんな時期だったね。じゃあ、理数を教えるよ。だから、週末おいでよ」
「本当に強引だな。別に教わらなくても大丈夫だ」
「本当? 物理とか苦手じゃない。大丈夫なの?」
心の天秤が一方に傾きかける。正直、家庭教師として彼が優秀なのは知っているから、メリットに対してデメリットが少ないような気がしてきていた。
「あれ……?」
「どうしたの?」
余りに自然に話が繋がっていたから気付かなかった。
「あんた、何で俺が物理が苦手だって知ってるんですか?」
教室では担任が「家の事情で暫く休む」とだけ言っていたけど、家業を継いでいる以上は仕方のないことなのかもしれない。
九州ならほぼ確実に泊りがけになる。今回のことは、本当に見事に仕組まれたことのようだった。
「それで? 日柴喜はいつ帰ってくるんですか?」
三度目の日柴喜家は、やはり広すぎてどこに何があるか分からない。通された和室の一角で綺麗な緑色をしたお茶を一口飲む。
どうでもいいけど、さっきから輝一郎のことを呼ぶたびに使用人たちがチラチラと真詞を見てくるのが気にかかる。まさか、様付けを要求されようとしているのだろうか。いい加減にして欲しい。
「それがねぇ。少し厄介みたいで、一週間後って言ってるんだよねぇ」
「あいつ、学校なんだと思ってるんだ」
「成績は維持してるし、学校とは交渉済みなんだよね。君のことを抜きにしても全国各地に飛び回ってるのは本当だしね」
「どうせ今頃温泉にでも入ってるんだろ。ふざけやがって」
また使用人たちの視線が突き刺さった。なんと思われようと、真詞と輝一郎はただのクラスメイトだ。今さら呼び方を変える気も、ましてや敬ったりなどあり得ない。
余りのことに普通に話してしまっていたけど、そもそも昨日真詞と岬は気まずい別れ方をしていたのだ。
急にそのことが思い出されて、視線を逸らす。
すると、それを見越したかのように「昨日のことはごめん」と謝ってきたものだから、怒るタイミングすら逃してしまった。
「別にいいですよ」
「そう?」
「本当にいいわけないでしょう。社交辞令ですよ」
「別にそれでもいいよ。――ああ、準備できたみたい。行こうか」
そっと襖を開けて入ってきた使用人の一人が岬に耳打ちをする。
真詞は大人しく岬の後に続いて長い廊下を、岬の速度に合わせてゆっくりと歩いて行った。
お茶を飲んだ和室を右に出て真っすぐ四部屋分。そうするとこの前見た中庭に面した廊下に出る。長く続く廊下を歩いて右に曲がって、二部屋越えたところで、目的地に着いた。
病み上がりの人間をやたら歩かせるな、と思ったものの、心配してると思われるのが癪で黙っていた。
途中で「この家って何部屋あるんですか?」と至極まともな質問をしたのに、岬からは「さあ? 数えたことがないから分からないな。たまに増えたり減ったりしてるし、部屋数なんか考えても意味ないよ」なんて笑い飛ばされて、結局イラっとさせられた。
「それじゃあ、始めようか」
「はい」
案内された部屋は畳の上に小さなアンティークのテーブルセットが置かれていた。二脚しかない椅子に対面で座る。
「随分大がかりなんですね」
「輝一郎君の帰りがいつになるか分からないからね。少し長めの術をかけるよ」
「それって日柴喜でもこんな感じでするんですか?」
「ここまでしっかりとはしないけど、多少は手間がかかるかな」
屋上でのアイピローは簡易版だったというわけだ。
「じゃあ、両手を出してくれる?」
「はい」
掌を上にしてテーブルに置く。隅に置かれていた壺から赤い何かの粉末を取ると、それぞれ手首の辺りに指で塗られた。そのまま両手首を下から掬うように握られる。
「この者名を【渡辺真詞】数多の神々から隠し給え――」
岬の声は、透き通っていた。耳に心地よい。
「もういいよ」
そう言われるまで自分が両目を瞑っていることに気付かなかった。
目の前には、意外にも穏やかな顔をした岬がいた。何となく気まずくて視線を落とす。
さっきまで朱色に染まっていた手首は元の肌の色に戻っていた。拭ったような感触はなかったから、消えるか何かしたのだろう。そっと手首を支えていた両手が引いて行く。
「ねぇ、渡辺君。ここで神力の修行をしようよ。今回のことで分かったでしょ? 輝一郎君も毎回、毎回術をかけられるわけじゃないし、この先ずっとこんなこと続けるつもりでいるの?」
「神稚児って言うのは、大人になっても狙われるものなんですか?」
「心身とも大人になれば大丈夫だよ。でも、この心身ともにって言うのは、神力の使い方も含まれると思った方がいい。君は神力の強さのわりに、コントロールが滅茶苦茶だから、神々からすれば狙いやすいとは思う」
「迷惑な話ですね」
「そうだね。でも、修行して使いこなせるようなったら、多分君はとても強くなれるよ。唯神とも契約できるだろうしね」
とても魅力的な話だよ。とでも言いたそうな声色だ。真詞からすればそんな力いらないのに。
「修行ってどのくらいかかるんですか?」
「状況によるけど、神を追い払う程度なら二ヶ月見ておけば大丈夫じゃないかなぁ」
「そんなもんなんですか? もっと年単位でかかるかと……」
「君はもう神力が覚醒してるからね。本当なら子供の頃から少しずつ修行して神力の覚醒とコントロールは同時なんだよ」
「二ヶ月……」
「ちょうどもうすぐ夏休みなんだし、どうかな? 今週末からでも」
「今週末って……。テスト期間中なんだけど」
言ってから自分でも初めて意識した。そうだ。もうすぐ期末テストが始まる。すっかり頭から零れ落ちていた。
「そんな時期だったね。じゃあ、理数を教えるよ。だから、週末おいでよ」
「本当に強引だな。別に教わらなくても大丈夫だ」
「本当? 物理とか苦手じゃない。大丈夫なの?」
心の天秤が一方に傾きかける。正直、家庭教師として彼が優秀なのは知っているから、メリットに対してデメリットが少ないような気がしてきていた。
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2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
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