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第三章【三夏を渡った先に】
夢の世界から②
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窓から差し込む光がオレンジ色から薄暗闇になって、とうとう部屋の中は真っ暗になった。
どのくらい前かは分からないけど、父が帰ってきた音も届いた。
真詞の周りにはゴミ箱に辿り着けなかったくしゃくしゃのティッシュが落ちている。頬は何かが張り付いたかのように引き攣っていて、視界は狭い。
鼻を吸って、いまだに垂れてくる鼻水をやり過ごした。
はぁ、と大きなため息を付く。とうとう泣いてしまった。認めてしまった。彼がいないことを。そう考えるだけで、心臓が耐えられないほどに縮まったような感覚がする。
胸が苦しいってこういうことか、と妙に冷静な自分が考える。
テレビなんかで夜通し泣き続けるとか、酷いときには自分で自分を終わらせる話などは見かけたことがあったけど、こういう気持ちなのかと理解した。
床に座り込んで泣きはらした顔をした自分は、彼ら、彼女らとどれだけ違うというのか。
「これが、好き……」
これが、恋。
酷い話だ。ほとんど自覚したと同時に一生会えなくなるなんて。
「なるほどな」
確かにこれは呪いだ。
巡が言っていた意味を理解した。真詞はこの先、誰か他の相手を好きになれるか自信がない。それだけ巡を好きだと突き付けられたし、二度と会えない傷は深い。
「お前、やっぱり意地悪だな?」
階下から父が真詞を呼ぶ声がする。返事をする気力もなくて、真っ暗な部屋でドアに背中を預けて座り込み続けた。
翌日は休めるものなら休みたかったのが本音だ。
ひねくれている自覚はあるので、今さら一日くらい学校を仮病で休んだところで対して気にもならない。
でも、今日はあのアイピローから丁度一週間。
輝一郎が言うには、そろそろ術が切れる頃合いだ。神に見つかってしまえば、また真詞は追い回される日々に舞い戻ることになる。それだけは避けたい。
床に転がって寝てしまったので、制服は皺だらけだし、髪は汗でしっとりしているし、悔しいことに腹も減ってしまっていた。
早い時間に眠りについたからか、外はまだ薄暗い。
もし起こしてしまったりしたら両親には悪いけど、多めに見てくれと勝手に思いながらさっさとシャワーを浴びてリビングに行く。
昨晩は体調が悪いことにして夕食を食べなかった。
心配の声はかかったけど、高校生にもなるとある程度自己管理は任せてもらえるらしい。
リビングテーブルの上にはインスタントの味噌汁とお椀。冷蔵庫におにぎりが入っているというメモが置いてあった。
こんな風に心配をかけるのは、それこそ養子の件で反抗的な態度を取っていたとき以来かもしれない。
どっちにしろ、巡が関わっていることに小さく笑みが浮かぶ。
笑みが浮かんだのだ。
そのことに気付いて左手をそっと口元に運んだ。
「笑えるんだな」
また胸が苦しくなった。右手を強く握りしめてやり過ごす。
「食べないとな」
食べないといけない。
生きているんだから。
約束通りに昼休みに屋上まで行くと、輝一郎はまだ来ていなかった。
試しに回してみたドアノブはガチャガチャと音を立てるだけで回ろうとしない。
仕方なく真詞は扉の前の壁に寄りかかって彼を待つことにした。
二畳ほどの空間で、何という名前で呼ぶのかは知らない。
上に階段が続いているわけではないから、踊り場とは言わないだろうな。
普段使用されていないのだから名前がなくてもおかしくないかもしれない。
など、とりとめのないことを考える。
そこには隅に使わなくなった教材や足の折れた椅子などが置き去りにされていて、掃除も適当なのだろう。埃っぽい。
階段側にある大きな窓にチカチカとまるで雪のように反射して舞っている。
意味も無く右手を出して埃のいくつかを掌で掴む真似をしてみる。
花びらと違って、掴んだ感触なんかあるはずもなかった。
ピロン!
SNSの通知音がして意識を戻す。
真詞は未だに輝一郎に個別メッセージ用のアカウントを教えていない。別にクラスメイトなのだし、教えてもいいのではないかとも思うけど、相手も特に何も言ってこないからSNSのDMでやり取りをしている。
『悪い、行けなくなった。俺は暫く登校できそうにないから、放課後に人を寄越す。そのときに術をかけてもらってくれ。明日くらいまでは大丈夫だから心配しなくていい。』
「は……?」
開いた口が塞がらないとはこのことか。
わざわざ無理をしてこのためだけに登校したのに、当人は来られない? しかも、明日でも大丈夫だ?
「はぁぁ?」
誰もいないのに思わず大きな声が出た。
そして放課後。
真詞は正門で黒いワゴン車の前にいる岬と対峙していた。
「まぁ、な。想像はしてたけどな」
「渡辺君、昨日言った経験豊富な人って、輝一郎君も入ってるんだよね」
岬が多少なりとも申し訳なさそうに笑う。
「なるほどな。要するに俺はまんまと引っ掛かったわけだ」
「そうなるね。しかも、もっと悪いことに、あれを掛けられる人って限られるんだ」
「日柴喜は簡単だ、みたいなことを言ってたけど……」
「それは輝一郎君だからだよ。と言うことで」
「おい、まさか」
使用人によってスライドドアが開かれる。やたら手慣れた動きで岬の乗った車いすが後ろに回る。
「日柴喜本家まで、来てね」
してやったりと言った表情で笑われる。昨日の今日でこんな目に合うなんて、自分は前世で何かしでかしたのかとすら思ってしまう真詞だった。
どのくらい前かは分からないけど、父が帰ってきた音も届いた。
真詞の周りにはゴミ箱に辿り着けなかったくしゃくしゃのティッシュが落ちている。頬は何かが張り付いたかのように引き攣っていて、視界は狭い。
鼻を吸って、いまだに垂れてくる鼻水をやり過ごした。
はぁ、と大きなため息を付く。とうとう泣いてしまった。認めてしまった。彼がいないことを。そう考えるだけで、心臓が耐えられないほどに縮まったような感覚がする。
胸が苦しいってこういうことか、と妙に冷静な自分が考える。
テレビなんかで夜通し泣き続けるとか、酷いときには自分で自分を終わらせる話などは見かけたことがあったけど、こういう気持ちなのかと理解した。
床に座り込んで泣きはらした顔をした自分は、彼ら、彼女らとどれだけ違うというのか。
「これが、好き……」
これが、恋。
酷い話だ。ほとんど自覚したと同時に一生会えなくなるなんて。
「なるほどな」
確かにこれは呪いだ。
巡が言っていた意味を理解した。真詞はこの先、誰か他の相手を好きになれるか自信がない。それだけ巡を好きだと突き付けられたし、二度と会えない傷は深い。
「お前、やっぱり意地悪だな?」
階下から父が真詞を呼ぶ声がする。返事をする気力もなくて、真っ暗な部屋でドアに背中を預けて座り込み続けた。
翌日は休めるものなら休みたかったのが本音だ。
ひねくれている自覚はあるので、今さら一日くらい学校を仮病で休んだところで対して気にもならない。
でも、今日はあのアイピローから丁度一週間。
輝一郎が言うには、そろそろ術が切れる頃合いだ。神に見つかってしまえば、また真詞は追い回される日々に舞い戻ることになる。それだけは避けたい。
床に転がって寝てしまったので、制服は皺だらけだし、髪は汗でしっとりしているし、悔しいことに腹も減ってしまっていた。
早い時間に眠りについたからか、外はまだ薄暗い。
もし起こしてしまったりしたら両親には悪いけど、多めに見てくれと勝手に思いながらさっさとシャワーを浴びてリビングに行く。
昨晩は体調が悪いことにして夕食を食べなかった。
心配の声はかかったけど、高校生にもなるとある程度自己管理は任せてもらえるらしい。
リビングテーブルの上にはインスタントの味噌汁とお椀。冷蔵庫におにぎりが入っているというメモが置いてあった。
こんな風に心配をかけるのは、それこそ養子の件で反抗的な態度を取っていたとき以来かもしれない。
どっちにしろ、巡が関わっていることに小さく笑みが浮かぶ。
笑みが浮かんだのだ。
そのことに気付いて左手をそっと口元に運んだ。
「笑えるんだな」
また胸が苦しくなった。右手を強く握りしめてやり過ごす。
「食べないとな」
食べないといけない。
生きているんだから。
約束通りに昼休みに屋上まで行くと、輝一郎はまだ来ていなかった。
試しに回してみたドアノブはガチャガチャと音を立てるだけで回ろうとしない。
仕方なく真詞は扉の前の壁に寄りかかって彼を待つことにした。
二畳ほどの空間で、何という名前で呼ぶのかは知らない。
上に階段が続いているわけではないから、踊り場とは言わないだろうな。
普段使用されていないのだから名前がなくてもおかしくないかもしれない。
など、とりとめのないことを考える。
そこには隅に使わなくなった教材や足の折れた椅子などが置き去りにされていて、掃除も適当なのだろう。埃っぽい。
階段側にある大きな窓にチカチカとまるで雪のように反射して舞っている。
意味も無く右手を出して埃のいくつかを掌で掴む真似をしてみる。
花びらと違って、掴んだ感触なんかあるはずもなかった。
ピロン!
SNSの通知音がして意識を戻す。
真詞は未だに輝一郎に個別メッセージ用のアカウントを教えていない。別にクラスメイトなのだし、教えてもいいのではないかとも思うけど、相手も特に何も言ってこないからSNSのDMでやり取りをしている。
『悪い、行けなくなった。俺は暫く登校できそうにないから、放課後に人を寄越す。そのときに術をかけてもらってくれ。明日くらいまでは大丈夫だから心配しなくていい。』
「は……?」
開いた口が塞がらないとはこのことか。
わざわざ無理をしてこのためだけに登校したのに、当人は来られない? しかも、明日でも大丈夫だ?
「はぁぁ?」
誰もいないのに思わず大きな声が出た。
そして放課後。
真詞は正門で黒いワゴン車の前にいる岬と対峙していた。
「まぁ、な。想像はしてたけどな」
「渡辺君、昨日言った経験豊富な人って、輝一郎君も入ってるんだよね」
岬が多少なりとも申し訳なさそうに笑う。
「なるほどな。要するに俺はまんまと引っ掛かったわけだ」
「そうなるね。しかも、もっと悪いことに、あれを掛けられる人って限られるんだ」
「日柴喜は簡単だ、みたいなことを言ってたけど……」
「それは輝一郎君だからだよ。と言うことで」
「おい、まさか」
使用人によってスライドドアが開かれる。やたら手慣れた動きで岬の乗った車いすが後ろに回る。
「日柴喜本家まで、来てね」
してやったりと言った表情で笑われる。昨日の今日でこんな目に合うなんて、自分は前世で何かしでかしたのかとすら思ってしまう真詞だった。
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