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第三章【三夏を渡った先に】
夢の世界から①
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岬からのDMはそれから毎日届いた。
三日目からは通知だけを削除して未読のDMをそのまま放置した。ブロックしてしまえばそれで全てが解決するのに、自分でも何がしたいのか分からなくなっていた。
そんなことをしていたら、当然こうなることも予想はできていた。
今、自宅の前にはまた黒塗りの高級車が停まっている。真詞がそれに気づいたと同時に使用人が出てきて、車椅子を用意して後部ドアを開ける。
てっきり抱えてもらっているのかと思えば、岬は自力で車椅子に移動した。まだ筋力が戻り切っていないのか、遠目からでも両腕が震えているのが分かる。
何で使用人が手伝わないのかは分からない。ただ、あれが日柴喜岬の今なのだ。一人で移動することすらままならないのが彼だ。
そのことが妙に胸に突き刺さる。
「やあ、渡辺君。突然ごめんね。DMでも送ったけど、どうしても話がしたくて」
こちらに気付いた岬が片手を上げる。これっぽちも諦めた様子が見えない。
「今日はお礼、受け取ってもらえるかな?」
「この前も言ったでしょう。聞くだけなら聞きますよ。それでさっさと満足してください」
「はは、参ったな。聞いた後は二度と会いたくないって感じだ」
「当り前でしょう」
真詞が断言すると、彼は一瞬使用人へ視線を向けた。つられて見てみても、和服を着た使用人の男が立っているだけだ。視線で尋ねても、気付かないフリをされた。真詞には関係ないことなのだろうけど、この状況でそんなことをされると余計に気に障る。
「ねぇ、渡辺君。だったらどうして俺をブロックしないの? ここに来ることは止められないかもしれないけど、SNSをブロックするくらいはできるよね?」
痛いところを突かれて口ごもる。
「それは……」
「それは?」
「どうせこうやって来るなら無意味でしょう」
「答えになってないな。俺が命を助けてもらっておいて、お礼を言うだけじゃ気が済まないのを分かってるから、ブロックしないのかな?」
「俺が、あんたに気を遣ってるって言いたいのか? まさか」
「はは! そこまで自意識過剰じゃないよ。俺が、巡だったから、かな? 少しでも彼に繋がるものを残しておきたいの?」
「うるさいっ!」
「あはは! 図星?」
「あんた、礼を言いにきたんじゃないのか! 偉そうに語るな!」
「お礼を言わせてくれないのは君だけどね。そんなにこの顔がいいなら、どうぞ? じっくり見たら?」
体が回復してきたからか、彼の髪の毛は短くなっていた。長めの前髪をかき上げて、岬がこちらに顔を突きつける。見慣れない黒い瞳がこちらを射抜く。
頭がガンガンした。イラ立ちが最高潮に達しそうだった。
「いい加減にしてくれ」
「嫌だよ。君にお礼を受け取ってもらって、ちゃんと話ができるまで俺は」
「あんたと話なんてしたくないんだっ!」
「――分かってる、そんなこと」
「あぁ?」
急に岬の声が低くなった。今の今までどこか巡のような、楽観的な話し方をしていたのに。変わりぶりに思わずガラの悪い声が出た。
「もうさ、単刀直入に言うよ。お礼を言いたいのは本当だけど、本題は別だ。君を日柴喜に取り込みたい。輝一郎君もそんな話をしただろ? 日柴喜は君に興味津々なんだよ。逃げられると思わない方がいい。相手は色々と経験豊富な人たちばかりだから」
巡と同じ顔で、同じ声で、巡のいない日常で。
突き放すような冷たい言葉で、切り裂くような鋭い視線で。
「可哀想だな、渡辺君」
車椅子に座った低い位置から見下された。
「……あんた、俺のこと、嫌いなんだな……?」
「さぁ? 嫌いかどうかなんて分からないよ。でも、好きになれそうにないな」
愕然とした。
ああ、本当に。
本当に、岬は巡なのだ。
認めたくなんてないのに、こんなにも同じ存在だ。
体の力が抜けそうになって数歩後ずさりをする。ザリ、と制服を着た背中と石壁が擦れる音がした。
「ぇってくれ……」
「渡辺君?」
「帰ってくれ」
「……そうだね。帰るよ」
「俺は」
俯いていても、岬の視線が低いからどうしても視界のどこかに彼の顔が入り込んでくる。出来る限り遠くの街灯に目を固定した。
「俺は、嫌いになりたくなかった」
「え……?」
それだけを言うと、真詞は門戸を開けて自宅に飛び込む。
閉まる玄関の扉の隙間から「渡辺君!」と呼び掛ける声が聞こえたけど、振り返ることもなく鍵を閉めて二階へ駆け上がる。
自室に入っても、そこには自分の持ち物しかない。
真詞は、巡との思い出の品など一つも持っていない。あるのは記憶の中の笑顔だけ。だからって、岬に何かを求めていたわけではない。岬と巡は別物。そう思っていたのは他でもない自分。そのつもりだった。
「巡……」
「巡」
「巡、巡、巡……!」
「めぐるっ!」
家に誰もいないのをいいことに、腹の底から思い切り叫んだ。
「出てこいよ! 巡! 俺に、俺に今すぐ会いに来いっ! 会いにきてくれ……。頼む、頼むから……」
床に両手を付けてフローリングの板目を眺める。すぐにそこがユラユラと歪んで、ポタポタと雫が落ちた。
「は、はは、は……」
会えない。
もう、会えない。
何をしても、仮に命を落としたとしても。
どこにもいない。
巡はいない。
「っふ、う……! うぅ、っく。う、ひっ、ぁ、はぁ。うぅ……!」
わめきそうになるのを必死にこらえる。
寂しい。
寂しい。
「めぐ、るっ……。会い、ひっ、たい……」
転がり出てきた言葉は、真詞の何よりもの願いだった。
三日目からは通知だけを削除して未読のDMをそのまま放置した。ブロックしてしまえばそれで全てが解決するのに、自分でも何がしたいのか分からなくなっていた。
そんなことをしていたら、当然こうなることも予想はできていた。
今、自宅の前にはまた黒塗りの高級車が停まっている。真詞がそれに気づいたと同時に使用人が出てきて、車椅子を用意して後部ドアを開ける。
てっきり抱えてもらっているのかと思えば、岬は自力で車椅子に移動した。まだ筋力が戻り切っていないのか、遠目からでも両腕が震えているのが分かる。
何で使用人が手伝わないのかは分からない。ただ、あれが日柴喜岬の今なのだ。一人で移動することすらままならないのが彼だ。
そのことが妙に胸に突き刺さる。
「やあ、渡辺君。突然ごめんね。DMでも送ったけど、どうしても話がしたくて」
こちらに気付いた岬が片手を上げる。これっぽちも諦めた様子が見えない。
「今日はお礼、受け取ってもらえるかな?」
「この前も言ったでしょう。聞くだけなら聞きますよ。それでさっさと満足してください」
「はは、参ったな。聞いた後は二度と会いたくないって感じだ」
「当り前でしょう」
真詞が断言すると、彼は一瞬使用人へ視線を向けた。つられて見てみても、和服を着た使用人の男が立っているだけだ。視線で尋ねても、気付かないフリをされた。真詞には関係ないことなのだろうけど、この状況でそんなことをされると余計に気に障る。
「ねぇ、渡辺君。だったらどうして俺をブロックしないの? ここに来ることは止められないかもしれないけど、SNSをブロックするくらいはできるよね?」
痛いところを突かれて口ごもる。
「それは……」
「それは?」
「どうせこうやって来るなら無意味でしょう」
「答えになってないな。俺が命を助けてもらっておいて、お礼を言うだけじゃ気が済まないのを分かってるから、ブロックしないのかな?」
「俺が、あんたに気を遣ってるって言いたいのか? まさか」
「はは! そこまで自意識過剰じゃないよ。俺が、巡だったから、かな? 少しでも彼に繋がるものを残しておきたいの?」
「うるさいっ!」
「あはは! 図星?」
「あんた、礼を言いにきたんじゃないのか! 偉そうに語るな!」
「お礼を言わせてくれないのは君だけどね。そんなにこの顔がいいなら、どうぞ? じっくり見たら?」
体が回復してきたからか、彼の髪の毛は短くなっていた。長めの前髪をかき上げて、岬がこちらに顔を突きつける。見慣れない黒い瞳がこちらを射抜く。
頭がガンガンした。イラ立ちが最高潮に達しそうだった。
「いい加減にしてくれ」
「嫌だよ。君にお礼を受け取ってもらって、ちゃんと話ができるまで俺は」
「あんたと話なんてしたくないんだっ!」
「――分かってる、そんなこと」
「あぁ?」
急に岬の声が低くなった。今の今までどこか巡のような、楽観的な話し方をしていたのに。変わりぶりに思わずガラの悪い声が出た。
「もうさ、単刀直入に言うよ。お礼を言いたいのは本当だけど、本題は別だ。君を日柴喜に取り込みたい。輝一郎君もそんな話をしただろ? 日柴喜は君に興味津々なんだよ。逃げられると思わない方がいい。相手は色々と経験豊富な人たちばかりだから」
巡と同じ顔で、同じ声で、巡のいない日常で。
突き放すような冷たい言葉で、切り裂くような鋭い視線で。
「可哀想だな、渡辺君」
車椅子に座った低い位置から見下された。
「……あんた、俺のこと、嫌いなんだな……?」
「さぁ? 嫌いかどうかなんて分からないよ。でも、好きになれそうにないな」
愕然とした。
ああ、本当に。
本当に、岬は巡なのだ。
認めたくなんてないのに、こんなにも同じ存在だ。
体の力が抜けそうになって数歩後ずさりをする。ザリ、と制服を着た背中と石壁が擦れる音がした。
「ぇってくれ……」
「渡辺君?」
「帰ってくれ」
「……そうだね。帰るよ」
「俺は」
俯いていても、岬の視線が低いからどうしても視界のどこかに彼の顔が入り込んでくる。出来る限り遠くの街灯に目を固定した。
「俺は、嫌いになりたくなかった」
「え……?」
それだけを言うと、真詞は門戸を開けて自宅に飛び込む。
閉まる玄関の扉の隙間から「渡辺君!」と呼び掛ける声が聞こえたけど、振り返ることもなく鍵を閉めて二階へ駆け上がる。
自室に入っても、そこには自分の持ち物しかない。
真詞は、巡との思い出の品など一つも持っていない。あるのは記憶の中の笑顔だけ。だからって、岬に何かを求めていたわけではない。岬と巡は別物。そう思っていたのは他でもない自分。そのつもりだった。
「巡……」
「巡」
「巡、巡、巡……!」
「めぐるっ!」
家に誰もいないのをいいことに、腹の底から思い切り叫んだ。
「出てこいよ! 巡! 俺に、俺に今すぐ会いに来いっ! 会いにきてくれ……。頼む、頼むから……」
床に両手を付けてフローリングの板目を眺める。すぐにそこがユラユラと歪んで、ポタポタと雫が落ちた。
「は、はは、は……」
会えない。
もう、会えない。
何をしても、仮に命を落としたとしても。
どこにもいない。
巡はいない。
「っふ、う……! うぅ、っく。う、ひっ、ぁ、はぁ。うぅ……!」
わめきそうになるのを必死にこらえる。
寂しい。
寂しい。
「めぐ、るっ……。会い、ひっ、たい……」
転がり出てきた言葉は、真詞の何よりもの願いだった。
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