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第三章【三夏を渡った先に】

始まる夏②

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 放課後は山岸たちと飲み干してカスカスになったジュースの残りかすを机の片隅に置いて、意味も無く教室に居残る。
 話す内容は学校のことやちょっとした噂話にテレビやSNSの話題など、何だかんだと尽きることが無い。
 ほどほどに腹が減り始めた頃に解散すると、真詞は真っすぐ家路に着いた。

 ピロンと控えめにスマホの通知音が鳴る。
 さっきまで一緒にいた内の一人が、SNSにサドルブロッコリーをポストしていた。クラスメイトが『警察案件』とか『それ今もやるやついるんだw』とか楽しそうに返信している。
 そんな他愛ない内容を見ていたから反応が遅れた。

 自宅の近くに馴染みのない高級車が停まっていることにも。門戸の前に見覚えのある人がいることにも。
 来るかもしれない、とは思っていた。
 きっとお礼か何かを言ってくるのだろうと思っていた。何せ真詞は彼にとっては命の恩人のようなものだ。彼の命のために、大切なモノを失った。

「こんにちは。渡辺君」

 ――日柴喜岬。

 つい一週間前まで完全に意識を失っていたのに、今では外出も問題ないらしい。流石に車椅子に座っているし、管に繋がれているけど。
 いつまでも何も言わずにジッと見るだけの真詞に痺れを切らしたのか、岬が弱ったような顔で声を掛けてきた。
 どうせ言いたいことは分かっているのだから、さっさと済ませて帰って欲しい。
 真詞は「っす」と運動部のような短縮した言葉と共に軽く会釈をするだけにとどめた。

「改めて、お礼を言いにきたんだ、けど、受け取ってくれる気はなさそう、だね?」
「分かってるなら話が早いですね。お引き取りください」
「そういうわけにもいかないんだ。お礼くらい言わせてくれない?」
「だったら、さっさと言って、さっさと帰って欲しいですね」

 真詞の言葉は棘だらけだったけど、岬も、彼の側に立っている使用人だろう二人も何も言わない。たかが高校生の分かりやすい嫌味の一つや二つ、彼らにとっては取るに足らないものなんだろうか。

「まずはこれを受け取って欲しいんだけど」
「いりません」

 使用人の一人が持ち出した何かの箱が見えるか見えないかの内に受け取りを拒否する。
 別に意地を張っているとかそういうワケでもなく、純粋にいらないのだ。それがどんなに高級な物だったにしろ、珍しい物だったにしろ、真詞は本当に興味がない。

 昼間も山岸たちに話した通り、真詞の家はどちらかと言えば裕福な方で、欲しい物は適度に手に入る。物欲も強くない。恩を売りたいとも思っていなければ、意地悪したいなんて考えも持っていない。
 ただ、さっさとその顔を引っ込めて欲しいだけだ。

「……辛辣だね」
「お礼、さっさと言ったらどうです? 聞きますよ。それで終わりにしてください」
「それじゃあ、俺も気が済まな」
「じゃあ、帰ってください」

 それだけ言うと、真詞は岬の前を横切り門戸を開け、さっさと自宅の中に入った。
 玄関で扉に背を付けて天井を仰ぐ。
 暫くそうしていると、外から静かなエンジン音が聞こえて高級車が発進したらしい気配が届いた。
 小さくため息を付く。
 これで諦めてくれないだろうかと、淡い期待を持った。


 風呂と課題を済ませて部屋に戻ると、置きっぱなしにしていたスマホの通知が溜まっていた。
 通販サイトからのメールやクラスメイトからのSNSの投稿、返信。どうせ流し見するだけだけど、まずはSNSを開いて内容を確認する。

「ん?」

 普段滅多に使われないDMに新着マークが付いていて、微かに眉をひそめる。
 わざわざDMを送ってくるような相手に心当たりがない。普段よく話す三人と連絡を取るときは、メッセージアプリを使うことが多いからだ。
 どうせ何かの勧誘系か、エロ系だろうと発信者をよく見もせずに本文を開いた。

『こっちでは初めまして、渡辺君。日柴喜岬です。』

 から始まった短くはない文章に、全文読む前にスマホを高く振りかぶった。
 天辺からベッドに向けて投げつけようとしたところで、また更新の通知音とバイブレーションが鳴る。
 仕方なく腕を止めて、先ほどのDMを読むことなく削除する。

 まだ新着通知が付いていて、仕方なくもう一つあったらしDMを開いた。
 送信者は日柴喜輝一郎。
 なるほどと、真詞は小刻みに頷いた。輝一郎が岬に教えたのだろう。
 文句の一つでも言ってやろうと思ってメッセージを開いてみれば、その内容はある意味で真詞の今後を左右するものだった。

 ***

 昼休みはできるだけ山岸たちと下らない話に興じていたいと思っている。
 それでも、今日はそうするわけにもいかず、真詞はまた屋上に向かっている。
 輝一郎に呼び出されたのだ。
 昨日のDMにはこう書いてあった。

『君の能力について話がしたい。このままではまたよくない神を引き寄せてしまう。まずは当面の処置をしたいので、明日の昼休み屋上にて待つ』

 真詞は自分の話し方や性格が硬い方である自覚がある。けど、輝一郎に至ってはそれどころじゃない。まるで昭和の果たし状のような〆方だ。実際に果たし状なるものが存在していたかなどは知らないけど。
 屋上へ続く扉の鍵は、当然のように開いていた。摩擦の強い音を立てて扉を押し開く。

「やあ、渡辺クン! こうやって話すのは久しぶりだな!」

 先に来ていた輝一郎が、三柱(?)の唯神を連れて待っていた。三柱の内の一柱は和親だ。その姿を見ると、どうしても顔を顰めてしまう。和親は真詞を睨みつけているけど、意識的に顔を背けた。

「日柴喜は学校で随分大人しいんだな」

 輝一郎と真詞では親しいクラスメイトが違う。
 同じ帰宅部同士なのだけど、どこか故意に避けられているような感じを受けた。
 実際に付き合っている相手も、特に勉強のできるメンバーだ。どちらかと言えばムードメーカーになっている山岸たちと親しくしている時点で滅多に話すことはない。

「これでも俺は当主だからな。友達は選ぶんだ」
「せ、いかく悪いって言われないか……?」
「そうだな。たまに言われる。最近は和親がよく言ってくるな」

 輝一郎は穏やかな笑顔で和親を見上げて言う。和親の顔が強張っている。
 なんでコイツ楽しそうなんだろう。と、真詞は少し怖くなった。

「はは! そんな顔をしないでくれ。俺は渡辺クンは友達だと思ってるんだ」
「そうか……」
「同意してもらえないのは残念だなぁ」
「悪いけど、俺はお前を友達だとは思えない」
「まあ、いいけどな」
「――それで? 当面の処置ってのは神対策で間違いないか?」

 時間は有限だ。真詞は思い切りよく話を変えた。

「ああ、そうだ。このままだと渡辺クンはまた神に追われることになるだろ?」
「そうだな」
「何か対策を考えていたのか?」
「いや? 俺にどうこうできる問題じゃないだろ」
「その割には随分冷静だな」

 真詞は普通に話をしていたつもりだった。なのに、輝一郎のその一言は妙に心臓に突き刺さった。

「さらわれてもいいとでも考えていたのか?」
「っ……!」

 容赦なく言い当てられて、言葉を返すことができない。

「そうか。なあ、渡辺クン」
「な、んだよ」
「ありがとう」

 輝一郎が深々と頭を下げた。後ろに控えていた三柱が目を丸々と開いている。

「日柴喜……」
「当主として、親族の一人として礼を言う。巡と出会ってくれてありがとう。親しくなってくれていてありがとう。場所はこちらが君の後をつけて見つけ出したようなものだけど、それでも、本当にありがとう」
「頭上げてくれ」
「受け入れてもらうまで上げることはできない」
「形だけの謝罪ならともかく、お前らの気持ちを受け取るつもりはない。お前らにお礼を言われることをした記憶もない」
「受け取りたくない、のか……?」

 控えめにこちらを見え上げ輝一郎も、その先は流石に言葉にしなかった。
 受け取ったら巡の不在を認めることになる、と思っているのか? なんて……。
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