きっと必ず恋をする~初恋は叶わないっていうけど、この展開を誰が予想した?~

乃ぞみ

文字の大きさ
上 下
19 / 45
第二章【青梅雨のアーチをくぐり抜け】

決まった未来③

しおりを挟む
 帰宅する気分にもなれず、人気のある所にもいたくない。こんなときに話をするような友人もいない。そもそも、真詞にとっての初めての友人は巡なのだ。

 脳裏をクラスメイトの何人かがただ通り過ぎる。

 どこにも行く当てがなくて乾いた笑いが出てくる。

 仕方なく朝来た道を真っすぐ歩く。大藪神社前の停留所から先にどんな町があるかなんて知らない。この路線は、いつもここで降りていたから。

「赤坂」
「土川小学校前」
「本郷大井」

 することもなく、話す相手もなく。

 停留所に着くたびに何となくその名前を口にする。

 八つ目の停留所の近くで、朝寄ったのとは違うチェーンのコンビニを見つけて足を踏み入れる。

 独特の音楽が入店を知らせて、妙に自己の存在を意識した。

 ガラスに映った、汚れたシャツを着ている疲れ果てた男を見つける。自分だ。

 自覚はなかったけど髪の毛もボサボサになっていた。財布もスマホも持っているけど、傍目には手ぶらに見える。

 急に恥ずかしくなって手櫛で髪を整える。気休め程度でもやらないよりマシな気がした。

 冷蔵庫から容量多めのお茶のペットボトルを取ってレジに向かう。レジ横の看板メニューでもある唐揚げが目に付いて、気付けば一つ買っていた。

 店外の横手にポツンと置かれた喫煙所から三メートルほど距離を取って、お茶の口を開けることなく唐揚げを口に運ぶ。

「ふ、熱……」

 一口サイズに調整されているのだろう茶色い衣が口の中に熱を広げる。

 火傷するかしないかのギリギリの熱さを噛み締める。

 適当に咀嚼して喉を通すと、熱い物が胃に落ちた感覚があった。

 温かい。

 外の気温はじんわりと暑い。

 それでも温かいと感じた。

 ペットボトルの口を開けて喉を鳴らしてお茶を流し込む。

 そこからは脇目も振らずに唐揚げを腹に収めた。

「ふぅ……」

 最後の一個を食べた口をお茶でさっぱりさせて、一息つく。

 コンビニの壁に背中を預けて遠くを眺める。

 微かに流れる風が額に浮いた汗を冷やす。

 うろ覚えの山々が見える。

 どこかから誰かの笑い声が聞こえる。

 目が乾いて忙しなく瞬くと、尻ポケットに入れていたスマホを見た。

 久しぶりに見たロック画面は、一体いつぶりなのかも思い出せない。通販サイトのお知らせメール以外に通知もないから、別に構わない。

 時計は十三時になろうかとしていて、まだまだ今日が長いことを知らせてくる。

 今から戻れば、巡はまだあの場所にいるはずだ。

 でも足が動かない。純粋に歩き疲れたのもあるだろう。そう言えば、朝からずっと歩き通しだった。

「帰るか……」

 壁から背中を離して弱々しく歩き出す。

 帰る家がある。真詞が今その安心感を持っていられるのは、巡がきっかけを与えてくれたからだ。

 そう考えた途端に心臓の辺りに刺すような痛みが走って、右手で胸元を握りしめる。

 巡、巡、巡、巡。

 今も昔も、本当に自分には巡だけだ。

 そのことが悔しくて、嬉しくて、誇らしくて。そして、悲しかった。


 家に辿り着くと、掃除をしていた母親の瑠美が驚いた顔で真詞を見た。

「……お風呂、入ったら?」

 何も聞かずにそう勧めてくれたことが本当にありがたかった。掃除を終えたばかりなのだろう、ピカピカの浴室でシャワーを浴びる。

 汗と泥を流すと、それだけで色々と面倒な物が流れ落ちて行ったような気がした。

 風呂上りの牛乳を飲んで部屋に着いた途端に、真詞はベッドに倒れ込んで気絶するように眠りについた。



 パンッ!

 風船が弾けるような音で真詞は目を覚ました。

「めぐる……?」

 掠れた声が彼の名前を呼ぶ。部屋の中が薄っすらと暗くなっていて、自分がそれなりに長い時間眠っていたことを知らせる。

 ゆっくりと起き上がって呆然と部屋の中を見渡した。

 何かおかしい。

 今まであったものがなくなってしまった感じだ。

 何だ? 何がない?

 この三ヶ月で見慣れた自分のテリトリー。

 照明、クローゼット、チェスト、パソコン、机、制服、ベッド、布団、を握りしめる自分の両手。

「え……?」

 ない。

 巡のおまじないがない。

「巡?」

 眠る前までは確かにあった彼の力を感じられなくなっていた。

 真詞は転げ落ちるようにベッドから飛び出すと、朝と同じように財布とスマホだけを握って階下へ走り降りた。

「真詞? どうした?」

 足音を聞きつけた父の大翼がリビングルームから顔を出す。

「遅くなるっ!」

 答える間さえ惜しかったけど、真詞は律儀に叫んで家を飛び出した。

 いつもなら素足でシューズを履くのを嫌う質だけど、そんなこと気にもならなかった。

「ニ十分後……」

 走りついた一番近くにある停留所は、モニターもないような小ささだ。指で日曜ダイヤを辿ってみれば、次の予定まではまだ時間があった。

 真詞は考える間もなくその場から走り出した。

 ここから祠までならばバスを待った方が早いかもしれないけど、ただただ待つなんてことはできなかった。

 街灯とたまにコインランドリーがあるだけの薄暗い住宅街を必死に走っていく。

 もし、もし巡が藤の神に取り込まれていたら! そんな“もしも”が頭の中をグルグルと渦巻いている。

「たの、む……! 無事で、いてくれっ……!」

 運動は得意だけど、バスに乗るくらいなので短い距離じゃない。それでも必死に走った。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、は……!」

 草むらの前に着いた頃には部屋着の白いTシャツは汗を吸って色を変え、さらに途中で転んだせいで泥だらけになっていた。

 せっかく風呂に入ったのに、これではさっきと同じだ。そんな考えが一瞬過って消えていく。

 左手の甲で汗の垂れる顎を拭う。右手で右ひざを支えた。そうでもしていないと、足がガクガクとうるさくて今にも座ってしまいそうだった。

 いる。と思った。巡はちゃんと祠にいる。

 それだけでホッとして体から力が抜けそうになる。

 とにかく無事を確認しなければ、と本人なりの小走りで祠へ向かう。実際は数キロを全力疾走したのでまともに歩けてもいなかった。

 ぜぇ、ぜぇと響く自分の呼吸音。目の前を雑草や低木が遮って進みにくい。祠はまだ見えない。

「はぁ、はぁ……」

 まだ整わない呼吸をそのままに足を止める。

 おかしかった。いくら足に力が入らなくて、いつもより進む速度が遅かったとしても、藪の入口から祠までは十メートルほどしかない。こんなに着かないなんてことはない。

「巡……?」

 やはり彼の身に何か起こっているのだ。

 真詞はその場に立ち止まると、目を伏せて意識を耳に集中させた。

 すると今まで聞こえなかった“キーン”という耳鳴りのような音が微かに届く。

 バッと音のした方に顔を向けると“キーン、キーン”とさっきよりも大きな音がした。

 ジッと見ていれば、その方向から巡の気配が濃くなってくる。カラカラの喉を気休め程度の唾液で誤魔化して、ゆっくりと足をそちらに向けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

君が僕を好きなことを知ってる

大天使ミコエル
BL
【完結】 ある日、亮太が友人から聞かされたのは、話したこともないクラスメイトの礼央が亮太を嫌っているという話だった。 けど、話してみると違和感がある。 これは、嫌っているっていうより……。 どうやら、れおくんは、俺のことが好きらしい。 ほのぼの青春BLです。 ◇◇◇◇◇ 全100話+あとがき ◇◇◇◇◇

【完結】試練の塔最上階で待ち構えるの飽きたので下階に降りたら騎士見習いに惚れちゃいました

むらびっと
BL
塔のラスボスであるイミルは毎日自堕落な生活を送ることに飽き飽きしていた。暇つぶしに下階に降りてみるとそこには騎士見習いがいた。騎士見習いのナーシンに取り入るために奮闘するバトルコメディ。

守護霊は吸血鬼❤

凪子
BL
ごく普通の男子高校生・楠木聖(くすのき・ひじり)は、紅い月の夜に不思議な声に導かれ、祠(ほこら)の封印を解いてしまう。 目の前に現れた青年は、驚く聖にこう告げた。「自分は吸血鬼だ」――と。 冷酷な美貌の吸血鬼はヴァンと名乗り、二百年前の「血の契約」に基づき、いかなるときも好きなだけ聖の血を吸うことができると宣言した。 憑りつかれたままでは、殺されてしまう……!何とかして、この恐ろしい吸血鬼を祓ってしまわないと。 クラスメイトの笹倉由宇(ささくら・ゆう)、除霊師の月代遥(つきしろ・はるか)の協力を得て、聖はヴァンを追い払おうとするが……? ツンデレ男子高校生と、ドS吸血鬼の物語。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

鷹が雀に喰われるとはっ!

凪玖海くみ
BL
陽キャ男子こと知崎鷹千代の最近の趣味は、物静かなクラスメイト・楠間雲雀にウザ絡みをすること。 常にびくびくとする雲雀に内心興味を抱いている様子だが……しかし、彼らの正体は幼馴染で親にも秘密にしている恋人同士だった! ある日、半同棲をしている二人に奇妙な噂が流れて……? 実は腹黒い陰キャ×雲雀のことが大好き過ぎる陽キャによる青春BL!

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

処理中です...