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第二章【青梅雨のアーチをくぐり抜け】

決まった未来①

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 帰りの道はひたすらに巡と岬のことについて考え続けた。

 岬が一人の人間なのは分かっている。いずれ取り込まれるなら、巡が一時の存在であることも知った。

 でも、真詞に取って岬は今日初めて会った他人で、巡はずっと追いかけてきただ。もうなのだった。モノでも神でもましてや神稚児などではなくて、一人の人間と大差ない存在だった。

 ――巡を選びたい。

 例えこの先会える時間が短かろうと、巡と過ごしたい。

「何で……」

 特急の窓ガラスに両手で頭を覆う真詞の横顔が映る。

 余りに唐突に突き付けられた現実に、理解できても納得できない。

 岬と巡は確かに同一人物だ。今日少し話しただけでも、彼の中にたくさんの巡を見た。これから親しくなることで巡を感じ、巡を思うこともきっとできる。けど――。

「じゃあ、巡はどうなるっ……!」

 いつも楽しそうに話していた。

 やる気に満ちた顔で勉強を教えてくれた。

 心底美味しそうな顔で甘い物を食べていた。

 赤くなった顔で手を握ってくれた。

 岬の命が危ないから、いずれ消える存在だから。それなら消えてもいいと言うのだろうか。

 止めたい。輝一郎たちを止めたい。それで少しでも長く巡と一緒にいられるのなら構わないと思う自分がいる。

 でも、その行動はたくさんの人を苦しめる上に有限だ。

 どうしたらいいのか分からない。

 何度も何度も同じことを考えている内に、気付けば家の前に立っていた。雨は小雨になっていて、持っていたはずの傘も帰り道の記憶もなかった。



 窓の外から鳩の鳴き声がする。

 やっと日が昇って長かった暗闇から薄暗がりになり、カーテンの隙間から微かな明かりが差し込む。

 真詞はのっそりと起き上がった。ベッドにいたところで時間が長くなるだけだ。

 適当に引っ張り出したシャツとデニムを着て財布、スマホだけを手にして家を出た。

 七月を間近にして昼間の気温はかなりのものになってきたけど、まだこの時間は春先の瑞々しい空気が残っているかのようだ。少し肌寒いくらいの気温の中、色褪せたアジサイが最後とばかりに朝露を拾っている。

 いつも使う停留所を通過する。

 バスはやっと始発が動き出した頃合いだ。ここで待っていたら三十分は立ち尽くさなきゃいけなくなる。

 ここから大藪神社までは徒歩で何分かかるだろうか。スマホのナビを見て目算してもよかったけど、それすら何だか面倒になってしまって、真詞はただひたすら車道沿いの道を歩き続けた。

 途中のコンビニでお茶とおにぎりを買って腹に入れる。お茶は二本買った。一本は当然、巡の分だ。

 前にもこんなことをしたな、と彼と再会する前のことを思い出す。それが、ほんの二ヶ月ほど前の話だなんて信じられない。

 クシャっと右手でおにぎりの外袋を潰してポケットにねじ込む。

 外は完全に明るくなってきたのに、まだ車通りが少ない。不思議に思いながら歩いていて、今日が日曜だったことに初めて気付いた。

 曜日なんて頭から抜け落ちていた。平日だったらサボっていたことになる。そのことをシニカルに笑った。

 もう、巡は来ているだろうか。

 昨日の岬の睡眠時間と巡が現れる時間がイコールだとしたら、まだこちらには来ていないことになる。

 ふと岬に思いをはせる。彼はこんな短時間しか起きていられない生活を、もう五年以上も続けている。真詞と出会うまでは原因すら曖昧だった。どれだけ不安で窮屈だっただろうか。

 それから、解放されるかもしれない。

 前へ進む足が止まってしまった。灰色の地面を見つめる。

 全てが、真詞の行動にかかってしまっている。

 理不尽ささえ感じる。何で自分がここまで追い込まれなければいけないのか、と。

 例え真詞が何もしなかったとしても、きっと輝一郎が動いて容赦なく巡を消すだろう。

 真詞がだんまりを決め込んだり、嘘を教えたところで、多少の時間稼ぎにしかならないということだ。

「結末は決まってる、ってワケだな……」

 再び足を動かす。見慣れた擁壁が視界に入る。

 慣れた様子でよじ登り、草むらに入ると、藪を抜けて祠の前にたどり着いた。

「巡。来たぞ」

 案の定、巡はいなかった。彼のいない時間にここに来るのは二回目だ。一番最初と、今と。

 平らな石の上に腰を下ろすと、未開封の方のペットボトルを祠の前に置く。

 自分用のキャップを開けて、喉を反らして一気に中身をあおる。

 チャプ、と残りわずかな音を立ててペットボトルの中でお茶が揺れる。

「巡、早く来い。待ってるんだ」

 両手を組んで額を預ける。

 長い距離を歩いたお陰でシャツは汗でじっとりとして気持ちが悪い。

 お茶だって本当なら全部飲んでしまいたい。

 でも、これを飲んだら飲む物がない。買いに行くにも、もうこれ以上動けるとは思えなかった。
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