きっと必ず恋をする~初恋は叶わないっていうけど、この展開を誰が予想した?~

乃ぞみ

文字の大きさ
上 下
3 / 45
第一章【桜、新緑を越えて】

君との出会い③

しおりを挟む
 外は随分と暗くなっていた。

 真詞がスーパーでうずくまっていたときにかかっていた曲は昼の一時を教えるものだったはずだから、あれから四時間くらいは経っているかもしれない。

「帰ら、ないと……」

 真詞だって分かっている。あの家以外に居場所なんてない。他に行く当てもなければお金もないし、ついでに友達もいなかった。

 また両手で膝を抱え込むと、顎を中に埋める。

 辺りが真っ暗になるまでそうして、さすがに怖くなってきて渋々家路に着いた。

「真詞! よかった……!」

 玄関を開けた途端に母に抱きしめられた。

 十一歳。小学校も高学年になってこんなコミュニケーションは取った記憶がほとんどない。

 それだけ大変なことであるはずなのに、真詞は母の腕を少し乱暴に外すと、静かにリビングに向かった。

 家を飛び出したときにはいたはずの父はいなかった。真詞を探し回っているのだろう。玄関口で母が焦った様子で「帰ってきたわ! よかった……!」と電話していている声が聞こえた。

 キッチンのラックからカップラーメンを取り出すとお湯を入れて、さっさと二階の自分の部屋に向かう。そうして無言のままに、真詞はその日を終えた。



 翌日、まだ両親が起きない内に家を出た。朝ごはんを用意していたら見つかるかもしれないので、食パンを生のまま牛乳で押し込んだ。

 まずは町中を散歩してみた。学校に行くときも、始業の少し前に着くように家を出ているから、こんな早朝に外に出ることなんて初めてだった。

 昼間と違って空気が涼しく感じる。ジョギングをしている人や、犬の散歩をしている人とたまにすれ違う。

 昨日のスーパーは当然閉まっていて、少し先に行ったところにあるコンビニにはお客さんが一人もいない。道一本先にある大通りの車の音もほとんどしない。

 普段は素通りする横道に入って新しい道を見つけた。

 工事中の家が三階建てだということを知った。

 道端のタンポポの綿毛が無くなっていることや、今日の空には雲が少ないことに気付いた。

 大きなマンションの入り口の階段に座って休んだり、門の閉まった学校を外から眺めたりもした。

 そうして過ごして少しずつ音が増えてきた頃に、とうとう真詞の足は止まった。偶然だったのかどこかで意識していたのかは分からないけど、それはあの神社の前だった。

 石造りの鳥居を見上げる。迷わず潜って昨日の場所へ向かった。

 何もなかった。誰もいなかった。

 尻もちを着いた辺りに座る。両手を足首の前で組むと膝を開いて参道の方を見た。

 ジワジワと目の前が霞んだけど、意地でも雫は落としたくなくて何度も瞬きをして誤魔化す。

 悔しい。悲しい。辛い。寂しい。自分はひとりぼっちなんだ。

 そんなごちゃごちゃした感情が体を突き破って、今にも爆発しそうだ。

「さみしい? さみしい?」

 不意に問いかけられた声に聞き覚えがあった。昨日のフワフワの声だった。声と言うのも少し違うかもしれない。真詞には「さみしい」と聞こえているけど、ただ鈴のような音がしているだけのような気もした。

「さみしくなんて、ない」

 真詞は意地を張った。

「さみしい? さみしい?」

 フワフワはもう一回聞いてきた。

 もしこの声に「さみしい」と答えたら、どうなるんだろう。そんな好奇心がムムッと湧いた。何だか危険なことをしてみたい気分になっていた。

「――さみしい。さみしいんだ」

 フワフワの言うように繰り返すと、カメラのフラッシュのような明かりで目が眩んだ。

 咄嗟に目に翳していた左手を下ろしながらそっと目を開く。

 最初に目に入ったのは銀色の長い髪だった。次に甕覗きの着物、平らな石と小さな祠。

 少しずつ降り積もる桜の花びら。

 この場所には木なんてないのに、この花びらがどこからくるのかと真詞はどこか場違いなことを思う。

「君、どうやって来たの……」

 驚くと言うよりは呆れた声で男は言った。

「んなこと言ったって、俺はフワフワと話してただけだ」
「フワフワ?」
「こう、白くて、このくらいで、たんぽぽの綿毛? ってか、鳥の羽を集めたみたいな」

 真詞は両手で大きさを表しながら、自分でも不思議なくらい一生懸命に説明してみせた。

「なに? それ?」

 男が目を丸める。

「あんたのなにかじゃないの? あれ」
「知らないよ。大体、オレはここに誰かを入れるつもりはないんだよ。君がどうして入ってこれるのかも分からないよ、オレは君が好きじゃないのに」

 男が両腕を組む。

「君さ、暇なの?」
「ひ、まじゃない……」
「暇なんだね」

 答えるときについ目線を外してしまったのが敗因だったのだろうか。見事に言い当てられて言葉に詰まる。

「ねぇ、君、オレの話し相手になりなよ。二回もここに来れたのも何かの縁だしね」
「何で俺が!」
「だって、暇なんでしょ? オレは一人でここにいるのにも少し飽きてきたところだったし、丁度いいと思うんだけど」
「勝手に決めんな」

「じゃあ、出てく? 別にオレはどっちでもい」
「分かったよ! 意地悪だな」
「そう? そうかもね。でも、素直な方がいいよ」
「余計なお世話だ。……あんた、お節介なの?」
「え? どうだろう。人と話したことがないから分からないな」

 確かにその通りだと思ってしまって口を閉じる。

「じゃあ、まずお近づきの印に名前、じゃなくてもいいや。なんて呼べばいいかを教えてよ」
「え……」
「何かあるでしょ? あだ名とか、なんでもいいんだけど」
「え、えーと。じゃあ、聖(ひじり)」
「ひじり? 聖ね、分かった」

 巡は一瞬不思議そうな顔をして、でもすぐに真詞の偽名を受け入れた。

 これは密かに憧れていた名前だ。聖なると書いてひじりと読むなんて、ちょっとカッコイイと思うのだ。

「じゃあ、聖。好きな食べ物は?」
「え……寿司」
「いいね。ネタは? オレはマグロ」
「俺はいくら。って待てよ。あんた寿司食べるのかよ?」
「食べられるよ? 食べた記憶はないけど、味は分かるから」
「は、はぁ?」
「あ! 今度寿司買ってきてよ! 食べてみたいなぁー!」

 言っている意味が分からなかった。何で食べたことがないのに味が分かるのか。

「い、嫌だ。お小遣いがなくなっちゃうじゃん」
「いいじゃんか。お供え物だと思えば」
「あんた、自分で神様じゃないって言ってなかった?」
「あはは! よく覚えてたね! あ、じゃあ次。好きな教科は?」
「英語……」
「へぇー。もしかして英会話できたりする?」
「前に習ってた」
「そうなんだぁ」

 巡はそうやって色々なことを聞いてきた。彼自身も答えられることは答えてくれたし、スムーズとまではいかなくとも、会話は途切れなかった。

「さて、今日はここまで。もう帰りな」

 苦手なクラスメイトを聞かれたときだった。言葉少なに、大きな犬を飼っていた男子の話をしていたときのことだった。

「え? まだいいだろ?」

 親に持たされている子供用のスマホを見ると、デジタル表記の時計はまだまだ早朝を示している。

 決して、決して巡との時間が名残惜しいわけではなくて、ただただ家にいたくないだけだと、自分を何かから説得する。

「ダメだよ。帰って」
「そんな、勝手な……!」
「ここ、オレの場所だよ? じゃあね」
「おい! ちょっと待……!」

 やっぱり周りで舞い踊る桜の花びらと真っ白な閃光にさっさと追い出された。座り込んでいたのは神社の隅っこで、外は夕日が沈みかけていた。

「え……?」

 さっきまで確かに早朝だったのに、目の前にはオレンジ色に染まる木々がある。


 ――神隠し。

 そんな言葉が頭に浮かんだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

君が僕を好きなことを知ってる

大天使ミコエル
BL
【完結】 ある日、亮太が友人から聞かされたのは、話したこともないクラスメイトの礼央が亮太を嫌っているという話だった。 けど、話してみると違和感がある。 これは、嫌っているっていうより……。 どうやら、れおくんは、俺のことが好きらしい。 ほのぼの青春BLです。 ◇◇◇◇◇ 全100話+あとがき ◇◇◇◇◇

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】試練の塔最上階で待ち構えるの飽きたので下階に降りたら騎士見習いに惚れちゃいました

むらびっと
BL
塔のラスボスであるイミルは毎日自堕落な生活を送ることに飽き飽きしていた。暇つぶしに下階に降りてみるとそこには騎士見習いがいた。騎士見習いのナーシンに取り入るために奮闘するバトルコメディ。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ
BL
貴族の間で婚約破棄が流行し、歪みに歪んだサンドレア王国。 飛竜騎士団率いる悪役令嬢のもとに従者として転生した主人公グレイの目的は、前世で成し遂げられなかったゲームクリア=大陸統治を目指すこと、そして敬愛するメルロロッティ嬢の幸せを成就すること。 前世の記憶『予知』のもと、目的達成のためグレイは奔走するが、メルロロッティ嬢の婚約破棄後、少しずつ歴史は歪曲しグレイの予知からズレはじめる…… *主人公の股緩め、登場キャラ貞操観念低め、性癖尖り目、ピュア成分低めです。苦手な方はご注意ください。 *他サイト様にも投稿している作品です。

処理中です...