上 下
2 / 45
第一章【桜、新緑を越えて】

君との出会い②

しおりを挟む
 男は桜の関係者なのだろうか? なんて、変な言い回しをしていると分かっていてもそう言いたくなるほどに、彼の周りには桜の花びらが躍っていた。

 彼に挨拶でもしているかのようで、彼が桜を操っているのかのようでもある。長さだけで太さのない指の先で、桜と会話しているように見えた。

 穏やかな風の中で、銀色の長い髪の毛と、着物の長い袖が戯れる。

 真詞は少しの間ぼうっと彼を眺めてしまっていた。

 当時の語彙力では自分の感じた気持ちを説明することはできなかった。ただ綺麗だな、と思った。

 今であれば、幻想的なとか情緒的なくらいの言葉は出たかもしれない。

 桜の嵐はいつの間にか収まっていて、たまに目の前を数枚落ちていく程度になっていた。

 そうなって見えてきたのは真っ白な空間だった。一面に敷き詰められた桜の花びらで地面は分かるけど、空とそれ以外の区別が付かない。

 男は大きな石の側に立っていた。楕円に近い石はゴツゴツとしていて、何か文字が彫られているけど真詞には読めない。

 男がどこか嬉しそうに真詞を見る。

「……って、聞こえないよね」
「……聞こえてるし、見えてるよ」

 独り言のように呟かれた言葉にムッとして答えていた。何だか負けたような気がしたのだ。

「え! オレが見えるの? ほんとに?」
「見えるけど……」
「うわぁ! すごいね! オレ、オレ以外のモノを見るもの、会うのも、話すのも全部初めてだよ!」

 前のめり気味に話す様子に、真詞は後ずさりした。

「どこから来たの? どうしてここにいるの? どうしてオレが見えるの?」
「ど、どこからでもいいだろ!」
「そっか。それもそうだね。オレと話すだけでも大変なのかもしれないしね」
「それ、どういう意味?」
「だって、オレは多分そんなに強くないのに、君は見えるし、話せるから」

 説明を求めたのに、意味が分からなくて眉をひそめる。

「意味が分からないんだけど」
「オレみたいな弱い存在も見えるなら、色んなモノが見えて大変なんじゃないかなぁ? って思っただけ」

 男がまるで同情しているみたいな顔をする。更にムッとした。余計なお世話だった。

「余計なお世話だ」

 遠慮なく思ったままに言い返すと、男が無邪気に笑う。

「そうだね。確かにそうだ」

 うんうん、なんて音がしそうなくらい何度も頷かれて今度は悔しくなる。この男は真詞のことを問題だと感じないのだろうか。真詞は今、人に好かれない態度を取っていることを自覚しているのに。

「ここ、なに? 神様の家?」
「さぁ? 知らない」
「知らない?」
「知らない。オレが知りたいくらいだよ」
「神社だし、あんた神様じゃないの?」
「さっきも言っただろ? オレはオレが何なのかとか、ここがどこなのかとか、全然知らないし、分からない」
「え……」

 顔が引きつった。住人(?)すらどこなのか分からないところから、帰ることができるのか? と不安になったからだ。

「どうかした?」
「俺……ううん。なんでもない」

 男は不思議そうにした。勘がいいわけではないらしい。

 真詞は不安を言わないことにした。だってあんな家、自分は帰りたくなんかないはずなんだから、と。

「あの、さっきのフワフワはあんたの?」
「フワフワ? なんのこと?」

 また男が不思議そうな顔をした。

 真詞はここに来た経緯を簡単に話して聞かせる。そして最後にもう一度聞いた。

「それについてここに来たんだ。あんたの友達とかなんじゃないの?」
「さぁ? ここにはオレしかいないし、他に出入りするモノもないよ。オレが知ってるのはこの祠とこの大きな石と、後はずっと咲いてる桜だけ」

 男が言うように、あれは小さな祠なのだった。その斜め前には同じくらいの大きさの平らな石がある。

「あ、でもオレ、名前は知ってるよ。巡(めぐる)って言うんだ」
「めぐる……?」
「字も知ってるよ? 『しんにょう』に『く』を三つ。分かる?」
「……ふぅん?」

 まだ習っていない漢字でピンとこない。

「君は? 何て言うの?」

 聞かれて真詞は口を閉じた。ジッと巡を眺めて、小さく開いて、結局また口を閉じる。

「あれ? 聞こえない? 名前は何て言うの?」
「言え、ない」
「言えない?」
「あんたみたいなのには言っちゃダメな気がする」
「ああ、そっか。そうだよね。残念だけど、その方がいい。本当に君は慣れてるんだね」

 男が同情するような顔で真詞を見る。そのことに無性に腹が立った。

「あんた、何なんだよ? 偉そうにっ!」
「でも、本当のことだろ? 君、このままだと大変だよ。気を付けた方がいい」
「分かったような言い方するな! 人間でもないくせに!」

 そう言い捨てると、真詞はクルッと背中を向ける。『さみしい』と言うからやってきたのに、いたのはのほほんとした神様のようなモノだけだった。

 何だか涙が浮かびそうになって、悔しくて、悲しくて、でも絶対に泣きたくなんてなくて歯を食いしばる。

「帰るの……?」

 後ろから今度は本当に寂しそうな声が届く。その内容に足を止めた。帰る? 一体どこへ帰ると言うのか。

「帰らないよ」
「まだいてくれるの?」

 途端に明るい声が背中に届く。振り返って真詞は答えた。

「他に、行くところなんてないから」
「どういうこと?」
「帰るところなんてないんだ」
「家出?」
「家出……?」
「違うの?」
「家出じゃ、ない。だって、あそこは家なんかじゃなかった」
「……どういう意味?」
「別に言う必要ない」
「君は、家族が嫌いなの……?」
「嫌いだ! あんなの家族なんかじゃない!」

 そう言った瞬間、地面に積もっていた桜の花びらが舞い上がった。目の前を大量の白で塞がれて、両手の隙間から巡を見る。

「――出てって」
「な、に……?」
「オレ、家族を大切にしないヤツ、嫌いなんだ」

 やけに冷たい一言を言ったかと思えば、いきなり体が強烈な力で後ろへ引っ張られて始める。

 本当に追い出そうとしているのだと知って真詞は慌てた。

「いや、だ……!」
「オレ、君のこと好きになれない」

 自分から呼んでおいてなんて言い草だと思った。

 そんな怒りもあって、両足を踏ん張って抵抗した。そこまでしてこの場所にいたいわけでもなかったけど、意地もあった。

 地面の桜が引きずられるままに形を変える。周りで踊る花びらが鬱陶しい。

「こ、っの……!」

 叫んだのは負けを認めたわけではないと思いたい。

 それでも結果、真詞はさっさと追い出された。

「うわっ!」

 夜中にたたき起こされたかのような眩しさに両目を閉じた瞬間に、力が消えてバランスを崩した体は尻もちを付いた。

 座り込んだのは神社の隅っこだった。オレンジ色に照らされる見知った参道が見える。そこには家族で手を洗った手水所や、御賽銭を投げた賽銭箱があったから見間違いようもない。

 改めて周りを見回してみたけど、あの平らな石も祠も男も何もない。桜の木が植えてあるみたいだけど、花びらの一枚も飛んでは来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハヤトロク

白崎ぼたん
BL
中条隼人、高校二年生。 ぽっちゃりで天然パーマな外見を、クラスの人気者一ノ瀬にからかわれ、孤立してしまっている。 「ようし、今年の俺は悪役令息だ!」 しかし隼人は持ち前の前向きさと、あふれ出る創作力で日々を乗り切っていた。自分を主役にして小説を書くと、気もちが明るくなり、いじめも跳ね返せる気がする。――だから友達がいなくても大丈夫、と。 そんなある日、隼人は同学年の龍堂太一にピンチを救われる。龍堂は、一ノ瀬達ですら一目置く、一匹狼と噂の生徒だ。 「すごい、かっこいいなあ……」 隼人は、龍堂と友達になりたいと思い、彼に近づくが……!? クーデレ一匹狼×マイペースいじめられっこの青春BL!

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

ガラス玉のように

イケのタコ
BL
クール美形×平凡 成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。 親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。 とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。 圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。 スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。 ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。 三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。 しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。 三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

黒髪黒目が希少な異世界で神使になって、四人の王様から求愛されました。

篠崎笙
BL
突然異世界に召喚された普通の高校生、中条麗人。そこでは黒目黒髪は神の使いとされ、大事にされる。自分が召喚された理由もわからないまま、異世界のもめごとを何とかしようと四つの国を巡り、行く先々でフラグを立てまくり、四人の王から求愛され、最後はどこかの王とくっつく話。  ※東の王と南の王ENDのみ。「選択のとき/誰と帰る?」から分岐。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

処理中です...