35 / 54
35
しおりを挟む
差し入れをことづけた後も、すぐには立ち去りがたかった。なかなか帰ろうとしない玲衣に、さっきからこちらの方を時々見ていた警官が声をかけてきた。
「君、今日学校は?」
休みです、と小声で返すと、玲衣は建物の外に出た。
窓から中の様子をうかがえないかと、建物の周りをうろうろする。
ポツリと頬に冷たいものが当たって見上げると、どんよりとした雨雲が空を覆っていた。湿った空気が重く感じられる。
煌もこの建物のどこからか、この空を見ていたりするのだろうか。少しでも長く、煌と同じ空の下で同じ空気を吸っていたかった。
一台のタクシーが敷地内に入ってくると、入り口の前で止まった。
中から四十代くらいのスーツ姿の男が降りてきて、近くにいる警官に何やら尋ねている。二人が同時に玲衣のいる方を見たので、玲衣は慌てて建物の裏へと回った。
何気なく振り返ると、二人が玲衣を追ってきているではないか。
「ちょっと待ちなさい、君」
警官が呼びかけるのも聞かず、玲衣は走った。
その時、裏口から二人の警官が出てきて、すぐ目の前に停めてあるワゴン車に乗り込んだ。
その二人の警官に挟まれるようにして車に乗せられた人物がいた。
「煌?」
後ろ姿が一瞬見えただけだったが、玲衣は煌だと思った。
スラリとした体躯に筋肉のついた形の良い背中。
玲衣はワゴン車に駆け寄った。
窓には金網が取り付けられ、中からカーテンが引かれているので車内はよく見えないが、そこに人の気配を感じた。
「煌!」
玲衣は叫んだ。
中のカーテンが揺れたように見えた。
車はエンジン音を上げると、ゆっくりと動き出した。
玲衣は車に追いすがる。
「危ない!」
追ってきたスーツの男に腕を掴まれるが、それを振り払い、玲衣は車を追った。
「煌!」
いつの間にか先回りしていた警官が目の前に現れ、玲衣を抱き込んだ
「煌!」
暴れる玲衣を、追いついてきたスーツの男が後ろから押さえ込んだ。
警官の肩越しに、ワゴン車が走り去っていくのが見えた。
煌がパトカーで連れて行かれた時のことがフラッシュバックし、玲衣の目から涙が溢れた。
スーツの男は、義父がよこした玲衣の迎えだった。
朝、玲衣がいないことに気づいた母が、すぐに義父に連絡したのだった。
新しいスマホを与えられた時、常にG P Sをオンにしておくことを約束させられていた。
そんな口約束はどうにでもなったが、スマホがあるといざという時便利なので、今回はそのままにしておいたのだ。
この一件以来、玲衣に見張りが付くようになった。
義父の下で働く男たちが、玲衣の部屋の前に交代で四六時中見張っているのだから、相当な厳重体制だ。
あれは絶対に煌だった。
その時の光景を、玲衣はもう何十回も脳内で再生させていた。
あの時、車内のカーテンが揺れたように見えた。外からは何も見えなかったが、内からは外が見えたはずだ。
煌は玲衣に気づいてくれただろうか。
気づいたのなら、煌なら返事をしてくれたはずだ。
それがなかったということは、気づかなかったのだろうか。
だとしても、差し入れで玲衣が来たことが分かってもらえるはずだ。
煌は漫画のメッセージに気づいてくれるだろうか。
煌はあそこにいる、あの北の地の、あの留置場にいる。
ほとんどの場合、接見禁止処分は検察に起訴されるまでの間だとネットに書いてあった。
それが本当だとしたら、遅くとも後二週間で、煌の処分は解かれることになる。
そうしたら煌に会える。
問題は二週間後、どうやって厳重な見張りを巻いてあそこまでたどり着くかだ。
何かいい手はないものかと、玲衣は日夜頭をひねった。
そうして、二週間が経った。
二週間考えた結果、二階の自分の部屋の窓から脱出するしかない、という結論に至った。
決行は闇に身を紛れさせることのできる夜だ。
夕食後、自分の部屋に戻ろうとした玲衣は、義兄に呼び止められた。
義兄の喉元に玲衣がナイフを突き立てて以来、義兄とは一度も口をきいていなかった。
「君、今日学校は?」
休みです、と小声で返すと、玲衣は建物の外に出た。
窓から中の様子をうかがえないかと、建物の周りをうろうろする。
ポツリと頬に冷たいものが当たって見上げると、どんよりとした雨雲が空を覆っていた。湿った空気が重く感じられる。
煌もこの建物のどこからか、この空を見ていたりするのだろうか。少しでも長く、煌と同じ空の下で同じ空気を吸っていたかった。
一台のタクシーが敷地内に入ってくると、入り口の前で止まった。
中から四十代くらいのスーツ姿の男が降りてきて、近くにいる警官に何やら尋ねている。二人が同時に玲衣のいる方を見たので、玲衣は慌てて建物の裏へと回った。
何気なく振り返ると、二人が玲衣を追ってきているではないか。
「ちょっと待ちなさい、君」
警官が呼びかけるのも聞かず、玲衣は走った。
その時、裏口から二人の警官が出てきて、すぐ目の前に停めてあるワゴン車に乗り込んだ。
その二人の警官に挟まれるようにして車に乗せられた人物がいた。
「煌?」
後ろ姿が一瞬見えただけだったが、玲衣は煌だと思った。
スラリとした体躯に筋肉のついた形の良い背中。
玲衣はワゴン車に駆け寄った。
窓には金網が取り付けられ、中からカーテンが引かれているので車内はよく見えないが、そこに人の気配を感じた。
「煌!」
玲衣は叫んだ。
中のカーテンが揺れたように見えた。
車はエンジン音を上げると、ゆっくりと動き出した。
玲衣は車に追いすがる。
「危ない!」
追ってきたスーツの男に腕を掴まれるが、それを振り払い、玲衣は車を追った。
「煌!」
いつの間にか先回りしていた警官が目の前に現れ、玲衣を抱き込んだ
「煌!」
暴れる玲衣を、追いついてきたスーツの男が後ろから押さえ込んだ。
警官の肩越しに、ワゴン車が走り去っていくのが見えた。
煌がパトカーで連れて行かれた時のことがフラッシュバックし、玲衣の目から涙が溢れた。
スーツの男は、義父がよこした玲衣の迎えだった。
朝、玲衣がいないことに気づいた母が、すぐに義父に連絡したのだった。
新しいスマホを与えられた時、常にG P Sをオンにしておくことを約束させられていた。
そんな口約束はどうにでもなったが、スマホがあるといざという時便利なので、今回はそのままにしておいたのだ。
この一件以来、玲衣に見張りが付くようになった。
義父の下で働く男たちが、玲衣の部屋の前に交代で四六時中見張っているのだから、相当な厳重体制だ。
あれは絶対に煌だった。
その時の光景を、玲衣はもう何十回も脳内で再生させていた。
あの時、車内のカーテンが揺れたように見えた。外からは何も見えなかったが、内からは外が見えたはずだ。
煌は玲衣に気づいてくれただろうか。
気づいたのなら、煌なら返事をしてくれたはずだ。
それがなかったということは、気づかなかったのだろうか。
だとしても、差し入れで玲衣が来たことが分かってもらえるはずだ。
煌は漫画のメッセージに気づいてくれるだろうか。
煌はあそこにいる、あの北の地の、あの留置場にいる。
ほとんどの場合、接見禁止処分は検察に起訴されるまでの間だとネットに書いてあった。
それが本当だとしたら、遅くとも後二週間で、煌の処分は解かれることになる。
そうしたら煌に会える。
問題は二週間後、どうやって厳重な見張りを巻いてあそこまでたどり着くかだ。
何かいい手はないものかと、玲衣は日夜頭をひねった。
そうして、二週間が経った。
二週間考えた結果、二階の自分の部屋の窓から脱出するしかない、という結論に至った。
決行は闇に身を紛れさせることのできる夜だ。
夕食後、自分の部屋に戻ろうとした玲衣は、義兄に呼び止められた。
義兄の喉元に玲衣がナイフを突き立てて以来、義兄とは一度も口をきいていなかった。
13
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる