神様の悪戯

八月 美咲

文字の大きさ
上 下
25 / 30

25

しおりを挟む
 その年は例年より早く梅雨明けし、容赦ない夏がやって来た。

 ここ数年更新し続けている過去最高気温を、今年もちゃんと更新した。

 二人が沖縄に旅立ったのは、そんな夏も終わりの頃だった。

 五泊七日のうち、初日と最終日は那覇市街のホテルで、あとは自由にスケジュールを決めることができた。

 波照間はてる島は四日目に行くことになった。

「残りの一日、友達でもなくなっちゃった俺たち、沖縄で何すんの」

 七凪は沖縄ガイドブックに視線を落としながら、低い声で呟いた。

「大丈夫だよ、今の感情はなくなるんだから、一日くらいそれなりに楽しむだろうさ」

 七凪は乱暴に本を閉じると、懇願するように言った。

「なぁ、やっぱり沖縄旅行が終わってからにしようよ」

「そうするとズルズルいつまで経ってもやらないだろ」

 もう何度、同じやり取りをしたことだろうか。

 七凪はプイッと顔をそむけると、再びガイドブックを開いた。

 シュノーケリングに、首里城、青の洞窟と、二人は毎日くたくたになるまで沖縄観光を満喫した。少しでも空いた時間があると心に隙間ができ、あっという間にその隙間に底のない悲しみが注ぎ込まれ、溺れそうになった。

 沈黙も怖かった。

 だから七凪は喋り続けた。喋るのを止めるのは寝ている時と、食べている時、そして岳にその唇を覆われた時だけだった。

 が、石垣島から波照間島へ向かう高速船の中あたりから、ついにその口もほとんど動かなくなった。

 心がドロドロなのは船酔いのせいだけではない。

 宿泊先のホテルに到着すると、ホテルの人からどこか具合でも悪いのかと尋ねられたくらいだった。

 部屋は大きなベッドが一つだけで、窓からバルコニーに出られた。藤製のソファーセットが置いてあり、ガラステーブルの上には真っ赤なバラの花が生けられていた。

 特典についていたバラの花びらを散らせたバスタブのバラは、好きな宿泊先で用意してもらえるとのことで岳にその選択を任せていた。

「花瓶に生けたままでも綺麗だけど、やっぱり風呂入る時に花びら散らせたほうが雰囲気出るよな」

 バスルームを覗き込みながら岳が聞いてきた。

 正直七凪はもうバラなんてどうでもよかった。

「どっちでもいいよ」

 投げやりに答えると、藤のソファーに体育座りし膝に顔をうずめた。

 ほどなくして、かたわらが沈み込み岳が隣に座った気配がした。

 七凪の頭を岳が優しく撫でてくる。

「まだ船酔い治ってない?」

「男子高校生二人がベッドが一つだけの部屋に泊まって赤いバラを注文するなんて、ホテルの人はどう思っただろうね」

 七凪は自虐的に笑いながら顔だけ岳の方に向けた。

「そんなこと気にする必要ないさ。七凪、どんな理由であれ俺にとって七凪を抱くという行為は神聖な行為なんだ。
最初で最後の七凪との夜を大事にしたい」

 最初で最後……。

 胸がぐにゃりとねじれた。

 そうしてまた七凪は膝に顔を突っ伏した。




 沖縄の海はどこも素晴らしかったが、ハテルマブルーと呼ばれる波照間島の海は絶景だった。

 浜の透き通ったエメラルドグリーンが、沖にいくにつれてだんだんと濃くなるグラデーションは圧巻で、水平線は深く濃い青に縁取られている。

 夕方は手を繋いで砂浜を歩いた。

 海に勝るとも劣らない美しい夕焼けに染まった空には、すでに明るい星が顔を出し始めていた。

「七凪、もう少ししたら七凪が見たかった日本一の星空が見られるよ」

 七凪はもう相槌さえも打つ気分ではなかった。

 南の島の美しさは七凪の荒涼とした心をますます荒ませた。

 日本一の星空が七凪から岳を奪っていくような気がした。


 星が嫌いになりそうだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずっと、ずっと甘い口唇

犬飼春野
BL
「別れましょう、わたしたち」 中堅として活躍し始めた片桐啓介は、絵にかいたような九州男児。 彼は結婚を目前に控えていた。 しかし、婚約者の口から出てきたのはなんと婚約破棄。 その後、同僚たちに酒の肴にされヤケ酒の果てに目覚めたのは、後輩の中村の部屋だった。 どうみても事後。 パニックに陥った片桐と、いたって冷静な中村。 周囲を巻き込んだ恋愛争奪戦が始まる。 『恋の呪文』で脇役だった、片桐啓介と新人の中村春彦の恋。  同じくわき役だった定番メンバーに加え新規も参入し、男女入り交じりの大混戦。  コメディでもあり、シリアスもあり、楽しんでいただけたら幸いです。    題名に※マークを入れている話はR指定な描写がありますのでご注意ください。 ※ 2021/10/7- 完結済みをいったん取り下げて連載中に戻します。   2021/10/10 全て上げ終えたため完結へ変更。  『恋の呪文』と『ずっと、ずっと甘い口唇』に関係するスピンオフやSSが多くあったため  一気に上げました。  なるべく時間軸に沿った順番で掲載しています。  (『女王様と俺』は別枠)    『恋の呪文』の主人公・江口×池山の番外編も、登場人物と時間軸の関係上こちらに載せます。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

寮生活のイジメ【中学生版】

ポコたん
BL
この小説はBL・性的描写・性的イジメなどが出てきます。 苦手な方はご遠慮ください 出演者 1年生  たかし    あきら  しゅんや  つばさ  けんじ 2年生  クマ  他4名 3年生  ゆずる 寮のリーダー  たかお   ケンタ

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

【完結】闇オークションの女神の白く甘い蜜に群がる男達と女神が一途に愛した男

葉月
BL
闇のオークションの女神の話。 嶺塚《みねづか》雅成、21歳。 彼は闇のオークション『mysterious goddess 』(神秘の女神)での特殊な力を持った女神。 美貌や妖艶さだけでも人を虜にするのに、能力に関わった者は雅成の信者となり、最終的には僕《しもべ》となっていった。 その能力は雅成の蜜にある。 射精した時、真珠のように輝き、蜜は桜のはちみつでできたような濃厚な甘さと、嚥下した時、体の隅々まで力をみなぎらせる。  精というより、女神の蜜。 雅成の蜜に群がる男達の欲望と、雅成が一途に愛した男、拓海との純愛。 雅成が要求されるプレイとは? 二人は様々な試練を乗り越えられるのか? 拘束、複数攻め、尿道プラグ、媚薬……こんなにアブノーマルエロいのに、純愛です。 私の性癖、全てぶち込みました! よろしくお願いします

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

最愛の幼馴染みに大事な××を奪われました。

月夜野繭
BL
昔から片想いをしていた幼馴染みと、初めてセックスした。ずっと抑えてきた欲望に負けて夢中で抱いた。そして翌朝、彼は部屋からいなくなっていた。俺たちはもう、幼馴染みどころか親友ですらなくなってしまったのだ。 ――そう覚悟していたのに、なぜあいつのほうから連絡が来るんだ? しかも、一緒に出かけたい場所があるって!? DK×DKのこじらせ両片想いラブ。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ※R18シーンには★印を付けています。 ※他サイトにも掲載しています。 ※2022年8月、改稿してタイトルを変更しました(旧題:俺の純情を返せ ~初恋の幼馴染みが小悪魔だった件~)。

処理中です...