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その年は例年より早く梅雨明けし、容赦ない夏がやって来た。
ここ数年更新し続けている過去最高気温を、今年もちゃんと更新した。
二人が沖縄に旅立ったのは、そんな夏も終わりの頃だった。
五泊七日のうち、初日と最終日は那覇市街のホテルで、あとは自由にスケジュールを決めることができた。
波照間島は四日目に行くことになった。
「残りの一日、友達でもなくなっちゃった俺たち、沖縄で何すんの」
七凪は沖縄ガイドブックに視線を落としながら、低い声で呟いた。
「大丈夫だよ、今の感情はなくなるんだから、一日くらいそれなりに楽しむだろうさ」
七凪は乱暴に本を閉じると、懇願するように言った。
「なぁ、やっぱり沖縄旅行が終わってからにしようよ」
「そうするとズルズルいつまで経ってもやらないだろ」
もう何度、同じやり取りをしたことだろうか。
七凪はプイッと顔をそむけると、再びガイドブックを開いた。
シュノーケリングに、首里城、青の洞窟と、二人は毎日くたくたになるまで沖縄観光を満喫した。少しでも空いた時間があると心に隙間ができ、あっという間にその隙間に底のない悲しみが注ぎ込まれ、溺れそうになった。
沈黙も怖かった。
だから七凪は喋り続けた。喋るのを止めるのは寝ている時と、食べている時、そして岳にその唇を覆われた時だけだった。
が、石垣島から波照間島へ向かう高速船の中あたりから、ついにその口もほとんど動かなくなった。
心がドロドロなのは船酔いのせいだけではない。
宿泊先のホテルに到着すると、ホテルの人からどこか具合でも悪いのかと尋ねられたくらいだった。
部屋は大きなベッドが一つだけで、窓からバルコニーに出られた。藤製のソファーセットが置いてあり、ガラステーブルの上には真っ赤なバラの花が生けられていた。
特典についていたバラの花びらを散らせたバスタブのバラは、好きな宿泊先で用意してもらえるとのことで岳にその選択を任せていた。
「花瓶に生けたままでも綺麗だけど、やっぱり風呂入る時に花びら散らせたほうが雰囲気出るよな」
バスルームを覗き込みながら岳が聞いてきた。
正直七凪はもうバラなんてどうでもよかった。
「どっちでもいいよ」
投げやりに答えると、藤のソファーに体育座りし膝に顔をうずめた。
ほどなくして、かたわらが沈み込み岳が隣に座った気配がした。
七凪の頭を岳が優しく撫でてくる。
「まだ船酔い治ってない?」
「男子高校生二人がベッドが一つだけの部屋に泊まって赤いバラを注文するなんて、ホテルの人はどう思っただろうね」
七凪は自虐的に笑いながら顔だけ岳の方に向けた。
「そんなこと気にする必要ないさ。七凪、どんな理由であれ俺にとって七凪を抱くという行為は神聖な行為なんだ。
最初で最後の七凪との夜を大事にしたい」
最初で最後……。
胸がぐにゃりとねじれた。
そうしてまた七凪は膝に顔を突っ伏した。
沖縄の海はどこも素晴らしかったが、ハテルマブルーと呼ばれる波照間島の海は絶景だった。
浜の透き通ったエメラルドグリーンが、沖にいくにつれてだんだんと濃くなるグラデーションは圧巻で、水平線は深く濃い青に縁取られている。
夕方は手を繋いで砂浜を歩いた。
海に勝るとも劣らない美しい夕焼けに染まった空には、すでに明るい星が顔を出し始めていた。
「七凪、もう少ししたら七凪が見たかった日本一の星空が見られるよ」
七凪はもう相槌さえも打つ気分ではなかった。
南の島の美しさは七凪の荒涼とした心をますます荒ませた。
日本一の星空が七凪から岳を奪っていくような気がした。
星が嫌いになりそうだった。
ここ数年更新し続けている過去最高気温を、今年もちゃんと更新した。
二人が沖縄に旅立ったのは、そんな夏も終わりの頃だった。
五泊七日のうち、初日と最終日は那覇市街のホテルで、あとは自由にスケジュールを決めることができた。
波照間島は四日目に行くことになった。
「残りの一日、友達でもなくなっちゃった俺たち、沖縄で何すんの」
七凪は沖縄ガイドブックに視線を落としながら、低い声で呟いた。
「大丈夫だよ、今の感情はなくなるんだから、一日くらいそれなりに楽しむだろうさ」
七凪は乱暴に本を閉じると、懇願するように言った。
「なぁ、やっぱり沖縄旅行が終わってからにしようよ」
「そうするとズルズルいつまで経ってもやらないだろ」
もう何度、同じやり取りをしたことだろうか。
七凪はプイッと顔をそむけると、再びガイドブックを開いた。
シュノーケリングに、首里城、青の洞窟と、二人は毎日くたくたになるまで沖縄観光を満喫した。少しでも空いた時間があると心に隙間ができ、あっという間にその隙間に底のない悲しみが注ぎ込まれ、溺れそうになった。
沈黙も怖かった。
だから七凪は喋り続けた。喋るのを止めるのは寝ている時と、食べている時、そして岳にその唇を覆われた時だけだった。
が、石垣島から波照間島へ向かう高速船の中あたりから、ついにその口もほとんど動かなくなった。
心がドロドロなのは船酔いのせいだけではない。
宿泊先のホテルに到着すると、ホテルの人からどこか具合でも悪いのかと尋ねられたくらいだった。
部屋は大きなベッドが一つだけで、窓からバルコニーに出られた。藤製のソファーセットが置いてあり、ガラステーブルの上には真っ赤なバラの花が生けられていた。
特典についていたバラの花びらを散らせたバスタブのバラは、好きな宿泊先で用意してもらえるとのことで岳にその選択を任せていた。
「花瓶に生けたままでも綺麗だけど、やっぱり風呂入る時に花びら散らせたほうが雰囲気出るよな」
バスルームを覗き込みながら岳が聞いてきた。
正直七凪はもうバラなんてどうでもよかった。
「どっちでもいいよ」
投げやりに答えると、藤のソファーに体育座りし膝に顔をうずめた。
ほどなくして、かたわらが沈み込み岳が隣に座った気配がした。
七凪の頭を岳が優しく撫でてくる。
「まだ船酔い治ってない?」
「男子高校生二人がベッドが一つだけの部屋に泊まって赤いバラを注文するなんて、ホテルの人はどう思っただろうね」
七凪は自虐的に笑いながら顔だけ岳の方に向けた。
「そんなこと気にする必要ないさ。七凪、どんな理由であれ俺にとって七凪を抱くという行為は神聖な行為なんだ。
最初で最後の七凪との夜を大事にしたい」
最初で最後……。
胸がぐにゃりとねじれた。
そうしてまた七凪は膝に顔を突っ伏した。
沖縄の海はどこも素晴らしかったが、ハテルマブルーと呼ばれる波照間島の海は絶景だった。
浜の透き通ったエメラルドグリーンが、沖にいくにつれてだんだんと濃くなるグラデーションは圧巻で、水平線は深く濃い青に縁取られている。
夕方は手を繋いで砂浜を歩いた。
海に勝るとも劣らない美しい夕焼けに染まった空には、すでに明るい星が顔を出し始めていた。
「七凪、もう少ししたら七凪が見たかった日本一の星空が見られるよ」
七凪はもう相槌さえも打つ気分ではなかった。
南の島の美しさは七凪の荒涼とした心をますます荒ませた。
日本一の星空が七凪から岳を奪っていくような気がした。
星が嫌いになりそうだった。
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