神様の悪戯

八月 美咲

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 クラス全体がまどろんでいるような午後の授業で、七凪は何度も心の中でため息をついた。

 もらったカップケーキはすっかり冷め、袋に入ったまま七凪の鞄の中に入っていた。

 昼ごはんの時、岳と一緒に食べるような雰囲気ではとてもじゃないがなかった。

 困ったな、捨てるわけにもいかないし、かといって一人で食べる気分でもない。

 なるほど、だから岳はいつも七凪にバレンタインのチョコをくれていたのか。

 昔の七凪は女の子にモテたがっていた。

 たった一人だけど告白されたのだから今日、七凪はモテたと言ってもいいだろう。それも一目惚れ、それも二年間も。

 けどぜんぜん嬉しくない。逆にすごく困っている。

 さっきからずっとどうやって断ろうかと、そればかり考えている。

 もし、七凪が岳のことを好きじゃなかったら、媚薬を飲んでいなかったら、この状況を自分はどう受け取っただろうか。

 なかなか可愛い子だった。七凪の好きなタイプに入るかも知れない。

 けど、今の七凪には岳以外考えられなかった。

 結局カップケーキはその日の放課後、天文学部の部員たちにあげ、七凪は一口も食べなかった。




 その日はまさに梅雨の晴れ間といったような天気だった。

 運動場にできた水溜りが太陽を白く反射しているのを眺めていると、教室の外から拓人が七凪を呼んだ。

「蓮が今日の放課後、部活が終わったらサッカー部の部室に来いってさ。なんか重大発表があるらしいぞ」

「重大発表?」

「もしかしてアレかな、彼女ができたとか」

「え!?」

 まさか蓮、バルバーラちゃんを落としたのか。



 そして、そのまさかが起きたのだった。

「実は俺、ハンガリー人の彼女ができました~!」

 見ているこっちが恥ずかしくなるほどだらしのない顔をした蓮がそう発表すると、みんなの反応はそれぞれだった。

「ちぇっ、沖縄旅行は蓮のものか。彼女もゲット、旅行もゲットって、マジで幸せ者だよな」

 悠馬がぼやく。

「まーまー、そういう約束なんだからさ」

 と、伊織。

「ハンガリー人なんてすげぇ」

 拓人の興味はそこにあるらしい。

 今回の沖縄旅行争奪戦に参加していない岳は、ほぼ無反応だったが七凪と目が合うと、その表情をわずかに和ませた。

 七凪もそれを受けて口元に笑みを浮かべる。

 もはや沖縄旅行など七凪にとってはどうでもいいことだった。

 たとえそこが日本一星空に近い美しい場所でも、岳と一緒でなければどんなすばらしい景色も色褪せて見えるだろう。

 今なら前に母が言っていた言葉の意味がよく分かる。

 好きでもない人と美しい星空を見るより、好きな人とプラネタリウム。

 けど七凪にはそのプラネタリウムさえいらない。岳がいれば、都会の貧弱な星空も、七凪の目には心躍る銀河に見えた。

 七凪にとって世界で一番美しい場所は岳のいる場所だった。

「で、実はその沖縄旅行なんだけどさ、俺、辞退するわ。夏休みはバルバーラちゃんの研究を手伝うことにしたんだ」

「なんだよ、そのバルバーラちゃんの研究って」

 悠馬が皆の疑問を代表するかのように訊いた。

「バルバーラちゃんは聖水の研究をしてんだ」

「聖水ってキリスト教の洗礼の時に使う水のことか?」

 伊織が尋ねる。

「うん、それも聖水なんだけど、みんなフランスのルルドの泉って知ってるか? その泉から湧き出る水は神に祝福された特別な水と言われていて、それを飲むと怪我があっという間に治ったり、現代医学では治せないとされている難病が治ったりする、いわゆる奇跡を起こす水なんだ。実はルルドの泉だけじゃなくて、世界には似たようないわれを持つ聖水があって、この日本にもあるらしいんだよ」

 もしかしたら近所の神社の湧き水も聖水の部類に入るのかな、などと七凪はその話を聞いて思った。

「だから沖縄旅行は四人で決めてもらっていいから」

 やった! と声を上げたのは悠馬だけだった。

 伊織と拓人は微妙な顔つきで何か言いたそうにしている。

 先に口を開いたのは伊織だった。
「俺さ、夏休みは北海道の親戚の家に遊びに行くことになったんだ。だから俺も沖縄はいいや」

 すると今度は拓人がおずおずと申し出た。

「俺、高所恐怖症なんだよ。沖縄めっちゃ行きたいんだけど、ちょっと飛行機は無理かも」

「ということは、悠馬と七凪のどっちか先に彼女を作った方が沖縄か」

 伊織が呟く。

「俺に彼女ができるなんてことはないから」

 思わずそうはっきり口にしてしまった七凪に皆の注目が集まる。

「えっと、とにかく、俺、今好きな女の子とかもいないし」

 七凪はまだ告白の返事をしていなかった。このままあの告白をなかったことにできないだろうか、などと都合のいいことを考えていたりする。

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