神様の悪戯

八月 美咲

文字の大きさ
上 下
20 / 30

20

しおりを挟む
 三回目の呼び出し音で、岳は電話口に出た。

『七凪?』

 久しぶりに聞く岳の声に、胸が疼いた。

「岳、彼女なんてできてないよな?」

 しばしの沈黙が流れた。

『どうしたんだよ、急に』

「なぁ、できてないよな?」

『いないよ彼女なんて』

 ほっと胸を撫で下ろすも、息をつく間もなく七凪は次の言葉を早口でまくし立てる。

「この前俺が岳に言ったあれ嘘だから。いずれ俺たちはそれぞれ結婚して家庭を持つとか、あれ本心じゃないから、だから、だから……、岳、彼女なんて作っちゃ嫌だ」

 再び沈黙が流れた。

 こういう時、電話は相手の表情が見えないのでもどかしく、もどかしさは不安を呼び寄せる。

『作らないよ、彼女なんて』

 七凪の頭をそっと撫でるような、温かみのある声だった。

 七凪は見えない岳の手に、頬を擦り寄せ甘えたいような気分になる。

「岳は俺のことまだ好き? 媚薬の効果、まだ切れてない?」

 岳が優しく笑ったのが分かった。

『切れてないよ、好きだよ』

 やっと柔らかいソファーに深く身体を沈めたような安心感で満たされる。

 が、それも束の間だった。

「なぁ岳、これどっちかが先に媚薬の効果が切れたらどうなるんだ? って、多分そうなるよな。二人同時に切れるなんてことないよな。片方が切れてから、もう片方がなかなか切れなかったらどうするんだ?」

 不安が雪だるま式に大きくなっていく。

「片方だけ一生死ぬまで切れなかったらどうするんだ?」

『七凪』

 岳が七凪の言葉を遮った。

『心配するな、七凪より俺の方が先に媚薬の効果が切れるなんてことはないから』

「なんでそんなことが分かるんだよ」

『俺が七凪に飲ませた媚薬の量は数滴だ。それに比べて俺は媚薬をがぶ飲みしてるだろ、だから死ぬまで媚薬の効果が切れないとしたら、それは俺の方だ』

 七凪を安心させようとして言った岳の言葉は、逆に七凪を激しく乱した。

 サッカー部の部室で、ひとりポツンとみんなから離れた岳の後ろ姿が七凪の胸を締めつける。

「ダメだ、そんなの嫌だ。もしそうなったら、俺もまた媚薬を飲む」

 電話の向こうで岳が息を呑む微かな息づかいが聞こえた。

『七凪、今から会いに行ってもいいか?』




 七凪が階段を駆け下りると、ちょうど母が浴室から出てきたところだった。

 バスタオルで髪をまとめ、ボディソープやらヘアケア材やらの甘ったるい香りがここまで漂ってくる。

「七凪、こんな時間にどこに行くの?」

 玄関で靴を履こうとしている七凪に問いかけてくる。

「ちょっと出かけてくる」

 七凪は傘立てから一本傘を引き抜くと、勢いよく家を飛び出した。

 闇に身を溶かした雨が七凪に降り注ぐ。

 七凪は走りながら傘をさし神社へと急いだ。

 

 石段まで来ると、すでに岳が一段跳びで下から駆け上がって来ていた。

 石段を照らす電灯が雨も一緒に浮かび上がらせる。そこだけスポットライトが当たった役者のいない舞台のようだった。

 岳は傘をさしていなかった。

 白いパーカーのフードを頭から被り、リズミカルに石段を上ってくる。

 七凪が石段を下りようとすると、下から岳が叫んだ。

「七凪はそこにいろ」

 あっという間に岳は石段を上って来て、奪うように七凪を抱きしめた。

 傘が七凪の手から離れて、ふわりと雨風に煽られながら石段を落ちていく。

 息ができないくらい強く岳に抱きしめられる。

 岳の弾む鼓動と七凪の鼓動が重なり合う。

「七凪」

 岳は苦しそうに七凪の名前を呼んだ。

「岳」

 七凪の声も涙声だった。

 両想いなのに、二人ともこんなにもお互いが好きなのに、どうしてこれが本物じゃないんだろう。

 それが哀しくて、やるせなくて、七凪は胸が引き裂かれそうだった。

 岳は七凪を抱きしめる腕をゆるめ、首を傾げるようにして七凪の顔をのぞき込んできた。

 暗くてもその目が赤らんでいるが分かった。

 七凪が愛おしくて仕方がないと、泣きそうな目をしていた。その目の奥に岳が望むものが顔をのぞかせているが、ためらいがそれを抑え込んでいた。

 七凪は岳をうながすように目を閉じ、うすく唇を開いた。

 雨が夜を叩く音だけが響いていた。

 七凪の頬で、瞼の上で、ポツポツと雨が弾ける感覚に混じって、それはきた。

 ふわりと熱く柔らかいものが七凪の唇に触れる。数回ついばみ、じっとお互いの吐息を絡め合う。

 いきなり頭の後ろを支えられたかと思うと、激しく口づけられる。

 七凪は身体が一瞬よろめいて、岳にしがみついた。すかさず岳の手が七凪の腰を拾う。

 岳の舌が大胆に侵入してきて七凪の舌を絡め取る。

 想いを爆発させたような、情熱的な口づけだった。

 深く、浅く口づけながら、七凪、七凪、と岳は七凪の名前を呼んだ。

 その声がだんだんと濡れてくる。

 頬にどちらのものとも分からない温かいものが伝い、二人の唇の間にしみ込む。

 海の水と同じ味のそれが七凪の胸を締め上げる。

 我慢していた嗚咽が唇から漏れると、岳は七凪の悲しみを口づけで引き取った。

 世界一優しくて、悲しいキスだった。

 二人は雨に濡れながら、長い間抱き合い、ひたすら唇を重ねた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

同僚がヴァンパイア体質だった件について

真衣 優夢
BL
ヴァンパイア体質とは、人間から生まれる突然変異。そっと隠れ住む存在。 「人を襲うなんて、人聞きの悪いこと言わないでよ!? そんなことしたら犯罪だよ!!」 この世には、科学でも医療でも解明されていない不思議な体質がある。 差別や偏見にさらされるのを怖れて自らの存在を隠し、ひっそりと生きる、伝承の『ヴァンパイア』そっくりの体質を持った人間。 人間から生まれ、人間として育つ彼らは、価値観は人間であって。 人間同様に老いて、寿命で死ぬ。 十字架やニンニクは平気。 鏡にうつるし、太陽を浴びても灰にならない。 夜にちょっと強くて、少し身体能力が強い程度。 月に一回、どうしようもない吸血衝動が来るという苦しみにどうにか対処しないといけない。 放置すれば、見た目のある一部が変化してしまう。 それに、激しい飢餓に似た症状は、うっかり理性が揺らぎかねない。 人を傷つけたくはない。だから自分なりの対処法を探す。 現代に生きるヴァンパイアは、優しくて、お人好しで、ちょっとへっぽこで、少しだけ臆病で。 強く美しい存在だった。 ヴァンパイアという言葉にこめられた残虐性はどこへやら。 少なくとも、この青年は人間を一度も襲うことなく大人になった。 『人間』の朝霧令一は、私立アヤザワ高校の生物教師。 人付き合い朝霧が少し気を許すのは、同い年の国語教師、小宮山桐生だった。 桐生が朝霧にカミングアウトしたのは、自分がヴァンパイア体質であるということ。 穏やかで誰にでも優しく、教師の鑑のような桐生にコンプレックスを抱きながらも、数少ない友人として接していたある日。 宿直の夜、朝霧は、桐生の秘密を目撃してしまった。 桐生(ヴァンパイア体質)×朝霧(人間)です。 ヘタレ攻に見せかけて、ここぞという時や怒りで(受ではなく怒った相手に)豹変する獣攻。 無愛想の俺様受に見せかけて、恋愛経験ゼロで初心で必死の努力家で、勢い任せの猪突猛進受です。 攻の身長189cm、受の身長171cmです。 穏やか笑顔攻×無愛想受です。 リアル教師っぽい年齢設定にしたので、年齢高すぎ!と思った方は、脳内で25歳くらいに修正お願いいたします。 できるだけ男同士の恋愛は双方とも男っぽく書きたい、と思っています。 頑張ります! 性的表現が苦手な方は、●印のあるタイトルを読み飛ばしてください。 割と問題なく話が繋がると思います。 時にコミカルに、時に切なく、時にシリアスな二人の物語を、あなたへ。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

転生したら悪の組織の幹部だったけど、大好きなヒーローに会えて大満足だった俺の話

多崎リクト
BL
トラックに轢かれたはずの主人公は、気がつくと大好きだったニチアサの「炎の戦士フレイム」の世界にいた。 黒川甲斐(くろかわ かい)として転生した彼は、なんと、フレイムの正体である正岡焔(まさおか ほむら)の親友で、 その正体は悪の組織エタニティの幹部ブラックナイトだった!! 「え、つまり、フレイムと触れ合えるの?」 だが、彼の知るフレイムとは話が変わっていって―― 正岡焔×黒川甲斐になります。ムーンライトノベルズ様にも投稿中。 ※はR18シーンあり 表紙は宝乃あいらんど様に頂きました!

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

【完結】闇オークションの女神の白く甘い蜜に群がる男達と女神が一途に愛した男

葉月
BL
闇のオークションの女神の話。 嶺塚《みねづか》雅成、21歳。 彼は闇のオークション『mysterious goddess 』(神秘の女神)での特殊な力を持った女神。 美貌や妖艶さだけでも人を虜にするのに、能力に関わった者は雅成の信者となり、最終的には僕《しもべ》となっていった。 その能力は雅成の蜜にある。 射精した時、真珠のように輝き、蜜は桜のはちみつでできたような濃厚な甘さと、嚥下した時、体の隅々まで力をみなぎらせる。  精というより、女神の蜜。 雅成の蜜に群がる男達の欲望と、雅成が一途に愛した男、拓海との純愛。 雅成が要求されるプレイとは? 二人は様々な試練を乗り越えられるのか? 拘束、複数攻め、尿道プラグ、媚薬……こんなにアブノーマルエロいのに、純愛です。 私の性癖、全てぶち込みました! よろしくお願いします

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...