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39(最終回)
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暖は琥珀の額にそっと口づけた。
「琥珀ごめん、ほんとごめん、すぐ熱冷まし買って戻ってくるから」
昨夜のヤリ過ぎで、今朝起きると琥珀は熱を出していた。
ジロリと暖を睨んだ琥珀の目が赤い涙目で、暖の罪悪感が深まる。
外に出ると一面銀世界だった。積雪の量から見て昨日のうちから降り出したのだと推測された。琥珀を抱くのに夢中で全く気づかなかった。
薬局へ行く途中、駅の前を通りかかると一人の男に声をかけられた。
「青龍山へはどうやって行ったらいいのかな」
色白で男なのに儚げな印象を持つその男は、心中で死んだ片方の男を彷彿とさせた。
それもそのはずで、その男は死んだ男の兄だった。
男は暖が弟と会ったことがあると知ると、これも何かの縁だと、二人の話を暖にしてくれた。
男の家は誰もが知る、日本の大財閥の一つだった。
暖が薬局の場所を教えた背の高い男は、その家のお抱え運転手として働く男の息子だった。
つまりあの二人は昔でいう身分違いの恋という奴だった。
伝統が残る場所ほど新しい風は入ってこない。ましてや男同士だ。息を殺して関係をひた隠しにしていた二人だったが、ついに周りにバレてしまった。
二人は引き裂かれ、両者ともに女性との結婚を強引に進められた。
二人は文字通り、手に手を取って駆け落ちした。が、すぐに見つけ出され連れ戻されてしまう。しばらく逃げ延びても裏から手を回され、二人は仕事に就くことができなかった。
経済的に追い詰められ、日本中どこに逃げても炙り出された。
けれど二人には金銭的なもの以上に深刻な事情があった。
男の弟は生まれながらに血液の疾患を持っていて、ちょっとした怪我が命取りになる可能性があった。また男の血液型は非常に稀で、日本中探しても同じ型を持つ人間は十数人しかおらず、その中に男の父と兄弟が入っていた。
二人が家に戻ってきた時、男の弟は傷を負っていた。すぐに病院に運ばれた。
二人の関係はそこで終わったように見えた。が、しばらくして二人はまた忽然と皆の前から姿を消した。
そうして次に男の前に弟が戻ってきた時、弟はすでに帰らぬ人となっていた。
男は弟が座っていたという駅の待合室のベンチを虚ろな目で見つめた。
「普通の人間なら絆創膏を貼っておけば治るような傷だったんだ。かすり傷と言ってもいいほどの。実際、弟はこれくらいだったら大丈夫と何度も言っていたのに、あの男は青い顔をして必死だった。弟を愛していてくれてたんだ、本当に、心の底から」
待合室の窓を雪混じりの風がカタカタと鳴らした。
「二人の仲を認めてあげればよかった」
男はそう言ったきり黙った。
暖はそっとその場を立ち去った。
男の頬を伝う一筋の自責の念が、いつまでも脳裏に焼き付いて離れなかった。
景色から音を吸い取った雪が暖に踏みつけられ、キュッと微かに鳴き声を上げる。
それでもやはり自分は、背の高い男と同じ行動は取らないと思った。
愛する者に自ら手をかけるなんてことは絶対にしない。戦って戦って琥珀を守りぬいてみせる。琥珀も自分も死なない。自分が死んだらスキップもできないような運動音痴で、それでもってちょっとお馬鹿な琥珀を誰が守ってやるというのだ。
琥珀は男同士対等でありたがるから守ってもらわなくていいなんて言いそうだけど、自分と琥珀は対等なんかじゃない。自分は琥珀にかしずく者だ。ずっと前から琥珀の方が上なのだ。
惚れた弱みと言われればそうだが、琥珀の好きより自分の好きの方が大きい自信はある。けどそれを言うと琥珀は調子に乗りそうだから黙っておく。
雪に霞む青龍山が見えた。
琥珀に二人の物語をしてやった方がいいだろうか。
たぶん琥珀は泣く。琥珀の涙を見るのは嫌だ。
それに知らないなら知らなくていい話だ。
血の誓いその二、秘密は作らない!
琥珀の声がしたような気がした。
そうだ、血の誓いはちゃんと守らないとな。じゃないと琥珀にその一を守ってもらえなくなる。それは困る。
暖は雪道を駆け出した。
早く帰ろう、家で琥珀が待っている。世界で一番大切な、俺の琥珀が。
部屋の扉を開けると、ベッドで琥珀が健やかな寝息を立てて眠っていた。
暖はベッドの端にそろりと腰をおろし、汗で額に張りついた琥珀の髪をやんわりとかき分けた。
「琥珀」
愛おしさを込めて呼ぶと、伏せられた長いまつ毛がゆっくりと持ち上げられる。
琥珀色の大きな瞳が暖を映す。
「おかえり」
微笑みながら伸びてきた白く細い手に、暖はそっと口づけた。
了
拙作を最後までお読みいただきありがとうございました。
このお話は、いまいち私てきに自信のない作品なのですが、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
来月、2月14日バレンタインデーから、新しいお話をスタートします。
タイトルは「神様のいたずら」です。
お話もバレンタインデーから始まる、高校生の幼馴染2人が、間違って恋の媚薬を飲ませてしまうという、
ハラハラドキドキのお話です。
今回と同じくらいの分量とペースで連載いたしますので、お時間があれば覗いてくださると嬉しいです。
2024.1.26
八月 美咲
「琥珀ごめん、ほんとごめん、すぐ熱冷まし買って戻ってくるから」
昨夜のヤリ過ぎで、今朝起きると琥珀は熱を出していた。
ジロリと暖を睨んだ琥珀の目が赤い涙目で、暖の罪悪感が深まる。
外に出ると一面銀世界だった。積雪の量から見て昨日のうちから降り出したのだと推測された。琥珀を抱くのに夢中で全く気づかなかった。
薬局へ行く途中、駅の前を通りかかると一人の男に声をかけられた。
「青龍山へはどうやって行ったらいいのかな」
色白で男なのに儚げな印象を持つその男は、心中で死んだ片方の男を彷彿とさせた。
それもそのはずで、その男は死んだ男の兄だった。
男は暖が弟と会ったことがあると知ると、これも何かの縁だと、二人の話を暖にしてくれた。
男の家は誰もが知る、日本の大財閥の一つだった。
暖が薬局の場所を教えた背の高い男は、その家のお抱え運転手として働く男の息子だった。
つまりあの二人は昔でいう身分違いの恋という奴だった。
伝統が残る場所ほど新しい風は入ってこない。ましてや男同士だ。息を殺して関係をひた隠しにしていた二人だったが、ついに周りにバレてしまった。
二人は引き裂かれ、両者ともに女性との結婚を強引に進められた。
二人は文字通り、手に手を取って駆け落ちした。が、すぐに見つけ出され連れ戻されてしまう。しばらく逃げ延びても裏から手を回され、二人は仕事に就くことができなかった。
経済的に追い詰められ、日本中どこに逃げても炙り出された。
けれど二人には金銭的なもの以上に深刻な事情があった。
男の弟は生まれながらに血液の疾患を持っていて、ちょっとした怪我が命取りになる可能性があった。また男の血液型は非常に稀で、日本中探しても同じ型を持つ人間は十数人しかおらず、その中に男の父と兄弟が入っていた。
二人が家に戻ってきた時、男の弟は傷を負っていた。すぐに病院に運ばれた。
二人の関係はそこで終わったように見えた。が、しばらくして二人はまた忽然と皆の前から姿を消した。
そうして次に男の前に弟が戻ってきた時、弟はすでに帰らぬ人となっていた。
男は弟が座っていたという駅の待合室のベンチを虚ろな目で見つめた。
「普通の人間なら絆創膏を貼っておけば治るような傷だったんだ。かすり傷と言ってもいいほどの。実際、弟はこれくらいだったら大丈夫と何度も言っていたのに、あの男は青い顔をして必死だった。弟を愛していてくれてたんだ、本当に、心の底から」
待合室の窓を雪混じりの風がカタカタと鳴らした。
「二人の仲を認めてあげればよかった」
男はそう言ったきり黙った。
暖はそっとその場を立ち去った。
男の頬を伝う一筋の自責の念が、いつまでも脳裏に焼き付いて離れなかった。
景色から音を吸い取った雪が暖に踏みつけられ、キュッと微かに鳴き声を上げる。
それでもやはり自分は、背の高い男と同じ行動は取らないと思った。
愛する者に自ら手をかけるなんてことは絶対にしない。戦って戦って琥珀を守りぬいてみせる。琥珀も自分も死なない。自分が死んだらスキップもできないような運動音痴で、それでもってちょっとお馬鹿な琥珀を誰が守ってやるというのだ。
琥珀は男同士対等でありたがるから守ってもらわなくていいなんて言いそうだけど、自分と琥珀は対等なんかじゃない。自分は琥珀にかしずく者だ。ずっと前から琥珀の方が上なのだ。
惚れた弱みと言われればそうだが、琥珀の好きより自分の好きの方が大きい自信はある。けどそれを言うと琥珀は調子に乗りそうだから黙っておく。
雪に霞む青龍山が見えた。
琥珀に二人の物語をしてやった方がいいだろうか。
たぶん琥珀は泣く。琥珀の涙を見るのは嫌だ。
それに知らないなら知らなくていい話だ。
血の誓いその二、秘密は作らない!
琥珀の声がしたような気がした。
そうだ、血の誓いはちゃんと守らないとな。じゃないと琥珀にその一を守ってもらえなくなる。それは困る。
暖は雪道を駆け出した。
早く帰ろう、家で琥珀が待っている。世界で一番大切な、俺の琥珀が。
部屋の扉を開けると、ベッドで琥珀が健やかな寝息を立てて眠っていた。
暖はベッドの端にそろりと腰をおろし、汗で額に張りついた琥珀の髪をやんわりとかき分けた。
「琥珀」
愛おしさを込めて呼ぶと、伏せられた長いまつ毛がゆっくりと持ち上げられる。
琥珀色の大きな瞳が暖を映す。
「おかえり」
微笑みながら伸びてきた白く細い手に、暖はそっと口づけた。
了
拙作を最後までお読みいただきありがとうございました。
このお話は、いまいち私てきに自信のない作品なのですが、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
来月、2月14日バレンタインデーから、新しいお話をスタートします。
タイトルは「神様のいたずら」です。
お話もバレンタインデーから始まる、高校生の幼馴染2人が、間違って恋の媚薬を飲ませてしまうという、
ハラハラドキドキのお話です。
今回と同じくらいの分量とペースで連載いたしますので、お時間があれば覗いてくださると嬉しいです。
2024.1.26
八月 美咲
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