31 / 39
31
しおりを挟む
琥珀は雪の中で途方に暮れていた。
足を滑らせたと思ったら、あっという間だった。上も下も分からないような状態でここまで転がり落ちてきてしまった。
左足首が痛む。どうやら捻挫してしまったようだ。低い山とはいえ、山を舐めてかかってはいけないことは百も承知だったのに。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら、スマホを探したが見つからない。転がり落ちる途中でどこかに落としてしまったのだ。それにスマホがあっとしても山の中では電波が届かない。
不安と恐怖が忍び寄ってくる。
冷静になれ。
しかし冷静になればなるほど事態の深刻さが浮き彫りになり、牙を剥いた恐怖に呑み込まれそうになる。
数十メートル上方の道路に車のヘッドライトが見え、大声で叫んでみたがその声が届くはずもなかった。
ある一文字が頭をよぎる。
まさかこの歳でそれを覚悟することになるとは思わなかった。
母親に三人の姉たち、そして暖の顔が頭に浮かんだ。
こんなことになるなら暖と絶交なんてしなければよかった。後悔してももう遅い。
だんだんと身体が冷えてきて、歯がガチガチと鳴った。片方の靴が脱げて靴下だけの足先は、冷たいのか痛いのか分からない。かじかんだ手では、着ているコートのボタンを一つかけるだけでもかなりの時間を要した。
いったい今は何時なんだろう?
辺りが少し薄暗くなってきたように感じた。
山の、特に雪の日の夜は早い。
夜になったら終わりだと思った。
今日、琥珀の家族は琥珀は暖の家で過ごすと思っている。
そして暖は暖の好きな子と一緒だ。
今、琥珀がどこで何をしているか気にかけている人間は一人もいないのだ。
「暖……」
後悔して止まないのは、暖と絶交したままでいることだった。
暖。暖。暖。
せめて暖に自分の気持ちを伝える何かを残せないかと思った。
暖が誰を好きでもいい、琥珀が暖の一番でなくでもいい、琥珀にとって暖は代わりのいない、かけがえのない、
世界で一番大切な人、なのだと。
真っ白な雪が、白く光って見えた。
その時、それは確かに聞こえた。
琥珀を呼ぶ暖の声が。
足を滑らせたと思ったら、あっという間だった。上も下も分からないような状態でここまで転がり落ちてきてしまった。
左足首が痛む。どうやら捻挫してしまったようだ。低い山とはいえ、山を舐めてかかってはいけないことは百も承知だったのに。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら、スマホを探したが見つからない。転がり落ちる途中でどこかに落としてしまったのだ。それにスマホがあっとしても山の中では電波が届かない。
不安と恐怖が忍び寄ってくる。
冷静になれ。
しかし冷静になればなるほど事態の深刻さが浮き彫りになり、牙を剥いた恐怖に呑み込まれそうになる。
数十メートル上方の道路に車のヘッドライトが見え、大声で叫んでみたがその声が届くはずもなかった。
ある一文字が頭をよぎる。
まさかこの歳でそれを覚悟することになるとは思わなかった。
母親に三人の姉たち、そして暖の顔が頭に浮かんだ。
こんなことになるなら暖と絶交なんてしなければよかった。後悔してももう遅い。
だんだんと身体が冷えてきて、歯がガチガチと鳴った。片方の靴が脱げて靴下だけの足先は、冷たいのか痛いのか分からない。かじかんだ手では、着ているコートのボタンを一つかけるだけでもかなりの時間を要した。
いったい今は何時なんだろう?
辺りが少し薄暗くなってきたように感じた。
山の、特に雪の日の夜は早い。
夜になったら終わりだと思った。
今日、琥珀の家族は琥珀は暖の家で過ごすと思っている。
そして暖は暖の好きな子と一緒だ。
今、琥珀がどこで何をしているか気にかけている人間は一人もいないのだ。
「暖……」
後悔して止まないのは、暖と絶交したままでいることだった。
暖。暖。暖。
せめて暖に自分の気持ちを伝える何かを残せないかと思った。
暖が誰を好きでもいい、琥珀が暖の一番でなくでもいい、琥珀にとって暖は代わりのいない、かけがえのない、
世界で一番大切な人、なのだと。
真っ白な雪が、白く光って見えた。
その時、それは確かに聞こえた。
琥珀を呼ぶ暖の声が。
12
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
推し変なんて絶対しない!
toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。
それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。
太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。
➤➤➤
読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。
推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
恋した貴方はαなロミオ
須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。
Ω性に引け目を感じている凛太。
凛太を運命の番だと信じているα性の結城。
すれ違う二人を引き寄せたヒート。
ほんわか現代BLオメガバース♡
※二人それぞれの視点が交互に展開します
※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m
※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる