俺たちの誓い

八月 美咲

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 古代ギリシャの衣装を身にまとった暖にクラスの女子達はため息を漏らした。

 肌の露出度の多い服で、筋肉質な暖はさまになるのだ。

 それに比べて自分ときたら……。

 琥珀は鏡に映った自分の姿に目をやる。

 なまっちろくて薄っぺらい胸板。

 それはとても男らしいとは言えない身体だった。

 髪型もファッションも暖の真似はできないし、今朝も四キロ走るのがやっとだった。

 いつになったらメロスとセリヌンティウスのように自分は暖の横に並んでも見劣りしない男になれるのだろう。

 せめて劇本番までにはもう少し筋肉をつけたい。

 劇後半、過酷な目にあうメロスはほぼ半裸状態になる。

 さすがにこの貧弱な身体を観衆に晒すのは恥ずかしい。

 先に衣装合わせが終わった琥珀は手持ち無沙汰になり、ぶらぶらして戻ってくると西日の差し込む教室に暖だけが残っていた。

 劇中でメロスは日没までに戻ってくるとセリヌンティウスに約束する。

 さまざまな困難を乗り越え、日没ぎりぎりで戻って来たメロスが吐くセリフがある。

「I made it! Bro! (間に合ったぞ、友よ!)」

 琥珀はメロスのセリフを口にした。

「I knew you can do it! (お前ならやれると分かってたさ)」

 暖もセリフで返してくる。

 二人は笑いながらコツンと拳をぶつけあった。

 それにしてもな~と、琥珀は今日の衣装合わせの感想を述べ、もっと男らしくなるために頑張るぞと意気込んだ。

「前から思ってたんだけどさ、男らしさって外見や肉体的な強さだけじゃないと思うぞ。俺は内面が男らしい方が本当の男だと思うけどな」

「暖はどんな時に自分は男だな、って思う?」

 暖は顎に手をやりしばらく考えたのち、ぽつりと呟いた。

「守りたい……そう思った時かな」

 暖の頬が赤く染まって見えるのは西日のせいだけではない。

「え、なにそれ? 守りたいって何を? 人? それって好きな人のこと? 暖、好きな女の子いるのか?」

 矢継ぎ早に質問を浴びせかけてしまう。どうしてだが胸がザワザワして落ちつかない。

 暖はいつになく鋭い視線を琥珀に向けてきた。

 何かとてつもない告白をされそうで、琥珀は息を呑む。

「琥珀、古代ギリシャではどうやって男同士が血の誓いを交わすか知ってるか?」

「いや、つか暖、守りたいってなんだよ」

「俺とやってみる? ギリシャ風の男の誓い」

「え? あ、うん」

 なんだか話を逸らされてしまった。

 暖は琥珀の前に歩み寄ると、つっと琥珀の顎を持ち上げた。

 何をするのだろうと見入ると、暖の瞳にオレンジ色の夕日が映っていた。

 その夕日が目の前に迫ってくる。

 さすがに何かを察した琥珀は顎に添えられた暖の手を振り払おうとするが、腰を強く抱き寄せられる。

 反動で顎がガクンと上を向く。

「暖、ちょっ……」

 暖は強引に琥珀に口づけた。

 琥珀の目が大きく見開かれるのを、暖の黒い瞳が見届ける。

 暖の舌が琥珀の唇をこじ開け中に入ってきた。

 琥珀は声にならない声を上げながら、暖の背中を叩いて抵抗した。

 が、暖はかまわず口づけを深めてくる。

 完全に許容範囲を超えた出来事に頭が混乱する。暖を押しのけようとしても、その身体はビクともしなかった。

 奪う。

 その言葉がこれほど似合うキスはなかった。

 暖の舌は傍若無人な侵略者だった。小さな台風のように琥珀を翻弄し揺さぶる。

 そして、そんなされるがままの琥珀を観察するように見つめるその黒い瞳は、まるで捕食者のそれだった。

 教室の外で人の声がした。

 暖の注意がそちらに逸れた瞬間、琥珀は思いっきり暖を突き飛ばした。

 口元を手で拭う。

「な、な、何すんだよっ」

「何って古代ギリシャ風の男同士の血の誓いだよ」

 いや、これはキスだろっ! 

 琥珀は思ったが、暖の悲痛な表情にその言葉を呑み込んだ。

 なんで暖がそんな顔をするんだよ、泣きたいのはこっちだ。

 ファーストキスだったのに。

 琥珀は鞄をひったくると、教室の外に飛び出した。

 暖は琥珀を追っては来なかった。
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