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白い冬が退き、待ちわびた春が訪れ、二人は高校二年生になった。
田舎の高校でクラス数が少ないせいもあり、一年の時と引き続き暖と琥珀は同じクラスになった。
六月には文化祭を控えていて、担任が演劇部の顧問で英語教師なこともあり、クラスの出し物は英語劇になった。
担任がいくつか選んできた作品の中に「走れメロス」があった。
メロスと聞いた琥珀は目の色を変えた。
琥珀の熱烈なメロスへのアプローチと、メロスをやるんだったら自分が主役をやりたいとの申し出を、クラスメイト達は温かく受け入れてくれた。
本人に自覚はないが、琥珀はその少女漫画的耽美な容姿と、それに相反するお馬鹿っぷりが絶妙に可愛いと、昔から老若男女、誰からも好かれた。
そんな琥珀は、準主役のセリヌンティウスを誰にするかになった時、こう宣った。
「暖がセリヌンティウスじゃなきゃヤダ」
クラスメイト達の無言の圧力に、暖は渋々承諾せずにはおられなかった。
担任の英語教師は今まで一度も演劇など見たことのない二人に、街の芸場で上演されている演劇のチケットをくれた。
何やら担任の大学時代の友人が出演しているとかで、英語劇ではなかったが、内容が男同士の友情を扱ったもので、琥珀は大喜びした。
もらったチラシには男臭い二人が肩を組んで立っている写真が印刷されていて、裏面はずらりと劇団員の写真と名前が並べて紹介されていた。
日曜日、意気込んで観に行った劇はいわゆるアングラで、担任の友人がどの人かも結局最後まではっきり分からなかった。
暖は幾度となくあくびを噛み殺し、琥珀は最初こそ前のめりで舞台を見入っていたが、最後は暖にもたれかかり健やかな寝息を立てていた。
観劇後、劇場の外に出るとどしゃ降りの雨だった。
傘を持っていない二人はお腹が空いていたこともあり、劇場の目の前にある店に入った。二人の住む町には絶対ないような小洒落た店で、カップルが多かった。
メニューを開いた二人はその値段を見て、すぐに自分たちが場違いな店に入ってしまったことを悟った。
結局飲み物だけを注文し、雨が小雨になるのを待つことにした。
「あ~、このオレンジジュース一杯でラーメンが食えたよ」
琥珀は頬杖をつきながら、ストローを弄ぶ。
見たばかりの劇のチラシを覗き込みながら、どれが担任の友達だったのか意見を出し合っていると、ギターを抱えた外国人の男がやって来た。
男は琥珀に向かってにこやかにお辞儀をすると、訛りの強い日本語で暖に話しかけてきた。
「綺麗な瞳の彼女のためにラブソング贈りませんかぁ? お店のサービスなんで無料でぇす。どうでぇすかぁ? 彼氏さん」
琥珀の周りの空気がピシッと音を立てて凍ったのが暖には聞こえた。
暖がすかさず断ろうとしたが、
「とおってもお似合いの美男美女のカップルですね~」
と男は続けた。
その声が大きかったのもあり、酒にほろ酔った客が拍手を送ってきた。
もうこうなってしまっては、二人のためというより店のエンターテイメントだ。男は勝手にジャランとギターをかき鳴らすと歌い始めた。
しつこいほどアイラブユーを連発する歌詞で、熱唱する男のテンションとは反対に、二人のテーブルの温度はだだ下がっていった。
琥珀はテーブルのチラシに視線を落としたまま、頑なに動かなかった。
甘ったるい歌がようやく終わると、店内から拍手が沸き起こり、どこからか「おめでとう」と言葉が投げられた。
いったい何のおめでとうなのか。
外国人の男が行ってしまった後も、琥珀はチラシの男臭い二人の写真に視線を落としたまま、しばらく何もしゃべらなかった。
が、やがて低くボソリとこう吐き捨てた。
「俺は暖の親友で、彼女じゃない」
田舎の高校でクラス数が少ないせいもあり、一年の時と引き続き暖と琥珀は同じクラスになった。
六月には文化祭を控えていて、担任が演劇部の顧問で英語教師なこともあり、クラスの出し物は英語劇になった。
担任がいくつか選んできた作品の中に「走れメロス」があった。
メロスと聞いた琥珀は目の色を変えた。
琥珀の熱烈なメロスへのアプローチと、メロスをやるんだったら自分が主役をやりたいとの申し出を、クラスメイト達は温かく受け入れてくれた。
本人に自覚はないが、琥珀はその少女漫画的耽美な容姿と、それに相反するお馬鹿っぷりが絶妙に可愛いと、昔から老若男女、誰からも好かれた。
そんな琥珀は、準主役のセリヌンティウスを誰にするかになった時、こう宣った。
「暖がセリヌンティウスじゃなきゃヤダ」
クラスメイト達の無言の圧力に、暖は渋々承諾せずにはおられなかった。
担任の英語教師は今まで一度も演劇など見たことのない二人に、街の芸場で上演されている演劇のチケットをくれた。
何やら担任の大学時代の友人が出演しているとかで、英語劇ではなかったが、内容が男同士の友情を扱ったもので、琥珀は大喜びした。
もらったチラシには男臭い二人が肩を組んで立っている写真が印刷されていて、裏面はずらりと劇団員の写真と名前が並べて紹介されていた。
日曜日、意気込んで観に行った劇はいわゆるアングラで、担任の友人がどの人かも結局最後まではっきり分からなかった。
暖は幾度となくあくびを噛み殺し、琥珀は最初こそ前のめりで舞台を見入っていたが、最後は暖にもたれかかり健やかな寝息を立てていた。
観劇後、劇場の外に出るとどしゃ降りの雨だった。
傘を持っていない二人はお腹が空いていたこともあり、劇場の目の前にある店に入った。二人の住む町には絶対ないような小洒落た店で、カップルが多かった。
メニューを開いた二人はその値段を見て、すぐに自分たちが場違いな店に入ってしまったことを悟った。
結局飲み物だけを注文し、雨が小雨になるのを待つことにした。
「あ~、このオレンジジュース一杯でラーメンが食えたよ」
琥珀は頬杖をつきながら、ストローを弄ぶ。
見たばかりの劇のチラシを覗き込みながら、どれが担任の友達だったのか意見を出し合っていると、ギターを抱えた外国人の男がやって来た。
男は琥珀に向かってにこやかにお辞儀をすると、訛りの強い日本語で暖に話しかけてきた。
「綺麗な瞳の彼女のためにラブソング贈りませんかぁ? お店のサービスなんで無料でぇす。どうでぇすかぁ? 彼氏さん」
琥珀の周りの空気がピシッと音を立てて凍ったのが暖には聞こえた。
暖がすかさず断ろうとしたが、
「とおってもお似合いの美男美女のカップルですね~」
と男は続けた。
その声が大きかったのもあり、酒にほろ酔った客が拍手を送ってきた。
もうこうなってしまっては、二人のためというより店のエンターテイメントだ。男は勝手にジャランとギターをかき鳴らすと歌い始めた。
しつこいほどアイラブユーを連発する歌詞で、熱唱する男のテンションとは反対に、二人のテーブルの温度はだだ下がっていった。
琥珀はテーブルのチラシに視線を落としたまま、頑なに動かなかった。
甘ったるい歌がようやく終わると、店内から拍手が沸き起こり、どこからか「おめでとう」と言葉が投げられた。
いったい何のおめでとうなのか。
外国人の男が行ってしまった後も、琥珀はチラシの男臭い二人の写真に視線を落としたまま、しばらく何もしゃべらなかった。
が、やがて低くボソリとこう吐き捨てた。
「俺は暖の親友で、彼女じゃない」
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