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四章 真妃ちゃん
一
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七月のある日、今日もまた雨が降っていた。
「あーあ、こんな日ばかりじゃいやだなー、髪もまとまらないし……」
車窓に当たってはじける雨粒を見ながら、私はいつもの……、いや、いつもよりかは少しきれいかもしれない電車に乗っていた。
「おっはー」そう言って琴乃は今日も次の駅で乗ってきた。
あんなにめんどくさがっていた私も、今では立派な家庭科部員。そんなわけで私たちは昔のように一緒に帰ることが難しくなっていた。だから今ではこうして、一緒に登校しているのだ。
「琴姉ー、おはよー」
いつもの調子で返事をしてしまった。
「しーっ。電車の中でそれは勘弁してくれよー」琴乃は少し恥ずかしそうにしてぼそぼそっと言った。
「あっ、ごめん。ついいつもの癖が……」
横浜に近づくにつれ、次第に車内は通勤客で混雑し始める。満員電車の中、ドアの前に一緒に立ち、一緒に押し揉まれ、終点でドアが開くと人の流れに任せ一緒に降りる。そして私たちが通う学校の最寄を通る別の路線へ一緒に乗り換える……。そんな朝を私たちは毎日過ごしていた。
「そうそう、百合絵、部活は慣れたかー」
琴乃は歩きながら、ふと、尋ねてきた。
「まあー、何とかねー」一応私の部活の心配をしてくれるんだなと思いながら、私はそう言った。
「ふうーん、そうか。まっ、友達作り頑張れよなー」
そう言って琴乃はそっぽを向いてしまった。
「はいはい、言われなくてもわかってますよー」
私はぶっきらぼうに言ったけど、実は内心、少しうれしかった。琴乃は私のことをいろいろ考えてくれているみたいだった。
いつも通りの授業中、期末試験もそこそこの出来で無事に終わり、もうすぐ夏休みが始まろうとしていた。そんなこともあってか私は、授業内容そっちのけで考え事をしていた。
突然、ポンッと頭に何か当たった。私の頭に当たったそれは目の前にポトッと落ちた。消しゴムだった。
「あーあ、またかよー」
そう言って私は二列後ろの席に座る男子を見た。彼は謝るポーズをしている。
また当ててきたなー、舟渡啓介!
ここ最近、消しゴムやら付箋の束やら、何かと彼の物が私に当たってくることがあった。今日はいつも通りの使いかけの消しゴムのようだ。
「もしかして、私に気がある……? いやまさか。誰だかは知らないけど彼は彼女持ちみたいだし……、いくら女子力が向上したって、見た目までは変わらないし……」
私は先生に見つからないように彼のいる方向へその消しゴムを投げた。
「今日の晩御飯……、どうしようかなー?」
気を取り直し、私はまたぼんやりと考え始めた。最近私は、料理にはまっている。休みの日の昼ごはんはもちろん、平日の晩御飯まで私が用意することもあった。何がきっかけなのかはもちろんわかっていた。昔の私なら、お腹がすいたら母に頼んで任せっきり。休みの日にはほとんど自室にこもり、何をやっても何もならない、というネガティブ思考のおかげで、ぼおーっと過ごすだけの毎日を送っていた。だけど今では、料理や裁縫を楽しみ、休みの日も食材や裁縫用具を買いに頻繁に外出をするようになっていた。そう、家庭科部のおかげで、私はインドア志向とネガティブ思考のハイブリッド状態から脱却しようとしていたのだ。
〈回想〉
四月も終わり、桜並木もやや緑色に染まっていたある日の帰り道。
「んー、百合絵の部活、何がいいかねえー」
琴乃は悩んでいた。
「何でもいいけど、楽なのがいいなー、どうせ何やってもうまくなんかならないし」
いつも通りの楽観的な態度で私は答えた。
「楽なのって……、ていうか百合絵、まずはそのネガティブ思考をどうにかしろよな」
「えー、何よそれー、ネガティブ思考って……、いつも通りの私じゃなーい」
突然の琴乃からの指摘に、私は驚きと反抗心を露わにした。
「ふうーん、じゃあ何でいつもそんななんだ?」さらっと訊き返してきた。
「えっ、だってー……、私なんて美人でもないし、可愛くもないし、モテないし、成績だって普通……、いや、若干低いし、昔からドジっばかりして笑われてるし、取り柄なんて何一つないし……」
わかってはいたことだが自分で口に出すとますます嫌な気分になってきた。
「何言ってんだよー、そんなことばっか気にするから悪いんだよ、それが他の人にはない自分だけのチャームポイントだと思っちまえばいいんだよ」
「で、でも……」
「でもじゃない、そんなんだから友達出来ないのよ」
困惑する私を横目に、琴乃はいつも通りの淡白な口調で言った。
「あっ、ちなみに百合絵、休みの日は何してるんだ?」
ひらめいたかのように、また私に質問攻めをした。
「あっ、あー……、部屋でテレビ見て……、スマホでゲームして……」
「それで……、他には」
「あー、あとはー……」
「う~ん……」
「……わかった、もういい。百合絵、やっぱりおまえは女子力をつける必要がありそうだな」
「女子力ー? 何よそれー?」
「いいからいいから、百合絵みたいなぐうたら女子を治療するためには必要不可欠だ」
琴乃そう強く言い聞かせると、「運動部も考えてみたけど、今の百合絵じゃ無理だわ……。百合絵、とりあえず家庭科部にでも入っておけ」と言い放った。
――そんなことで私は家庭科部員になってしまったのだが、これが意外と面白かった。ゲームなどで細かい作業に慣れていたことも奏して、部のメインの活動である裁縫や料理は私のツボにはまってしまったのだ。しかも部長や先輩たちは、たまにドジをする私を快く受け入れてくれ、他の部員とも和気あいあいと過ごすことができた。そんなこともあり、今となっては余暇でも裁縫や料理を楽しむようになっていた。こうして私は、以前にもまして充実した高校生活を送るようになり、琴乃が考えているであろう理想の女子に近づいてきたのであった。
「やっぱり、琴姉の読みはすごいわ……」
「あーあ、こんな日ばかりじゃいやだなー、髪もまとまらないし……」
車窓に当たってはじける雨粒を見ながら、私はいつもの……、いや、いつもよりかは少しきれいかもしれない電車に乗っていた。
「おっはー」そう言って琴乃は今日も次の駅で乗ってきた。
あんなにめんどくさがっていた私も、今では立派な家庭科部員。そんなわけで私たちは昔のように一緒に帰ることが難しくなっていた。だから今ではこうして、一緒に登校しているのだ。
「琴姉ー、おはよー」
いつもの調子で返事をしてしまった。
「しーっ。電車の中でそれは勘弁してくれよー」琴乃は少し恥ずかしそうにしてぼそぼそっと言った。
「あっ、ごめん。ついいつもの癖が……」
横浜に近づくにつれ、次第に車内は通勤客で混雑し始める。満員電車の中、ドアの前に一緒に立ち、一緒に押し揉まれ、終点でドアが開くと人の流れに任せ一緒に降りる。そして私たちが通う学校の最寄を通る別の路線へ一緒に乗り換える……。そんな朝を私たちは毎日過ごしていた。
「そうそう、百合絵、部活は慣れたかー」
琴乃は歩きながら、ふと、尋ねてきた。
「まあー、何とかねー」一応私の部活の心配をしてくれるんだなと思いながら、私はそう言った。
「ふうーん、そうか。まっ、友達作り頑張れよなー」
そう言って琴乃はそっぽを向いてしまった。
「はいはい、言われなくてもわかってますよー」
私はぶっきらぼうに言ったけど、実は内心、少しうれしかった。琴乃は私のことをいろいろ考えてくれているみたいだった。
いつも通りの授業中、期末試験もそこそこの出来で無事に終わり、もうすぐ夏休みが始まろうとしていた。そんなこともあってか私は、授業内容そっちのけで考え事をしていた。
突然、ポンッと頭に何か当たった。私の頭に当たったそれは目の前にポトッと落ちた。消しゴムだった。
「あーあ、またかよー」
そう言って私は二列後ろの席に座る男子を見た。彼は謝るポーズをしている。
また当ててきたなー、舟渡啓介!
ここ最近、消しゴムやら付箋の束やら、何かと彼の物が私に当たってくることがあった。今日はいつも通りの使いかけの消しゴムのようだ。
「もしかして、私に気がある……? いやまさか。誰だかは知らないけど彼は彼女持ちみたいだし……、いくら女子力が向上したって、見た目までは変わらないし……」
私は先生に見つからないように彼のいる方向へその消しゴムを投げた。
「今日の晩御飯……、どうしようかなー?」
気を取り直し、私はまたぼんやりと考え始めた。最近私は、料理にはまっている。休みの日の昼ごはんはもちろん、平日の晩御飯まで私が用意することもあった。何がきっかけなのかはもちろんわかっていた。昔の私なら、お腹がすいたら母に頼んで任せっきり。休みの日にはほとんど自室にこもり、何をやっても何もならない、というネガティブ思考のおかげで、ぼおーっと過ごすだけの毎日を送っていた。だけど今では、料理や裁縫を楽しみ、休みの日も食材や裁縫用具を買いに頻繁に外出をするようになっていた。そう、家庭科部のおかげで、私はインドア志向とネガティブ思考のハイブリッド状態から脱却しようとしていたのだ。
〈回想〉
四月も終わり、桜並木もやや緑色に染まっていたある日の帰り道。
「んー、百合絵の部活、何がいいかねえー」
琴乃は悩んでいた。
「何でもいいけど、楽なのがいいなー、どうせ何やってもうまくなんかならないし」
いつも通りの楽観的な態度で私は答えた。
「楽なのって……、ていうか百合絵、まずはそのネガティブ思考をどうにかしろよな」
「えー、何よそれー、ネガティブ思考って……、いつも通りの私じゃなーい」
突然の琴乃からの指摘に、私は驚きと反抗心を露わにした。
「ふうーん、じゃあ何でいつもそんななんだ?」さらっと訊き返してきた。
「えっ、だってー……、私なんて美人でもないし、可愛くもないし、モテないし、成績だって普通……、いや、若干低いし、昔からドジっばかりして笑われてるし、取り柄なんて何一つないし……」
わかってはいたことだが自分で口に出すとますます嫌な気分になってきた。
「何言ってんだよー、そんなことばっか気にするから悪いんだよ、それが他の人にはない自分だけのチャームポイントだと思っちまえばいいんだよ」
「で、でも……」
「でもじゃない、そんなんだから友達出来ないのよ」
困惑する私を横目に、琴乃はいつも通りの淡白な口調で言った。
「あっ、ちなみに百合絵、休みの日は何してるんだ?」
ひらめいたかのように、また私に質問攻めをした。
「あっ、あー……、部屋でテレビ見て……、スマホでゲームして……」
「それで……、他には」
「あー、あとはー……」
「う~ん……」
「……わかった、もういい。百合絵、やっぱりおまえは女子力をつける必要がありそうだな」
「女子力ー? 何よそれー?」
「いいからいいから、百合絵みたいなぐうたら女子を治療するためには必要不可欠だ」
琴乃そう強く言い聞かせると、「運動部も考えてみたけど、今の百合絵じゃ無理だわ……。百合絵、とりあえず家庭科部にでも入っておけ」と言い放った。
――そんなことで私は家庭科部員になってしまったのだが、これが意外と面白かった。ゲームなどで細かい作業に慣れていたことも奏して、部のメインの活動である裁縫や料理は私のツボにはまってしまったのだ。しかも部長や先輩たちは、たまにドジをする私を快く受け入れてくれ、他の部員とも和気あいあいと過ごすことができた。そんなこともあり、今となっては余暇でも裁縫や料理を楽しむようになっていた。こうして私は、以前にもまして充実した高校生活を送るようになり、琴乃が考えているであろう理想の女子に近づいてきたのであった。
「やっぱり、琴姉の読みはすごいわ……」
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