上 下
27 / 29
十一章 大人たち

しおりを挟む
「ね~っ、最低でしょ? うちのお父さんとお母さん」
「はははっ、まあそうかもな」

 いよいよ文化祭本番がスタート。高校生活最後の文化祭。とはいうもののたった一日の開催だし、特に行きたい出し物があるわけでもなかったし。そういうわけでこの日私と琴乃は午後に予定していた自分たちのシフトの時間まで二人一緒に行動することにした。途中、真妃と秦野の不釣り合い仲良しカップルを見かけたのだが、彼女たちも二人きりの時間を楽しんでいるみたい。邪魔するのは悪いと思い目であいさつをしてそのまま見なかったことにすることにした。そして気になる琴乃はというと……やはり昨日までと同様、仲良しカップルを目にしてもブチギレることもなく、何事もなかったかのように平常心を保っていた。そしてほんの少しではあったが、私と友好的に話をしてくれるようになっていたのだった。

「ったく……ほんと、何が若気の至りよ! 冗談じゃないわ!」
「ははははっ。まあでもいろいろ貸してくれるんだろ、百合絵の母さん。なんだかんだいい親でうらやましい限りだ」
「まあ、それはそうかもしれないけど……」

 いい親? うちのお母さんが? 使い古しのコスメの貸し借りなんてどこの母と娘もやってるんじゃないの?

「あっ、百合絵にねーさん。ちーっす」

 そんなことを考えていると聞きなれた声がした。とはいうもののクラスも文理も違うということもありここ最近まともに直接話をしていなかったので少しだけ新鮮だった。

「あーっ、綾子!」
「よっ! なんか久しぶりだね。ねーさんと何話してたの?」
「あっ、おまえか。ねーさんって呼ぶのはやめろとあれほど」

 久しぶりに見る綾子の姿に喜びを隠せなかった私だが、隣の琴乃はNGワードである『ねーさん』という呼び名で呼ばれてしまい相変わらず不機嫌そうだった。すっかり先ほどまで琴乃と何の話をしていたのかすら忘れてしまいそうなほどだった。

「えーっ、秘密? 若気の至りとか言ってたけどますます気になっちゃうじゃなーい」

 あっ……。
 そうだったあの話……。琴乃の方を見ながら私は一瞬固まった。

「綾子、悪いがおまえには関係ない。悪いが別のこと話そうぜ」
「え~っ。ねーさんケチくさっ! ね~、お願い百合絵~っ、絶対秘密にしておくからさ~」

 少しだけ申し訳なさそうにペコっと頭を下げる綾子。別にそこまでしなくてもいいのに。正直さっきのことは今となっては結構どうでもいいことだと思っていたし、それ以前に大切な友達に隠し事をするのは後ろめたかった。

「別にいいけど。あっ、ちょっとだけびっくりしちゃうかもしれない」
「えっ……いいのか?」
「あっ、うん」
「サンキュー百合絵! やっぱねーさんとは違うね。で、なんなの?」

 あっけにとられる琴乃をよそに、私は先ほど琴乃に話した話を綾子にも話した。


「……なんか……、ごめん」
「ううん、別にいいよ」

 話を終えると、場の空気がしんみりと静まり返っているのを感じた。先ほどまで楽しそうにしていた綾子もすっかり落ち込んでしまっているようだった。

「なんか芸能人の不倫とか、そんな楽しい話題だと思ってたら……。なんか悪いことしちゃったわ」
「綾子ったら~。大丈夫だよ~、そんなに深刻にならなくても」
 相変わらず綾子を気遣う私に琴乃が声をかけた。

「なんか……百合絵。おまえすごいというか鈍感というか……、さっきまではあれほど嫌そうにしてたのに」
「う~ん、なんていうか……もう慣れちゃった。まあでもとりあえず、これでうちが親ガチャハズレっていうのは確定でしょ? ねっ、綾子」
「親ガチャハズレね~。でもあれでしょ? なんだかんだ普段からいろいろしてくれてるんでしょ、百合絵のパパとママ。さっきだってママがコスメ貸してくれるとか言ってたし。パパさんの方もなんかないの?」
「う~ん、お父さんね。なんかうちのお父さんも秦野みたいにカメラとか写真がどうこう言ってきてしつこくて……。あっ、でもこの前のオンライン授業始まる前ミニ琴姉プレゼントしてくれたんだっけ」
「はっ⁉」「えっ⁉ ねーさん?」
「あ、ごめん、つい……。お父さん、めちゃくちゃ頭いいパソコン作ってくれたの」
「百合絵、おまえ……」
「まじか~っ、いいな~。パソコンって結構値段するんしゃな~い? てか百合絵、何よ『ミニ琴姉』って、超ウケる~っ」

 つい口が滑ってしまい琴乃と綾子を驚かせてしまったが、まあ確かによくよく考えてみたらお父さんも一応私のために何かしてくれてはいるようだった。

「綾子は何かないの?」
「うーん、うちは別に何も。予備校とか習い事のお金は出してくれてるけど、それ以外は全然よ。完全お小遣い制で服やコスメとかのお金も全部そっからだし。あ~、あたしも正直金欠なんだよなー。ほんと、百合絵がうらやましーわ」
「ええっ、そんな……うちだって」
「はぁ~っ、あ、そうだ、ねーさんは?」
「あ、そういえば……。そういえば琴姉のお父さんとお母さんってどんな人だっけ?」
「えっ、百合絵ねーさんと幼馴染なんでしょ? 知らないの?」
「うん」
「マジかー」

 そういえばそうだ。よくよく考えてみたら、何年も琴乃と付き合っている割には彼女の父と母のことについて全くと言っていいほど知らなかった。強いて言えばお父さんがお堅い仕事についているとかその程度のことだった。私も特に気にしていなかったし、琴乃の方も全くそんな話題を出そうとしなかった。勇逸無二というべき幼馴染のことだということもあって考えれば考えるほど興味が湧いてきてしまうのだった。

「琴姉?」

「おまえら……どうやら開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったようだな。――まあいいだろう。百合絵も秘密話したんだもんな。私も話してあげよう」
「ねーさん何よそれーっ。どんだけすごいパパとママなのよ? もしかして、親ガチャSSR?」
「いや、その逆だ。百合絵、おまえ親ガチャハズレとか言ってたけど、そのレベルでハズレとか言ってもらっちゃ困るな」
「えっ?」
「ふっ、私の親ガチャなんか、ハズレどころか闇だらけでハズレもクソもないからな。まあいい、要は簡単に言うと私の今の親父、実は実の父親じゃないんだ」
「えっ……ななっ⁉」

 一瞬冷や汗を感じてすぐさま隣の綾子を見る。やはり彼女も同じだった。綾子としばらく目を見合わせると、すぐに琴乃の方へと目線を戻した。

 琴姉のお父さんが実のお父さんじゃないって⁉ 何その超特大級の新情報!

「ふ~っ……。まあもとはといえば、すべてあのババアが悪いんだが」
「えっ……ババアって、お母さん?」
「ああ。まああんなやつ母親でもなんでもねえよ。生物学的に私を産んだ女ってことだけだ」
「そ、そんな……」

 すでに琴乃の口から飛び出す話の理解に追われいっぱいいっぱいになっていた私は、ほとんど言われるがまま彼女の話を聞き続けた。

「まああのババアさ、若いころから結構いろんなヤバい男と付き合ってたらしくて。で、当時付き合ってたそいつがさ、ババアが妊娠したってこと聞いて手のひら返したように絶縁しやがったんだ。で、その結果あいつは一人で仕方なく……。一度はどっかに捨てようかと迷ってたみたいだったが、結局できなかったそうだ」
「えっ! てことはねーさんは⁉ えっ! えっ! 超やばっ⁉」

 返す言葉がなかった。綾子も申し訳ないとかそういう気持ちを通り越して、もはや驚くことしかできなくなってしまっていた。

「あまりでかい声出すなよ」
「あっ! ごめんごめん」
「えっ……。でも琴姉のお父さん、結構お堅い仕事してるって前に……」
「まあ、さすがにこのままじゃヤバいって思ったんだろうな。私と二人っきりで数年さすらった後はなんとか市役所勤めの独身を捕まえることに成功したようで。――あーなんか自分で言っててもうんざりしてくるわ、あのクソババア」
「あ……そういうことなの」

 超特大級の秘密を聞いてしまった私と綾子は本当に返す言葉がなくなってしまった。またもや私たちは目を見合わせて固まってしまった。

「で、今でも私は生物学的な父親を一度も見たことはない。ああ、一応言っておくが、今のことはあまり広めないでくれよな」

 ブンブンブンブン!
 真顔のまま首を縦に振る私と綾子は相変わらず無言のままだった。

 琴姉ん家そんなことが……、もうレベルが……。なんか親ガチャハズレとか言っちゃって申し訳なくなってきたわ……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鉄路を辿って ~小竹さんの思い出話編~ (大学で出会ったド派手なクラスメイトの、とある疑惑)

まずる製作所
ライト文芸
 二〇二二年の四月、この春大学生になった西谷百合絵(にしやゆりえ)は、新しいキャンパスライフに心を踊らせていた。それは高校の時に家庭科部で出会った親友――神宮真妃(じんぐうまき)と同じ学校、そして同じ学部になったからだった。  これで何とかボッチにはならずに済む。そう考え安堵しながら臨んだオリエンテーション兼クラスメイトとの顔合わせでは、彼女と真妃以外の女子はみんな揃って没個性な人たちだった。  こんな女子たちとは気が合いそうにないな。そう思った百合絵は真妃と二人きりで新しい学校生活を堪能することにした。  そんな時だった。クラスメイトのド派手な女子――小竹五葉(こたけいつは)が、自分好みの変わり者だということで百合絵と真妃に対して異様に接触してくるようになった。 「最低な奴!」  憤慨していた百合絵だったが真妃の方はというと五葉とは何かと気が合うみたいだった。結果、百合絵は仕方なく五葉も入れた三人で一緒に行動するようになった。  それから数週間ほどが経った四月の終わりのある日のことだった。五葉は何かと百合絵に対し恋愛はしないのかと勧めてくるのだった。百合絵は大学受験前の冬に経験した恋愛や友人間で起こった事件に関する嫌な記憶を思い出し遠慮するが、五葉はそれでもなおしつこく勧めてくるのだった。  しびれを切らした百合絵は五葉に対し、「あなた自身が恋愛にいそしんだら?」と提案するが、どうやら五葉の方はすでに自分がモテモテで需要がある身分だと自覚しているようだった。  なんという自信家……。唖然としていた百合絵だったが、どうやら五葉は本当に小学校時代に最高三人の男の子友達と付き合っていたという経験があるみたいだった。  そして、五葉の小学校時代の思い出話を聞かされた百合絵だったのだが……、それを聞いた百合絵は五葉の過去に対しちょっとした違和感を感じてしまったのだった。  とある大学生の日常生活とクラスメイトの小学校時代の思い出を描いたお話。ド派手なクラスメイトの女子――小竹五葉の秘密とは? そして、六月になった今、百合絵が思い悩み絶望しているそのわけは? *前作(鉄路を辿って①・②・③・④)の続きとなっております。本作をお読みいただく前もしくは後に前作もお読みいただけるとよりお楽しみいただけます。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

もう一人の自分隠し

Snow wolf
ライト文芸
主人公牧田ソラは裏の顔を持っている高校生1年生で世界一とも言われていたが高校になったらそれの存在ごと消していく学園&少しの恋愛物語です。

鉄路を辿って ~営業運転編②~ (突然気になってしまったあの人と、鉄道の直通運転によって結ばれてしまった可能性)

まずる製作所
ライト文芸
*このお話は~試運転編①~の続きとなっております。よろしければ、~試運転編①~の方もご覧ください。  無意識のうちに同じクラスの男子、舟渡啓介のことを好きになってしまった西谷百合絵は、彼と相思相愛関係であることを知るとともに、なぜだか彼に対する思いが徐々に強まっていくのを感じていた。そんな百合絵は偶然にも彼と二人きりとなり、その場で互いの思いを確認しあった。  百合絵は舟渡の昔からの彼女であった的場萌花からの嫌がらせを受けながらも、彼とのこっそりデートを楽しむことが多くなっていたが、ついにその瞬間を的場に目撃されてしまう。  これを機に、的場は舟渡と付き合うことをやめ、百合絵への嫌がらせはさらにエスカレートしていった。  辛い日々に耐えていた彼女だったが、あの的場から舟渡を勝ち取ったという達成感の方が勝っていた。百合絵は上機嫌で舟渡と二人っきりで過ごすクリスマスや、女子友だけの初詣を楽しんだ。  年明け後の登校日、また的場からの嫌がらせに耐える日々が続くのかと身構える百合絵だったが、なぜだか彼女は百合絵に対する嫉妬心だけではなく過去に舟渡と付き合っていたことすら忘れてしまっているようだった。  百合絵と舟渡の恋愛生活を観察対象として楽しんでいた彼女の幼馴染でクラスメイトーー寒川琴乃はこの事態に驚愕、不信感を抱いた。そして、的場の観察・調査も行うことにした。  その結果、彼女の忘却の原因について一つの可能性に辿り着くが、それはとんでもない理由によるものであった。さらに、このことは百合絵と舟渡の相思相愛関係にも大きく関係していることであった。 「百合絵、もしかしたらおまえもあいつと同じように舟渡との記憶が消えてしまうかもしれない」 「えっ! そんな……、嘘でしょ⁉」  とある私鉄沿線に住む女子高生の日常を描いたお話。彼女の恋の結末は? そして、恋心を抱いてしまった理由とは? *こんな方におすすめいたします。  首都圏の鉄道に興味のある方  現実世界の出来事をもとにした二次創作寄りの作品がお好きな方

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...