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二章 新たな日常

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「西谷さん。そこは判別式を使ってみて。負になるはずよ。だから交点はなし。つまり点CとDは存在できないからこの問いの答えは×。わかった?」
「あ……、うん」
 この日の昼休みも、私と萌花は一つ同じ机に向かい合って問題集とにらめっこしていた。まあ、どちらかというとにらめっこ状態になっているのは私の方で、萌花の方は余裕そうなそぶりでシャーペンを走らせ、私の専属家庭教師状態になっているのだったが。

「あ~、終わった。じゃあ答えは×、○、○、×、面積は34.7」
「はい、正解。よく頑張ったわね」
「ふ~っ、とりあえずこれで課題の方は一安心」
「あっ、じゃあさ、今日の帰りはどうしよっか? またあのお店行っちゃう? なんかこの前覗いたら、新しい夏物コーデ特集とかあったんだけど、どう?」
「うん! もちろんいいよ。だって萌ちゃん、私と違っておしゃれ上手じゃな~い。いろいろ参考にさせてもらっちゃおうかな~」
「まぁっ、西谷さんったら」
「ふふふっ」

 そして勉強会が終わった後は……、今日もいつも通りのおしゃべりタイムに花を咲かせるのだった。どうやら萌花が言うにはいつものお気に入りの洋服屋さんに新商品が入荷したようだ。美的センスが皆無だと自覚している私は、こんなふうに普段の彼女との何気ないデートを通してより魅力的な女子になるための知恵の一つ一つを得られることを楽しみにしているのだった。まあ、そんなこと以前に彼女と一緒にいること自体が私にとっての楽しみであり癒しであるのだけれども。

「おっ、少しは頭よくなったか~?」
「あっ、琴姉」

 突然の低い声に驚く私。先ほどまでかわいく甘ったるい声に包まれていたのだからそのギャップはなおさらだった。

「何の用?」
「いや、今日も頑張ってるな~って思って見に来ただけ」
「何よそれ、どうせまた観察しに来たんでしょ。用がないならあっち行って。しっしっ」

 私は不機嫌になりながら手の甲を突き出し低音の声の主を追い払った。

「あらっ? 西谷さん、寒川さんが可哀そうよ、そんなこと言わなくても……」
「いいのよ、琴姉、どうせまた私たちの観察記録付けて楽しみたいだけなんだし、萌ちゃんもいちいち記録されるの嫌でしょ?」
「そうだけど……、ん~まあいいわ。西谷さんがそこまで言うなら西谷さんたちの交友関係はそっとしておくわ」
「あっ、うん、よろしく~」

 萌花ってなんだかんだ言って友達思いの面があるんだな~。あんな観察魔の琴姉なんかどうでもいいのに。
 そう思っていた矢先、目の前に二人の女子が集まっていた。

「萌花ちゃん、今日も彼女さんと一緒?」
「あっ、優希ちゃんにあおちゃん。うん、そうだよ」
「へぇ~、それにしても萌花も変わってるね~。ふつう付き合うって言ったら男子なのに……」
「あっ、こんにちは……」
「あ~、ごめんごめん。別に西谷さんが萌花と付き合ってるのが変とか、そういうことじゃないからね」
「あっ、うん」
 萌花のクラスメイトの友達、優希と葵だ。萌花と彼女たちはいつも楽しそうにわいわいがやがやしている。萌花は私と二人っきりの時はこちらにべったりだけれど、優希と葵たちがやってくると途端に彼女たちの方ばかり……、つい虚無感を感じてしまうのだった。やはり萌花の友達思いな一面が功を奏しているからなのかは知らないが、友達の数という点においては私よりも一歩先を歩いているのだった。

「あっごめん、じゃあ西谷さん、また放課後ね~」

 萌花と別れ、私は一人廊下を歩いていた。
「あ~あ……、いいな~」
 いくら私には萌花がいるからって、彼女は彼女、本音を言えばそれとは別に同じクラスで気楽に打ち解けあえる仲間が欲しかったのである。まあ、現在の私には真妃と綾子、そして幼馴染の琴乃という仲間がいるけれども、真妃と綾子は別のクラスだし、琴乃に関しては私をからかったり観察したりしてくるので正直なところ気楽に打ち解けあえるという感じではなかったのだ。
 そんな願望に苛まれ上の空になっている私に、突然衝撃と厭味ったらしい声が響いた。

 ドンッ!
「ちょっと! どこに目ぇつけてんのよ!」

 出た。辰巳由美だ。彼女は私たちB組のホームルーム委員。頭脳明晰なメガネっ子なのだけれど私にとってはどうでもいい、……いや、どちらかというと厄介な存在だった。私の成績が悪いせいで定期試験の得点のクラス平均が下がってるとか、授業中にぼうっとしているから各教科の先生にB組は変なクラスだとうわさされているとか、根拠もないようなことを言い出してはいちいちケチをつけ、まるで私のことを厄払いしているかのような言動ばかり見せつけてくるのだった。確かに私の側にもいくらか原因があるのかもしれないけど、なぜここまで嫌われなくてはいけないのか、今一つよくわからなかった。

 あ~あ、真妃たちのいるD組にクラスに替えできたらな……。

 遠ざかりながら風になびいて揺れている彼女の艶めいたロングヘアーを見ながらそんなことを思ってしまうのだった。
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