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十九章 もう絶対!

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「はい、それじゃ、今日は百六十七ページから」
「はーい」

 やっぱり今日も、放課後はおなじみの数学。私の隣の机に腰掛け、横目で私を眺める琴乃。そして私は普段のように目の前の問題たちに打ち込んでいた。

 サラサラサラサラ……。
 目の前のシャーペンを走らせ、私は目の前の文字たちに視線を向け、ただでさえ回転が遅い頭をぐるぐると回していた。
 そして一行計算式を書いたかと思うと、それを計算し、その下にさらに一行……。気づけばあっという間に目の前の白紙は数式で埋め尽くされていた。

 よし、答えは7ルート3x、5yプラス26、と……。

「終わったよ」
「ああ……ご苦労さん」

 私の方を見て手に持っていた本を置き、スマートフォンに持ち替えてストップウォッチを止めると、琴乃は私から答案用紙を受け取った。

「おっ、少しは早くなったか? まっ、でも油断するなよ」
「へへっ」

 赤ペンに持ち替え答案用紙を眺める琴乃を私はぼうっと眺めていた。

 まっ、琴姉も恋の一つや二つくらいするよね。仕方ない、あまりストレス抱え込まないように言うこと聞いてやるか。
 赤ペン赤をサラサラとは知らせる彼女を見ながら、私はついにやけてしまった。

「終わった。まあまあじゃねーか。……ってなんだよ、気持ち悪いなー」
「あっ、ごめんね。ふふっ」
「ったく……。まあでも集中力も出来も少しはよくなってきたかな。大した間違いはねーから、さっさと解説してやる」

 そう言って琴乃は椅子に座り、私の方を向いて赤ペンを持ちながら問題集の方を指さしてきた。

 はいはーい、恋する乙女の琴姉ーさん。よろしくお願いしまーす!

 あれ以来、見違えるように気が楽になった。もう彼女を観察し続ける必要もなくなった。今日も私は素直に琴乃の言うことを聞いてあげるのであった。


「あれっ? 西谷、よくできてるじゃないか」
「えへへっ、琴姉ーにも数学教えてもらってるからね」
「あ~そうなんだ。前は苦手とか言ってたから驚いちゃったわ」
「ふふふっ」

 琴乃の特訓を真面目に受けていたおかげで、昼休みの舟渡との勉強会でもその変化を実感するまでになった。以前はちんぷんかんぷんだったベクトルと不等式の部分の問題も、八割から九割程度の正答率をたたき出し、舟渡を驚かせてしまったのであった。今日まで私にいろいろ教えようと準備していたかもしれない彼には申し訳なかったけれど、乙女心を持っているとわかった琴乃のおかげで私は少しだけ成長できたのだった。

「まあいいや。じゃあ……どうしようか? 今日は統計のとこでもやろうか? ここも結構ややこしいからな」
「は~い、それでいいで~す」

 舟渡との勉強会、この日の昼休みも私と彼は図書室で教科書と問題集を囲み二人で必死に頭を回していた。


 チャリーン……。
 そんな好調子の日々が続いていたある日の中休み、ぼうっとしていた私のポケットから何か鳴ったような音が聞こえた。

 なんだろう……。……えっ、今日も?

 スマートフォンの画面に表示されたメッセージを見て私は少々戸惑った。それは綾子からのLINEだった。

 えっ。真妃ちゃん今日も休みなの? いったいどうしたのよ?

 焦りながらメッセージを送り返すも、結局その原因はわからなかった。綾子もよくわからないようだった。

 どういうこと?

 これでもう三日連続。真妃は学校を休んでいることになる。しかも突然、連絡一つもなく。

 もしかしてココア……? いやそれでも連絡の一つや二つしてきてくれるはず。それにもしそうだったら真妃や綾子がいるD組全部学級閉鎖になってそれどころじゃなくなってしまってるはず。
 じゃあ、いったい……?

 ふと私は、以前D組で見た真妃と綾子の姿を思い出した。それは睦子の世界史話をノートにメモしながら熱心に聴いて会話を弾ませている二人の姿だった。楽しそうな女子たちのおしゃべりタイムにも見えた。しかし彼女たちのあの時の瞳からはどこか真剣さが感じられたのだった。

 やっぱ受験勉強か。もう家庭科部の活動もなくなっちゃって、毎日勉強と試験ばかり……。そうだよな~、私だってストレスで死にそうだよ~。

 チャリーン。
 そんなことを考えていると、綾子からメッセージが届いた。

 やっぱおやつの食べ過ぎじゃない。この前も昼休みにケーキ食べすぎちゃっておなか壊して五時間目欠席しちゃってたし(笑)。

 ぷっ! 真妃ちゃんったら~。まあ、それならいいけど……。

 なぜだか綾子のしゃれた回答が異様に腑に落ちてしまった。


「真妃っ!」
「あっ……百合ちゃん」

 翌週の月曜日の朝、私はとうとう真妃に直接会うことができた。彼女のクラスのD組の教室で、そしてそこには綾子もいた。

「どうしたのよ? 連絡もしてくれないなんて」
「うふふっ……、ごめんね。心配かけちゃうと悪いから」
「も~、別にそんなのいいのに。大丈夫?」
「うん。ちょっとケーキとかシュークリームとか食べすぎちゃって、具合悪くなっちゃっただけだから」

 マジかっ……!
 綾子の言う通りだった。驚きながら綾子の方を見ると、彼女はウィンクをして得意げにピースをしていた。

 綾子すげーっ……。というか真妃ちゃんも真妃ちゃんだな~、そんなになるまでスイーツ食べちゃうなんて……。

「うふふふっ、じゃあ綾ちゃん。よかったら休んだとこの板書……」
「あっ、OKOK。じゃあ図書室のコピー機使おうか。じゃあ百合絵、ちょっと私たち図書室行ってくるから、またね」
「あっ、うん」
「百合ちゃん、またね」

 にっこりとした表情で綾子と真妃は廊下の方へ駆け出して行った。そして私は一人、D組に取り残されてしまった。
 誰もいない教室のドアの方を呆然と眺めている。なぜだか、たった今見たばかりの笑顔になりながら走り出す真妃の姿が頭の片隅から離れなかった。

「あーあ。ボッチか……」
「あの~、私がいますけど……?」
「えっ⁉ わわっ!」バタンッ!

 突然の耳元のささやきで驚いて転んでしまいそうになった。壁に寄りかかりたじろぐ私を見て、やはりマルーン色のポニーテールの彼女は無表情だった。

「うふふっ。おはようございます」

 どうやら睦子は、私が想像していたキャラとは全く別人のようだった。
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