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十九章 もう絶対!

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 あ~あ……、この前は琴姉怒らせちゃったな……。……今日は……はぁ~っ水曜か……。今夜は予備校……、明日は琴姉の特訓……。ほんと毎日毎日疲れるわ。

 この日も、私は一日中、今日これからの予定のことを考えうんざりしていた。時計を見るもまだ二時間目の時刻。すでに頭の中では午後のような疲労感を感じていた私は今日も憂鬱になってしまった。

 まあでも、もうすぐ冬休みだし……いやでもその前に期末考査が……。あーまったく……。

 考えれば考えるほど憂鬱になってきてしまう。三年生はなぜこうも試験が多いのだろうか、大学受験も入れるともうこの先、月に一回は試験という名のつくものを攻略することになる。本当にこんなことばかりしていたらそのうち倒れてしまうかもしれない。タダでさえバカな頭を無理に回して何とか苦手な勉強乗り越えてるというのに。

 本当に……すごいよな~。
 最近は嫌でも勉強を長時間することに慣れてきた私でも周りを見ては感心してしまう。周りのクラスメイトたちは私以上にすごかった。一言も話さず、ただ目の前の黒板と先生の方か机の上の教科書とノートに視線を向けるだけだった。

 ただもちろん変わり者もいた。教科書ではなく、鉄道写真ばかりの雑誌を開いてはそれを見てにやついている男子だ。まあ、彼の場合は例外なのだろう……いろいろな意味で。

 本当に、進路どうするのかしらね……。

 昼休みになり、今日も琴乃と一緒に、と考えていた私だったが、なぜだか左斜め前の席の琴乃は四時間目の授業が終わった瞬間「ごめん」と一言だけ投げ捨て教室を後にしてしまった。珍しいこともあるものだ。せっかく観察してあげようと思っていたところだったのに。
 舟渡との勉強会もなく、私は久しぶりのボッチ飯を思う存分楽しむことにしたのだが、お弁当を開けて少しだけショックを受けた。

 今日のおかずはおでんか……。おでんっていろんな具が入ってるから案外当てにくいんじゃないか? あ~あ、今日おかずのあてっこしてたら勝てたかもしれないのに。

 ふとそんなことを考えてしまったものの、おでんの中のこんにゃくとちくわと玉子は個人的に隠れた大好物だった。すぐに開き直った私はそれを丸ごと口の中に放り込んだ。

 あ~うまい! 味もおいしい。お母さんも案外料理うまいのね。あっ、出来合いのかもしれないけど……。
 口の中におでんのかつおだしの香ばしい香りとプルンとしたこんにゃくの食感が広がる。なんという幸せなのだろうか。

 そんなことを考えていた時だった。

「なあ西谷……、ちょっといいか?」
「えっ?」

 それは秦野の声だった。先ほどの授業中や休み時間に見せていたにやけ顔はどこかへ消えてしまい、少しだけ暗い顔をしていた。

「どうしたの?」
「なあ西谷よ~。最近真妃ちゃんがな~、なんか元気ないようなんだがどうしたらいいんだ?」
「えっ?」

 それは真妃のことだった。突然のことで驚いてしまったがすぐに冗談交じりに返した。

「そんなの決まってるじゃない。どうせまた無理やり電車の撮影に付き合わせたりとかそんなことばかりしてるんでしょ。そんな振り回してばっかじゃ元気なくなって当然でしょ」
「いや、それがよ~、ここ最近は全然だ。真妃ちゃんも受験が近くなって忙しくなっちゃってきちゃったしな」
「あっ、そうなの」

 いつものことかと思っていたがその勘は外れてしまった。おでんのちくわを咀嚼しながら呆然としていた。しかし次の瞬間、あの時の真妃の姿が脳裏に浮かんできた。

「やっぱり……。秦野くん、真妃ちゃんの様子、詳しく教えてくれない?」
「あ……ああ。でも詳しくって言ってもよ~俺だって何となくしかわかんね~んだけどな~。何か知らないけど、最近よくうつむきがちなんだ。口数も減っちゃったしな~。俺様と目もあまり合わせてくれなくなっちゃって」
「ふ~ん……」
「あっ、西谷よ~、おまえ、俺様が寒川のこと好きだってこと真妃ちゃんにばらしてないだろうな?」
「するわけないじゃない。というか私だって最近真妃ちゃんとあまり会ってないし、LINEすらほとんど送ってないし。それに第一、そんな真妃ちゃんが悲しむようなことするわけないじゃない」
「そうか~?」
「そうよ。というより、興味ない鉄道の話ばっかしてるから飽き飽きしちゃってるんでしょ、真妃ちゃん。秦野くんももうそろそろいい加減ちゃんと受験勉強したらどうなの?」
「にひひひっ、言われちまったぜ~っ。そんなこと俺様に言って心配してくれるなんて、もしかして西谷も……?」
「ちっ! 違うわよっ! ゲホッ! ゴホッ! あ~っ!」

 おでんを吸い込みそうになり、慌てた私は顔になぜだか熱を感じてしまっていた。
 全く! 秦野のやつ!

「というか結局俺様のせいかよ~、なんか他にないのかよ~?」
「あるわけないでしょ! 全部秦野くんのせい。少しは鉄道の話なんて自重したらどうなの」
「え~っ」
 不機嫌になった私はぶっきらぼうに秦野に言い放つと、目の前に残されたはんぺんを口の中に放り込みムシャムシャと咀嚼した。

 ほんとにも~っ……。でも、もしかしたら何か他にも理由が?

「あっ、そうそう、いいのを見せてやる」
 そんなことを考えていると、秦野が突然声かけてきた。いつの間にか手にはこの前見せてもらったごっついカメラが握られている。そしてやはり、そのカメラにはあの赤色っぽいお守りも健在だった。

 お守り……。もしかして、真妃ちゃんもこいつの力で?

「やっとまともに撮れたぜ~。もうすぐ卒業でお別れだからよ~、俺様が撮った貴重な写真を特別に見せてやるぜ~」
「え~、どうせまた電車の写真でしょ。もういいって」
「遠慮するな。かしわ台まで行って撮ったんだ、西谷の地元だろ? かしわ台?」
「あっ……よくご存じで……」
 苦笑いで動揺しながら答えた。思った通り鉄道の写真のようだが、まさか私の地元の駅で撮ったものだとは思いもしなかった。

「ねえ……駅まではいいけど、お願いだから家にピンポンダッシュとかはやめてよね」
「はぁ~? 何言ってんだよ~。俺様、西谷の家なんか知らね~ぞ」
「ならいいけど……」

 少しだけ安堵を感じていると、隣の秦野はカメラのディスプレイをこちらに見せてきた。
 それは何やら、黄色い電車が紺色の電車と連結してこちらに向かってきている写真だった。

「どうだ、すごいだろ。相鉄の黄色い車両がJR線までやってきて、そしてそのあと相鉄の車両をこうやってけん引してくるんだぞ。これ結構貴重なんだぞ」
「へ……へぇ~。あっ、そう……」
 何が貴重なのかなんてさっぱりわからなかった。こんなの普段見ている電車と色意外何も変わらないじゃないか。電車の前面には回送とか書いてあるけど、それ以外は全く意味不明だ。
 そんなことを思いながらも、せっかく写真を見せてくれた秦野のことを少しだけ気遣ってあげることにした。

「へぇ~、うちの地元でこんなの見れるんだ~、知らなかった~。さっき貴重って言ってたけど、これっていつ見れるの?」
「ニヒッ……。これはな~、相鉄の車両基地に工場で作られた新車を輸送するときだけ運転される貴重な列車なんだぜ~。もちろん運転される日も年に数えるほどしかない。まあ10000系の更新とかそれ以外の機会にもちょくちょく運転されるけどな」
「あ、ああ……そうなの」
「でな、これまた面白い話なんだけどよ。相鉄って私鉄なんだけど、線路ではJRとつながっててな、俺様の相模線の厚木駅のとこからかしわ台駅のとこまでこうやって……」

 すっかり得意げになっていた秦野は、いつの間にか路線図を広げ、何やら線路がつながっているとかどこが撮影スポットだとか、そんな説明をグダグダと続けてきたのだった。

「まあでも結局は下りホームの海老名寄りのエキセンに落ち着いてよ~。西谷も今度撮ってみれば? 日にち教えてやるからよ~」
「あ……あっ、結構です……」
「二ヒヒヒッ。まあそう恥ずかしがるなって」
「別に恥ずかしがってなーい!」
「ほほ~っ。まあでもあれだな、営業路線じゃね~けど、ある意味連絡線経由で直通運転してるって感じだな。俺の相模線と……、おまえの相鉄線をな。二ヒヒヒヒッ」

 超絶キモッ!
 とっさに軽い吐き気を感じた私だったがあることに気付いた。

「あれ、そういえば以前は俺様の小田急が何とかって……?」
「二ヒヒヒッ。俺様よ~、夏休みに引っ越してな、小田急線と相模線、どっちも使えるようになったんだぜ~。小田急には勝ることはないが、相模線も最近はE131が導入されたりして何かとHOTな路線なんでよ~。というわけで西谷、俺様とうとう、おまえの相鉄線もロックオンしてやったぜ~。ニャハハハハッ!」
「ウゲッ!」

 その瞬間、限界を感じた私は箸を放り投げて立ち上がり、トイレへと駆け込んでしまった。廊下を走りながらもこの世のものとは思えないほどの気持ち悪いにやけ顔が頭の中を襲ってくるのだった。


「あ~っ……、助かった……」
 ガクブルッ……。

 なんとか一命をとりとめた私はトイレから帰還し、自分の席へ着いた。目の前には空になったお弁当箱がそのままの状態で置かれていた。

 あっ、もうこんな時間……! ったく~!
 気づけば周りの皆はすでに着席しており、机の上には教科書やノートが置かれていた。渋々私は目の前のそれを片付け、カバンの中をあさり始めた。


「So, the ex-president said the United States of America was become...」

 ほんと何なのよ! 秦野のやつ! ただの鉄ヲタだと思いきやこんなにも変態だとは思わなかったわ!

 教室に響き渡る先生の英語を聞き流しながら、私はまだ不機嫌になりながら心の中でぶつぶつとつぶやいていた。

 だいたい……「俺の相模線」って、相模線はおまえだけのものじゃねえっつーの! いや違う。俺のとか私のとかって、あくまでも秦野とか私の最寄りのってことだよね? うん、絶対そう。 ……というか変な意味とか一切抜きにしてそうだと思いたい。もしそうじゃなかったら……あ~考えるだけで鳥肌が立ってくるわ!

 再び寒気を感じてしまった私は、両手をクロスし腕をさすりながら目の前の英語だらけの教科書に視線を落とした。

 ――その時だった。

 最寄り……? えっ?

 突然、なんだかよくわからない引っかかりを感じた。

 最寄り……、直通運転……。なんかどこかで……。

 どこかで聞いたことがあるような、そんな感じが否めなかった。そして、私はひらめいた。

 そうだ! そういえばあの時!
 とっさに私はポケットの中に手を突っ込んでスマートフォンを取り出すと慌ててロックを解除し写真フォルダをタップした。

 ――そしてある写真を見て、スワイプし続ける指を止めた。

 間違いない! これだ! これに書いてあったんだ!

 そう思い私はその写真の中の文字を凝視した。

 ということは……もしかして⁉

 すぐさま私はスマートフォンを机の中にしまうと机の上の教科書の端にはみ出ていた白色の紙を見つけて、雑にそれをつかんだ。それは先ほど秦野が置いていった路線図だった。

 え~と……相模線、相模線、相模線……。

 知りたいことはたった一つだったが、見慣れないそれに私は戸惑った。しかしご丁寧に、先ほど秦野が赤ペンで書き入れてくれていたようだった。路線図にはない線を。そしてすぐにそれを見つけた私は、その線が相模線の厚木駅と相鉄線のかしわ台駅を結んであることを確認した。

 やっぱりそうだ……。相鉄線と相模線……。相鉄線……これは私が普段使っている路線だ……。
 そう、私は相鉄線ユーザーだ……。
 私は……。
 いや、私だけ?
 …………違う。誰か他にも……。

 その瞬間、私の中にはショートヘアーの彼女と電車の中でばったりと出会った過去の記憶がよみがえった。

「おっす、百合絵」
「おっ、めずらしいなー。今日は早く起きれたのか~?」
「やっ、おはようさん」


「ああっ!」

「Hey! M's Nishiya! Be Quiet, please!」
「あっ……」
 先生の注意とクラスメイトたちの冷たい視線を一瞬感じた。しかし、今の私はそれどころではなかった。

 琴姉……。
 左斜め前のショートヘアーの彼女の背中を見つめ、私は茫然としていた。彼女は今日も灰色のベストを着て、目の前に視線を下ろし、黙々とシャーペンを走らせている。

 高まる鼓動を感じる。そしてついに、私の中にはっきりとした一つの確信が生まれた。

 私だけじゃない。琴姉も、琴姉も相鉄線ユーザーだ! そしてさっきの秦野の話……。もう間違いない! 琴姉は絶対持っている! あの赤いお守りを! そして……絶対絶対、秦野のことを好きだと思っている!
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