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十七章 勉強まみれ

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 冬が本格的に近づいてきた十一月中旬。私の家でもとうとう暖房のスイッチが入れられ、ごちゃごちゃの押し入れからは電気ストーブが引っ張り出された。そして私の住処にも電気カーペットが装備された。

 いよいよこの時期が来たか。あ~でも掃除めんどくさっ!

 床に散らばる脱ぎっぱなしの洋服や下着、靴下をどかし、読みかけのマンガ本や参考書の数々を机の上に置き、いつ発生したのかわからないような使用済みの丸まったティッシュペーパーの塊や食べ終わったポテトチップスの袋をせっせとゴミ箱に詰め込む。そして、相変わらずごちゃごちゃの押し入れから丸まった電気カーペットを広げると、それを広げプラグをさした。

「あっ~、あったか~」

 ホカホカの電気カーペットの上で伸びをしながら抱き枕を抱え込み、スマートフォンを操作する。

 あ~、やっと少しはおとなしくなってきたか~。よかったよかった。
 世間ではこれまでと変わらずニューココアウイルスの新規感染者のニュースで一喜一憂していた。どうやらここ最近はココアちゃんもおとなしくなってきており、東京や神奈川の感染者も数十人ほどしかいないようだった。

 よかったよかった、こんな調子で私の成績も……。

 ドサドサッ!「ああっ!」
 その瞬間、机の上に積み重ねておいた本とファイルとプリントの山が崩れ落ちた。

 ぐちゃっ……。

「あ~あ……、最悪」
 げんなりしながら、とりあえず私は目の前の雪崩の中にあった一枚の紙をめくった。

「はぁ~っ、こんな時に出てくんなって」
 数週間前の日本史の小テスト。真っ赤なバツ印と右上の一桁の数字で染まった紙を目にした私は、すっかり意気消失してしまった。


 相変わらずの勉強づくめ。それに成績に一喜一憂する日々は学校にいても同じだった。まあたいていは「憂鬱」になることの方が多かったのだが……。
 朝から夕方まで理系クラスの通常の授業六時間分をこなし、それ以外の昼休みには昼食を食べ終えるとすぐにC組の舟渡のもとへ行き数学の勉強に打ち込む。そして放課後には、琴乃の成績向上特訓という名のスパルタ指導の被害者となってしまっていた。そして学校が終わってからも……週三回は夏休みから通い始めた予備校に通い、英数国の授業をこなしていた。もちろん予備校など、いくら同い年の子ばかりが集まっているといっても所詮はみんな赤の他人、というかライバル。異様な緊張感が終始張り詰めているそんな空間が楽しいわけもなく、ただただ苦痛を味わいながら学力を伸ばすためだけの場所となっていた。


「それではみなさん、さようなら~」
「「さようなら~」」

 六時間目の終わりを知らせるチャイムとともに周囲が慌ただしくなる。この日も何とか無事にで六時間もある授業を終えることができた。

「あ~っ!」
 思いっきり伸びをした。昨日は少し夜遅くまで起きてしまったので今日は一日中眠気と闘っていた。

「さっ、やるぞ」
「あ~っ……、はいはい」
 気づけば琴乃が近くにいた。今日もおなじみの数学関連の本を数冊抱えている。

 その姿を見て、私も仕方なくカバンの中から数学の問題集とノートを取り出す。

「はぁ~っ……」

 ふいにため息が漏れてしまった。もう琴乃に申し訳ないとかそういう感情はすでになかった。今日もまたあの苦痛な時間が続くのかという、そういう絶望を無意識に感じ体が自然に反応してしまった。

「なんか退屈そうだな。あっ、いいもの見せてやるぜ」
 そう言って琴乃はスカートのポケットに手を突っ込んで何やら財布を取り出し始めた。

「ん?」
「思ったより早く手に入れたぜ、ほら」
 目の前に差し出された琴乃の手のひらには何やら五百円玉が乗っかっていた。しかしそれは普段見慣れたものではなかった。

「えっ、何これ、偽せもののお金?」
「はぁ~? おまえほんとニュース何にも見てないんだな、今月から新五百円玉流通開始するって言ってたじゃん」
「そうだっけ?」

 よく見ると目の前のそのコインは、金色と少し薄めの銅色の二色に輝いていた。

「異種金属組み合わせて造幣するってだいぶ有名になってたけど」
「えっ……そうなの?」
「は~っ、せっかく見せてやったのに。まあいいや、百合絵今それどころじゃないしな。さっ、今日こそ終わらせちゃうぞ。昨日の応用問題の残り、確か二次関数だっけ? まだ終わってなかったはずだからまずはそれからだ」

 気づけば琴乃は先ほどコインを財布にしまい、また普段のように問題集をぺらぺらと開き始めていた。

 こう勉強ばかりしているとさっきのコインのことみたいなどうでもいいようなことでも気を紛らわせるという意味で恋しく思えてきてしまうのだったが……。もう今の私にそんなことは何一つとして残っていなかった。

 今日も私は琴乃の指導、いや監視のもと数学の問題集に打ち込むことしかできなかった。
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