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十五章 ヲタクとともに

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「あー、それは災難だったな~。それでこんなことになってたのか~」
「うん……」
「あ、それであれだ。3B雑談部屋ってのはこのクラスの裏LINEグループみたいなもんだぜ」
「やっぱり……」

 机の上を濡れティッシュで拭きながら秦野は言った。少しは深刻さを感じてくれているようだが、やはりどこかニヤニヤ感を感じるような顔つきだった。

「というか、俺んとこには三年が始まるときに招待来たけど、西谷のとこには来なかったのか?」
「えっ……? そんなの全然……」
「そうか~、かわいそうにな~。まっ、リーダー辰巳だから来るわけね~か。安心しろ。俺様なんて、一度は参加したけど、小田急の話ばっかしてたらハブられて一ヶ月も経たないうちに無理やり外されたからな。ある意味仲間じゃね~か」
「あ……ま、まあ、そうかもね」

 ハブられたって……。いったいどんな書き込みをしていたのだろうか。……それにしても、やはりあいつの仕業だったか。
 3-B連絡網というグループLINEがあるのは知っていて参加もしていたけど、雑談部屋なんてグループの存在は今初めて知った。やはりうちのクラスにも存在していたのか……。裏サイトのようなものが。

 机の上を拭いたティッシュを両手でくるくると丸めながら、秦野は言った。
「で、俺様と一緒に昼ごはん食べたいって?」
「う……うん」

 勢いに任せて私の方から縋りついて頼んだことなのにもかかわらず。いざ、机の上がきれいに片付いて冷静さを取り戻していくうちにだんだんと恥ずかしさがこみあげてくるのであった。頬にほんのり感じる熱と、こちらに向けてニヤニヤと視線を飛ばす秦野を感じ、私はゆっくりと目線をそらした。

「ニヒッ。喜んでOKするぜ。鉄道の話も思う存分できるしな。ありがとよっ!」
「あ、どうも……。でもごめんね、ほんとは真妃ちゃんたちと一緒に……」
「気にすんなよ西谷。真妃ちゃんとはラブラブしたいけど、そんなのは昼以外もできるしな。それにあいつらよー、弁当食った後すぐ勉強始めちゃうからよー、つまんなくてつまんなくて」
「あ、ならいいけど……」

 どうやら秦野の方も昼休みの世界史勉強会をつまらないと思っていたようで快くOKしてくれた。

 まさか、こんな鉄ヲタと一緒に昼ご飯を食べることになるなんて……。でもこれで少しは気分を紛らわして……。

 うれしいような悔しいような、よくわからない感情を抱きながら相変わらず恥ずかしがっていた私だったが、もう他にボッチを回避するすべはなかった。
 そしてこの日以降、私は仕方なく秦野と一緒の昼休みを過ごすこととなってしまった。

「ところでよー、これどうすんだ?」
 私のお弁当箱の中身を指さして秦野は訊ねてきた。中には先ほど拾ったハンバーグやチキンの残骸が入っていた。

「えっ、捨てるけど。なんで?」
「あ、食わないのか?」
「食べるわけないじゃない!」
「しゃ、ありがたくいただいちゃうぜ」
「ちょっと秦野さすがにそれは……!」

 カタッ。ひょいっ、パクパクッ!
 もぐもぐもぐもぐ……。

「う~ん、なかなかうめ~じゃね~か。ありがとよ西谷、礼を言うぜ」
「うえ~っ! もう勝手にして~!」

 とても見たくはないような汚らしい場面に遭遇してしまった私はとっさに両手で顔を覆ってしまった。


 数日たった。秦野と過ごす昼休みは想像していたほど悪くはなかった。相変わらずのにやけ顔で鉄道の話ばかり振ってくる秦野であったが、それに耐えれば何一つ問題はなかった。まあ強いて言うなら、これでとうとう周りから見れば最底辺理系カップルが爆誕してしまったというわけで、それを嘲笑するまなざしが気になるということくらいだった。

 そしてもう一つだけ私にとってプラスになることがあった。

「おい、辰巳よ。おまえん家確か平和台だったよな。どうだ、最近の副都心線は? マンナナの八連が随分と増えてきてるそうじゃないか? メトナナいなくなって泣いてんじゃねーのか?」
「はぁ~っ⁉ 消えろストーカー野郎が!」
「柳瀬、おまえは確か東上線の朝霞だったよな。東上線全然新車入れてくれねーけど、最近おもろいネタねえのか?」
「死ねよ! カス!」
「ニヒヒヒッ」

 なんと、私にとっての強敵――辰巳と柳瀬をあっけなく追い払ってしまうのである。これで不安材料は一つ消えた。そう安心しきっていた私はつい調子に乗って秦野に加勢してしまいそうになった。

 でも……なんで秦野のやつ、辰巳や柳瀬の家の最寄り駅なんて知ってるんだろう? そういえば一年の頃も私の家の最寄り駅当ててたし……。もしかして……、本当にストーカー……?
 少しだけ恐ろしくなってきた私は気分を変えて、真妃と秦野のデートについて少しだけ探りを入れてみることにした。

「ところでさ~真妃ちゃんとのデートのことだけど、最近はどこ行ってるの?」
 興味本位で訊いてみた。なんたって鉄道ヲタクの秦野と、私の大切なドジっ子友達の真妃というまたとない組み合わせだ。不釣り合いなその組み合わせに興味が湧かないはずがなかった。目を大きく見開いて秦野の方へ視線を飛ばす。

「おう! それはもちろん。お互いの行きたいところ、両方に行ってるさ」
「へ~、例えば? 最近はどこ行ったの?」
 教えてくれるかは分からなかったが、相変わらず興味本位で訊いてみた。

「そうだな~、この前は大宮の鉄博行って。……んで、数週間前はE257のAT入場とロイヤル甲種と東急の甲種があったから全部掛け持ちして……。あっ、そうだ、この前の写真、特別に西谷にも見せてやるぜ」
「いいよ別に」
「まあまあ、遠慮すんなって」
「別にしてないわよ」

 私の声もむなしく、秦野はその場にかがみこむと机の下に置いてあった何やら銀色の金属製の箱を開け始めた。

「えっ、それって……」
「はは~っ! どうだ西谷。俺様の愛機、CanonのEOS 90Dだ。どうだ⁉ すごいだろ~!」
「あっ、は、はあ……」

 何やらよくわからないがこの場に及んでカメラ自慢、しかもプロが使うようなごっついカメラ。というかなんでこんなもん学校に持ってきてるのよ⁉
 相変わらず秦野は何を考えているのか意味不明だった。カメラには全く詳しくない私は適当に相槌を打ちその場をやり過ごそうとしたが、カメラにぶら下げてある赤いものを見て一瞬目を疑った。

「秦野! それって……」
「ん、なんだ?」
「その赤いお守り!」
「ああ、これか。ははっ、これはな~、俺にとって命とカメラの次に大切なものだ。聞いて驚くなよ。このお守りはなあ! なんとあの真妃ちゃんとよ~! おそろいなんだぜぇ~! いぇぇぇ~い!」

 思い出した。これは以前私が疑問に思っていた……。
 次の問いかけを考える間もなく、私の中で一つの仮定が確証に変わった。

 間違いない。真妃と秦野はこのお守りの力で結ばれている。

 なぜだか知らないが目の前の霧がすっきりと晴れていくのを感じた。やはりあのお守りに関するメモを見てからずっと疑問に思っていた。いや、というよりも真妃のことが正直心配だったのだ。

「西谷も欲しいか? 欲しいだろ~? まっ、これだけはあげられないけどな~っ! なんせ鉄ヲタご用達のお守りなんでな~。二ヒヒヒッ」

 相変わらず上機嫌の秦野。ただでさえ気持ち悪いにやけ顔がさらに醜くなっている。その姿に内心ではドン引きだったが、彼のこの発言のおかげで一つ不安要因を消し去ることができた。まあ、その点については感謝しなくてはいけないな。

 ――ということでそろそろ本題についても訊いてみることにしよう。

「で、すごいお守り持ってることはわかったけど、どうなのよ? デートの方は?」
 ややあきれながら尋ねる私に秦野は先ほどの愛機を近づけ何やら写真を見せてきた。

「ほらこれだ。こっちがE257のAT入場で、こっちが……」
「だーかーらーっ!」

 何を言っているのか理解不能だった。秦野は何か勘違いしているのではないだろうか。

「あのさーっ、写真はもういいの! 私、別に秦野くんのプライベート活動訊いているわけじゃないんだからね!」

「おっ? 真妃ちゃんとのデートのこと訊いてるんだろ? 違うのか? 俺、デートで何してたのか教えてやってんだけど」
「うん、そうそうっ、それならよろしい。……て、えっ? ええっ! ええーっ! じゃあ、さっきの意味不明なこととか写真とかって……」
「なんだよ意味不明ってよー。俺と真妃ちゃんにとってはなー、この写真たちはよー、かけがえのない一日一日を記念する大切な宝物なんだからなーっ」

 う、嘘だろ……? 鉄博とか、甲種とか、Eのなんとかとか……。意味不明なことばかり言ってたけど、真妃はそれらすべてを攻略しているということなのか……。
 真妃のことを考えれば考えるほど焦りを感じてくる。居ても立っても居られず、私は再度問い詰めた。

「じ、じゃあ、真妃、デートの最中どんな様子だった?」
「ん? あー何だったけなー……? あーそうだそうだ、なんか「はぁ~」とか「早くしようよ~」とか結構言ってたっけな~。真妃ちゃんもうちょい体力あったらな~。あ~でもあれだぜ。真妃ちゃん、撮影が済んだらケーキとかクッキーとか買ってやるって言ったらころっと目の色変えて「うち頑張る~」とか言ってくれたっけな~」
「ふ~ん、そうなんだ。なんか結構いい感じに……って、全然よくない! ちょっと秦野! 頑張るって、それデートで女の子に言わせるセリフじゃないわよ! 何が体力あったらな~よ! も~! いったい何やってるのよ!」

 すっかりあきれ返ってしまった私はかける言葉が思いつかなかった。

 しかし真妃も真妃だ。よくこんな彼氏と一緒に何ヶ月も付き合ってられるわ。いや、二年生の時からだから一年以上経ってるのか……。うわ~っ、ゲロ吐きそう。
 自分で言うのもなんだけど、心の広さでは自負している私でさえ、何回もそんな目に遭わされたら即お別れだわ。やっぱあのお守りの力って本当にすごいんだな~。……いや、それとも、単に真妃が天然すぎてあまり苦痛だと感じていないだけ?

「おっ? どうした西谷? なんかいいアドバイスでもくれるのか?」
「いいえ、何もありません」
 抑揚もなく真顔でそう答えた私は視線を逸らすと、再び目の前のお弁当に勢いよくありついた。想像を絶する、秦野と真妃の二人きりのデートの実態を忘れようとしているかのように。

「あっ、そうそう。真妃ん家ってやっぱ、金持ちだよな~。なんか最近よ~、俺様との高校最後のデートのために最新の一眼レフ買っちゃったとか言ってさー」
「やっぱり! だよね~。やっぱ真妃って、お金持ちのお嬢様って感じするよね~。だって都心のど真ん中に住んでるんだよ。湯島だっけ、真妃ん家?」
「ご名答、千代田線のな。そんで、その一眼レフちょくちょく持ってきて俺に貸してくれるんだぜ~。どうだ~、うらやましいだろ西谷~」
「う~ん……やっぱりお金持ちだから心に余裕があるっていうかなんというか……、真妃が一眼レフか…………っておい! 秦野っ! 真妃のためよ! 即刻お守り奪って別れさせてやるわ!」


*作者注 マンナナ:東京メトロ17000系電車、メトナナ:東京メトロ7000系電車
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