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十五章 あけましておめでとう!

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「おーい! 百合絵~っ!」
「はあ……はあ……、あーっ……、ほんとにごめん、琴姉~」
「何だよ~、正月から遅刻しやがって~。その調子じゃ、どうせ今年も遅刻しまくりの年になりそうだな~」
「え~ん、そんな~」
 新年を迎えた。一月一日のこの日、私は琴乃と一緒に近所の神社で初詣のお参りに行く途中だったのだが……。
「あ~、もう何回見るんだこれ~。この古臭い鳥居……、この殺風景な境内……」
「そうだね~。今年も相変わらずだね~」
 実は私と琴乃は小学校時代に初めて知り合った時から、お正月の初詣は毎年この神社に訪れていた。そのため私も琴乃もこの神社やその周辺のことは飽き飽きするほどよく知っていた。

 チャリーン。

 突然、ポケットの中のスマートフォンが鳴った。何かと思って画面を見ると、真妃から連絡が届いていた。
「あっ、何だ?」
「真妃から、あけおめだって」真妃も私も今どきの女子高生のように互いに年賀状は送らない。全てLINEのメッセージで済ませてしまうのだった。
「あっ、ところで琴姉、私のは見てくれた?」
「えっ、あーそういえば百合絵から何か来てたっけ……。これか」
「そうそう」
 琴乃は私の夜中零時ちょうどに送ったあけおめのメッセージに今頃気づいてくれたようだった。せっかく年が変わったその瞬間に送ってあげたのに……。そうこうしているうちにまた真妃から連絡が届いた。
 ん、今度は何だろう?
 そう思いながらメッセージを見ると、どうやら真妃と綾子は一緒に浅草寺に初詣に行こうと誘ってくれているようだった。
「わあっ! 琴姉! 真妃ちゃんが一緒に浅草寺に初詣に行こうって!」
「おっ、マジか。……でも、どうする?」
「もちろん即OKよ、琴姉は?」
「ん~そうだな~。毎年毎年ここだからな~。たまには違うとこ行ってみっか」
 見慣れた神社を後にした私たちは、真妃たちが待つ浅草へと向かうことにした。

「うわ~、何だこれ……」
「うわさじゃ聞いていたけどやっぱ人すごいなー」
 こんなに大勢の人が集まっているのは初めて見た。地下鉄の車内や駅も混んでいたから多少は覚悟していたけど、地上の光景を目にしたときには一瞬めまいがしてしまいそうになった。まさか初詣でこれほど人が集まるものだとは。普段からほとんど人がいない殺風景な神社で初詣を済ませていた私にとってこの人混みはショックが大きすぎた。
「あ~っ! 百合ちゃ~ん、こっちこっち~」
「ああっ! 真妃~っ!」駅の出口のそばで真妃と綾子が待っていてくれたようだ。
 真妃も綾子もよくこんなところに来て迷子にならないな~。そう関心していたけれど、いつもとは違う派手な真妃の服装がふと目に入った。
「あっ! それ浴衣⁉ かわいいー」
「うふふふっ……、ありがとうー」
「せっかく初詣に行くんだもの。こういう時くらいしか着る機会ないしねー」
 なんと真妃も綾子も色鮮やかな浴衣を着ていた。
 普段そんなにおしゃれしない真妃たちが、まさかこんな格好してるなんて……。すっかり感心してしまった私は、近所のスーパーに買い物に行く時のような自分自身の格好と、男物のような黒っぽいコートとジーパンを履いている琴乃を見た。
「おい、何見てんだよ! さっさと行くぞ!」
「あっ、いや、何でも……」
 駅を出て、高くそびえたつスカイツリーを眺めながら人込みの中を少しばかり歩いた。雷門をくぐり、大勢の人々に交じりながら商店が立ち並ぶ通りを歩いた私たちは、再び門をくぐった。相変わらず迷子になりそうなほどの人込みで私と琴乃はやや緊張気味で常に周りに気を付けながら歩いていた。しかしそんな状況にもかかわらず、真妃と綾子はおしゃべりに夢中で楽しそうにしていた。
 いくらドジっ子とはいえ、やっぱ経験者は違うな~。というか服装からして違うからな~。もしかして真妃ってドジっ子のくせして案外思慮深いのかも。
 そうこうしているうちに本堂の屋根が見えてきた。そしてその下にはお参りをするたくさんの人々の姿が見える。
「あっ! そろそろだよ。お参りの準備してね」
「準備って、なんだ? 金か?」琴乃の言葉に綾子が呆れかえっている。
「それもそうだけど、心の準備よ。今年一年こんな年にしてくださいってお願いするのよ」
「ああ、なるほどな。……だってよ百合絵。おまえは当然舟渡のこと以外頭にないもんなー」
「ちっ、ちょっとー! 舟渡くんのこと以外にもお願いしたいことなんて山ほどあるわよ! そんなこと言って、琴姉も彼氏下さいってお願いするんでしょ!」
 琴乃の突然の無茶ぶりに慌てた。しかも啓介のことを言ってくるなんて!
「あ~っ。百合ちゃんもおねーさんも照れてる~」
「ふふふっ、おねーさん。そういうことなら出雲大社で……」
「だからねーさんねーさん言うのやめんか!」
「も~、真妃も綾子も~」
 今年一年も舟渡くんと幸せになれますように……。いや、できれば来年も、……再来年も。……死ぬまででいいんでお願いしま~す!
 あんなこと言ってしまったけど、結局これしか思い浮かばなかった。賽銭箱めがけて五百円玉を投げ込み意気込んだ私のお参りは、結局啓介との幸せをお願いするだけに終わった。

「じゃーあっ、お参りも終わったことだし、いよいよお待ちかねの……」
「おみくじーっ!」
 私と真妃の声がシンクロした。やっぱり女子は共通して占いとかくじとか好きなのかもしれない。ウキウキしながらおみくじ売り場へ向かう私たちを横目に、琴乃は鼻で笑っていた。
「おねーさんは引かないの~?」
「琴姉~、おみくじは~?」
「誰がねーさんだ! ったく……、こんなの何が面白いんだか……」
 まあ四人もいれば一人くらい例外がいることだってあるでしょう。琴乃だけはおみくじに全く関心がないようだった。とはいうものの、私たち三人でやや強引に引かせたのだけど。

 ガラガラガラガラ……。

「わあ~っ、すご~い。真妃も綾子も~、大吉じゃ~ん」
「うふふふっ」
「いえ~い」
「えっ……、あっ! 真妃、待ち人のとこ!」
「……わっ! ……うふふふふっ」

 何とびっくり。二人して大吉を引き当てるとは……。おまけに真妃のくじには待ち人がもうすぐ現れるみたいなことも書かれていた。

「え~、真妃いいな~、私のと交換してよ~」
「えっ、百合ちゃんは?」
「こんなんだよ……、はあ~」小吉のくじをひらひらさせながら、私はそう言った。
「せっかく五百円も入れてお願いしたのに……やっぱり欲張りすぎちゃたかな~」

 ぼうっとおみくじの説明文を眺めていると、ふとある文章が目に留まった。
 えっ……、待ち人……現れません、ってどういうことよ⁉ もうすでに啓介がいるのに⁉ ああ……、そうか、すでに結ばれちゃったから啓介は待ち人じゃないってことね! ていうかもう啓介がいるのにこれ以上待ち人が現れちゃったら大変なことになっちゃうもんねー。あーなるほどなるほど……。さすがはおみくじ、よくできてるな~!
 自分の中の疑問の糸の結び目がほどけた瞬間、妙に納得した感覚に包まれた。
「ああ、ごめんごめん、やっぱいいや。真妃と綾子はそのおみくじ、大切にするんだよ」
「うん!」
 すっきりした気分を味わっていたものの、何か忘れているような気がした。
「あっ……、お~い、おみくじ見せてよ~」そう言って私は琴乃のもとへ走り寄った。
「琴姉~、おみく……」うつむいた琴乃の手に握られたおみくじをみて、私はそれ以上話しかけることができなくなってしまった。

 あ~あ、おみくじのことバカにしちゃうから……。
 震える手には凶と書かれたおみくじがしっかりと握られていた。

「あ~、おいし~」
「このお好み焼きも最高ね~」
「おめえら早くしろよ! さっさと帰るぞ!」
「わぁ~、おねーさん怖いよ~」
「うるせえッ!」
「あー……」
 おみくじを引き終わってやっとこの人込みから抜けられると思っていたら、案の定、食いしん坊の真妃と綾子が本領発揮をしていた。唐揚げややきそばからソフトクリームまで、ありとあらゆる屋台を巡り食べ物を買いあさっては片っ端から頬張っていた。そしてそんな様子の真妃たちを見て琴乃は怒り心頭だった。しかも先ほどのおみくじのせいでますます機嫌が悪くなっていた。
「あ~っ、おねーさんも食べる~? あ~ん」
「んなもんいらね~わ!」
「あ~! おねーさん怒っちゃった~! ふふふふっ」
「黙れゴラッ!」
「キャーッ! 怖いよぉ~」
「もー……、真妃も琴姉も少しは落ち着いたらどうなのよ……」焼きそばを食べ終えた私はそう思いながらソフトクリームのカップに手を伸ばした。

 グシャッ!
「あっ、やばっ!」

 後ろの石段に積んであった空のパッケージの山が崩れそうになった。いつの間にかかなりたまってしまったようだっだ。
「そろそろ捨てに行くか~、面倒くさいな~。……プッ……」ゲップをしながら、私はしぶしぶゴミ捨て場の方へと向かった。
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