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第5章 戦争

最後の戦い 10

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 うっすらと赤みを帯びるセラ様の頬。
 それは、一度は失われた生命が再び宿ることを意味していた。
 困惑する僕たちをよそに、セラ様の身体がピクリと動いた。

「ん、んんっ」

 少し身じろぎをして、セラ様が瞳を開く。
 メーシェが開いた胸の穴は塞がっており、破れた服の隙間からは透き通る素肌が見えた。

「セラ様!!」

 僕を含めた皆が叫んだ。
 皆、顔をクシャクシャにしてセラ様に飛びついていく。

「わ、わあっ!皆さん!!──あれ?私は確か死んだのでは?」

 セラ様は、自分の身体を確かめるようにペタペタと触った。
 僕だって理由が分からない。
 何故セラ様が蘇生できたのか?

 そんな僕たちの様子を見ていた、ゼウスという神は穏やかな表情を浮かべた。
 しかし、そのゼウスと対照的な表情を見せるのは、全ての計画を破綻させられたアマラだった。

「そんな!!あと、あと少しだったのに!そんなズルがあってたまるものですか!」

 そうか、セラ様の復活に僕の存在が不可欠であることをアマラは知っていた。だからこそ、アマラはメナフを使って僕を殺そうと試みたのだ。

「でもどうしてセラは復活できたのですか?彼女の魂は身体に封じ込められていたはずです」

 僕の言葉に、ゼウスはニコリと笑った。
 その笑顔をだけを見ると、如何にも温和な老人といった風貌であるが、僕はアマラを掴んだ老神の表情には有無を言わさない、絶対的な力が宿っていることを感じていた。

「ふむ、名は⋯⋯そうか、ユズキというのじゃな。理由は、お主のスキル。『女神の調律』と、お主の身体がセラフィラルによって形作られていたお陰じゃな」

「私──あの身体で意識がなくなった瞬間、ユズキさんの温もりを感じていました。ゼウス様。もしかして、私の半身はユズキさんの中に入ってたのですか?」

 セラ様が胸元を抑えて立ち上がった。
 僕は『魔法袋マジックポーチ』から羽織を取り出すと、セラ様にかけてあげた。

「半身という程ではないのぉ。確かに『女神の調律連弾』で、セラフィラルとユズキの波長は同期した。ユズキの世界で例えるなら、セラフィラルの魂のバックアップがリアルタイムで取られていたのと同じじゃ。じゃが、人の身で神の力を半身も宿せる訳がない。残せるのは意識と砂粒程の魂魄の欠片くらいじゃ」

 セラ様は、役目を終えた様に消えていくセラフィラルゲートを見上げた。

「そうだったんですね。ユズキさんがセラフィラルゲートで神界への扉を開いて下さったお陰で、私は神界に満ちる力を取り入れて復活することができた⋯⋯」

 みるみるうちに、セラ様の顔が明るくなっていく。

「まぁ、お主の力のほとんどは、先の肉体の魂が吹き飛んだ時に失われてしもうたがの。今の力は、なんとか神をやっていける程度じゃ」

 その言葉を聞いたアマラは、満面の笑みを浮かべた。
 神としての力をほとんど失ったセラ様より、自分が神として上位に立てる優越感。醜く歪んだ自尊心がアマラの心を満たしていた。

「や、やったわ⋯⋯!そうよ!!こんなに抜けているセラが私より優れているところなんてあり得ない。これが、本来のセラと私の立場というものなのよ!」

 髪を振り乱して喜ぶアマラ。
 しかし、セラ様はそんなアマラの様子を見ることもしなかった。

「ほ、本当に⋯⋯皆さんにもう一度会えて良かったです!」

 セラ様は僕に飛びつき、その後にはイスカやリズ。フーシェに抱きついて抱擁すると、最後に怯えるメーシェの所へと向かった。

「あ、あの──神様。ごめんなさい──」

 怯えるメーシェに近づくと、セラ様は、んっと身体に力を込めると、純白の一対の翼を広げた。

「ほら!メーシェさん、見てください!!神様の羽根ですよ。これで、私が元気だって分かりましたか?これくらい、全然大丈夫なのですよ!」

 明らかに無理をしているのか、セラ様の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
 それでも顔を曇らせるメーシェを、セラ様はそっと抱きしめた。

「いいんです。この世界に降りたことで起こったことを咎めることなんてありません。──私はメーシェの純粋な魂の波長を感じます。今まで、本当に辛かったですね」

 セラ様の言葉を聞いたメーシェの瞳に、直ぐに大粒の涙が浮かんだ。そして、ワッと声をあげるとセラ様の胸へと飛び込んだ。

「ほ、本当は!!ずっと暗い地下なんて嫌だった!フーシェお姉ちゃんと、仲良くしたかった!ほんと、ほんとは──!」

 堰を切ったようにかのように感情を吐露するメーシェ。
 その様子を見ていたゼウスは、アマラの手を放すと残念そうにアマラの顔を見つめた。

「見よ、子供達より愛されるあの姿。自らの子供達へと歩み寄るセラフィラルの姿勢を。──失ったセラフィラルの力が戻るまでには、この星の寿命は尽きておるじゃろう。じゃが、セラフィラルはそれを意に介することもないのじゃ」

 微かなプライドだけが、アマラを支えている。
 引きつった笑みを浮かべるアマラに、老神ゼウスは重々しく口を開いた。

「女神アマラよ。此度の件、セラフィラルからの祈りによって、全て元老院へと届いておる。これをもって、アマラは自身の管轄している世界の統治権を消失。このゼウスがアマラの世界を引き継ぐものとし、セラフィラルの力が戻った際には、その統治をセラフィラルに引き継ぐものとする。そして、アマラよ。お主は永久に世界の統治権限を剥奪するものとし、放神扱いとする」

「ゼウス様!何をおっしゃるのです!?放神など、打ち捨てられた存在に何故私がならねばならぬのです!」

 アマラは、ゼウスの言葉に耳を疑った様に顔を青ざめさせた。
 ゼウスはアマラの理解できないといった表情を見ると、残念そうに瞳を伏せた。

「醜い嫉妬心から、身の破滅を招くか。──これ、セラフィラルよ。お主はアマラを憎んでおるか?」

 ゼウスは、目覚めたばかりのセラ様に優しく問いかけた。

「セラ──」

 アマラは言葉を続けようとして、言葉を失った。
 アマラを見上げるセラ様は、少し悲しそうな表情を浮かべたが、直ぐに優しい笑みを浮かべた。

「正直──お姉さまが、私の世界の子供達にしたことは許せません。それはこの世界を創造、管轄している女神。セラフィラルとしての言葉です。──ですが、一人の神としてのセラは。ずっと、お姉さまのことを、実の姉妹とお慕い申し上げておりました」

 その純粋無垢なセラ様の瞳を見たアマラの瞳に、微かに光が差した。だが、直ぐに自分が行ってきた現実に打ちのめされたのか、うなだれると頭を上げることはなかった。

「──全く、そういうところが私をいらつかせたのよ」

 弱々しく口を開いたアマラだが、その口調にはセラ様に対する嫌悪や嫉妬といった感情は抜け落ちているように僕は感じた。

「ふむ、それではアマラよ。我らは行くぞ。──最後にセラフィラルよ」

 うなだれるアマラの肩に手を置いたゼウスが、セラ様を見つめた。

「アマラの件もある。セラフィラルさえ良ければ、直ぐに神界に戻ることも元老院は是としておるのだが、お主はどうする?」

 ゼウスの言葉に、セラ様は少し戸惑った表情を見せた。

 本当は残ってほしい。ずっと一緒にいてほしい。
 その思いが胸中に去来する。
 でも、僕の願いは人の身には過ぎたるものだ。

 本来、セラ様はこの世界を見守る存在。
 世界の仕組みを管理している神様に、残ってほしいなんて言葉は口に出してはいけないように思えた。

「セラ様──んっ!」

 僕が、セラ様に言葉をかけようとした口は、セラ様の小さな人差し指によって閉じられることとなった。
 セラ様は、僕に可愛くウインクをすると、クルリとゼウスの方へと振り返った。

「ゼウス様、此度のご厚情。大変嬉しく思いますが、私は──」

 しかし、セラ様は次の言葉を続けることができなかった。

「フハハッ!!もう良い!皆まで言うな。──元老院には儂の方から言っておこう。──神といえども愛を知ることは大切じゃ。人の世の儚さと美しさ、存分に味わってくるが良い!」

 ゼウスが、セラ様の言葉を遮ると豪快に笑ったのだ。
 セラ様はというと、ゼウスが愛だのと言うものなのだから、耳元まで真っ赤にしてしまっている。

「うむ、それでは皆のもの。騒がせたな、さらばじゃ!」

 ゼウスはそう言うと、大きく手を振った。
 ブワッと白いベールの様な膜が広がったかと思うと、次の瞬間には、ゼウスとアマラの姿は消え去っていた。
 一瞬の出来事に僕たちは、呆気に取られたように立ち尽くしていた。

「──セラ、僕は」

 僕は前に立つセラ様に声をかけた。
 セラ様は、耳を真っ赤にしたまま振り返る。
 そして、もじもじと身体を揺すると視線を反らした。

「ユ、ユズキさんと私は『女神の調律』でシンクロしているんですから。──ユズキさんの気持ちは私に筒抜けなんですよ」

 え?僕はセラ様の声は聞こえないのにズルくない?

「だ、だから──。私の人としての一生分、責任を取って下さいね!!」

 まるで茹でダコの様に顔まで赤くしたセラ様が絞り出す様に声を出した。

 ──ユズキよ。忠告じゃが、儂らの大切な子供を泣かせる様なことをしてみよ。未来永劫、輪廻することを許さぬからな。

 うわ!
 僕は脳内に突如響いたゼウスの声に腰を抜かしそうになった。

 ──フハッ、冗談じゃ。汝、セラフィラルをよく愛せ。愛を知ることで、神はより人を愛し、世界を愛する。それは、巡り巡ってセラフィラルの繁栄へと繋がるのじゃ。数奇な者よ、汝の未来に幸多からんことを。

 ゼウスが言葉を締めくくると、もはや脳内に声は響くことはなかった。なんだが、ドッと冷や汗をかいた気がした。

 ──世が明けようとしている。

 白光が世界に降り注ぎ始める中、僕は駆け寄ってくるイスカ達に押し倒される様に地面へと倒れ込んだ。

 ──終わったんだ。

 安堵と共に訪れる少しの虚しさ、そして仲間たちが無事であることへの喜びを胸に、僕は風が運んできた新鮮な空気を胸一杯に吸い込んだ。
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