144 / 166
第5章 戦争
防衛戦(山) 8
しおりを挟む
「す、凄い⋯⋯」
僕の前後に広がった、まるで街道の様に開けてしまった森を見つめたセラ様から感嘆の声があがった。
いまだ風に吹かれた細かい枝が、ようやくパラパラと地上へ落下してくる。
──やったわ!成功のようね。今度はそこが火で燃えにくくするために、水を撒いて。終わったら、なるべく直ぐに戻ってきてほしいの。
脳内に念話で話しかけてきたリズの声が届く。
「大忙しですね」
「仕方ないよ。これで少しでも進軍が遅らせられるといいんだけど」
僕は前後にできた緩衝帯に向かって、今度は水魔法を準備する。
直ぐに魔力を練り上げると、僕は前後に『水光』を発射した。
軽く地面をえぐりながら進んだ『水光』は、緩衝帯を充分に湿らせると、更には大地が吸収しきれなかった水の流れを産み、小川の様な流れを作った。
逃げ場所を求めた水は、下を走る街道に向かって流れ落ちる。
「よし、行こう」
僕は再びセラ様を抱きかかえると移動を開始した。
陽も昇った時間帯でもあるため、それほど帰り道に時間は要さなかった。
まもなくテントが見えてくる。
「戻ったよ」
テントに入ると、中にはリズとベス、それに数人の本部要員しか残っていない。
「ユズキ、凄い音がしたぞ!この地図の上にもバカでかい光の筋が走ったのを見たぞ」
ベスが興奮気味に盤上の『万象の眼』を指差した。
「ユズキ、お帰りなさい。貴方のお陰で、山側に展開しようとしていたグリドール軍のほとんどが渓谷側へと向かってきたわ。さっきの一撃を警戒したのね」
「あの一撃で、進軍を止めてくれたら良かったんだけど」
僕の言葉にローガンは力なく首を振った。
「まず無理でしょうな。命令を守らなければその場で打首どころか、本国の親類共々牢屋送りでございましょう。酷い場合は、奴隷落ちにされます」
「⋯⋯そんな国なのに、国は栄えるのですね」
セラ様が沈痛な面持ちで言葉を吐いた。
「裏を返せば、ここで活躍すれば一躍成り上がれることも事実なのです。特に、グリドールは負けなしですからな。圧倒的な武力で周囲に攻め入っては土地を増やし、それらを報奨として分け与えて来たのです。他国と裏切りには厳しくとも、内政はしっかりしているのですよ」
ローガンはため息をついた。
話している間にも光は進軍を進め、ついに光の先端は渓谷の入り口と接触した。
「あっ!!」
パパッとグリドール側の光が明滅したかと思うと、いくらかの光が消えてしまった。
「前哨陣地の待ち伏せだな。待ち伏せがうまくいったようだ」
ベスが、渓谷に隠れる光を指差しながら興奮気味に話す。
隠れる光は、明らかにグリドール軍の兵士一人が放つ光の数倍は大きい。
「ちょっと確認しておきたいんだけど、勿論ベス達の戦力は、この光っている数で全員なのよね?」
リズは渓谷に沿って光るいくつかの光の集まりを指さした。
「──あぁ、嘘を言っても仕方ないからな。俺たち『城壁の守護者』、それからトナミカの兵を合わせても700人くらいしかいない」
「そんな!20万に対して、700人なんですか!」
セラ様は驚愕したように口元を覆った。
リズの方は、圧倒的な戦力差を耳にしながらも、取り乱すことはなかった。
渓谷と光の位置、そしてグリドールの動きを見ると静かに口を開いた。
「ベス、貴方は実際グリドール軍の何人を相手にできると思う?」
試す様な表情のリズに、ベスは重々しく顔をあげる。
「2万人だ。それもこちらは、相当数の戦力を失うかつ、街道を完全に潰してだな」
ベスは最後の罠を仕掛けた所を指差すと、苦々しげに言い放った。
「そうね、私も同意見だわ。でも、それはこのバカでかい光の柱が悪さをしなかったらってことが条件になるわね」
リズは10本のレベル100を超える光の柱を指差した。
光は一定間隔にグリドールの陣地に点在しており、進軍に合わせて進んでいる。
「あっ!」
渓谷側の、陣地から数個の光が消えた。
「クソッ!見つかったか!!撤退しろ!」
「もう念話を送ったわ。一つ後ろの陣地に後退させるわよ」
リズの言葉が終わる前に、生き残った光が退却を開始する。
「──僕が、出ようか?」
進軍を進めるグリドールと、一つ二つと味方側の減っていく光。
人を殺すことは怖い。
僕は、戦争をするためにこの世界に来たわけじゃない。
ゲームの様に、光っていた命の灯火は、消えると決して蘇ることはない。
その現実に、カタカタと無自覚に身体が震えた。
情けないとは思うが、どうしてもグリドール側の兵にも、守るべき家族がいるのだと思うと、その生命を圧倒的な力で奪ってしまうことに、心が追いついてくれるとは思わなかった。
「ユズキさん──」
セラ様が僕の手を握る。
不思議だが、手を握られるとフッと身体の震えが止まった様な気がした。
「──バカね。私がユズキを前に出す訳はないわ、それこそがグリドールの狙いよ」
リズはそう言うと、セラ様の肩に手を置いた。
「ユズキが前に行くと言うことは、セラが一人ぼっちになるということ。その分断を、アマラとやらが放っておくと思う?かと言って、セラを連れては、ユズキは前線で思うように戦えない」
「ハッ、俺だってユズキ一人に戦線を負わせることなんてしないよ」
ベスが僕の肩を叩くと笑った。
「ですが、このままではこちらの兵が失われ続けるのも、また事実ですぞ。一体どうなさるおつもりで⋯⋯って、まさか!!」
ローガンは、リズが地形の一部を指で線をつける様になぞったのを見て驚嘆した。
「まさか!この街道全てを潰してしまうおつもりですか!!」
ローガンの言葉にリズは笑顔を見せた。
「ご明察!トナミカに続く道はこれ一本。この道を封鎖すれば、文字通りトナミカは干上がってしまうわ。だから、完全には私達もこの道を潰せない。──そう思っている、敵の逆をつくのよ」
リズは笑みを見せると、念話を送った。
──さぁ、全部の罠を発動させるのよ!!
僕の前後に広がった、まるで街道の様に開けてしまった森を見つめたセラ様から感嘆の声があがった。
いまだ風に吹かれた細かい枝が、ようやくパラパラと地上へ落下してくる。
──やったわ!成功のようね。今度はそこが火で燃えにくくするために、水を撒いて。終わったら、なるべく直ぐに戻ってきてほしいの。
脳内に念話で話しかけてきたリズの声が届く。
「大忙しですね」
「仕方ないよ。これで少しでも進軍が遅らせられるといいんだけど」
僕は前後にできた緩衝帯に向かって、今度は水魔法を準備する。
直ぐに魔力を練り上げると、僕は前後に『水光』を発射した。
軽く地面をえぐりながら進んだ『水光』は、緩衝帯を充分に湿らせると、更には大地が吸収しきれなかった水の流れを産み、小川の様な流れを作った。
逃げ場所を求めた水は、下を走る街道に向かって流れ落ちる。
「よし、行こう」
僕は再びセラ様を抱きかかえると移動を開始した。
陽も昇った時間帯でもあるため、それほど帰り道に時間は要さなかった。
まもなくテントが見えてくる。
「戻ったよ」
テントに入ると、中にはリズとベス、それに数人の本部要員しか残っていない。
「ユズキ、凄い音がしたぞ!この地図の上にもバカでかい光の筋が走ったのを見たぞ」
ベスが興奮気味に盤上の『万象の眼』を指差した。
「ユズキ、お帰りなさい。貴方のお陰で、山側に展開しようとしていたグリドール軍のほとんどが渓谷側へと向かってきたわ。さっきの一撃を警戒したのね」
「あの一撃で、進軍を止めてくれたら良かったんだけど」
僕の言葉にローガンは力なく首を振った。
「まず無理でしょうな。命令を守らなければその場で打首どころか、本国の親類共々牢屋送りでございましょう。酷い場合は、奴隷落ちにされます」
「⋯⋯そんな国なのに、国は栄えるのですね」
セラ様が沈痛な面持ちで言葉を吐いた。
「裏を返せば、ここで活躍すれば一躍成り上がれることも事実なのです。特に、グリドールは負けなしですからな。圧倒的な武力で周囲に攻め入っては土地を増やし、それらを報奨として分け与えて来たのです。他国と裏切りには厳しくとも、内政はしっかりしているのですよ」
ローガンはため息をついた。
話している間にも光は進軍を進め、ついに光の先端は渓谷の入り口と接触した。
「あっ!!」
パパッとグリドール側の光が明滅したかと思うと、いくらかの光が消えてしまった。
「前哨陣地の待ち伏せだな。待ち伏せがうまくいったようだ」
ベスが、渓谷に隠れる光を指差しながら興奮気味に話す。
隠れる光は、明らかにグリドール軍の兵士一人が放つ光の数倍は大きい。
「ちょっと確認しておきたいんだけど、勿論ベス達の戦力は、この光っている数で全員なのよね?」
リズは渓谷に沿って光るいくつかの光の集まりを指さした。
「──あぁ、嘘を言っても仕方ないからな。俺たち『城壁の守護者』、それからトナミカの兵を合わせても700人くらいしかいない」
「そんな!20万に対して、700人なんですか!」
セラ様は驚愕したように口元を覆った。
リズの方は、圧倒的な戦力差を耳にしながらも、取り乱すことはなかった。
渓谷と光の位置、そしてグリドールの動きを見ると静かに口を開いた。
「ベス、貴方は実際グリドール軍の何人を相手にできると思う?」
試す様な表情のリズに、ベスは重々しく顔をあげる。
「2万人だ。それもこちらは、相当数の戦力を失うかつ、街道を完全に潰してだな」
ベスは最後の罠を仕掛けた所を指差すと、苦々しげに言い放った。
「そうね、私も同意見だわ。でも、それはこのバカでかい光の柱が悪さをしなかったらってことが条件になるわね」
リズは10本のレベル100を超える光の柱を指差した。
光は一定間隔にグリドールの陣地に点在しており、進軍に合わせて進んでいる。
「あっ!」
渓谷側の、陣地から数個の光が消えた。
「クソッ!見つかったか!!撤退しろ!」
「もう念話を送ったわ。一つ後ろの陣地に後退させるわよ」
リズの言葉が終わる前に、生き残った光が退却を開始する。
「──僕が、出ようか?」
進軍を進めるグリドールと、一つ二つと味方側の減っていく光。
人を殺すことは怖い。
僕は、戦争をするためにこの世界に来たわけじゃない。
ゲームの様に、光っていた命の灯火は、消えると決して蘇ることはない。
その現実に、カタカタと無自覚に身体が震えた。
情けないとは思うが、どうしてもグリドール側の兵にも、守るべき家族がいるのだと思うと、その生命を圧倒的な力で奪ってしまうことに、心が追いついてくれるとは思わなかった。
「ユズキさん──」
セラ様が僕の手を握る。
不思議だが、手を握られるとフッと身体の震えが止まった様な気がした。
「──バカね。私がユズキを前に出す訳はないわ、それこそがグリドールの狙いよ」
リズはそう言うと、セラ様の肩に手を置いた。
「ユズキが前に行くと言うことは、セラが一人ぼっちになるということ。その分断を、アマラとやらが放っておくと思う?かと言って、セラを連れては、ユズキは前線で思うように戦えない」
「ハッ、俺だってユズキ一人に戦線を負わせることなんてしないよ」
ベスが僕の肩を叩くと笑った。
「ですが、このままではこちらの兵が失われ続けるのも、また事実ですぞ。一体どうなさるおつもりで⋯⋯って、まさか!!」
ローガンは、リズが地形の一部を指で線をつける様になぞったのを見て驚嘆した。
「まさか!この街道全てを潰してしまうおつもりですか!!」
ローガンの言葉にリズは笑顔を見せた。
「ご明察!トナミカに続く道はこれ一本。この道を封鎖すれば、文字通りトナミカは干上がってしまうわ。だから、完全には私達もこの道を潰せない。──そう思っている、敵の逆をつくのよ」
リズは笑みを見せると、念話を送った。
──さぁ、全部の罠を発動させるのよ!!
0
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~
平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。
三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。
そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。
アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。
襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。
果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
完結【清】ご都合主義で生きてます。-空間を切り取り、思ったものを創り出す。これで異世界は楽勝です-
ジェルミ
ファンタジー
社畜の村野玲奈(むらの れな)は23歳で過労死をした。
第二の人生を女神代行に誘われ異世界に転移する。
スキルは剣豪、大魔導士を提案されるが、転移してみないと役に立つのか分からない。
迷っていると想像したことを実現できる『創生魔法』を提案される。
空間を切り取り収納できる『空間魔法』。
思ったものを創り出すことができ『創生魔法』。
少女は冒険者として覇道を歩むのか、それとも魔道具師としてひっそり生きるのか?
『創生魔法』で便利な物を創り富を得ていく少女の物語。
物語はまったり、のんびりと進みます。
※カクヨム様にも掲載中です。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います
八神 凪
ファンタジー
平凡な商人の息子として生まれたレオスは、無限収納できるカバンを持つという理由で、悪逆非道な大魔王を倒すべく旅をしている勇者パーティに半ば拉致されるように同行させられてしまう。
いよいよ大魔王との決戦。しかし大魔王の力は脅威で、勇者も苦戦しあわや全滅かというその時、レオスは前世が悪神であったことを思い出す――
そしてめでたく大魔王を倒したものの「商人が大魔王を倒したというのはちょっと……」という理由で、功績を与えられず、お金と骨董品をいくつか貰うことで決着する。だが、そのお金は勇者装備を押し付けられ巻き上げられる始末に……
「はあ……とりあえず家に帰ろう……この力がバレたらどうなるか分からないし、なるべく目立たず、ひっそりしないとね……」
悪神の力を取り戻した彼は無事、実家へ帰ることができるのか?
八神 凪、作家人生二周年記念作、始動!
※表紙絵は「茜328」様からいただいたファンアートを使用させていただきました! 素敵なイラストをありがとうございます!
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる