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第5章 戦争

防衛戦(山) 7

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「敵が動き出したぞ!」

 リズが発動させた『万象のまなこ』、そのスキルが示す盤上の20万を超える光の粒と、レベル100を超えると推測される10本の光の柱が動き出した。

「貴方達の策は、なるべくグリドール軍を渓谷奥に誘い込んだ所で、街道を封鎖。それも、前後で挟み込む形にするつもりね」

 リズが動き出した光の動きを見ながらベスに質問する。

「あぁ、こっちにはユズキがいるからな。街道を封鎖する岩を落とすことは造作もない」

 ベスが、罠を張っている箇所を指さした。

「ベスって言ったかしら、貴方気づいてる?確かに細い街道は大軍を動かすには不向きで、隊列も縦長になるわ。それでも、上手く誘い込めたとしても潰せるのは1万程度よ。他の軍勢はどうするの?」

 ベスは先程示した罠の、今度は手前側。グリドールが展開する平地側の渓谷を指差した。

「そうだ。だから、一気に引き込むのではなく、段階的に街道を封鎖するように策を張っている。一回に引き込める軍は数千人だが、封鎖する箇所を多く作ることで、今度はより深い所で多くの兵を引き込むことができる」

 僕達が準備した街道を封鎖する場所は4箇所だ。
 隣に立つローガンが、髭を弄りながら口を開いた。

「それは、そもそもグリドール軍が山道を来ないことを念頭に置いていますが、彼らは想像もつかないことをやります。それが、滅茶苦茶な物だとしても上官が命じれば、彼らは応じるしかないのです。もし、山側へ兵を展開されたらどうします?」

 ローガンの言葉にベスは頷いた。

「やりたくはなかったんだが⋯⋯地雷符をばらまいておいた。地面の色に紛れ込ませたため、俺たちでさえ正確な場所は分からなくなったんだがな」

 その言葉にローガンは何度か頷いていたが、直ぐに厳しい眼をベスに向けた。

「さすれば、彼らの次の手は山に火を放つことですな。地雷符の除去に合わせて、ここにいる我々を炙り出すでしょう」

「そこまでやるのか?こんな狭い場所で火を放つとすれば、グリドールの進軍も大幅に遅れることになるぞ?」

 ベスの言葉にローガンが首を振る。

「最悪なことな常に考えておくものです。彼らの保有する魔法術士や装備の数々は想像を超えますぞ。ましてや、正体不明の敵も抱えているのです」

 ローガンの言葉にベスは頭をボリボリと搔くと、リズの示す地形図を見つめると、この拠点より約1キロ平野側に線を引いた。

「ここだ、ここから先は地雷符を仕掛けている。ここに緩衝帯を引いて、山火事を防ぐために工兵を向けられればいいんだが、あと一時間もすれば、グリドールの先陣はこの渓谷へと入ってきてしまう」

「あら、ここにそういった任務にうってつけの人物がいるじゃない。ね?ユズキ」

 リズは僕の方を見ると笑った。

「この一帯に水魔法を降らせればいいのかい?」

 僕が、ベスの示した一帯に、指でスッと横にラインを引くとリズは頷いた。

「その前に幅は50メートルくらいで木々を切り倒しておいて、そしてそこに水をかけるのよ。あと、なるべく大きな音を立ててね。その方が相手が恐怖を駆られるわ」

 突貫工事だがやるしかない。
 元々、トナミカ側がグリドールと手を切ることになったのも数日前。準備期間は万全とは程遠いのだ。

「セラ、一緒に行こう。アマラが狙ってくる可能性もあるから、離れない方がいい」

「はい!」

 僕の言葉にセラ様が嬉しそうに笑った。

「おいおい!嬢ちゃんを連れてると間に合わないぞ!」

 ベスの言葉は、普通の感覚ならその通りなのだろう。
 だが、セラ様からもらった、この普通じゃない力は、もしかしたら、セラ様を消そうとする女神アマラの最大の誤算になる予感が僕にはしていた。

「ユズキ、この距離なら念話が通じるわ。ユズキから私に念話はできないでしょうけど、戦況を見て指示を送るから、その通りに貴方は動いて頂戴」

 僕はリズに了解と伝えると、セラ様の手を引いてテントを出た。
 陽は既に上がり、頭上に見える空は澄み渡っている。
 これでは、山焼きを諦めるための、雨が降ることは期待できそうになかった。

 海側のイスカ達は大丈夫だろうか?

 二人の顔が一瞬脳裏に浮かんだが、僕は僕のやるべきことに集中しなくては。

「セラ、ちょっとごめん。僕にしっかり掴まってくれるかな?」

 僕はセラ様を、お姫様抱っこする。

「キャッ、⋯⋯ヘヘッ」

 セラ様は、少し恥ずかしそうな声を上げたが直ぐに照れくさそうに笑った。
 本当に女神様なのだが、女神とはこういうことを指すのだろう。

 僕から離されまいと、セラ様はしっかりと腕を絡めてくる。
 セラ様を振り落とさない様に、僕はセラ様の身体を支えると、両足に力を込めた。

「行くよっ!」

 片手に剣を握ると、僕は最短距離を平地側へと駆けていく。

 ──いいわ、方向はそのまま。あと1キロ進むのよ。

 脳内にリズからの念話が届く。
 僕は、その指示に従ってひたすらに駆け抜けた。
 どうしても進行上の障害となる大きな枝は、剣を振るって落としていく。
 急ぎつつも、セラ様を傷つけないように僕は起伏に富んだ森の中を駆けると、目的地へと到着した。

 ──いいわ!そこで止まって!!そして、東西に渡ってできる限り緩衝帯を作るのよ。

 東西って⋯⋯明らかに、谷の反対も切り開けというのだろうか。
 僕達がいる山肌の反対側は、明らかに進軍が不可能な程に崖がそそり立っている。

 反対側からの進軍はないと踏んで、僕達は片方だけに罠を張っているのだ。
 勿論、人手や罠の張りやすさから選定した理由もある。

「大丈夫ですか?」

 セラ様の心配に、僕は頷いた。
 ゆっくりと息を吸い込むと身体中に魔素を練り上げる。

 目的は、緩衝帯の作成。
 そのためには、森の木々を根こそぎ吹き飛ばす程の力が必要だ。
 使う魔法は風魔法。
 真空の刃で、射線上の木を刈り取らなければならない。

『風魔法、疑似ランクアップを開始します』

 脳内に、セライのアナウンスが入る。
 僕は、出力を上げるイメージでかき集めた魔素を魔力へと変換する。

『風魔法、最高ランク『暴風竜の息吹』へと疑似ランクアップしました』

 セライの言葉を受け取り、僕は右手に握る腕に力を込めた。

「セラ!地面に伏せてて!!」

 僕の言葉で、セラ様は頭を抱えると地面に伏せた。

 ──ゴウンッ!!

 剣の先から衝撃波が生じると、うねりをあげた剣戟が暴風をまとって、一直線に龍のブレスの様に吹き荒れた。
 荒れ狂う風は、直線上の木々をなぎ倒し、ねじり切る様に太い幹をもなぎ倒した。

「ハアアッ!!」

 僕は、剣先からの衝撃波の勢いを殺さない様に、剣を天高く掲げると、反対側へと剣を叩きつけた。
 東西を分断するように、剣戟が谷の反対側まで届くと、同様に木々や岩が粉々に弾け飛ぶ。

 あっという間の一撃で、リズが臨んだ緩衝帯が出来上がった。
 この一撃の衝撃は凄まじく、一瞬天に放たれた衝撃波はグリドール側の視界にも写っただろう。
 僕は、グリドールの進軍が躊躇することを願いつつ、風に巻き上げられて、ようやく落ちてきた木々に心を傷ませながら、ゆっくりとセラ様を起こすために、手を差出した。




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