上 下
142 / 166
第5章 戦争

防衛戦(山) 6

しおりを挟む
「ふぅ、到着」

 自分の足が地面を踏みしめていることを認識すると、僕は一息ついた。長距離転移によって魔法陣より放たれた光から出ると、トナミカ南部の薄暗い森の中、頭上にはうっすらと濃紺の空が明るさを増し、陽が昇る前兆が見て取れた。

「やはり、レーベンとは空気が違うわね。こっちの方が森の香りに深みがあるわ」

 僕の後方でリズが周りを見渡し、周囲の空気を吸い込むと穏やかな表情を浮かべた。

 僕とセラ様。リズとローガン、それにマルティを含めた5人がトナミカの山中へと舞い戻ってきた。

「ふむ、トナミカ南部の森林。平原までは約2キロと行ったところですかな?」

 ローガンも周りを見渡すと、何度か頷いた。

「凄いですね、ローガンさんは」

 セラ様が感心して眼を輝かせる。

「有難きお言葉です。実は、勇者パーティーの指南役につく前に、密偵としてこの辺りも練り歩いたことがございまして。木々の植生。そして、陽が昇る方角から大方の見当はつくのです」

「流石です、ローガン!!あの多忙な帝国での日々の中でも諜報活動を欠かさないとは!」

 眼をキラキラとさせたマルティの眼差しを受け、ローガンは少し引き気味に後ろに下がった。

「ですが、この拠点は改善点もありますな。捨てる為の拠点とはいえども、いささか平野部に近すぎる。日中は良いでしょうが、夜間はふとした光が相手の斥候に気づく隙を与えかねませぬ」

「その通りだ。だから、昨晩は火も外では炊かず遮光も徹底させたんだ。──と、ユズキ。今度は、何だこの大所帯は?で、そっちの別嬪さんは魔族じゃねぇか!」

 戻って来た時の魔法陣の光に気づいたベスや『城壁の守護者』の面々が集まってきたが、僕達の中のリズの姿を見るや、皆一斉に手元の武器へと手を伸ばした。

 魔族であるリズは、今は認識阻害魔法を使ってはいない。
 腰まであるリズの青白い本来の髪色は、人族にはない特徴だ。そして、その彼女の側頭部から伸びる、魔族の証である一対のほんのりと白く輝く角は、仄かに明るくなる周囲の光より一際明るく、幻想的かつ神秘的なものに見えた。

「えぇ、私はレーベンの『魔王』、リズ・フォルティナ=ヴァレンタインよ。ニンムスから、レーベンは今回の戦争に敵対しないことは聞いているわよね?」

 リズの言葉が終わるや、ベスは周りに剣を抜かないように指示した。警戒を怠ることなく、ベスは今度はローガンと、その元仲間であるマルティへと視線を移した。

「そちらの男の風貌にも聞き覚えがあるぞ。もしかして、グリドールの勇者パーティーのローガンだろう?」

「よくご存知で。そういう貴方は、エラリアの元『城壁の守護者』のリーダー、ベス殿だ。しかし、また『城壁の守護者』と一緒にいらっしゃるということは、復帰されたということですかな?」

 ローガンはベスの刺す様な視線を軽く受け流すと、にこやかに答えた。
 このまま緊張が高まるかと思ったが、直ぐに音を上げたのはベスだった。

「分かった分かった。どのみち、ユズキが連れてきた相手だ。とんでもない人物ばかりというのは予測がついたさ。一つだけ確認なんだが、ユズキ。こいつらは、仲間と思っていいんだな?」

 ベスの軽い口調の裏に、試される意図を感じた僕は真剣に頷いた。

「勿論。この女の子も、元は勇者パーティーだけど、敵対するつもりはないよ」

 僕がマルティを紹介すると、マルティはその場に片膝をついた。

「勇者パーティー、『希望の剣』の斥候、マルティと言います。ユズキ殿達の暗殺の命を受けておりましたが、敗北し、今は元同じパーティーであったローガンとユズキ殿の温情により生かされております。今までグリドールから得た情報、お役に立てて頂ければと思います」

 ベスは、マルティの言葉に衝撃を受けたようだが、暫し頭を悩ませた後、ガリガリと頭を搔くと大きなため息をついた。

「全く、得体が知れないくらい強いユズキに、謎の女の子。それに、元グリドールのS級パーティーが二人に、果ては魔大陸の魔王だろ?仲間じゃなかったら、天地がひっくり返っても勝てねぇよ。──ったく、仲間っていうなら特別扱いはしないからな。今日にもグリドールは動くはずだ。ついてきな」

 ベスが手招きすると、僕達を取り囲んでいた仲間たちも殺気を沈めた。
 いや、もしかするとベスの言葉に抵抗するのがバカらしくなっただけなのかもしれないが。

 僕達はベスに連れられてテントの中へと入った。
 昨日、セラ様がアルティナと待機していた指揮所だ。
 中のメンバーは、突然のリズの姿に驚きを隠せないようだったが、ベスの説明により落ち着きを取り戻した。

「さて、じゃあ私の能力を使ってこの一帯の地形図とグリドール軍を表示するわよ。そこの広いテーブルを貸してくれないかしら」

 リズは、中央にあった大きなテーブルの上を片付ける様に指示をすると、手元から小さな袋を取り出した。

「ユズキは昨日見たでしょ?魔力に反応する粉よ」

 リズはそう言うと、テーブルの上に砂を広げる。こんもりと積もった粉を、リズは丁寧に掌で広げ終えるとスキルを発動するために眼を閉じた。

「『万象のまなこ』発動」

 ピクッと、リズから放たれた魔力に反応して一気に砂達が宙に舞い上がる。
 瞬時に砂は、僕達のいる地形を形作ると、トナミカ南部平野部までをも再現した。更に、それぞれの戦力を把握するために、力を持った者の波動を感知した光が盤上に現れた。

「全く、相変わらずユズキの力がバカでかいから、ここが光りすぎよ」

 明らかに、このテントだけ光り方がおかしい。
 屹立する光はまるで空に向かって放たれたサーチライトだ。

 盤上に現れた光景に、ベスやアルティナを始め『城壁の守護者』の面々が度肝を抜かれた表情を浮かべた。

「何よこれ!グリドールも私達のことも筒抜けじゃない!!」

 アルティナが驚愕するのはよく分かる。
 現代日本にいた僕だって驚きだ。偵察衛星であれば直上からの映像を得ることができるかもしれない。
 だが、これは立体的に。かつ、木々に隠れているはずの僕達の潜んでいるところまでを丸裸にしてしまっているのだ。

「──こことここ。この強い光はサユリがスタンバイしてるところか?全く、こんなに丸見えだったら、隠れている意味がないぜ」

 心底、味方で良かったという風にベスが呟いた。

「ベス殿、情報は力です。これを活かすも殺すも指揮をする者次第です。試されますぞ、貴方の能力ちからが」

 ローガンの言葉に、ベスが力強く頷いた。

「──あれ?この光は?」

 何かに気づいたかの様に、セラ様が光り輝くグリドール軍の大群の数か所を指さした。

「これは!!」

 僕程ではないが、光の粒の様に輝くグリドール軍の中から、空へと屹立する光が見えた。
 その数10本。
 その光を見たリズがあり得ないといった表情を浮かべた。

「この光り方──間違いないわ。この光だと⋯⋯レベルは99を超えているはずよ」

 レベル99を超える。
 セラ様の世界、セラフィラルでのレベル限界は99。女神アマラの世界の『レベル9999』がセラ様の力によって受け継がれることで、僕のレベルは、レベル限界を突破している。
 なれば、自然発生的にレベル99以上の存在が、存在していることがおかしいのだ。その事実にセラ様の表情が曇った。

「アマラ──、そこまでに私のことが憎いのですか」

 突きつけられた現実に、シンと冷え切った様なテントの中、静かな熱を帯びたセラ様の声が響き渡るのだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生5回目!? こ、今世は楽しく長生きします! 

実川えむ
ファンタジー
猫獣人のロジータ、10歳。 冒険者登録して初めての仕事で、ダンジョンのポーターを務めることになったのに、 なぜか同行したパーティーメンバーによって、ダンジョンの中の真っ暗闇の竪穴に落とされてしまった。 「なーんーでーっ!」 落下しながら、ロジータは前世の記憶というのを思い出した。 ただそれが……前世だけではなく、前々々々世……4回前? の記憶までも思い出してしまった。 ここから、ロジータのスローなライフを目指す、波乱万丈な冒険が始まります。 ご都合主義なので、スルーと流して読んで頂ければありがたいです。 セルフレイティングは念のため。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...