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第4章 魔導都市レーヴァテイン

不安が大きくなるようです

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屈託のない笑顔で笑う少女は、僕の顔をジッと見上げてくる。
その笑顔にゾッとしたのは、気のせいだったのか。

「扉を壊したのは謝るよ。でも、どうしてもここに入らなきゃいけなかったんだ」

扉を壊してしまったのは事実だ。
ここは、素直に謝ろう。

「おい、急いだ方がいいかもしれないぞ。入口の方で音がした」

ラゴスが後方を気にしながら、少し落ち着かない様子で声をあげた。

「ふーん、お兄ちゃんは何かから逃げてるの?それって追いかけっこゲーム?私楽しそう!」

違和感はあった。
こんなところで女の子が一人いること事態、普通の状況ではない。

リズが話していた不安定な波動の持ち主。
その人物とはこの子では?
フーシェとそっくりな容姿が、僕の心を不安にさせる。
フーシェは表情を表に出すことはあまりない。
だが、眼の前の少女は真逆だ。

純真無垢と言った程に、表情が豊かだ。
だが、そこに思慮があるかといえば、そうは思えない。
そう、善悪の分別がなく言葉自体が軽い気がした。

「そうなんだ。目的地に僕が早く着いて、中の物を壊せば僕の勝ち。捕まっちゃったら負け。そんなゲームだよ」

彼女の真意は分からないが、会話のレベルを相手に合わせることにした。
この反応によって、彼女との関わり方は変わってくる。

「んー。んー、楽しそうだけどなぁ。でも、ここの物は壊さないようにってドルトンさんにも言われてるしなぁ。──あ、もしかして、このゲームがドルトンさんの言ってた『楽しいこと』ってやつなのかな!」

目をキラキラさせて興奮気味の少女。
正直、ドルトンと彼女の間でどのようなやり取りが成されたのか知る由もないが、推測するにドルトンは彼女をここから不用意に出歩かないように仕向けていたということだ。

僕の心の中には、少女がリズの話していた不確定要素という言葉より、直感的にフーシェと会わしてはいけないという思いが湧き上がった。

「そ、ドルトンさんとは会ったことがあってね。僕もそのゲームに参加しているんだ」

我ながら、稚拙な言い訳だと思う。
後ろのラゴスも気まずそうな顔をしている。
だがその様子からラゴス自身も、この少女について知っていることはないようだ。

吉とでるか凶とでるか。

精神が幼いのか、わざとそういうキャラを演じているのかは、僕には分からない。
騙すようで悪いが、あの無邪気な笑顔を見ればここは彼女の思い込んでいる内容に合わせた方が得策だろう。

「んー。まぁ、いっか!知らないお兄さんだけど、私ずーっとここで我慢してたんだもん。少しくらい悪い子になってもいいよね?」

ウンウンと一人頷いた少女は、突然僕の腕を取る。

その華奢な手は、思った以上に力強い。
柔らかな肌から伝わる確かな熱は、少女が生命を持った存在であることを実感させてくれた。

これで、ゴーストのような存在だったら震え上がるところだ。

「私が案内してあげる!ここは迷宮みたいなとこだから、私のような『えきすぱーと』が必要だよ」

頭の中にはリズのお陰で地図はマッピングされているのだが、ここは知らないフリをしておこう。

「壊す物は何なの?お兄ちゃん」

「えっと、この城を守っている制御装置って分かるかな?」

僕は少女を騙すことに引け目を感じながら答える。
僕の言葉を聞いた少女は、考えるように人差し指で自分の頭をつついた。

「うーん。なんだろう、あ、分かった!あのオーブかな?行ってみよう!」

そう言うと、少女は早足で駆け出した。

「お、待てお前ら!」

慌ててラゴスがついてくる。

「き、君。名前は?」

光球ライトボール』の照らす光の範囲をものともせず、まるで全ての場所を把握しているかのように少女走っていく。

「ん?私の名前はメーシェ。魔族のメーシェだよ」

振り向きながら答えるメーシェと名乗った少女が笑顔を弾けさせた。

──メーシェ

名前を聞いて心臓がドクンと早く鼓動を打った。

間違いない。名前もフーシェと似ている。
ここまで一致しておいて、関係がないとは言えないだろう。
でも、これ以上踏み込んだことを聞いても良いのか。

──姉妹はいる?

喉元まで出かかった言葉を、僕は飲み込んだ。
ただ、この少女とフーシェを会わせてはならない。
そんな漠然とした不安が胸に残った。

「ずっと、ここに住んでるの?」

僕はメーシェに手を引かれたまま走る。
脳内の目的地とメーシェが向かっている先が一緒と確認でき、僕は少し安堵する。

「そうだよ。私はずーっとこの城の地下に住んでるの。たまに、外に出ちゃうこともあるんだけど、皆大慌てするんだよね。あ、もうすぐ着くよ」

3回程通路を曲がると、いよいよ制御装置が近くなる。

「じゃーん。ここでーす」

メーシェは一つの扉の前に立つと、自慢気に胸を張った。
脳内の地図とも一致している。

「メーシェ、ありがとう」

着いた扉は、重々しい金属でできている他に、少しだが魔力のような物を感じさせた。

「おい、これ結界みたいなの張られてるぞ。考えなしに触ったら、こっちがやられちまう」

ラゴスも扉の異変を感じたのか、困ったような表情だ。
だけど心配はない。
この扉の解呪の言葉も、僕はリズから聞いている。

「そーそー。この扉ね、触ったら酷いんだよ!ビリビリ!バリバリ!って。そっちのトカゲのオジサンなら、真っ黒焦げだよね」

「なっ!トカゲだと!俺は立派なリザードマンだ!」

トカゲ呼ばわりされたラゴスが顔を上気させる。

「ま、壊していいなら私が開けちゃうよー。いっつもドルトンに、この扉を壊したら『楽しいこと』は起きないなんて言われてたけど、今が『楽しいこと』なんだからいいよね?」

僕が言葉を発するよりも早く、メーシェは躊躇うこともなく扉を掴んだ。

バリンッ!!

まるで雷が爆ぜた様な爆音が起き、青白い稲妻がメーシェを襲った。

「うおっ!!」

ラゴスが閃光に眼を閉じ、防御の姿勢を取る。

「メーシェ!」

僕は片手で光から眼を覆うと、必死にメーシェに向かって手を伸ばした。

──バチイッ!

ブレーカーが落ちた様な音を残して、メーシェが扉から離れる。

「大丈夫か?『体力譲渡アサイメント』!」

僕は咄嗟にメーシェに対して体力回復を行う。

「わぁっ!何これ、回復魔法?気持ちいい~」

僕の体力譲渡によって、火傷の様にただれたメーシェの皮膚が再生される。
この子はいつもこんなことを?

触れた者がどうなるかということを、メーシェは知っていたはずだ。
なのに、自分の身が傷つくことを恐れず扉に触れた。
常識的に考えると、こんな危険なことを躊躇うことなく行えることがおかしかった。

「んー、んー。やっぱ力まかせじゃ駄目かぁ、しょうがない。ドルトンさんからは人前で見せちゃ駄目って言われてるけど⋯⋯」

僕の回復が終わると、メーシェは左手を差し出した。

「待って!危ない!」

再び扉に触れると思った僕が制止の声をあげる。
しかし、メーシェは僕に向かって無邪気に笑うとスキルの名前を口にした。

「『消去エリミネーション』」

──ブウンッ

魔法術式の組み上げもない。
突如として、メーシェの左手に漆黒の球体が浮かびがる。

「なんだ!?」
「なっ!」

──これは、フーシェの『神喰らいゴッドイーター』と同じ?

メキッという不気味な音と共に、メーシェの掌大だった球体が人体の頭と同じくらいの大きさに膨れ上がった。

「行って」

メーシェが命じると、黒い球体が扉に向かう。
拒絶反応のように扉が雷光を放つが、メーシェの皮膚を焼いたはずの光は、音もなく漆黒の球体へと吸収されたように見えた。

「いや、吸収じゃない?光が触れた瞬間に消されている?」

球体は、扉の抵抗を意に介さずに直進する。
扉の金属に触れた瞬間に、音もなく扉に穴が開いた。

「ほいっ!」

メーシェが指揮棒タクトを振るように、左手を動かすと球体が自在に動き出す。
球体が通過した後には、分厚い扉は文字通り削り取られたかのような跡だけが残った。
扉は、無情な攻撃に抗うように光を放っていたが、すぐに組み込まれた魔法術式が破壊されたためか、最後には線香花火の様な煌めきを残して沈黙してしまった。

「メーシェ、君は⋯⋯」

僕が言葉を続けようとした瞬間、駆けてきた通路の奥から怒号が響き渡った。

「おい!貴様ら何をしている!!」

まずい、見つかった!

「俺が!」

巨漢のラゴスが盾になるつもりなのか、僕の前に出る。

「あ、捕まっちゃったらゲームオーバーなんだもんね。この子も勿体ないから、投げちゃうよ」

メーシェはそう言うと、躊躇いもなく球体を左手で指揮した。
音もなく、球体は壁を削り取るとラゴスの前に浮かび上がる。

ゾワッと背筋が凍る思いがした。
違う!
これは球体が触れた所を削り取っているんじゃない、消し去っているんだ。

「やめ──!」
「ほいっ」

僕の制止を振り切って、まるでデコピンを放つような仕草をメーシェが繰り出した。

スッと、音もなく球体が通路の奥へと飛翔した。

そして、それが追手達を照らしていた光を見た最後の瞬間だった。

──ドサッ、ドサッ、ドサッ

追手の松明が消えた後、残されたのは麻袋が投げ捨てられたかのような、幾人もの兵士が倒れた音だった。

「お主──」

ラゴスが恐怖に顔を歪ませる。
きっと、僕だって真っ青だろう。

だけど眼の前の少女は、僕達の顔に動じることなく、無邪気に笑うと、今しがた無惨にも消え去った扉の奥を指差すのだった。

「ほら!中のオーブを壊せばゲームクリアだよ!案外簡単だったね。お兄ちゃん!」




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