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第3章 城壁都市ウォール

必ず救うようです

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「な、何なのです?貴方は!?」

 眼前の俺の変化にドルトンが驚愕する。
 それはそうだろう。突如、おとなしそうな男が狂気に満ちた言動を繰り返し、死を巻き散らし始めたかと思えば、今度は姿まで変えてしまったのだ。

 しかし、そんなドルトンが抱いているであろう感情は俺にとっては興味のないことだ。
 そして、それと同時に少年姿のセライと同化したことにより、俺は一人称までが変化していることに気づいた。

「うるさい!リズを殺した貴様を殺す。それだけだ!」

「ちいっ!!」

 ドルトンは、走り始めた俺から距離を取るように後ろへと跳躍すると、腕を振った。
 グレインを呼び出した時と同じような紋章が、ドルトンの前方に幾つも浮かび上がる。グレインを呼び出した時よりも小さく、複数の紋章からはハイエナをライオン程の大きさにしたかのような灰色の獣が飛び出してきた。

「『番犬』達、行きなさい!」

 総数10頭の番犬と呼ばれた魔獣が一斉に俺に襲い掛かる。
 だがこれが時間稼ぎであることは分かっていた。

「フーシェ!セラとエアを守れ!!俺はドルトンをやる!!」

 俺の声を聞いたフーシェは困惑しているのかもしれない。
 今の俺の姿は、フーシェの知っているユズキの姿ではない。

「ん。分かった!」

 返事は簡潔かつ明瞭なものだった。
 知性を取り戻したかのような俺の発言に、姿は変われど信頼して良いと判断してくれたのかもしれない。
 こういう時に、直ぐに行動を移してくれるフーシェの存在は有り難かった。

「ガオオオオッ!!」

 番犬の叫びが轟き、彼らはドルトンとの直線距離を阻害するように俺を待ち構える。

「まさかこんな誤算になるとは⋯⋯」

 ドルトンが宙に手をかざす。
 逃すか──

 俺は眼前に迫った番犬に触れると、『略奪者プレデター』の能力を発動する。

「『強奪スナッチ』!」

 剣を握っていない左手が番犬の体毛に触れた瞬間、俺の頭の中に番犬が持つ『核』、即ち心臓に当たる部分の情報が焼き付くように浮かび上がった。『核』は番犬の体内に魔力を循環させようと脈打っている。
 しかし俺のスキルと共に、その『核』を満たしていた魔力の流れは文字通り消失する。それと同時に、俺は左手の中に番犬に先ほどまで流れていた魔力の塊が握られているのを感じた。

 その手に握られたのは、番犬の生命エネルギーそのもの。この魔力を取り込めば、俺のレベルはさらに満たされるだろう。
 生殺与奪がこの手に握られているという実感に、以前の俺であれば逡巡する所だ。

「悪いな」

 だが、この魔獣に時間を費やしている暇はない。
 魔力を取り込むこともせずに、俺は左手に握られた感触を躊躇なく握りつぶした。

「死神──」

 宙に魔法術式を描きながら、ドルトンが血の気を引いた顔でつぶやく。
 おいおい、完全に吸血鬼みたいな見た目をしているのに、俺のことを死神とはないだろう。

 まぁ、遠目から見れば自慢の番犬が俺に触れられただけで絶命したのだ。
 そう思っても仕方ない。

「逃すか!」

 俺は絶命した番犬の首筋を掴むと、渾身の力でドルトンへ向かって投げつける。

「ガアッ!」

 風を切り、唸りを上げて飛んだ番犬の体は、ドルトンが術式を完成させようとするのとほぼ同時に、ドルトンの体に激突した。
 高レベルのドルトンには、衝撃を与えることはできただろうが、致命傷にはなっていまい。吹き飛ばされたドルトンに向かって更に加速しようとした僕の背中に、セラ様の切実な言葉が届いた。

「ユズキさん!正気に戻ったんですか!?今なら、まだリズさんを助けられるかもしれません!」

 そんなはずはない。
 確かに俺はリズが絶命するところを、この腕に抱いたはずだ。
 生命がこの手からこぼれ落ちる瞬間を確かに俺は感じたのだ。

 しかし、セラ様が嘘をつくとは思えない。

 ──殺せ、何を迷っている。
 確かにリズは死んだ。だから、奪われた分だけドルトンからも奪わなければ。

 意識が理性より殺意へと傾く。
 いくら『略奪者プレデター』と合体したからとはいえ、この殺意は自分の意志から生まれた感情だ。

「ユズキ!」

 セラ様だけではない。
 セラ様とエアを守るフーシェも必死の声を上げる。

 ──奴が逃げるぞ。今を逃せば、リズは無駄死にだ。
 今ここで仕留めなければ。

 冷静な判断ができないのではない。
 冷静に、どうすれば確実かつ効率的にドルトンを殺すことができるのか。
 思考が目的を達成しようと身体を動かそうとする。
 きっとセラ様の声がなければ、俺は振り返ることなくドルトンへ直進しただろう。

 しかし、リズが死んでいない。
 願いにも近い感情が胸に湧き上がるのも確かだ。

『マスター。意思が行動とのズレが生じ始めた。合体を維持できない』

 脳内に、少年のセライの声が響き渡る。

『ありがとう。でも、僕はセラ様の言葉を⋯⋯信じたい!』

 僕の『選択』によって、身体から圧倒的な力が抜けていくような感覚が襲った。
 これが『略奪者プレデター』としての力が加算された状態だったのか。セライの言葉が終わると同時に、僕は自分の視点がいつも通りに戻ったことに気が付いた。

「『一つ斬り』!」

 フーシェの声が響き渡る。
 魔力を纏った不可視の斬撃が、僕の直ぐ横、空を切り裂きながらドルトンへと飛来した。

 後ろを振り返ると、魔力を流し込まれ白い靄を纏った『アースブレイカー』をフーシェが振り抜いていた。
 大地龍アースドラゴンから作られた双剣は、魔力との相性がすこぶる良い。

 今までに見たことのない程の威力を持って、フーシェの一撃はドルトンを急襲する。

「ええいっ、鬱陶しい!」

 ドルトンが、右人差し指をクッと上げると、まるで指揮者に指示をされたかのように、番犬達が『一つ斬り』の射線上へと飛び込んだ。

「ギャンッ!」
「グオッ!」
「グワッ!」
「ガッ!」

 4頭の番犬達が主を庇って次々と盾となった。

「──そんな、メーシェ!?」  

 ドルトンが、スキルを放ったフーシェの方角を見て驚愕する。
 しかし、次の瞬間には何か得心がいったのか、傷ついた身体を労るように転移の魔法術式を完全展開させる。

 最早僕には、ドルトンを殺すための純粋な殺意は消えていた。
 素早く対峙したまま後方へと下がり、セラ様を守るように前に立つ。

「その姿。さっきとまるで姿が違って分かりませんでしたが、まさかお前が戻ってくるとは──。勇者を殺せなかったのは残念でしたが、ここは退くとしましょう」

 含みをもたせたように告げると、ドルトンは腕を振るう。
 転移術式が紫色に発光すると、ドルトンと付き従う番犬達が退却していく。気がつけば、遺体となり主を失ったグレインの金色の鎧も共に転移術式へと消えていく。

 僕は油断なくドルトンが転移したことを確認すると、直ぐにセラ様へ向き直った。

「ん。ユズキ、『勇者』達が逃げた」

 僕の隣にフーシェが駆け寄る。
 チラと視線を向けると、背を向けて逃走するジェイクとグスタフの姿が見えた。
 彼らからすれば、『魔王』が死ぬという目標は達成されたのだ。
 圧倒的な力を見せつけた僕と対峙することは得策ではないと踏んだのだろう。

「ほっとこう。セラ様!リズは死んでいないのですか?」

 胸の前で両手を組み、リズの亡骸に寄り添うセラ様に僕は声をかける。
 すると、セラ様は小さく頭を縦に振ると、そっとまるで壊れ物を扱うようにその手を開いた。

 小さく弱々しい光が、蝋燭のようにセラ様の小さな手の中で揺らめいていた。

「これが、リズさんの──ユズキさんの世界で言えば魂の様な状態です。全ての生命は『私』というシステムを通して循環されます。ですが、この地に肉体を持ったことで、なんとか私へと還る前にリズさんの魂を捕まえることができたんです」

「それなら!魂を戻せばリズは助かるんですか?」

 しかし、セラ様は悲しそうに下を向いた。

「可能性が低いです。でも、あのままユズキさんがあの姿のままでいたならば、リズさんの魂までも無意識で侵食してしまったでしょう。リズさんの身体は呪詛でボロボロ。このまま身体へと還したとしても死んでしまう⋯⋯ですが、なんとか回復ができれば──」

 あのまま僕が、殺意のままに力を振るっていたならばと思うと、僕はゾッとした。少年のセライには戦況を覆す程の力があるが、その力に僕自身が飲まれてしまっては、セラ様が繋ぎ止めてくれたリズの生命を、僕が奪ってしまうところだったのだ。

 揺らめくリズの生命の光は今にも消えそうで、儚くセラ様の手に守られて淡く光っている。

 助けたい。
略奪者プレデター』で奪ったレベルを譲渡すれば、呪詛を解けるのではないか?
 淡い期待が僕の胸中に去来する。

『マスター、それだけでは足りません』

 突如、聞き慣れた少女のセライの声が聞こえた。

『リズさんの身体だけなら、マスターの譲渡で直せるでしょう。しかし、呪詛と一度外界に出てしまったため、リズさんの『魂』そのものが傷ついているのです。このまま身体へ戻っても、生命力が消えかかっているためすぐに魂の方が消えてしまうでしょう』

 セライの言葉に愕然とする。
 セラ様が繋ぎ止めてくれたリズの生命を救うことはできないのか?
 目の前が真っ暗になりそうになった僕の脳内に、優しいセライの声が響いた。

『マスター、私を使って下さい。『譲渡士』の私ならばなんとかできるかもしれません。今のマスターは全てがリズさんを助けるために『選択』できるはず──私を呼んで下さい』



 脳内にセライの言葉が響いた瞬間、僕の意識は再びあの劇場。
 その戸口に僕は立っていた。

 その扉の前には、青い髪、ブルーサファイアに似た瞳を持つ少女のセライが僕を待っていた。
 その目鼻立ちは、やはりセラ様と通じるところがある。
 髪は肩に届く程度で、セラ様の長髪と比べるとかなり短い。

 少女の後ろには、少しバツが悪そうに俯く少年のセライの姿が見えた。
 少年のセライは、危うくリズの魂をも奪いそうになってしまった罪悪感が芽生えているのか、僕と目を合わせようとしない。

「セライ、助かったよ!本当にありがとう!!」

 言うべき言葉は沢山あるように思えたが、口から出てきたのは感謝の言葉だった。
 きっと、『略奪者プレデター』の力がなければ、レベルの下がった僕やフーシェはあの場で殺されていただろう。
だからこそ、セライの力は本当に助けになったのだ。

「──」

 すると、少年のセライは薄暗い劇場の中、下を向くと軽く袖で目を擦った。
 その様子を見ていた少女のセライが僕に向き直ると、少し嬉しそうに微笑んだ。

「かつては、『魔王』から捨てられ、最後まで必要とされなかった私の一部です。だから、ユズキさんの言葉が単純に嬉しいのだと思います。ありがとうございます──。ですが、時間もありません。行きましょう」

 そう言うと、そっと少女のセライが僕に右手を差し出す。
 その華奢な手を僕が握ると、躊躇っていた一歩を踏み出すように、トンッとセライは僕に身を預けてきた。
 その勢いにバランスを崩した僕は、再び光の中へと落ちていく。

 真っ白な視界に、境界線が分からなくなる感覚。
 いつの間にか手を握っていたはずのセライの姿はなく、僕自身、自分の四肢を認識できなくなる。
 胸に去来するのは、リズを助けたいという強い意志。
 その意志を胸に僕は手を動かす。
 すると、一瞬失くしてしまったように感じた感覚が四肢に戻ってきた。


 視界が焦点を結び、周囲の景色が鮮明になる。
 そうして、は眼を覚ました。
 リズを助けるために。
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