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第3章 城壁都市ウォール

なんだか見覚えがあるようです

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「──ん」

「──さん」

「──ユズキさん!!」

 眠りについた僕の耳に確かに聞こえる声。
 フワフワとした、夢のまどろみから現実に引き戻される感覚。

「ん、んぅ。もうちょっと⋯⋯」

 気持ちの良いベッドの寝心地に、僕は寝ぼけた頭で枕に頭を押し付ける。

 ふゅんっ

 柔らかい感触が、僕の顔を包み込む。
 何だか枕と感触が違う⋯⋯もっと暖かくて、気持ちの良い柔らかな物に包まれているような。

「んっ⋯⋯寝ぼけてるんですか?」

 今度はゆらゆらと身体を揺さぶられる感覚。
 少し色っぽい声をあげたイスカの声で、僕の意識は覚醒し始めた。

「──わわっ!ごめんっ!」

 眠気を押し殺して瞼を開くと、僕は自分がイスカの張りのある胸に顔を押し付けていることに気がついた。
 確か、昨日は皆でお腹一杯にラーメンを食べたあと、それぞれの部屋へと別れて眠りについたはずだ。

 僕とイスカ、リズとフーシェ、そしてローガンとそれぞれが部屋を取っていた。小さな宿屋であるため、基本的には二人部屋だ。
 船旅の疲れもあったのか、同じベッドで横になり話をしていたのだが、いつの間にか二人共眠ってしまったらしい。
 久しぶりの二人きりの時間だったが、二人共寝落ちしてしまったのだから仕方がない。
 しかし、思いっきり枕と思ってイスカの胸に顔を押し当てたのは、なかなかに気まずい。

 顔を真っ赤にしてしまうが、イスカは暗闇の部屋の中少し緊迫したような声で、言葉を続けた。

「大丈夫です。それより、さっき女の子の悲鳴を聞いてしまったんです」

 イスカの言葉に僕は跳ね起きる。
 全く僕は気づかなかったが、エルフクォーターのイスカは人族の僕と違って、比べ物にならないくらい耳が良い。
 その彼女が聞こえたというのなら本当だろう。

「見に行こう」

 僕は起き上がり、立てかけていた剣を握るとブーツに足を通し、窓を開け放った。
 僕もイスカも寝間着のままだが、イスカは胸当てだけをつけて短剣を握っている。
 2階の窓から躊躇うことなく、僕とイスカは人がいない路地へと飛び降りた。

「あっちからです!」

 イスカの指差す先は、宿屋から北の方を指している。

 音を殺して僕とイスカは夜の街を駆けた。 
 視界が暗い。
 エルフの血を引いているイスカは、微弱な明かりでも周囲の様子が分かるのか、スイスイと前へ進んでいく。

 少し離れてしまった所で、イスカが立ち止まった。
 僕も遅れてイスカの後ろに立つと、周囲の様子を伺った。
 この遅れてしまった原因は、ただ視界が闇夜に慣れていないだけが問題ではなさそうだ。

『現在のレベルは30です。加速度的にレベルの復旧が始まるには、まだ数日を要します』

 脳内のセラ様AIが、僕の現状を教えてくれた。
 やっぱり、今のレベルが僕の移動力に影響を与えているのは明らかだ。
 クラーケンとの戦いの後、僕の『レベル譲渡』がない状態のイスカのレベルは30へと上がっていた。
 あの場には、無数の冒険者達がいたため、膨大なクラーケンの経験値も頭数で割られると、そこまでレベルの恩恵はなかったらしい。
 イスカのレベルが上がった理由の一つが、無数のクラーケンベビーを倒した功績が大きいところだろう。
 止めを刺したリズは61から63へ。フーシェはレベル40になったとのことだ。
 イスカと今の僕が同じレベルであるならば、暗いところを得意とするイスカに追いつけないのは当然だ。

「ユズキさん、静かにお願いしますね」

 イスカは耳をせわしなく、左右の音を拾うためにピクピクと小刻みに揺らした。
 眼を閉じて集中しているところから、この付近には先程悲鳴をあげたという少女はいないのではないか。
 僕は連れ去られた可能性も含め、事態が悪くなっていることを想定したが、突如イスカは僕の手を取ると、「こっちです!」と小さく告げると視界の悪い夜の町を駆け出した。

「途中の水路が音を邪魔してましたが、走る足音が聞こえました!ユズキさん、屋根に上がりますよ!」

 イスカはスッと手を離すと、軽々と跳躍する。
 まるで、猫が屋根に駆け上るが如く、しなやかな動きでイスカは突起の激しいウォールの家屋の屋根へと飛び上がった。

「少し怖いけど──やるしかないか」

 レベル低下のせいで、ひと飛びで屋根に駆け上がるイメージが湧いてこない。
 仕方なく、少し不格好ながら路地に置かれている台車や、ベランダを蹴って危うくも屋根の上に降り立つ。

「こっちだ」と言うように、数十メートル離れた所で先行したイスカが大きく手を降っている。
 今にも雨を落としそうな一面の雲の下では、僅かに光を宿す家屋の光源しか得ることができず視界は悪い。
 それでも、路地よりは少しばかり明るさが増したおかげで、僕はすぐにイスカの近くまで追いつくことができた。

「──来ないで下さい!」

 今回は、僕の耳にもはっきりと女の子──いや、少女の声が聞こえた。

 そこは、ウォールの町外れ。
 すぐ前方には、夜の闇によって黒々と塗られた山肌が鎮座し、町の中心部からかけ離れた所へと辿り着いていたことを実感した。
 昼間は工場などが立ち並んでいる場所なのか、同じような建物が連なり生活感は見えなかった。
 勿論、そんな所で大声を出したとしても、助けに来る者がいる可能性は少ない。

 夜目が効くイスカが、闇夜の中に動く人影を捉えたのか、緊迫した声をあげた。

「敵は2人、左の敵は私が、ユズキさんは右の相手をお願いします!『危険察知』のスキルが働かないから、私達よりはレベルが低いと思いますが、気をつけて下さい!」

 イスカはそう言うと、スッと先に屋根から飛び降りると声の方角へと駆けていった。

 一ヶ月前までの、レベルが3だった頃とは比べ物にならない程の成長に僕は少し戸惑ったが、元々責任感の強いイスカだ。女の子の声を聞いて、無視することなどできなかったのだろう。

 僕もイスカに続き、屋根を蹴って跳躍する。
 高さは建物3階分。
 今の僕でもレベルが30あれば、着地そのものが難しいことはない。

 ──ザッ

 地面に足をつくと、さすがに9000以上のレベルを保持していた頃に比べれば、足にかかる負担や振動を感じずにはいられない。
 前方の相手が振り返るよりも早く、左の小柄な魔族に襲いかかって行ったイスカは、短刀を抜くことなく手刀を繰り出した。

「カッ!ハッ!!」

 音もなく降り立った、イスカの攻撃に気づいた時には既に遅い。
 相手は振り返る直前に、首元に決められた容赦のない手刀によって男は口から息を吐き出すことことしかできず、倒れ伏した。

「な、なんだ!お前ら!?」

 イスカの急襲に、慌てふためいた男が焦りながらも腰から短剣を繰り出した。

「ユズキさんっ!」

 イスカがいつも僕を呼ぶような呼び方。
 しかし、その声はイスカから発せられた物ではなかった。

「うわぁぁっ!!」

 錯乱した男が、短剣を半ば振り回すように突進してくる。
 声の主を考える余裕はない。

 魔族領の住民だ。
 決してレベルが低すぎるということはないだろう。
 迫りくるスピードはかなり速い。

 僕は剣を抜かず、更に相手より早く前へ出る。
 僕が向かってくると思わなかったのだろう。男は、大振りの一撃を繰り出すように短剣を振りかざした。

「ハッ!!」

 相手が大きく振りかぶった瞬間を見逃さずにさらに加速、左足で力強く踏み込むと、右拳をそのまま突き出し、強烈な一撃を男の鳩尾に叩き込んだ。

「ガハッ!」

 鈍い感触と共に、男の体がくの字に折り曲がる。

「エイッ!」

 苦悶の声を漏らした男の首に、トドメの手刀をイスカが小さな声で正確無比に打ち込んだ。

 うーん、自分の彼女ながら恐ろしい手際だ。

「ふぅ、流石に町中で剣は抜けないよね」

 意識を失った二人の男を見回したあと、僕とイスカはお互いの無事を確かめるように向き直った。

 よし、怪我はないな。って、僕の方が敵の攻撃に少しヒヤリとしたよ。

 そんなことを考えながら、僕は先程の声の主を探す。

「終わりましたよ!ここは、もう安全だから出てきて大丈夫ですよ!」

 イスカが優しい声で、前方に向かって声をかける。

 建物の陰に隠れているのか、その姿を見ることはできない。
 かといって、無闇に近寄って不信感を与えたくもなかった。

「さっき、僕の名前を読んだよね?僕のことを知っているなら、心配せずに出てきて大丈夫だよ」

 少女はどうやら建物の影から、こちらの様子を伺っているようだ。

『ユズキさん⋯⋯』

 脳内のセラ様AIが僕に話しかける。

『今たてこんでるんだけど⋯⋯』

 こんなやり取りをするスキルが他にあるのだろうか?

『いえ、大変申し訳にくいのですが⋯⋯』

 セラ様AIは僕のスキルの一部なはずなのに、今回はかなり人間味を帯びた口調で話しかけて来る。
 その声音は、本当に申し訳なさそうだ。

 おずおず

 そんな表現がぴったりなように、人影が顔を出した。
 そして、次の瞬間。
 暗い建物の間の中でも分かるほど、ぼんやりと白い翼のような物が見えた。

 ──そんな、まさか?

 シルエットは、僕の記憶とは程遠い。
 しかし、その美しい翼の形は僕にも、そしてイスカにも見覚えがあった。

『ユズキさん──あれは、私の力の原点。お察しの通り、女神、セラです』

 ちょこんと、建物の影から出てきた小柄な人影。
 背中には体躯には不釣り合いな純白の翼が広がっている。

 隣に立つイスカも呆然だ。

「あ、あの⋯⋯お久しぶりです。ユズキさん、イスカさん⋯⋯」

 顔から火が出るように、真っ赤に顔を染めた、小柄になった女神さま。セラ様が僕達の前に、捨てられた子犬のように少し震えながら立っているのだった。
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