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第2章 交易都市トナミカ

クラーケン討伐を行うようです⑦

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 僕とドグはレグナント号を離れると、放物線を描くようにクラーケンの頭上目掛けて飛び立った。
 視界が流れるように過ぎていき、数百メートル離れていたはずのクラーケンの頭部がみるみるうちに大きくなる。

 ──オオンッ!

 近づく僕達に感づいたのか、クラーケンが怒りの声をあげた。

「旦那!見つかりましたよ!ただ、このスピードだと先に抜けられそうですね」

 僕に小脇に抱えられる形のドグが叫ぶ。
 ドグは知性を全力で上げられたおかげか、目の前にクラーケンの巨大な足が見えても取り乱すことがない。

「ドグ!『氷結の吐息フロストブレス』準備だ!」

「いつでもいけますよ旦那!」

 凛々しく答えてくれるドグは最早清々しい程だ。

『能力値譲渡終了まで残り3分』

 脳内のセラ様AIが僕に報告する。
 僕の能力値譲渡は一人の対象に、一回につき5分、1日3回までしかかけることができない。
 そのため、この賢者モードのドグに残された時間は13分しかないわけだ。

 この時間で仕留め切れなければ、僕としては次の手を考えなくてはならない。
 レグナント号には魔法使いはドグしかいないため、他の船で魔法使いを探しても、協力を得られるかどうかは分からなかった。

「来ますよ!」

 ドグが叫ぶと共に、僕達目掛けてクラーケンの足が伸びてきた。
 確かに避けることはできそうだが、このまま足を放って置くことはできない。
 その巨大な足が僕達のすぐ横を通過する。

「今だ!」

 足が巻き起こす衝撃に負けないように僕は叫んだ。

「『氷結の吐息フロストブレス』!」

 僕から能力値譲渡を受けたドグの魔法術式が展開される。
 五重に重ねがけされた術式が展開されると、その中心からは嵐のように凍える旋風が巻き起こった。
 旋風はクラーケンの足に到達すると、その冷気をもって有機物の生体活動を瞬時にして停止させてしまった。

「旦那!このまま足を凍らせます!」

 空中を移動する僕達は、次の目標の船に向かって跳躍しているだけだ。
 ドグは、魔法が無駄にならないようにその矛先を足に向け続ける。
 500メートルほどある足の半分がドグの魔法によって氷漬けとなった。

「旦那!これだけだと、壊せませんよ!!」

「大丈夫!──僕には信頼する仲間がいるからね!」

 ドグの叫びに僕は下降する浮遊感に包まれながら、返事を返した。
 飛んできたレグナント号のある方向に視線を戻すと、そこには闇夜を舞う小さな影があった。
 ──フーシェだ。

「ん。『ニ十斬りにとぎり』」

 フーシェは、近づいてきたクラーケンの足に向かって躊躇することなく跳躍していた。
 ドグの魔法によって動きが止まった足に狙いを定めると、フーシェはスキルを発動する。
 魔力を込められた双剣、アースブレイカーの漆黒の刀身がフーシェの魔力を吸って紫色に光り始める。
 フーシェは、身体を空中で一捻りすると右手に握ったアースブレイカーの刃先を太さ10メートルはあるクラーケンの足に叩きつけた。

 ──バギャッ!!

 落雷が落ちたような破裂音を響かせ、クラーケンの足が砕け散る。
 フーシェは勢いそのままに身体をもう一度捻ると、今度は左手に握ったアースブレイカーを、凍りついた一番頭部に近い部分に叩きつけた。

 ──バギンッ!!

 フーシェは、丁度ドクが凍らせたクラーケンの足の末端と中枢をスキルによって叩き斬った。
 しかし、その攻撃によってフーシェの跳躍は飛距離が大幅に落ちてしまい、僕とドグが目指した船まで届きそうになかった。

 ──ストッ

「フーシェ!!」

 一足早く目的地の大型船に着地した僕は、フーシェに向かって叫ぶ。
 フーシェの小柄な身体が海面へと落下する。

 着水する!
 そう思った瞬間、フーシェは海面を蹴り上げた。
 盛大な水飛沫と共に、フーシェの身体が宙へ舞う。
 2度、3度とフーシェは海面を蹴ると、僕達が着地した船へとどんどん近づいてくる。

「あの嬢さん、海面の瓦礫を踏み台にしていますね」

 まだ僕の腕に抱かれているドグが、信じられないといった風に海面を跳躍して移動するフーシェを見つめた。

「ん。到着!」

 最後の瓦礫を踏んだフーシェは、勢いよく甲板の上まで飛び上がると、クルクルと回転して船の手摺に着地した。

「新しいスキル、『ニ十斬りにとぎり』。10倍の力を双剣に宿すやつ。強いけど一度に2発しか撃てない⋯⋯残念。でも、この剣じゃなければ剣の方が壊れてた。オムニの剣、凄い」

フーシェは手に握るアースブレイカーを自慢気に眺めた。

「お、お前ら!凄いな!って、魔族じゃねぇか!」

 クラーケンの足を破壊した僕達に船員が近づいてきたが、彼らは僕の側にいるドグを見て、その歩みを止めた。

「ま、魔族は近づくんじゃねぇ!」
「なんで、人族と魔族が一緒にいるんだ!」

 取り巻きには、明らかに警戒感をもって僕達に武器を向ける者もいた。

 助けに来たのに⋯⋯!

 船員達の対応に、内心怒りがこみ上げる。

「なんてことを言うんだ!彼は、クラーケンを倒すために──」

 僕の言葉はそこで止められることになった。
 僕の裾をドグが引っ張ったためだ。

「なんで──」

 ドグは悲しそうに首を横に振る。

「旦那、これが普通の反応です。早く次に行きましょう、ワシの頭が馬鹿じゃないのはあと数分でしょう?」

『能力値譲渡、残り2分です』

 セラ様AIの報告に僕は唇を噛む。

「分かった⋯⋯行こう」

 僕はドグを再び抱えて、フーシェと共に再びクラーケンに向き直った。

「クラーケンがこっちを狙っているぞ!」

 甲板の男が、クラーケンに向かって叫んだ。

 ──ギ、ギイイイッ!!

 足を一本失ったクラーケンの頭部は怒りに震えていた。
 金色の瞳がギョロギョロと周囲を見回し、怒気を孕んだ叫び声を上げながら近づいてくる。

「近づかせるな!撃てっ!!」

 乗組員の言葉によって、一気に船の左舷の砲塔が火を吹く。

 ──ドゴンッ!ドゴンッ!

 一気に船から火柱が上がり、闇夜を切り裂く砲撃はクラーケンの足にいくらかが命中する。

 しかし、圧倒的な質量は大砲の砲撃では怯むことはない。しかも、クラーケンの柔らかい身体が衝撃を緩和してしまい、ほとんど効果は得られないようだった。

 僕はフーシェ、ドグを抱えたままでも逃げることはできる。
 しかし、それではこの船は沈没してしまう。

「旦那、助けましょう」

 ドグの提案に僕は驚く。
 敵意を向けられながらも、この船を助けようとする意思は、普段のドグであるならば絶対に言うことはないだろう。

『能力値譲渡残り1分』

『セラ様、残り10分、ドグに継続で能力値譲渡を頼みます』

『⋯⋯了解』

 僕の要望に、セラ様AIは答えてくれる。

「旦那、魔力の補給を」

 ドグの言葉に、僕はドグに魔力譲渡を行う。

「ありがたいです。ワシのもう一つの氷結魔法なら串刺しにできるかもしれません」

 そう言うと、詠唱を始めたドグの周囲に術式が展開する。

「ん。時間稼ぎはやる──ユズキごめん、レベル譲渡をかけて」

 その言葉に、僕は戸惑ってしまった。
 自力でレベルを上げることにこと拘っていたフーシェの頼みだ。今だって、僕はフーシェにレベルを1しか譲渡していない。
 きっとフーシェは、今のままではクラーケンを足止めすることはできないと判断したのだ。

『現在譲渡できるレベルは14レベルです。』

 脳内のセラ様AIが譲渡可能レベルを教えてくれる。
 素のフーシェのレベルは45、現状僕が1レベル譲渡しているためレベルは46だ。残り14レベルを譲渡すればフーシェはレベル60になることとなる。

 僕達のいる甲板には、次々とベビー達が上がってきていた。
 時間はない。

「分かった、やるよ」

 レベル14分のピースを僕は体内から作り出す。
 軽い脱力感と共に、白く輝くピースを僕はフーシェの体内へと送り出した。

 ──スッ

 光のピースがフーシェの胸へと吸い込まれた。

「ん。フッ──」

 ピクッと身体を震わせるとフーシェの顔が紅く染まる。
 身体の変化に戸惑いつつも、フーシェは少し視線を下げた。

「凄い⋯⋯レベル1とは全然違う感覚。こんなの初めて──」

 もじもじと身体を揺するフーシェを見て、ドグがポツリと呟いた。

「旦那。いかがわしいですよ」

 うるさい、さっきまで嬢の上で死にたいと言っていたやつには言われたくないよ。
 心の中でツッコむが、フーシェの反応を見られると否定はできない。
 やっていることは、至って真面目なのにね──

 そんな僕の心中などいざ知らず、フーシェは軽くアースブレイカーを握り直すと頷いた。

「ん。いける」

 フーシェはそう言うと、小さく呟いた。

「『限定覚醒』」

 ──キュインッと、金属的な音が響いたかと思うと、フーシェの身体が光に包まれた。

 この光は!
 アースドラゴンの時に変化したフーシェの姿を僕は思い出した。
 その眩い光に、僕とドグだけでなく、周囲の乗組員やベビーまでが身体を一瞬硬直させた。

 全身を覆った光の中でフーシェの身体が伸び上がるように大きくなる。眩いばかりの光は、弾けることなくフーシェの頭髪へと集約され始めた。

 ──!?

 僕はフーシェの身体の変化に驚愕した。
 そこには、アースドラゴンの時に見せた姿はなかった。
 顔や体つきの変化は同じだ。しかし、アースドラゴンの時とは全くその姿は異なっている。

 そう、アースドラゴンの時に見せたような立派な角がフーシェの頭部にから消えていた。
 そして月の光を浴びたフーシェの頭髪は見事なまでの金髪へと変わり、ショートカットだった髪は背中まで伸びていた。
 その瞳は黒紫色ではない。澄みわたるような碧眼が優しい瞳で僕を見つめていた。

「ん。どう?」

 少し大人びたフーシェの声に僕はドキリとする。
 その瞬間、僕だけでなく船員達までが、戦場に戦乙女が舞い降りたように感じるのだった。

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