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第2章 交易都市トナミカ

護った船と交渉するようです

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僕達は今、高台から降りると港に向かって歩いていた。
 少し前を歩くイスカの足取りはご機嫌で、一歩歩くごとにピコピコと耳が上下に揺れている。

「ん。何かいいことあった?」

 そんなイスカの様子を見上げながらフーシェが尋ねる。
 うーん、分かってて言っているのか天然なのか。

「──ええ、とっても!」

 はぐらかさず、耳を軽く触れながら答えるイスカはいつもより力強く見えた。

「さっきの船が到着したなら、船長に話をしに行くわ」

 リズの提案を受けて、僕達は船着き場に向かって町を下っている。
 海辺の町とはいえ、入り組んだ町並みは高低差を生み出し、思った以上に坂道が多い。

「確かに、ジェイク様達が船に乗ったのは3日前。普通に人員を輸送する定期便を待っていたら、出発は最短でも11日後になりますな」

 ローガンの話だと、人員輸送のためのトナミカとレーベンの輸送便は2週間に一度しかないそうだ。航行に5日、港での出港準備に2日。片道7日で1便しかないため、渡る機会は限られていた。

 レーベンと交易を結ぶ人族や魔族の船に乗ることは、ギルドを介さないために、冒険者が乗るにはかなりリスクが高いとローガンは話す。
 もともと、荷物の運搬に使われる船だ。
 人員やスペースに余裕は乏しく、船側としては乗せる旨味がほとんどない。
 コネや金を積まない限り、正直乗ることは困難だろうと教えてくれた。

「だから、『船を助けた』という恩を売って、乗せてもらうことを交渉するのよ」

 あの距離で誰が助けたのかなんて分かるのだろうか?
 そんな、僕の心配を他所にリズは問題ないというふうに笑った。

「あの距離なら、私の『念話』が使えるわ。一方的にしか伝えられないのが難点だけど、貴方達を助けたのは人族が二人、エルフ一人、半魔族一人、魔族一人のパーティーよって」

「結構情報を絞っているけど大丈夫なの?」

 僕の心配に、ローガンが小さく咳払いをする。

「情報というものは、こちらから手の内を明かす物ではございませんよ。正直、接触してみて、相手の出方次第といったところでしょう」

 うーん、さすがローガン。
 個人情報は、確かに危険が多いからね。
 少し自分が浅慮だったなと、僕は反省した。

 少しずつ港が近づいてくる。
 先を歩くローガンとフーシェ、その後ろにイスカ。最後尾が僕とリズだ。

「ちょっとちょっと」

 リズが僕の袖を小声で引っ張る。

「どうしたの?」

 リズの声から、内密の話だと僕は思った。
 少し前を行くフーシェを、ちらりと見たリズは、フーシェがローガンと話をしていることを確認して、僕に耳打ちをした。

「フーシェは、レーベンの出身と言ったわよね。そして、王族だったって⋯⋯」

 あぁ、なるほど。と、僕は理解した。

「レーベンの住人にとって、ドミナントなんて、国を滅ぼした相手よ。私のお父様が、フーシェのご両親を殺したようなものなんだけど、フーシェは私のことを憎んでいるかしら?」  

 確かに。
 かつてレーヴァテインに住み、ドミナントの襲撃によって国を滅ぼされたフーシェにとっては、間違いなく仇であるだろう。
 だが、それをフーシェはどう思っているのか。

 僕は、ローム大森林でフーシェと話したことを思い出す。
 彼女はあの時、レーヴァテインが戦争に負けたことはいいと言った。
 弱いものが強いものに負けるのは当然と考えている節があったが、リズは気にしているのだから、全ての魔族が割り切ることができる問題とは思わない。
 ただ──

「フーシェは、分かってくれるよ。リズが実際にフーシェの町を攻めた訳ではないんだろ?」

 コクリと頷くリズは、少し困ったような表情だ。
 そんな心配顔のリズに、僕は優しく微笑む。

「昨晩、リズは自分が『ドミナント出身の魔王』って言ったよね。その時から今まで、フーシェはリズのことを敵視していたかい?」

 僕の言葉を聞くと、リズはハッとしたような顔で先を歩くフーシェを見た。

「ん。何?」

 勘の鋭いフーシェは視線に気づいたのか、クルリと振り返り僕達に声をかける。

「わ、な、なんでも──」

「ねぇ、フーシェ。フーシェはリズのことをどう思う?」

 慌てるリズの声を遮って、僕はフーシェに声をかける。

「ちょっと、ユズキ!いきなり何を!」

 単刀直入にフーシェに聞いた僕を、ありえないというふうに、リズは僕の手を掴むとグラグラと揺さぶる。
 そんな僕達の様子を見たフーシェは小首を傾げる。

「ん?新しい遊び?」

 僕が違うよと、首を横に振る。
 それを見たフーシェは得心したように、ポンと手を叩いた。

「スタイルがいいから、正直羨ましい。フーシェも大人モードになれば互角になれるかもしれない」

「ちょ!いきなり何をっ!そういう意味ではないわよ!」

 顔を赤くするリズの様子を、不思議そうに見るフーシェだったが、ローガンにポンと肩を叩かれると、「何?」と前を向いてしまった。

「全くもう、いきなり聞くなんて、ユズキはどうかしてるわ」

 顔を上気させたリズに僕は謝罪する。

「ごめん、ごめん。でも、分かっただろ?フーシェにとって、リズは憎むべき相手じゃないんだって」

 僕の言葉を聞いたリズは、びっくりしたような表情で、前を歩くフーシェを眺める。
 リズは数歩歩くと、視線を地面に落とした。
 リズはしばらく黙って歩いていたが、その肩が少し震えるのを見た僕は、そっとハンカチを差し出した。

 無言でハンカチを受け取り、顔を隠しながら目にあてがったリズは、やがてポツリとこう呟いた。

「世界がみんな貴方達のような人だったら、戦争なんてしなくていいのに──」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 港に降りると、丁度僕達が護った船が入港してきた。

「おぉ、大きい」

 全長100メートル程の帆船が近づくと、その迫力はなかなかのものだ。
 船体は青みがかったねずみ色に塗られており、海上迷彩のようだ。
 先程、高台から見た時もマストのお陰で判別がついたが、あまり船の形を知ることが困難だったのは、船体の色のせいもあったのだろう。

「海の魔物の目から少しでも逃れるためよ。海の色に似せて、襲われるのを防ごうとする知恵よ」

 そう教えてくれたのは、少し気持ちを切り替えることができたのかリズだった。

「ん。でも、小さい船はもう少し色が明るい」

 フーシェが、そこかしろに停泊する中型から小型の船を指さした。
 確かに、それらの船の色はみな木造らしい焦げ茶であったり、白く塗装されており、明らかに目立つ色だ。

「中型くらいでは、外海に出ませんからな。何かあった時に見つけてもらえる色の方が都合が良いのです。逆に怪しい色は密輸船や密猟に使われることがありますので、余り近づきたくないものですな」

 ローガンが髭をつまみながら、僕達に教えてくれる。
 ローガンとリズがいるだけで、僕達の知識はかなり更新されていくようだ。

「ありがとう、ローガン、リズ。知らないことばかりで助かるよ」

 僕がそう言うと、ローガンはにっこりと微笑み、リズは眼をパチクリとさせる。

「勿論です。それがパーティーというものでしょう。左様でございますな、リズ様?」

「わたしが⋯⋯ユズキのパーティー?」

 戸惑うリズにローガンが、やや芝居がかった声をあげる。

「おぉ!私はてっきり、リズ様は既にパーティーの一員と認識していたものですが、そうでなかったというのならば、このローガン。既に頭もリバースしておるようでございます!」

 ローガンが、『レベルリバース』のことを自虐ネタに使えるまでになったのはビックリだけど、片目を瞑ってリズにウインクする姿は、彼の考えあってのものだろう。

「え、えぇ!皆が認めてくれるなら⋯⋯」

 リズが小さく頷く。

「ん。頼もしい」
「よろしくお願いします!リズさん!」

 リズはフーシェの言葉に瞳を潤ませ、イスカの言葉に笑顔を見せた。
 その様子を見ていたローガンが、そっと僕の横に近づいてくる。

「いいものですな。人族、エルフ、魔族が、しかもお二人は敵対していた国の王族同士。この、パーティーを見ておりますと、セラフィラルの希望を見ているようでございます」

 人差し指で涙を拭うリズを見ながら、ローガンは小さくため息をついた。

「さて、いよいよ私はジェイク様を諌めなければなりませぬな」

 そう言ったローガンの瞳は、先程のおどけた様子はない。
 彼の奥底に秘めた決意が厳然と表れていた。



「着岸するぞー!!」

 港側の作業員が大声を張り上げる。
 まさに、船は桟橋と接触しようとしており、船の上からは太い綱が係留のために放り込まれていた。

 桟橋に落ちてきた綱を、作業員達が大急ぎで係船のために金具へと巻き付けている。
 よく見れば、作業をしている人達も魔族なのか、やや青白い肌や緑色の肌をした人影が多く見えた。

「おい!そこのお前ら!作業の邪魔だぞ!!」

 作業員を取り仕切っているらしい、大柄な魔族の男が僕達に向かって大股で歩いてくる。
 2メートルを軽く超える巨体は、ゴーレムのようだ。

「私は、この船の船長に用があるのよ!」

 毅然とした態度でリズが前に出た。
 その凛とした声に、男は思わず面食らったようだったが、すぐに声を荒らげた。

「うるせぇ!人族のガキが指図するんじゃねぇ!」

 さすが、肉体派の見た目に負けない荒っぽさだ。
 しかし、リズは一歩も引かない。

「あら?私の魔法を見破れないレベルで粋がらないでほしいわね」

 そう言うと、リズは認識阻害の魔法を解除する。
 それも、男にだけ分かるように対象を絞ったらしい。

「ま、魔族⋯⋯それも、この距離で見抜けないくらいの高度な魔法を操るなんて⋯⋯」

 その反応から、男はリズの正体を知らないようだったが、リズの魔法のレベルが高度なものであると認識はできたらしい。
 たちまち、男の顔が青くなった。

 そんな時だ、突如船の上から落雷のような大声が響いた。

「待ちな!そいつらは、命の恩人だ!!手を出すんじゃないよ!」

 その声を聞いた桟橋の作業員達が、上官に「気をつけ」の号令をかけられた軍人のように直立不動の姿勢を取った。

「アイマム・キャプテン!」

 直後、船の上からヒラリと一つ人影が身体を翻すと、僕達の眼前へと舞い降りた。

ドンッ! 

という重量感のある音と共に人影が身体を起こす。

「先程は、部下が失礼した。改めてお礼を言うよ。私はこの船『レグナント号』のキャプテン、ビビって言うんだ。よろしくな」

 思わず見上げてしまう巨体。
 そこには、マントを颯爽と翻した海の女、ビビと名乗った赤黒い肌の魔族が立っていた。

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