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第1章 中立自由都市エラリア

ドラゴンの装備を受け取るようです

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「全く、ほんといい仕事だったぜ」

 そう言い放った男性は、僕たちが受けた依頼『レッサードラゴンの討伐』の依頼主である、ドワーフのオムニだ。
 彼は、蓄えた顎髭を労わるようにさすると、自分の仕事ぶりに納得したのか大きく頷いた。




 いや、本当に大変だった。
 ドラゴンをギルドに提出したものだから、ギルド内はパニックになってしまったのだ。
 果たして、あの場にいたラムダンが戒厳令を引いてくれなければ、今でさえ町を歩くことすら困難だっただろう。

「ユズキ達によってドラゴンが討伐されたと外部に漏らしたとギルドが判断した場合、冒険者ライセンスを剥奪する」

 果たして、その言葉にどれほどの効力があったのかは定かではないが、今の所大きなトラブルに巻き込まれていないことが救いだった。

 そして何より、素材を持ち込んで大喜びしたのはオムニ達だ。

「ドラゴンも何も⋯⋯こいつぁ、大地龍アースドラゴンじゃねぇか。マジで進化しやがってたんだな」

 手にしていたハンマーを地面に落としそうになったオムニだが、次に僕がクリスタルゴーレムの半身とドラゴンの子供2体まで提出したものなのだから、最後にはオムニ達は腰を抜かしてしまっていた。

 しかし、そこは歴戦のドワーフ達。嬉々として素材に群がる様は、黄金に輝く樹液に飛びつく甲虫達のようだ。
 そんなこんなを経たあと、結局僕たちはこの素材の管理はドワーフ達に一任することとし、報酬としてはその一部を以て装備を作ってもらうことを依頼していたのだ。

「おい、兄ちゃん──じゃなかった、ユズキよぅ。気持ちは有難いんじゃが、こんな国宝級の素材をこんな工廠では管理しきれんぞ」

 確かに、ドラゴン1体だけでその大きさはゆうに50メートルを超える。
 素材の盗難や、ドラゴン目当てで押し入るような盗賊が来るようなトラブルは避けたいということだった。

 それならばと、ギルドに相談を持ち掛け、ギルドで保管しているマジックアイテムの倉庫にドラゴン達素材は管理されることとなったのだ。もちろん、素材の一部をギルドに支払うという形はとったのだが、そもそもの素材の規模が規格外だ。
 ギルドとしてもトラブルを避けたいドワーフ達も利害関係は一致していた。

 そんな手続きにおおよそ3日が費やされ、ようやく腰を落ち着けて作業に取り掛かったオムニ達から、装備を受領する今日までには、約2週間の日が必要とされていた。

 そうそう、その間にフーシェの誕生日も星屑亭で行ったんだった。
 詳細は、また語る機会があれば話したいものだけど、どれはまぁ大変なものだったよ。

 そんな誕生日から慌ただしく日々は過ぎていったのだけど、初めの数日は誰かがドラゴンを討伐したと噂を流していないかが心配で、戦々恐々と過ごしてきたものだ。



 そして、今日。装備が出来あがったと聞いて、僕たちはオムニの元へとやってきた。

「いや、儂も幼少期に師匠から一度だけ、素材を触れて加工方法を聞いていたから良かったのじゃが、普通じゃこの鱗一枚さえ加工できんじゃろ」

 そう言い放ったオムニは、同僚から白い布に包まれた装備を受け取ると僕に手渡した。

「国宝級の装備じゃから、もっと盛大に祝いたいもんじゃが、見ての通り無骨もんでな。これで勘弁してくれぃ」

 そう言うと、オムニは覆われていた白い布を取り外す。
 そこには、土色の一枚の鱗が成型された胸当てが置かれていた。

「ほれ、ドラゴンの逆鱗から作った最高のものじゃ」

 そう言うと、オムニは胸当てをイスカへと差し出す。
 その革の色にも似た鈍い輝きを放つ、鱗から精製された防具をイスカは片手で取ろうとして──

「ひゃっ、重い!」

 受け取ろうとして、片手では持ち上がらないほどの重量に驚く。

「はっはっはっ!!」

 その様子を見ながら、オムニは笑い声を上げた。

「嬢ちゃん、生活魔法レベルでええ。魔力を流してみぃ」

 オムニに言われるがまま、おずおずとイスカは魔力を流し込みながら、再び胸当てを手に取る。

「──何ですかこれ!!今度はとてつもなく軽いです。まるで羽根のようです!!」

 驚きで目を丸くするイスカの様子をオムニは満足そうに見上げると、大きく頷いた。

「ハアッハッハッ!驚いたじゃろう。ドラゴンの鱗は魔力伝道回路という性質を持っておってな。サイズに比べてべらぼうに重いのじゃが、魔力を流すことでその質量がほとんど消えるんじゃ。ほれ、あの巨体が異常なまでに速く動けるのはそれが理由じゃ」

 うーん。納得だけど、そういうことは早く言ってくれないと⋯⋯。間違えてイスカが足に落としでもしたらどうするつもりだったのだろう。

「まぁ、ほんの少しの魔力で作動するもんじゃから、魔力を大幅に喰らうことはない。そして、これは今回調べて、一番硬い逆鱗の一枚を用いたものじゃ。普通の攻撃では、心の臓を貫かれることもあるまいて」

 受け取ったイスカは目をキラキラとさせながら、新たな装備の軽さに驚きながらじっくりと手に取って胸当てを眺めている。

「ん。私のは?」

 その様子を眺めていたフーシェが、頂戴という風に両手をオムニに向けて差し出す。
 レベルが上がり姿を変えるような出来事があっても、フーシェはフーシェだ。
 マイペースそのもののフーシェの行動に、オムニは白い歯を見せると笑いかけた。

「おぅ、ちっこい嬢ちゃんも待たせたなぁ。──こいつぁ、すげぇぜ」

「ん。本当はもっとグラマーなイスカより胸もある女になれるのに──」

 ぽつりと呟いたフーシェに、イスカが小ぶりな胸を押さえながら嫉妬の視線を向ける。

 いや、初日に薄布一枚越しに拝見してしまったから言えるけど、⋯⋯最高です。
 とは、絶対に口に出して言えないけどね。

 さて、オムニは今度は作業台の上に置かれた少し大きめの布を掴むと、一気に広げて見せた。

「おおっ!」
「綺麗⋯⋯」
「ん」

 三者三様、僕たちは感嘆の声を上げる。
 そこには、刀身を漆黒に輝かせる1対の双剣が厳かに置かれていた。刀身はフーシェの体格には少し大きい70cm程度。柄はやや赤みを帯びた有機的でグリップの良さそうな素材でできている。

「こいつは、ドラゴンの後ろ足の一番大きい爪から削り出した逸品じゃ。──名付けて『アースブレイカー』。これは、儂ら工廠の奴らが1週間交代で休むことなく削り出した努力の結晶じゃ。そしてその柄を見てみぃ。そいつはドラゴンの角から削り出したもので、魔力の親和性が抜群じゃ。魔力を流したその剣で一撃で斬れぬものはオリハルコンくらいじゃろう。まぁ、オリハルコンとやり合っても十分戦えるものじゃろ」

 凄い、普段表情が少ないフーシェさんが目をキラキラと輝かせているよ。

 その様子が何だか微笑ましい。

「で、これが⋯⋯。ほれ、お前さんから注文を受け取ったもんじゃい」

 オムニは、今度は僕に小さい袋を差し出した。
 そう、この中にはもう一つの素材からオムニに作ってもらうために依頼していた物が入っていた。

「こういう小物は苦手でのぅ。こいつは娘に作らせたものじゃが、なかなか良い感じじゃぞ」

 僕が袋を開けると、そこには僕が想像していた以上に素晴らしい物が出来上がっていた。
 袋から取り出してみると、透き通るような透明に少し水色を加えたような結晶で形作られた、花をモチーフとした髪留めと、同じ素材だが色はやや明るい紫色のカチューシャだ。

 そう、僕が頼んでいたのは、イスカとフーシェにプレゼントするための物だった。
 この素材は、クリスタルゴーレムが身体に宿していた鉱石を加工してもらった物で、密かにお願いをしていたのだ。

「2人とも」

 僕が声をかけると、受け取った装備に夢中になっていた2人が振り向く。
 そして、すぐに僕の手に光輝くアクセサリーが握られていると知ると、先ほど以上に瞳を輝かせるのだ。

 うん、やっぱり女の子はアクセサリーは大好きだよね。

 2人の反応に安堵しつつ、僕は自分の彼女であるイスカの前に立つ。
 そっと花の形の髪留めを差し出すと、僕はイスカに微笑む。

「はい、イスカ。誕生日──はまだ先だけど、日ごろの感謝を込めてプレゼントしたいんだ。⋯⋯受け取ってくれるかな?」

 恥ずかし気に言うと、イスカは瞳を大きく見開くと満面の笑みで大きく頷く。

「はい!もちろん!!──そして、できればユズキさんにつけてもらいたいです⋯⋯」

 えっ!

 恥ずかし気に視線を逸らすイスカ。僕が横を見ると、ニヤニヤと髭をさすりながら笑みを浮かべるオムニと、楽し気に『アースブレイカー』を構えるフーシェの姿。

「じ、じゃあつけるよ」

 イスカ以外の女の子の髪なんて触ったことのない僕にとって、髪留めをつけてあげるなんて緊張以外の何物でもない。
 少し上ずった声で、僕はおそるおそるフーシェの左側の髪をかき上げる。
 ほんのりと恥ずかし気に赤みを帯びた耳が見え、僕の緊張は頂点に達してしまう。

「⋯⋯できたよ」

 つけ終えて何だけど、これで合ってる⋯⋯よね?
 変じゃないよね。

 イスカは、頬を赤らめたまま、そっと左手で僕がつけた髪留めに愛おしそうに触れると小さく頷く。

「ありがとうございます。──一生大事にしますから」

 オムニは、僕たちのやり取りに気恥ずかしくなったのか、「見ちゃおれん」といった風に分厚い手で目を隠してしまった。

「ん。今度はフーシェ」

『アースブレイカー』をベルトの鞘にしまったフーシェが軽やかなステップで僕の前へと踊り出る。
 その足取りから、フーシェのご機嫌が良いことは明らかだ。

「うん。──フーシェ、ローム大森林ではごめんね。そして、遅くなったけどこっちが本命のプレゼント。もらってくれる?」

 クエストから帰り、星屑亭で行った誕生パーティーでプレゼントは渡していたのだが、僕の本命はこちらだ。
 僕が不思議な気品の湛えた紫色のカチューシャをフーシェに差し出す。

「ん。違う」

 そう言うと、フーシェは今身に着けているカチューシャを人差し指で指し示した。

 なるほど、つけて欲しいってことだよね。

 僕は、少し周囲を見渡すとフーシェのカチューシャを外す。
 カチューシャを外すと魔族の証である紫色の角が見えるのだが、この工廠内には、オムニを初めドワーフ達しか姿が見えなかった。
 そっと僕はカチューシャを外すと、耳のやや上方にちょこんと紫色の角が見える。
 思わす触れてしまいたくなるが、何となく変態扱いされそうなため、僕はグッとこらえると新しいカチューシャをつけてあげた。

「ん。ありがとう。──角、触れても良かったのに⋯⋯」

 ポツリとフーシェは呟きながらも、嬉しそうにカチューシャを上から押さえた。
 そして、そんな様子を見ていたオムニはもう限界だという風にこう叫ぶのだ。

「カーッ!こんな甘い雰囲気をここで作るんじゃない!塩気のあるものとエールを持ってこい!流し込まんと、この甘い空気が夢にまで出そうじゃわい!!」

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