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第1章 中立自由都市エラリア

ドラゴンを狩るようです②

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 嫌な予感。
 そんな物はいつだって唐突だ。
 僕は、目の前で崩れ落ちるゴーレムを呆然と見つめながら、迫りくる災害と対峙していた。

 眼前にそびえるのは、間違いなくレッサードラゴンだったものなのだろう。
 だが、その巨体はレッサーという肩書きなど既に消えていた。

 進化したんだ。

 オムニ達の依頼に書かれていた、「ドラゴンに進化している可能性」という文言が脳裏に思い返される。

 グオオオッ!!

 怒り狂うその声は、明らかに子を失った母親のそれであった。
 確かに、素材探しという名目で洞窟を荒らしに来たのは僕達の方だ。
 否を認めるなら、僕らの方が彼女らの縄張りを犯した侵略者であることは明らかだ。
 だけど、今彼女の怒りを収める術はなく、ならば立ち向かうしかない。

 ゴーレムのどこにあるか分からない核よりも、生物としての型を持っているドラゴンの方がやりようはある。

「僕はここだ!」

 セラ様AI、『能力値譲渡』の持続時間は!?

『残り3分です』

 セラ様AIの回答に僕は緊張感が宿る。
 僕だけなら、きっとドラゴンを泥仕合の末に撃破することはできるだろう。
 だが、イスカとフーシェの二人は強化がなければ、ドラゴンの一撃の元、その生命を散らしてしまう恐れがある。

 僕に攻撃を引き付けないと!

 その一心で、僕はドラゴンの進路を塞ぐように立ちはだかる。

 ──でかい!!

 それは最早、ジャンボジェットに挑むようなものだ。
 いくら手にした剣に風魔法が付与されたとしても、何回斬りつければ、この巨体を倒し切ることができるのか。

 ──グルルッ

 ドラゴンの身体は、先程倒した小竜と同じ土気色。
 四肢の筋肉は小高い山のようであり、背中に折りたたまれた翼は広げると視界を覆い尽くすだろう。
 存在を誇示するかのような2本の角は力の象徴であり、金色の瞳は怒りの中に知性を感じさせた。

 荒れ狂う荒波のような足取りで近づいてきていたドラゴンは、僕を見ると突っ込んでくるような真似はしなかった。

 フンッ!と鼻を引くつかせると、ドラゴンの視線は僕の後方へと釘付けになった。

 ──ヤバい!このドラゴンは明らかに二人を狙っている。

 オオオッ!

 その、長い首をもたげたと思うと、ドラゴンは灼熱の炎をイスカとフーシェの頭上にある洞窟の天井へと吐き出した。
 二人を生き埋めにするつもりなのだ。

「二人共!」

 僕が叫ぶと同時に、フーシェはイスカを抱きかかえると跳躍した。
 強化した敏捷力のおかげか、フーシェとイスカは天井が崩壊する寸前に抜け出すことに成功する。

「ん。さすがユズキ。ナイス判断」

「あれって!絶対ドラゴンですよね?」

 僕の側にやってきたフーシェは相変わらず表情に乏しいが、その声には安堵が感じ取れる。
 対するイスカは眼に涙を浮かべながら半泣きの状況だ。

「あいつのレベルは?」

 ワイバーン亜種で50くらい、ならばドラゴンだとどうなってしまうのか?

 果たして、フーシェから帰ってきた回答は絶望的なものだった。

「レッサードラゴンで45。ドラゴン、成り立てだけど60は超える⋯⋯。魔大陸でも、ほとんどいない。エンシェントドラゴンだと魔王と同じレベル80程度」

 OK。ラスボス手前と思って間違いない強さだよ。

『警告、能力値譲渡解除まで残り1分』

 グルルルッ

 さて、先に倒そうとしていたイスカとフーシェは僕の側にまでやってきた。これで、ドラゴンは当初思い描いたであろう、イスカとフーシェの始末をすることができなくなったわけだ。

 ドラゴンは、その知性からか闇雲に僕達に攻撃を仕掛けてはこない。
 怒りに満ちた目で、次の一手を考えているのだ。

 オオンッ!

 瞬間、ドラゴンの前に魔法術式が組み上げられた。
 それは、ほぼ無詠唱に近い速度で発動される。

 ゴゴンッ!

 僕達の周囲に突如石壁が土中から出現すると、すっぽりと僕達を閉じ込めてしまった。

「真っ暗です!」

 イスカの叫び。そう、石壁の中には光源を発する物は何もない。
 一瞬にして、薄赤く見えていた視界が闇に染まる。

『能力値譲渡解除まで残り30秒』

 迷っている暇はない。

『セラ様AI継続だ!それもタイムラグなしに!』

 冷静になって考える暇をドラゴンは与えてはくれなかった。
 ならば、防御力だけでも上げておけば、二人を守ることはできる。

『了解です』

「怖い」

 以外にも声を漏らしたのはフーシェだった。
 それは、普段感情を読み取ることが難しいフーシェの表出した素直な感情。

「二人共!僕に掴まって!」

 本当に、二人が手の届く範囲にいたことが救いだった。
 伸ばした手が、イスカを抱きかかえたフーシェに触れる。
 その身体を抱き寄せて、しっかりと掴んだ瞬間。

 ドゴンッ!!

 耳をつんざくような石壁が破壊される音と共に、僕達の身体は衝撃と共に吹き飛ばされることになった。

 僕の背中は周囲を囲む石壁を突き破ったかと思うと、うす赤い外の光が一瞬見えた。  
 そして、次の瞬間には再び僕の背中は背後の鍾乳石にぶつかり、視界は砂埃に覆われる。

 足が地面に触れていれば踏ん張ることもできるのだろうけど、空を舞っているのだから仕方がない。
 背中に当たる衝撃から、必死に二人を守るために強く二人の小さな身体を抱き寄せる。

 ──オオオッ!!

 砂埃に眩む視界に、ドラゴンから放たれた火球が見えた。
 ゴウッと、勢いよく放たれた炎は、吹き飛ばされる僕達の頭上を勢いよく飛び越え、天井へと打ち付けられる。

 ドゴォッ!!

 丁度、僕達の身体が洞窟の壁にぶつかると共に、頭上からはドラゴンの火球によって崩壊した石片が雨のように降り注ぐ。

 僕達をこのまま生き埋めにするつもりだ!!

 降り注ぐ石片に耐えきることができず、3人の身体は石片と砂の中に隠れてしまう。
 あっという間に視界は真っ暗になり、降り積もる石片がシンシンと降る雪のように僕達の身体を圧した。

『能力値譲渡の持続が終了。オーダーに基づき継続します』

 脳内にセラ様AIの声が響く。

 タイムラグなく、能力が行使されることに僕はほっとする。
 この状況、一瞬でも強化が切れればイスカとフーシェの身体は、石片の重みによって一瞬で潰れてしまうだろう。

「『光球ライトボール』」

 イスカの声が響くと共に、石片の山に埋もれる僕達の中に灯りが灯される。

「眩しい!」

 狭い中で光源が放たれたため、一瞬僕達の視界は真っ白に染まる。しかし、イスカは巧みに光源の位置をずらすと、狭い空間の状況が分かることとなった。

「ん。ここにいる」

 一瞬の出来事で、把握することもできていなかったが、倒れ込むように横たわる僕の上に覆い被さるように密着しているのがフーシェだ。
 右手にはイスカが、僕の脇腹にくっつく様に横たわっている。
 3人がほとんど重なる様に埋もれている場所の隙間からでしか、スペースが産まれていない。
 ほとんど土中に埋もれる形の僕達は、この状況を何とかしないとすぐにでも酸素が尽きてしまうだろう。

「ここから出ないと」

 僕は両手で頭上の石片を押し上げる。
 高レベルは、ここでも役立つのかすぐに幾重にも積もる石片を物ともせずに手応えと共に押し上げることができた。

 ──しかし

 ゴンッ!

 僕の腕には2本が如何に力が強くとも、持ち上げることができる場所は手の平サイズしかない。
 途端に、頭上の石片は割れ、またもや砂や石の欠片が僕達が存在する隙間を埋め尽くそうと降り注ぐ。

「私達、生き埋めになるの?」

 こんな依頼、受けなきゃ良かった。

 そんな気持ちが正直に湧いてきてしまう。
 死という状況が本当に身近に感じ、心臓はバクバクと動いている。

 悔しい。

 折角異世界に転移したのに、数日で死んでしまうことになるのか?
 いや、僕だけならいい。
 だけど、イスカとフーシェを死なせてしまうのは絶対に嫌だ!
 いくらレベルカンストの僕でも、窒息だと死んでしまうし、何より先にイスカとフーシェが保たない。

 何か柵はないのか!?考えろ、僕!!

 ドラゴンは僕達を警戒しているのか、ゆっくりとした足音が遠くから響くが、折角埋もれているのだからと、無暗に追撃をかけようとしてくる気配はない。

「ん。私にユズキの『解析』をかけてみて」

 突如、僕の胸に伏しているイスカが囁いてくる。
 理由は分からないが、何か大事なことが隠されているのだと直感する。

「分かった」

 このままでは手詰まりだ。

光球ライトボール』のお陰で明るく輝く瓦礫の中で、フーシェの顔は少し緊張しているように見える。

「『解析』」

 僕がフーシェにスキルを使うと、ぼんやりとフーシェの顔の横に『解析』の結果が現れた。



【状態異常】  『封印』



「封印って何?」

 僕の問いにフーシェは、フルフルと首を横に振る。

「ん。ユズキの目で見て」

 フーシェに促されるまま僕は、『封印』の詳細を確認する。
 そこには、こう書かれていた。

『封印』 レーヴァテインの魔術師100名を以て、フーシェに施された封印。

『警告、対象2名への『能力値譲渡』効果終了まで残り4分』

 脳内にセラ様AIの声が響く。もはや時間はかけることができない。

「ユズキ、『情報共有』でフーシェのスキルを見て何か思わなかった?」

 フーシェのスキル……?
 必死に記憶を辿る。今までの戦闘、そのスタイルや戦いを見て特に違和感があるように思えなかった。特に、戦闘では多彩なスキルで僕たちを幾度も助けてくれたものだ。

 僕が回答に困っていると、「あっ」と、何かに気づいたのかイスカが声をあげた。

「フーシェちゃんって、魔法が使えない……?」

 おずおずと回答するイスカの答えに、フーシェは僕の胸の上で小さく頷く。

 そんなばかな?確かに記憶では「魔法」という単語をスキルの中に見た記憶があった。そして、彼女が普通に生活魔法を使用して火を起こす姿も見たことがあったのだ。
 そんな僕の考えを察したのか、フーシェは小さく首を振る。

「それは『生活魔法』。『封印』をかけられる前に覚えていた魔法、私は4歳の頃に『封印』をかけられた。レーヴァティンの魔術師100人分の魔法でかけた封印。これが私の魔力活性を遮っている、そして、これをかけるよう指示したのは父親と母親。その理由を私は知らない」

『警告、対象2名への『能力値譲渡』効果終了まで残り3分』

 リミットは刻一刻と迫ってきていた。
 その時間的な猶予を知ってか、フーシェは決意したように僕に嘆願する。

「ユズキ、お願い。フーシェの『封印』を破って」

 今までに見たことのない、フーシェの怯えるような瞳に僕の視線は吸い込まれていくのだった。
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