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第1章 中立自由都市エラリア
始まったと思ったら終わったようです
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あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。
よく分からない光の束が空を疾走ったんだ。
次に、空が裂けたかと思うような雷の雨が落ちたんだよ。
最後に、地面から針山ができたかと思ったら、ワイバーンを串刺しにしたんだ。
それで全てが終わっていたんだ。
衛兵の一人は、そう後に語ることとなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
イスカの指先から、ファイヤされてしまったそれはもはや『魔法矢マジックアロー』のアローの部分を訂正しなければならない。
なぜなら放たれたそれは、僕の前世の世界からみたら間違いなく、古い人なら有名な戦艦の最終兵器を思い出すだろうし、最近の人なら金色の髪の戦士がよく放つ技にそっくりだったからだ。
ビーム兵器と化した、その太さは弦と同じく2メートルに迫る。洋弓というよりは和弓に似た形の形状一杯に溜め込まれた魔力の矢は、イスカの制御を離れると、文字通り光となって同じく2メートルはあるだろうというワイバーン亜種の首を一撃で吹き飛ばした。
やってしまった。
そんな僕の思いは、次の瞬間後悔の念にまで引き上げられる。
「うはっ!景気ええなぁ!ウチもいくで!『神雷雨』やない!こいつわ『万雷雨』や!!」
精神がハイに染まったサユリが杖を振り回しながら叫ぶ。
その横には恍惚とした表情のアルティナが、同じく杖を舞うように振るうと心地よさそうに叫ぶのだ。
「うふふ、その哀れな翼を地面に貼り付けてあげるわ!『ガイアニードル』!」
次の瞬間、天変地異が起こった。
一瞬でリーダーの首が吹き飛び、固まったワイバーンの群れを襲ったのは、突如頭上に出現した雷雲から降り注ぐ、文字通り雷の雨だ。
それだけで24頭はいたはずのワイバーン全てが雷に打たれて、こんがりと焼け落ちると、次の瞬間には地面から剣山のように突き出した岩の針がワイバーン達を貫いた。
その一撃が、ワイバーン亜種の身体を深々と突き刺すと、その巨体はガイアニードルに貫かれた勢いそのままに、猛スピードでこちらへと落下し始めてきた。
「やばい!みんな逃げるよ!」
僕の悲痛な叫びは虚しく、振り返ると気持ちよくぶっ放した三人娘達は満ち足りたような表情で、地面で転がっていた。
ちょっと、すごく充実した顔をしてるけど、目下ワイバーンの巨体がここに向かってきてるんだよ?
「へへ、気持ち良すぎや~。今までの鬱憤全部吐き出したで~」
サユリはゴロゴロと地面を転がっている始末だ。
「あー!もう!!」
こうなれば僕自身で、ワイバーン亜種の巨体を吹き飛ばさなければいけないけど、剣一本しか持っておらずスキルもない僕にできるのか?
考える暇はない。
僕は軽く助走をつけるために駆け出す。
まだ上空にあるワイバーンの身体には辿り着ける。あとは、その巨体をどうするかだ。
「ん。遅くなったけど手伝う」
「え!?」
逡巡する僕はいきなり隣から声をかけられた。
その声には聞き覚えがあった。
フーシェだ。
『星屑亭』の給仕服はそのまま、腰には双剣を差すためのベルトが巻きつけられていた。
「さっきの見てた。あれ、私にもかけて」
僕の歩調の意図を汲みしているのか、今にも助走からワイバーンに向かって跳躍しようとしている。
レベル25のフーシェの強化。
頼らないわけにはいかない。
「分かった。いくよ『能力値譲渡』!」
攻撃力と素早さの能力値を込めた青い光が、今度はフーシェに吸い込まれる。
少しフーシェは身震いをしたが、その助走が遅くなることはない。
「ん。これは癖になりそう⋯⋯じゃあ、お先」
言い終えるやいなや、フーシェは一気に跳躍した。
ドゴンッ!と地面にクレーターをつける程の跳躍。
僕は慌てて急制動をかける。
あっぶない!
跳躍したフーシェは、まるで鉄砲玉のようにワイバーンの巨体に向けて飛翔する。
「──いくよ、『八八斬り』」
ワイバーンにフーシェが接触する直前。フーシェは両手に持っていた刃渡り50cm程の双剣を閃かせた。
キュインッ!と、心地よい音を立ててフーシェが刃を振るう。
次の瞬間、ワイバーンの巨体はギュバッ!と音を立てて裂けてしまった。
「縦横8個に切るから64個のサイコロのできあがり⋯⋯ん。いつもの3倍くらい切れ味良くなった──。あ、1個肉片そっち行ったかも」
うわ!肉片といっても、この大きさテトラポットくらいの大きさがあるぞ!
慌てて僕は、3人の女の子の前に立ちはだかると、降ってきた肉片を両手で受け止めた。
ドヂャッ!
本来ならタンクローリーに激突された程の衝撃があるのだろうけど、さすがレベル9988はダテじゃない!
全くといってその質量と衝撃も、僕に被害を及ぼすことなくその勢いを殺され──
バチャッ!
僕の身体は四散したワイバーンの血によって真っ赤に染め上げられることになってしまったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さ、寒い!!」
僕は今、震えながら井戸水で身体を洗い流している。
キンキンに冷えた井戸水は、ぽかぽかとした陽気の中でも肌を刺すように冷たい。
なんでこんなことになった?
いや、血塗れになったのは仕方ないよ。
でも、ワイバーンが来たから、大衆浴場が休館になったって⋯⋯
理由は分かるけど、このワイバーンの血に塗れた僕は、そのせいで風呂に入ることもできず、『星屑亭』の中庭にある井戸を借りて血を洗い流しているのだ。
しかし、我慢しなくてはワイバーンの血はベトベトだし、かかった体液も生臭い。
今まで僕にピッタリと寄り添っていたイスカが、一歩離れて歩いてたことから、その臭いは相当なものなのだろう。
うん、やっぱり異世界は入浴文化をもっと広げるべきだよ。
震えつつも、僕は最後の一押しにと井戸水をかぶった。
ひいっ!!
脳天からつま先まで駆け抜ける冷気に身悶えながら、僕は立ち上がる。
腰にタオルを巻いているだけの僕は、およそホテルの中庭にいてはいけない出で立ちだ。
ここは、そそくさと退散することとしよう。
余りの寒さに身体を両手で抱えていると、スッと白いタオルが差し出された。
そこには、短剣を外したフーシェが、いつも通りの表情少ない顔で無言でタオルを僕に渡そうとしてくれていた。
「あわ、あ、あ、あありがとう」
寒すぎて、唇がうまく動かず、産まれたての子鹿のような動きで僕はタオルを受け取る。
頭をさっと拭いて身体にタオルを巻き付ければ、少しではあるが寒さが和らいだ。
「ん、まだ臭いが耐えれる程度になった」
クンクンと鼻を動かすフーシェに、僕の顔は思わず引きつる。え、まだ洗わなくてはいけないのかな?
僕の心配をよそに、フーシェは両手をVの字にするとおどけたように口を開く。
「大丈夫、フーシェは常人より遥かに鼻がいい。人間やエルフくらいの嗅覚なら問題なし」
にぎにぎと指を曲げる仕草は、どことなく見ていて愛嬌がある。
昨日や朝はフーシェに散々振り回されたが、こうやってタオルを渡してくれる所は素直に優しいなと感じる。
「そっか、ありがとう。──あぁ、そうだ。さっきは助けてもらったお礼をしてなかったよね。ワイバーンの討伐の時はありがとう」
僕が素直に礼を言うと、フーシェは少し不満があるのかツイと顔をそらした。
「本当は、フーシェがあの特別なワイバーン倒したかった。久々にレベル上がるチャンスだったから、でも先にイスカが倒した」
なるほど、あの場面でフーシェが来た理由は、戦闘に参加してレベルをあげようとしたからなのか。
イスカの言葉を思い出すと、普通に生きていくにはレベルは余り重要ではない。モンスターを倒すことで得られる魔素を吸収することで、冒険者は強くなる。
しかし、宿屋で働いている限りでは、そういう場面に出くわすこともほとんどないだろう。
でも、だからと言って単身ワイバーンに向かおうとするなんて⋯⋯
僕が強化していなかったら、今頃どうなっていたことやら。
僕が少し困り顔をしているのを見抜いたのか、フーシェが不思議そうな顔をする。
「なんで、ユズキがそんな顔をするの?」
僕は問いに答える。
「はぁ、もしフーシェが一人でワイバーンに突撃して死んだらどうするんだよ。ミドラさんが悲しむぞ、僕が強化できたから良かったものの、普通に挑んだら勝てる相手じゃないんだろ?」
フーシェは、そう言った僕の顔を見て、さも不思議なことを言うやつだといったふうに小首を傾げた。
「何が不思議?あのワイバーンが来たらこの町が滅びる。そうしたら、私達も死ぬだけ。なら、倒しに行く」
きょとんとした顔で告げるフーシェは、僕とは価値観がまるで違っているようだ。
「はぁ、仕方ないよ。あの子は人族とは違うからね」
後ろから声がかかり、振り向くとそこにはこの宿屋、『星屑亭』の主であるミドラが腕を組んで立っていた。
いくら、ミドラが相手とはいえタオル1枚の所を女性に見られるのは気恥ずかしい。
「あの、フーシェの種族って一体⋯⋯」
僕が質問するより先にミドラは、バシンと僕の背中を叩いた。
怪力のミドラに素手で素肌を叩かれると、レベルのせいで痛くはないが痛いような気がするのは不思議な感じだ。
「魔族の血が入ってはいるが、込み入ったそういうことは本人に聞くんだね。それより、大立ち回りだったそうじゃないか!私はとある理由で行けなかったけど、こうやって市民が無傷なのは間違いなくあんたのおかげだよ。さ、主役がこんなところでモタモタしない。早く行った行った!」
ミドラに言われ、急かされるように僕は自室へと戻った。
「あ!おかえりなさ⋯⋯い⋯⋯」
部屋に戻ると僕は、待っていてくれたイスカが嬉しそうに僕に声をかけたが、僕がタオル1枚の半裸状態であることに気づくと、恥ずかしそうに顔を隠してしまった。
でも、人差し指と中指の間が少し開いてますよ。
そのポーズ反対側からだと、覗き見てることが結構分かるらしいんだからね。
まぁ、前世のお腹に比べると、しっかりと割れた腹筋はお見せしても良いような気もするが、耳を赤くしているイスカを見てしまうと、早く着替えなければと、一言イスカに「ごめん、着替えるね」と告げると僕は着替えを手に洗面所に駆け込んだ。
そう、ミドラに臭いからすぐ洗いに行けと言われた僕は、タオルや着替えを持つこともできず、井戸へ直行していたのだ。
まだかじかむ手でなんとか着替え終えると、人心地ついたように寝室へと戻る。
そこには、まだ少し頬と耳を赤くさせたイスカが、盆に温かいお茶を載せて僕に差し出してきた。
「温まりますよ」
イスカが笑顔で差し出してくれるお茶を僕は有り難く受け取る。
一口気をつけて飲むと、温かいお茶が身体を中から温めてくれることを感じた。
ハーブティーのような香りが、口いっぱいに広がると寒さで張っていた緊張もほぐされるようだ。
「生き返るよイスカ。ありがとう」
僕がお礼を言うと、イスカの耳が嬉しそうにピコピコと動いた。
その動きを見ると、ホッとするよ。
「あ、あの。さっきベスさんがやってきて、準備ができ次第冒険者ギルドに来てくれ、大至急だぞって言って去っていったんですが」
申し訳なさそうに言うイスカだが、ここに来るまでの道中でワイバーンの死体処理の陣頭指揮を執っていたベスから、絶対に冒険者ギルドに来いと言われていたから、行かなければとは思っていた所だ。
もう一回来るってことは、相当な念の押しようだ。
あまり目立つのも好きではないので行きたくないなぁ。
正直な気持ちはあるが、かといって社交性を断ってしまうこともできない。
乗り気はしないが、早めにやっかいごとは片付けてしまおう。
その前に⋯⋯
「イスカ、さっきの『魔法矢』凄かったよ。本当に助かった」
ドタバタで、しっかりとお礼を言えていなかったため、僕はポンとイスカの頭に手を置くと、優しく撫でた。
初めて触れる、イスカの頭は見た目通り小さく、サラサラとした髪は指の隙間に絡んでくるように櫛通りが良さそうで心地よい。
ボッと赤みを増すイスカの耳を見ながら、僕は初めての戦いが無事に終わったことに安堵する。
顔を赤くさせたイスカが、頭に置いた僕の手をそっと握る。そのままイスカは僕の手を下ろし、スッと背伸びをしたかと思うと。僕の頬には小さくて温かく柔らかい感触が押し当てられた。
「!!」
飲み込んだお茶よりも、冷え切った身体を溶かしてしまうようなイスカの行動に思わず僕の鼓動は早くなる。
そんな僕の表情を、少し意地悪く嬉しそうに見つめたイスカは、ニコリと笑って僕の手を取って進み出す。
「行きましょう。ユズキさん!」
イスカの言葉だけで、億劫になっていたギルドへの足取りも軽くなるのだから不思議なものだ。
僕達は揃って、冒険者ギルドへと足を踏み出した。
よく分からない光の束が空を疾走ったんだ。
次に、空が裂けたかと思うような雷の雨が落ちたんだよ。
最後に、地面から針山ができたかと思ったら、ワイバーンを串刺しにしたんだ。
それで全てが終わっていたんだ。
衛兵の一人は、そう後に語ることとなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
イスカの指先から、ファイヤされてしまったそれはもはや『魔法矢マジックアロー』のアローの部分を訂正しなければならない。
なぜなら放たれたそれは、僕の前世の世界からみたら間違いなく、古い人なら有名な戦艦の最終兵器を思い出すだろうし、最近の人なら金色の髪の戦士がよく放つ技にそっくりだったからだ。
ビーム兵器と化した、その太さは弦と同じく2メートルに迫る。洋弓というよりは和弓に似た形の形状一杯に溜め込まれた魔力の矢は、イスカの制御を離れると、文字通り光となって同じく2メートルはあるだろうというワイバーン亜種の首を一撃で吹き飛ばした。
やってしまった。
そんな僕の思いは、次の瞬間後悔の念にまで引き上げられる。
「うはっ!景気ええなぁ!ウチもいくで!『神雷雨』やない!こいつわ『万雷雨』や!!」
精神がハイに染まったサユリが杖を振り回しながら叫ぶ。
その横には恍惚とした表情のアルティナが、同じく杖を舞うように振るうと心地よさそうに叫ぶのだ。
「うふふ、その哀れな翼を地面に貼り付けてあげるわ!『ガイアニードル』!」
次の瞬間、天変地異が起こった。
一瞬でリーダーの首が吹き飛び、固まったワイバーンの群れを襲ったのは、突如頭上に出現した雷雲から降り注ぐ、文字通り雷の雨だ。
それだけで24頭はいたはずのワイバーン全てが雷に打たれて、こんがりと焼け落ちると、次の瞬間には地面から剣山のように突き出した岩の針がワイバーン達を貫いた。
その一撃が、ワイバーン亜種の身体を深々と突き刺すと、その巨体はガイアニードルに貫かれた勢いそのままに、猛スピードでこちらへと落下し始めてきた。
「やばい!みんな逃げるよ!」
僕の悲痛な叫びは虚しく、振り返ると気持ちよくぶっ放した三人娘達は満ち足りたような表情で、地面で転がっていた。
ちょっと、すごく充実した顔をしてるけど、目下ワイバーンの巨体がここに向かってきてるんだよ?
「へへ、気持ち良すぎや~。今までの鬱憤全部吐き出したで~」
サユリはゴロゴロと地面を転がっている始末だ。
「あー!もう!!」
こうなれば僕自身で、ワイバーン亜種の巨体を吹き飛ばさなければいけないけど、剣一本しか持っておらずスキルもない僕にできるのか?
考える暇はない。
僕は軽く助走をつけるために駆け出す。
まだ上空にあるワイバーンの身体には辿り着ける。あとは、その巨体をどうするかだ。
「ん。遅くなったけど手伝う」
「え!?」
逡巡する僕はいきなり隣から声をかけられた。
その声には聞き覚えがあった。
フーシェだ。
『星屑亭』の給仕服はそのまま、腰には双剣を差すためのベルトが巻きつけられていた。
「さっきの見てた。あれ、私にもかけて」
僕の歩調の意図を汲みしているのか、今にも助走からワイバーンに向かって跳躍しようとしている。
レベル25のフーシェの強化。
頼らないわけにはいかない。
「分かった。いくよ『能力値譲渡』!」
攻撃力と素早さの能力値を込めた青い光が、今度はフーシェに吸い込まれる。
少しフーシェは身震いをしたが、その助走が遅くなることはない。
「ん。これは癖になりそう⋯⋯じゃあ、お先」
言い終えるやいなや、フーシェは一気に跳躍した。
ドゴンッ!と地面にクレーターをつける程の跳躍。
僕は慌てて急制動をかける。
あっぶない!
跳躍したフーシェは、まるで鉄砲玉のようにワイバーンの巨体に向けて飛翔する。
「──いくよ、『八八斬り』」
ワイバーンにフーシェが接触する直前。フーシェは両手に持っていた刃渡り50cm程の双剣を閃かせた。
キュインッ!と、心地よい音を立ててフーシェが刃を振るう。
次の瞬間、ワイバーンの巨体はギュバッ!と音を立てて裂けてしまった。
「縦横8個に切るから64個のサイコロのできあがり⋯⋯ん。いつもの3倍くらい切れ味良くなった──。あ、1個肉片そっち行ったかも」
うわ!肉片といっても、この大きさテトラポットくらいの大きさがあるぞ!
慌てて僕は、3人の女の子の前に立ちはだかると、降ってきた肉片を両手で受け止めた。
ドヂャッ!
本来ならタンクローリーに激突された程の衝撃があるのだろうけど、さすがレベル9988はダテじゃない!
全くといってその質量と衝撃も、僕に被害を及ぼすことなくその勢いを殺され──
バチャッ!
僕の身体は四散したワイバーンの血によって真っ赤に染め上げられることになってしまったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さ、寒い!!」
僕は今、震えながら井戸水で身体を洗い流している。
キンキンに冷えた井戸水は、ぽかぽかとした陽気の中でも肌を刺すように冷たい。
なんでこんなことになった?
いや、血塗れになったのは仕方ないよ。
でも、ワイバーンが来たから、大衆浴場が休館になったって⋯⋯
理由は分かるけど、このワイバーンの血に塗れた僕は、そのせいで風呂に入ることもできず、『星屑亭』の中庭にある井戸を借りて血を洗い流しているのだ。
しかし、我慢しなくてはワイバーンの血はベトベトだし、かかった体液も生臭い。
今まで僕にピッタリと寄り添っていたイスカが、一歩離れて歩いてたことから、その臭いは相当なものなのだろう。
うん、やっぱり異世界は入浴文化をもっと広げるべきだよ。
震えつつも、僕は最後の一押しにと井戸水をかぶった。
ひいっ!!
脳天からつま先まで駆け抜ける冷気に身悶えながら、僕は立ち上がる。
腰にタオルを巻いているだけの僕は、およそホテルの中庭にいてはいけない出で立ちだ。
ここは、そそくさと退散することとしよう。
余りの寒さに身体を両手で抱えていると、スッと白いタオルが差し出された。
そこには、短剣を外したフーシェが、いつも通りの表情少ない顔で無言でタオルを僕に渡そうとしてくれていた。
「あわ、あ、あ、あありがとう」
寒すぎて、唇がうまく動かず、産まれたての子鹿のような動きで僕はタオルを受け取る。
頭をさっと拭いて身体にタオルを巻き付ければ、少しではあるが寒さが和らいだ。
「ん、まだ臭いが耐えれる程度になった」
クンクンと鼻を動かすフーシェに、僕の顔は思わず引きつる。え、まだ洗わなくてはいけないのかな?
僕の心配をよそに、フーシェは両手をVの字にするとおどけたように口を開く。
「大丈夫、フーシェは常人より遥かに鼻がいい。人間やエルフくらいの嗅覚なら問題なし」
にぎにぎと指を曲げる仕草は、どことなく見ていて愛嬌がある。
昨日や朝はフーシェに散々振り回されたが、こうやってタオルを渡してくれる所は素直に優しいなと感じる。
「そっか、ありがとう。──あぁ、そうだ。さっきは助けてもらったお礼をしてなかったよね。ワイバーンの討伐の時はありがとう」
僕が素直に礼を言うと、フーシェは少し不満があるのかツイと顔をそらした。
「本当は、フーシェがあの特別なワイバーン倒したかった。久々にレベル上がるチャンスだったから、でも先にイスカが倒した」
なるほど、あの場面でフーシェが来た理由は、戦闘に参加してレベルをあげようとしたからなのか。
イスカの言葉を思い出すと、普通に生きていくにはレベルは余り重要ではない。モンスターを倒すことで得られる魔素を吸収することで、冒険者は強くなる。
しかし、宿屋で働いている限りでは、そういう場面に出くわすこともほとんどないだろう。
でも、だからと言って単身ワイバーンに向かおうとするなんて⋯⋯
僕が強化していなかったら、今頃どうなっていたことやら。
僕が少し困り顔をしているのを見抜いたのか、フーシェが不思議そうな顔をする。
「なんで、ユズキがそんな顔をするの?」
僕は問いに答える。
「はぁ、もしフーシェが一人でワイバーンに突撃して死んだらどうするんだよ。ミドラさんが悲しむぞ、僕が強化できたから良かったものの、普通に挑んだら勝てる相手じゃないんだろ?」
フーシェは、そう言った僕の顔を見て、さも不思議なことを言うやつだといったふうに小首を傾げた。
「何が不思議?あのワイバーンが来たらこの町が滅びる。そうしたら、私達も死ぬだけ。なら、倒しに行く」
きょとんとした顔で告げるフーシェは、僕とは価値観がまるで違っているようだ。
「はぁ、仕方ないよ。あの子は人族とは違うからね」
後ろから声がかかり、振り向くとそこにはこの宿屋、『星屑亭』の主であるミドラが腕を組んで立っていた。
いくら、ミドラが相手とはいえタオル1枚の所を女性に見られるのは気恥ずかしい。
「あの、フーシェの種族って一体⋯⋯」
僕が質問するより先にミドラは、バシンと僕の背中を叩いた。
怪力のミドラに素手で素肌を叩かれると、レベルのせいで痛くはないが痛いような気がするのは不思議な感じだ。
「魔族の血が入ってはいるが、込み入ったそういうことは本人に聞くんだね。それより、大立ち回りだったそうじゃないか!私はとある理由で行けなかったけど、こうやって市民が無傷なのは間違いなくあんたのおかげだよ。さ、主役がこんなところでモタモタしない。早く行った行った!」
ミドラに言われ、急かされるように僕は自室へと戻った。
「あ!おかえりなさ⋯⋯い⋯⋯」
部屋に戻ると僕は、待っていてくれたイスカが嬉しそうに僕に声をかけたが、僕がタオル1枚の半裸状態であることに気づくと、恥ずかしそうに顔を隠してしまった。
でも、人差し指と中指の間が少し開いてますよ。
そのポーズ反対側からだと、覗き見てることが結構分かるらしいんだからね。
まぁ、前世のお腹に比べると、しっかりと割れた腹筋はお見せしても良いような気もするが、耳を赤くしているイスカを見てしまうと、早く着替えなければと、一言イスカに「ごめん、着替えるね」と告げると僕は着替えを手に洗面所に駆け込んだ。
そう、ミドラに臭いからすぐ洗いに行けと言われた僕は、タオルや着替えを持つこともできず、井戸へ直行していたのだ。
まだかじかむ手でなんとか着替え終えると、人心地ついたように寝室へと戻る。
そこには、まだ少し頬と耳を赤くさせたイスカが、盆に温かいお茶を載せて僕に差し出してきた。
「温まりますよ」
イスカが笑顔で差し出してくれるお茶を僕は有り難く受け取る。
一口気をつけて飲むと、温かいお茶が身体を中から温めてくれることを感じた。
ハーブティーのような香りが、口いっぱいに広がると寒さで張っていた緊張もほぐされるようだ。
「生き返るよイスカ。ありがとう」
僕がお礼を言うと、イスカの耳が嬉しそうにピコピコと動いた。
その動きを見ると、ホッとするよ。
「あ、あの。さっきベスさんがやってきて、準備ができ次第冒険者ギルドに来てくれ、大至急だぞって言って去っていったんですが」
申し訳なさそうに言うイスカだが、ここに来るまでの道中でワイバーンの死体処理の陣頭指揮を執っていたベスから、絶対に冒険者ギルドに来いと言われていたから、行かなければとは思っていた所だ。
もう一回来るってことは、相当な念の押しようだ。
あまり目立つのも好きではないので行きたくないなぁ。
正直な気持ちはあるが、かといって社交性を断ってしまうこともできない。
乗り気はしないが、早めにやっかいごとは片付けてしまおう。
その前に⋯⋯
「イスカ、さっきの『魔法矢』凄かったよ。本当に助かった」
ドタバタで、しっかりとお礼を言えていなかったため、僕はポンとイスカの頭に手を置くと、優しく撫でた。
初めて触れる、イスカの頭は見た目通り小さく、サラサラとした髪は指の隙間に絡んでくるように櫛通りが良さそうで心地よい。
ボッと赤みを増すイスカの耳を見ながら、僕は初めての戦いが無事に終わったことに安堵する。
顔を赤くさせたイスカが、頭に置いた僕の手をそっと握る。そのままイスカは僕の手を下ろし、スッと背伸びをしたかと思うと。僕の頬には小さくて温かく柔らかい感触が押し当てられた。
「!!」
飲み込んだお茶よりも、冷え切った身体を溶かしてしまうようなイスカの行動に思わず僕の鼓動は早くなる。
そんな僕の表情を、少し意地悪く嬉しそうに見つめたイスカは、ニコリと笑って僕の手を取って進み出す。
「行きましょう。ユズキさん!」
イスカの言葉だけで、億劫になっていたギルドへの足取りも軽くなるのだから不思議なものだ。
僕達は揃って、冒険者ギルドへと足を踏み出した。
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ちょっとチート気味な仲間に囲まれながらも、チームの頭脳としてサトーは事件に立ち向かって行きます。
いつか訪れるだろうのんびりと冒険をする事が出来る日々を目指して!
……何時になったらのんびり冒険できるのかな?
小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しました(20220930)
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