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思い、重ね合わせ、想う
しおりを挟む「···宇留!」
「···ヒメナッ!!」
宇留とヒメナは同時に目を覚ました。
「わわ!うわ!」
ポケットから宇留を呼ぶ声を聞いた磨瑠香は驚いて立ち止まり、ロルトノクの琥珀を恭しくポケットから取り出して琥珀の中を覗き込む。
「·········」
「?······あなたは?ここは?ウリュは?」
ヒメナは想文を使わず話している。琥珀が直接振動して聞こえた声は不思議な反響がかかっていた。
ヒメナと目が合った磨瑠香は、本当に生きていて喋った琥珀の少女に放心してコーンバーを地面に落とすと、両手で琥珀を持った。
「こ、こんばんは···私は···えっと···」
「その声!拳の戦士の妹さん?」
「え?おニィ?えぇ?どっかで会いまし······」
磨瑠香は、この琥珀が宇留の持ち物だという事を思い出した。
一方ヒメナも、再起動前までに聞いた会話から宇留と藍罠兄妹の関係に合点がいったのか、ニッコリと微笑んで磨瑠香に問いかける。
「ごめんなさい。知ってる。全部聞いちゃった。ウリュ、私をずっと持ってたから···」
「!······あぁ!······夕方···?えええ!?」
その時、ロルトノクの琥珀から宇留の声が聞こえた。
「ヒメナ?···ヒメナ?!、どこ?」
駐屯地、医務課棟。
宇留はベッドの上に座り、見当たらないロルトノクの琥珀を探していた。パニぃはベッドの端に突っ伏して気絶中で、百題は宇留に背を向け散らばったカードを一枚手に取って眺めている。
「不思議だ···内側からの出力は高く、外側からの圧力に対する反応は素材の特徴に準ずるとは······」
宇留は想文でヒメナに語りかけてみる。すると予想外に“繋がった„···のであった。
上居脇山周辺、遊歩道。
「ウリュ、聞こえるよ」
「ヒメナ!どうして?離れてるのに色々どうして?」
「話は後、今マルカさんと一緒」
「え?!」
ヒメナはアンバーニオンとリンクして状況を確認する。自分と宇留の現在地······そして宇留の居る施設の前に立ちはだかって動かない鉄塔の怪物······小規模ながら多数の敵の反応。
「!·········」
「···あの!私!あなたを須舞くんに返そうと思って!」
「?···どうして、私達離れて···?」
「よく分かんないけど、おニィがう···須舞くんに頼まれてあなたを預かったって···そのおニィから託されて······私···」
「藍罠さん!俺が?どうして?」
夕方とはうって変わったしっかりとした口調の宇留の声。磨瑠香の顔がパッと明るくなる。
「須舞くん!こっちの声も聞こえるんだね?」
「聞こえるよ!そっちは大丈夫?」
「ウリュ!そこから離れて!近くに何か居る!」
ヒメナの想文で、上空のアンバーニオン視点の敵味方配置の想画が宇留に転想される。
「うわっ!だから百題さん、今俺をここから逃がそうとしてるんだ!」
宇留の時々上ずる声で、何か体を動かしている様子がヒメナ達にも伝わった。
「ウリュ!合流しよう!案内を送るからそれを目指して?!」
「わかった!今車に乗せてくれるみたいだから、行ける所まで向かってもらうよ!二人共、気を付けて!必ず!·········」
宇留の声が一度途切れる。
「えと···ヒメナさん?···須舞くんの事とか、居る所とかが分かるの?」
「うん······分かる」
「じゃあ教えて?私、ヒメナさんの言う通りに走るから!」
「······お願い出来る?助かります···」
ヒメナは琥珀の中で、瞳を閉じて頭を少し下げ礼を言った。磨瑠香はそれに笑顔で返す。
「任して!ェヘヘ!」
ボパンッ······!
その時、照明弾が遠くで弾け、サーチライトの筋が多数夜空に踊った。
「な、何あれ···」
磨瑠香の視線の先の闇夜には、送電鉄塔の怪物が歩み始める姿が閃光に照らされうっすらと浮かび上がっていた。
一方、駐屯地。
「目標!隊地内侵入!北西に進行!北演習場に向かいます!」
「ちょうどいい!演習場でカタを付けてやる」
司令室で高官の一人が息を巻く。
「戦車隊、ヘリ部隊、重拳隊は北演に集結。敵の攻撃範囲に警戒!住民と非戦闘員の待避急げ!」
煌々と照明が照る重拳整備エリアに藍罠の車が滑り込んでくる。
「遅くなりました!」
車を降りた藍罠は自家用車の移動をスタッフに頼み、茂坂と椎山の元に走って来た。
「部屋の敵は?大丈夫だったか?」
そう心配する茂坂は特段慌ててはいなかった。
「パン屋さんにこん!がり!焼いてもらいました」
「お~怖!妹ちゃんは?」
「あいつもパン屋さんが······」
藍罠は道路脇に見あたらなかった磨瑠香を案じた。
「南宿舎は、ほぼ鎮圧状態だそうだ」
「あとは藍罠だけだ!行こうぜ相棒!」
椎山は装備パックを藍罠にグッと押し付ける。
「押ぃっ忍!!!」
茂坂が見つめる中、いつも通り二人は制御車に向かって行った。
「停めてください!」
宇留を乗せて南方向に向かっていた百題の車は、リクエスト通りに急停車した。
「どうした!」
宇留の視界には、ヒメナの想文に添付されていた案内がオレンジ色に光る光点として“表示„されていた。
しかし光点の示す方向は目の前の森の薮の向こう。宇留が逡巡していると、すぐに目のコントラストが変化して暗闇の森に獣道らしき道をみつける。
「あそこだ!」
宇留は直感だけで行けると判断する。
「百題さん!俺!ここから行きます!」
「な!何を言ってるんだ!須舞くん!」
宇留は百題の制止に構わず、車を降りて森の中に踏み込んでいく。
その時、百題の車の周りにカード人間が数体集まってきた。
「くそっ!······須舞くん!気を付けろっ!」
百題は小ぶりのコンバットナイフと、パニぃから勝手に借りて来た紙溶け水鉄砲一丁を構えた。
磨瑠香はロルトノクの琥珀を身に付けて、そのペンダントが揺れすぎないように押さえながら遊歩道を走っていた。
「このまま!あと少し走ったら、ウリュが真っ直ぐ来れる!」
「うん!」
だが彼女達の背後に不気味な声が迫りつつあった。
「ベレレレ····」
「!、うわっ!うわっ!うわー!」
曇った夜空に走るサーチライトと怪物の足音、国防隊が発する武器群の音が更に磨瑠香の焦燥感を掻き立てた時だった。
正面から猛スピードで駆けてきた大きな影が磨瑠香を飛び越えて、背中に厚紙を破くハスキーな音が響く。
「!」
暗い森に照明弾の灯りを照り返す紙吹雪が舞う中、着地した影を見て磨瑠香は怯む。しかしその影、琥珀の虎ソイガターは磨瑠香に歩み寄り、腰を下ろして頭を垂れた。
「こんばんはお嬢さん、夕方に頭をナでて頂いた猫です···義によって助太刀いたす!」
「喋った?···ネコチャン?」
「アッカ!」
「モョー!ヒメニャー!今の俺はソイガターだってば!ソイガター!」
「ネコチャン!ありがとう!」
「んにュー···まぁいいか···」
ソイガターは振り返り、後方を警戒する。
「お嬢さん、俺は後ろからアンタガタを守る。だからしっかり走ってすぐそこまで来ている我が戦友スマイにヒメニャを届けてくれよ?」
「はい!って言うかネコチャン、須舞くんとも友達なの?」
「ん?ニャあ!、アレ?もしかしてスマイがもう泣かせたくナいっていう人はお嬢さんの事か?あいつもあの年齢で中々やるナァ······」
「え?えええ!」
首を傾げるソイガターと真っ赤になってあたふたする磨瑠香。
「ん?お嬢さんイイモン持ってんナ?ちょっとカシテミ?」
ソイガターは磨瑠香の持っていたコーンバーの先端を琥珀の牙でカプッと噛んだ。
「!?」
コーンバーの手触りが変化した。
「ちょっとそこの大木軽く叩いてみ?」
ソイガターは尾の先で近くの大木を尻尾差した。
「?···ああああ!」
「ちょちょちょ!軽くーーー!」
瞬時に練習モードになった磨瑠香は全力で大木に振りかぶる。
ズドオォォォォン!······
コーンバーがヒットして直径が五十センチ程の太さの大木が激しく揺れた。
「うわァ!」
「どーだ!すげーだろぅ?言わんこっちゃナい!」
「今ので集まってきた···」
「マジか!ハードモード?!」
「じゃあ私達は急ぐね?ソイガター!ありがとう、無理しないでね?」
「う···、ウミュ!今の俺は危険だ。絶対に振り向かナいように!あと、ゴールしたら二人共イッコレベルアップだ!頑張れよ!」
体を後ろに向けて身構えるソイガターを背に磨瑠香達は再び走り出した。
案内に向かって獣道を抜け、遊歩道に出た宇留は猛省の中にあった。
「馬鹿だ俺!藍罠さんはもっと大変だったのに!俺なんて恥ずかしいだけでみんなに心配かけて!何やってんだよ俺!もう!···けど、なんで俺、藍罠兄さんにヒメナを預けて···?」
宇留はいつもヒメナが居た胸元に触れる。
「!」
軸泉の護ノ森諸店で襲われた時同様、胸元のボタンが千切れて無くなっていた。
「まさか···タイミング良かった?」
何故か宇留の前には姿を現さないカード人間。宇留と案内の距離は縮まっていく。
(須舞くん!今どこ?!)
「!」
宇留は唐突な磨瑠香からの想文に驚いた。
「藍罠さん!?多分!多分すぐ近く!?」
恐らくヒメナを通して想文···あるいは想話とも呼べる声を中継しているのだろう。
(須舞くん!ヒメナさんと須舞くんが会ったら、どうなるの?)
「来た!マルカさん!」
磨瑠香の眼前にカード人間が一体迫る。磨瑠香はヒメナの声掛けをタイミングの手がかりに、カード人間の顔面目掛けてコーンバーを叩き込む。
「もう!怖く無い!」
「!!」
バシッとクリーンヒットしてバラけるカードの中を突っ切る磨瑠香。
「思ってくれる誰かの想いが支えてくれる!」
「!!!」
続けて頭上から降ってきたカード人間も倒すと、カードは細かく千切れ紙吹雪のように舞った。
「ふぅーー!」
磨瑠香は深く息を吐いて遊歩道の先に顔を向ける。
宇留が立っていた。
「!、宇ぅ留くーーーーん!」
「藍罠さん!ヒメナー!」
磨瑠香はコーンバーを放り出すと、宇留の元へと駆け寄る。しかし遊歩道の段差につまずいて転びそうになる。
「うわぁわ!」
それを同じく駆け寄ってきた宇留に支えられ、思わず二人は抱き合う形に収まった。
「ぁ!······」
急な事で申し訳が無くて離れようとした所を、二人に挟まれたヒメナに止められた。
「二人ともそのまま···」
宇留と磨瑠香のそれぞれ肩に触れた暖かい手の感触。今は二人では無く、三人で肩を抱き合っている雰囲気。
「ウリュ、マルカ、ありがとう、みんな。こうやって辿り着けた事に、二人の進化に感謝を······」
「え?······」
磨瑠香がヒメナの感謝の言葉に気付くと、宇留が喉元で堪えていた言葉が磨瑠香の片耳に響く。
「藍罠さん······さっきの答え。俺も藍罠さんと同じ気持ちだった。俺も家族や友達にたくさん力を、勇気を貰った事·····」
「マルカ?私達の力···ず~っと前に私があの人達と約束した。この世界の面白きを守る力のひとつ。アンバーニオン···」
「アンバー···ニオン···?」
「お兄さん達にはお世話になったから、助けに行かなきゃ」
「宇留···くん···?」
「行ってきます!」
「「ご め ん な さ い···あ り が と う···」」
体を離すのを惜しむ一瞬、どちらからともなく本当の気持ちが通い合い、三人の勇気がロルトノクの琥珀を中心に交錯した。
それが想文だったのかどうか定かでは無い。しかしそれは宇留とヒメナ、磨瑠香に確実な一歩をもたらしていた。
遊歩道にポツンと一人残された磨瑠香は、真剣な表情で遠くの喧騒を黙って聞いていた。
そこへダルそうにソイガターがやって来て腰を下ろして座った。
「もう行っちまったのか?」
「うん!」
磨瑠香は晴れ晴れとした口調で答えた。
「あーー!ガタゴンベェ!」
磨瑠香に追い付いたワンちぃが息を切らせて寄ってきた。
「あ!ヤベ!じゃあなお嬢さん!お休みー!」
「ネコチャン!」
「まてーーー!ゼェ!ハァ!」
去っていくソイガターを追って近くに来たワンちぃは、だいぶカード人間を捌いたのかボロボロだった。
「むぅ····藍罠···さんね?お兄さんから琥珀を預かってない?」
「もう!宇留くんに!」
磨瑠香は笑顔でワンちぃに返答した。
宇留とヒメナだったオレンジ色の光が、高空に浮かぶアンバーニオンに迫って行く。
光は約束の言葉を叫んだ。
「「我 琥珀の王!」」
「「アンバーーーーニオン!!」」
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