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遠き雷
しおりを挟む地球の何処か。
青い照明に照らされた地下施設の薄暗い通路。
奇妙な衣装に奇妙な白衣を着た女性が、僅かに宙に浮かぶ小型アクプタンの上に立って滑るように移動していた。
やがて女性はモニタールームのような部屋にそのまま入って行く。
モニタールームに三つ並んだ席では、大きめの水晶玉に片手を添えたオペレーター三人が、被っている奇妙なヘルメットの額を時折水晶玉に当てていた。
水晶玉は想文を応用したパソコンのような雰囲気がある。ヘルメット、もしくは手が触れた水晶玉の表面には、陽炎のように文字らしき模様が浮かび、その都度流れるように消えていった。
白衣の女性、アルオスゴロノ帝国研究員のクイスランは正面モニターに映るノイズだらけの画面を注視している。
荒れた画面にはオレンジ色の光に溢れた空間、その中に浮かぶ巨大な丸い琥珀、そして琥珀の中には巨大な何者かの影が浮かび、そしてそれに向かって歩みを進める禍々しいデザインのロボットが写し出されていた。
丸い琥珀の内部、のけぞり仰向けになって苦悶の表情を浮かべた影は、左手で首元を押さえ、右手は何かを掴むように天に向かって伸びて微動だにしない。
琥珀の上面から飛び出した右手だけが痩せ枯れてミイラ化している。
···巨大な魔獣入り琥珀···見た目はそんな形容をせざるを得なかった。
一方、手前にいるロボットは何かを搭載する為か、背中に巨大な円形の窪みのある器を背負い、頭部にはリキュストのカード人間と同じ赤いマークを付けた球体が収まっている。
しかしロボットは、いくら歩けども全く魔獣入り琥珀に近づく事が出来ないでいる。その繰り返しのようでいて、この映像だけを見ると、前衛的な演出の環境動画にしか見えなかった。
「今どのくらいかしら?」
クイスランがオペレーターに尋ねた。
「先程までに六十万キロを踏破しました。鼈甲空間、今だエギデガイジュの干渉での減衰軽微」
「フゥ···まだかかるわね?」
「クイスラン様、ゴライゴ様より想伝、戦士ゲルナイド様の修復要請です」
クイスランは黙って想文を返す。
(···········!、ゴライゴ様?了解しました。戻りましたらいつものドッグの方へ押し込んで頂きます?)
(···はい!お待ちしておりますわ!)
「ちょっと最優先で準備に行って来るからドッグにヒトを集めて貰えるかしら?」
「は!」
クイスランはモニタールームを出る前に正面モニターに向き直ると、足を揃え、片足を引き、少し腰を落として礼をする。
礼を戻し頭を上げたクイスランの瞳には、苦悶する魔獣の表情が映り込んでいた。
軸泉市、学習水族館周辺。
茂坂はアンバーニオンが飛び去った方向を向いて腕を組み、あれから夜が明けたばかりの今でもその場をあまり動いていない。
そこへベンチコートを羽織った、わんちィ、パニぃ、藍罠、椎山が戻って来た。
「茂坂隊長、上空にドローンを飛ばしてみましたらやはり戦闘があったようです。北東方向の遠くの洋上に遠雷のような閃光が雲に反射するのが確認出来ました」
パニぃが茂坂にドローンの録画データの入ったタブレット端末を渡そうとした時だった。
···!、シパッ!
一瞬、耳鳴りのような音が聞こえたかと思うと、オレンジ色の光に包まれて宇留が彼らの前に戻って来た。
「うぉぉ!スゲー!」
藍罠を始め、全員が閃光の中から現れた宇留に驚いていた。
「やぁ、お帰り」
わんちィが少し歩み寄り声をかけた。
「あ、はい。ただいま···です」
冬の朝日に照らされた息が白く曇る。そして宇留は、近くに居た初対面の藍罠と目が合った。
「よ!おはよう!一昨日はアリガとな?、琥珀の旦那は?」
「あ、おはようございます···えっと、充···電?ですかね?」
宇留が空の上を向いて目配せしていると、椎山が話しかけた。
「宇留くん、こいつが昨日言ってた俺の相棒だ」
「押っ忍、藍罠だ、藍罠ヨキト、ヨロシク!」
「ーーー!」
宇留の胸元のペンダント、ロルトノクの琥珀の中に居るヒメナは、宇留の心臓の鼓動が一度高鳴るのを感じた。
様子が変わった。ヒメナが心配そうに宇留を見ると、宇留は少し驚いた顔でフリーズしている。
「?ん?どうした?藍罠の顔が怖かったか?」
「ぃえー!ショラナイっしゅよー」
椎山の冗談に乗った藍罠は、顔をクシャっとさせて宇留の緊張を解そうとした。
「···················」
「···················」
わんちィとパニぃが全員に背を向けて、ヒソヒソとわざとらしく藍罠の陰口を言っていた。
「こらこら、おねぃさん達?」
普通の表情に戻った宇留にヒメナが問い掛けた。
(大丈夫?)
(!あ、うんダイジョブ、知り合い関係の人かな?まさかな?って思って······)
(···?)
「須舞くん、ご苦労!どうだったんだね?」
動画を確認し終えた茂坂が聞いてきた。
「は···い、怪獣?でした。あと剣の付いた飛行機が来てくれました」
「裂断だな?追佐和ちゃんも朝から怪獣とか大変だよ?」
「レツダン?」
藍罠の説明に茂坂が付け加える。
「国防隊、対特殊事象対応分隊。それぞれ陸海空に別れた重特化兵器を運用する通称、重合隊。それが我々の所属だ」
「まぁ、腕とか鉈とかムシムシ潜水艦とか吃驚兵器ばっかりなんだケドね?」
宇留がそんな椎山の皮肉を聞いていると海岸の入り口に車が停まり、男性の隊員が降りて一人歩いて来た。隊員は付いて来ようとする他の隊員にジェスチャーでストップをかけ、近づいてくる。
「おはようございます。国防隊特査課の百題です」
清潔感のある眼鏡の隊員は軽く敬礼をして六人に向かい合った。
「あれぇ?モモチャンじゃん?特査に居たんだ···あれ?ひょっとして偉·····」
百題は椎山を遮って続ける。
「須舞 宇留さん、本日正午、あなたを国防隊I駐屯地まで検査及び調査の為にお連れします。準備の方、よろしくお願いします」
茂坂が前に出る。
「待ってくれ、護森さんの方に連絡は?」
「対アノ帝国作戦オブザーバーレベルへの伺いは必要無い指示と思って頂きたい」
百題は眼鏡をクイッと上に上げる。茂坂は思う所あるようで百題を静かに睨んだが、百題は僅かに怯みながら微笑むだけだった。
「時間的に重拳隊の帰投とご一緒の出発になると思われます。その時また指示がありますのでよろしくお願いします」
駐車場の方から起床の号令が聞こえるのを無視して、百題達は仮設指揮所の方に車で向かって行った。
「須舞くん······」
「一度ご家族の所へ戻って準備を頼みたい···それでも構わないかい?」
茂坂は納得がいかないような表情だった。
「···はい···わかりました。とりあえず、一度、姉達の所へ···」
軸泉に居る限り、また帝国はやって来る。そして敵も人も動き出している。
その渦にわざわざ巻かれて大切なものが砕けて欲しく無かった。
もう二度も三度も······
そして何より、友達の力になりたいと思う。
···宇留の判断を、他の大人達は否定しなかった。
「そう···か···では、今日も引き続き護衛を頼めるか?」
茂坂はわんちィとパニぃに尋ねた。
「はぃ!マカシテ下さい」
勇むパニぃを押し退けてわんちィが茂坂に言った。
「隊長、ウチのボスは只のオブザーバーではありません。隊長の心配しているような事にはさせませんから」
「フフ···さすがだ、それをこっち側の人間に言うかね?まぁ想定しすぎな私も私だが···とりあえず、体操して朝食だ!帰る前にレーションも出る。帰り支度もラストスパートだ」
「ヨッシャ!」「ヤベ、今眠くなってきた」
銘々に何か言いながら、六人は起床ラッシュの駐車場に向かって行った。
重翼隊基地、滑走路。
八野達が乗る指揮支援機が着陸すると、既に緊急帰投した裂断は駐機場の一角にある垂直離陸機専用ベースにちょこんと納まっていた。
「AIめ、きっちり帰してくれやがって、カワイぃなオイ!」
パイロットは無事。の報告を聞いたばかりの面々は、女性オペレーターが一人心配からの涙を見せている以外は少々余裕気味だった。
「スイマセン」
メンバーが担架の鈴蘭に駆け寄ると謝られた。どうやら意識はあっても、体が金縛り状態らしい。
「早く運んでよ!」
誰、と言わず声が上がり、現場が慌てふためく。鈴蘭は八野に何か言いたげだったが、マーイーダロとはいかなかった。
生物学的汚染のチェックをしている防護服の隊員が騒ぎで怒ったりなど収拾がつかなくなったのである。
「やれやれ···こりゃ色々後回しだな?」
八野は風で煽られそうになった帽子を押さえた。
国防隊航空第二資料館、エントランス。
清掃係の一般女性職員が通りがかると、受付に音出 深侑里の姿があった。
音出は上を向いて黙って天井をボーッと見つめている。
「あら音さん、やけに早いのね?」
「え!あ!おはようございますのね?!」
「スクランブったラシイワヨ?音さんもなんかあった?」
その時、隊員専用救急車の赤い回転灯が受付を一瞬照らした。
「やだ?何かしら?」
清掃係の女性と音出は、回転灯が見えた大きい窓に近づいた。
「きっとダイジョブですよ···さて、今日は丸一日勤務?ですかねぇ?ふわぁ···」
音出はアクビをしながら微笑んで受付に戻って行った。
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